充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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2412.2013年12月20日(金) 三井三池炭鉱爆発事故から50年
昨日猪瀬東京都知事が辞任を表明してからメディアでは蜂の巣をつついたような騒ぎようで、辞任に至った経緯と原因、知事の人間性、知事の道義的責任と刑事告発等々、後から後から話題が噴出して当分静まりそうもない。
それにしても、あれほど強気一辺倒だった猪瀬知事が、自分はアマチュア政治家だったとか、傲慢だったとか、本心は分らないが気弱な一面を見せている。今後は作家として恩返ししたいなどと世間を見くびったようなことも言っている。自分のやったことを思えば、そんな悠長な空言を言えるような場合ではあるまい。
東京都職員の服務規程に触れる点や、百条委員会開催決定の動きが不本意ながら知事に辞める決断をさせたようだ。前者については、かつて石原慎太郎・前知事の腹心だった副知事が業者との間で服務規程に触れる点があって辞めざるを得なくなった先例があったことと、後者については、証人喚問や告発の可能性が強いということが決断のポイントになった。しかし、前者は分るとして、後者については猪瀬氏が辞任したら都議会は百条委員会を開催しないことを決定したというのは、少々おかしいのではないだろうか。これでは、偽証や借入金問題はまったく不透明のままで解決しない。都民に対しても説明責任を果たしていない。昨年の知事選で4百万票以上を得た猪瀬氏に私は清き一票を投じなかった。裏切られる前にその人間性に信頼が置けなかったのだ。案の定、このザマである。知事辞任とは無関係に、猪瀬氏は自分のやった行為について都民にきちんと説明責任を果たすべきである。
さて、今週朝日新聞夕刊1面に連載されていたレポート「三池炭鉱をたどって」を読んで当時の悲惨な炭鉱爆発事故をまざまざと思い出した。あれは1963年11月9日だった。死者458名、労災認定された一酸化炭素中毒患者839人の大惨事だった。大学ゼミで多少労働問題を学んでその年社会へ出た私は、この事故の僅か2週間足らずの後、ケネディ米大統領の暗殺にも衝撃を受けた。三池炭鉱事故の大災害にも関わらず、メディアの関心はいつの間にかケネディ暗殺へ移っていった。大量死者と多くの重病者を生み大きな後遺症を残し、しかも炭鉱景気が下り坂へ転じた象徴的な事件となったこの爆発事故が、たったひとりのアメリカ人の死にすりかえられていったシナリオに無情を感じたものである。
もうあんな悲惨な事故は起こることはないと思いたいが、原発が稼動しているうちはその危険の可能性がある。すべての原発はいま休停止しているが、いつ再稼動されるか分らない。三井三池炭鉱爆発、東電福島原発事故を、ゆめゆめ忘れてはなるまい。
2411.2013年12月19日(木) 猪瀬東京都知事、ついに引責辞任
やはりと言うべきであろう。今日猪瀬直樹・東京都知事が辞表を提出した。これだけ話に辻褄が合わなくなってボロが出ては都民はもちろん、一般国民から理解が得られるわけがない。猪瀬氏を知る人もみながっかりして、本当の猪瀬氏と仮面のイノセ氏とのギャップに面食らっているようだ。
結局猪瀬氏を後任知事に強く推した石原慎太郎前知事が引導を言い渡したようだ。今年9月、2020年東京オリンピック・パラリンピック決定に大きな役割を果たしてから、僅か2カ月後に徳州会からの5千万円借り入れ問題が発覚して、それが結局命取りになった。
それにしても道路公団民営化問題で政府委員として明快な持論を歯切れのよさで展開し、それが知事へ大きなアクセスとなったが、最近では当時の不遜なはったりはまったく感じられなかった。昨日までの都議会総務委員会における質問者から猪瀬氏への集中砲火は、猪瀬氏をさらし者にするだけの舞台となり、流石に強気の猪瀬氏もついに降参し引責辞職することになった。
「疑念を払拭するには至らなかった。これ以上都政を停滞させるわけにはいかない。五輪の開催準備を滞らせるわけにもいかない」と苦しい胸の内を語った。
来年度の予算編成、東京オリンピック組織委員会活動などの重要課題が山積している。知事が空席になって都政が滞っては反ってマイナスである。新知事選出は来年2月になるようで、早くも各政党間では候補者選びに余念がないようだが、都政の停滞だけは忘れないでほしいものである。
しかし、猪瀬氏の辞任によって昨日まで百条委員会を開催すると強気に公言していた都議会では、これを取り止めるという。つまり武士の情けを示したつもりのようだ。これで猪瀬氏への法的強制力はなくなった。これに替わって市民団体が猪瀬氏を告発するという。ふざけている。
昨年の知事選では、ちょうど自由が丘駅前に街頭演説に来られた猪瀬氏に街宣車の上で俳優の宍戸錠が応援演説をしていたが、私が係員に対して江戸城再建について猪瀬氏はどう考えているかとの質問に対しては猪瀬候補者に直接聞いてほしいと素っ気なかった。
昨年の昨日都知事に就任してちょうど1年が経ったが、その座を降りることになった。身から出た錆とは言え、不本意だろう。それにしては何とも嘆かわしい。その就任1年を機に「勝ち抜く力」なる著書を出版したが、何ともタイミングの悪い時期に当ってしまった。どうせ書くなら「勝ち抜けない力」の方が良かったのではないかと皮肉のひとつも言いたくなる。
さて、今夕の日経紙のエッセイ「こころの玉手箱」を連載している直木賞作家・北村薫が、「わたしは、保育園にも幼稚園にも行かなかった。昔は、それが普通だった。小学校に上がるまでは、下駄を履いていた。今の子には信じられないだろう」と得意がっているが、私だってそうだったし、下駄は学校に上がる前どころか、高学年になるまで下駄履き通学だった。私より年長かと思っていたらそれが何と私より11歳も若い。でも、昔はこんなに厳しかった、辛かったとノスタルジアに捉われるようになっては、おしまいか。
2410.2013年12月18日(水) 猪瀬都知事、いよいよ瀬戸際へ
昨日剥離骨折してから4週間になったので、松本整形外科医院で診てもらったところかなり良いということだった。ただ、まだ完全には付いていないようだからと、添木は使わず、包帯で抑えて軽い手首の運動を続けることになり、大分窮屈さから解放された。何といってもほっとするのは車を運転できることだ。友人らからお見舞いをいただくが、すべてペースダウンするよう諭される。
さて、このところノン・フィクションのピッチも上がり、一応書き上げたと言える。推敲は何度やってもきりがないが、出版社に手渡しするまで毎日繰り返し見直そうと思っている。問題はこれから関係の方々に拙稿をお送りすることになるが、そのまま了解していただけるかどうか若干気にかかる点がないわけではない。最大の難関は森喜朗元首相だと思っている。森さんについて悪いことは書いていないが、旧トラック島の酋長から無人島をいただいたと私にも興奮気味に話され感激したと仰っていたが、去る6月に現地で酋長の娘ナンシーさんからそんな話は聞いたことがないと、ぎょっとするようなことを言われた。つまり酋長が好い加減なことを言ったのか、森さんが島をもらったと早とちりしたのか、判然としないが、すでに酋長が黄泉の国へ旅立った以上、酋長に真偽を確認できず、森さんにとっては名誉に関わることにも成りかねない。しかし、ストーリーとしては面白いので、ノン・フィクションの1章として取り上げてみた。森さんがどう言ってこられるか。
このところ猪瀬直樹・東京都知事へ医療法人徳州会が5千万円を貸し付けた案件に対する報道に熱気が篭ってきて、知事への風当たりは一層強まり、知事のしどろもどろの回答も段々怪しくなってきた。評論家諸氏から知事職はもう持たないだろうと言われているが、2020年東京オリンピックの組織委員会の立ち上げの時間が迫っていることもあって、五輪招致委員会としても猪瀬知事を外して準備を進めるよう瀬戸際に追い込まれている。
そこへ自民党本部もしびれを切らし、東京都自民党役員に猪瀬知事の辞職を念頭に次期都知事選候補者の選定を考えるよう伝えたようだ。
都議会は総務委員会の聴聞を打ち切り、百条委員会の開催へ一歩進める。さあ猪瀬知事は辞めるのか、まだこのまま知事職に留まるのか。さぁどうする。
2409.2013年12月17日(火) 戦争への道を歩き出したか。
北朝鮮の金正日・前総書記が亡くなってちょうど2年となった。式典、テレビ報道どれを取っても相変わらず芝居気たっぷりの金正恩第一書記への崇拝と絶対忠誠を求める一連のパフォーマンスには、馬鹿馬鹿しくて二の句が告げない。張成沢氏の粛清については、いろいろな怪情報が乱れ飛んでいるが、張氏のクーデター計画が露見したとか、経済計画が失敗した責任を取らされたとか、張氏の処刑は大勢の兵士による一斉銃殺だったとか、これには背後にいる唯一の支援国家・中国も打つ手がなく、どうして良いか分らないようだ。
その中国の軍拡を意識した、わが国の新たな防衛計画の大綱と2014~18年度中期防衛力整備計画が決定された。日に日に右傾化の道を突っ走る安倍政権の本音が露骨に出てきた。特定秘密保護法の制定に始まり、憲法改正問題を隠しながら非核三原則の形骸化、武器輸出三原則の骨抜き等々法衣を脱ぎ出してきた。これからどういう風に過激な道を進むのか。
嫌な想像だが、太平洋戦争と同じパターンになってきたような気がする。国民が何も知らない間に、国は仮想敵国をイメージし、気がついた時には取り返しがつかなくなって戻れないパターンになっている。こうして国民はいつの間にか戦争に巻き込まれる。国民が知ろうとすれば特定機密秘密保護法によって処罰される。間違いなく戦争への道へ踏み出している。怖いという気がする。これで良いのだろうか。
2408.2013年12月16日(月) 立ち止まって考えるか、強引に突っ走るか。
昨日イェメンで日本大使館の2等書記官が襲われた事件は、テロとか思想的な考えから襲撃されたものではなく、単に金を目的の強盗にやられたものだった。政治的な背景がなくてほっとした。最近現地では外国人を襲撃する悪党が度々出没していたようだ。そう納得していたら、今日はフィリピンのマニラ郊外で中古自転車販売業を経営していた日本人が銃で脅され車で誘拐された。これも身代金目当てで襲われた所謂物取りの口だ。世界中どこも油断ならなくなった。
さて、昨日埼玉県北本市で住民投票が行われた。JR高崎線の北本・桶川駅間に新しい駅を作る計画を建てていた北本市に対して、市民が反対の声を上げ住民投票を行うことになった。衆議院選を上回る62.34%の投票率の結果、3/4以上の反対票を得て新駅建設反対派が勝利を収めた。人口減少傾向のあった北本市が市街の活性化のため企業を誘致し雇用拡大を図り、人を呼び込むことを狙って新駅の建設をJRに呼びかけた。ところが、新しい鉄道駅の建設になぜ市民の間にこれだけ多数の反対者があるのか疑問に思っていたところ、建設費用の負担がバカにならないという込み入った事情があった。新駅の建設に72億円もかかり、そのうち北本市の負担が50億円に上がるそうだ。年間予算200億円の北本市にとっては、あまりの巨額の負担に声も出ず、後世にツケを遺す出費に市も決断できず、市民に選択を委ねたという事情と経緯があった。
出費に見合う収入が望めないなら、取り止めるのも致し方ない。むしろ賢明な選択ではなかっただろうか。
しかし、この北本市の住民投票でこんなことも考えた。選挙で選ばれた首長、議員であろうともすべての決定権を住民から委ねられたわけではない。時には踏み留まって是か非かを冷静に考えてみることが必要である。その点で今の自民党が数の力に物を言わせてすべて自分たちの思い通りにことを行うというのは、いかがであろうか。これこそ民主主義政治の横暴だと思う。
次の総選挙では数の力を振り回すことのないよう、せめて1強多弱の勢力分布にならないよう政権政党が立ち止まって考えさせる政治を期待したいと思う。