充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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2501.2014年3月19日(水) 同期入社の牧野くん急逝
小田急社友会から毎月丁重に会報を送ってくれるので、最近の会社の様子がある程度分かって有り難く思っているが、その中に慶弔行事や、訃報が掲載されている。今日受け取った会報で偶々訃報欄に同期の牧野博保くんの名前が載っているのを見てびっくりした。ショックである。
昨年10月に大学卒業50周年のお祝いに大学から、日吉で行われた春の入学式と秋恒例の連合三田会に招待されたが、その連合三田会の場で久しぶりに牧野くんと会って立ち話をしたところだった。その際今年予定している拙著の出版記念会でビデオ撮影してほしいと依頼し、引き受けてもらっていた。ところが、今年の年賀状で大けがをしたので、今年中の活動は難しいと書き加えられていたので困ったと思っていた矢先である。
早速奥様にお悔やみの電話をしたところ、亡くなったのは怪我が原因ではなく、脳梗塞ということだった。怪我はリハビリ中で快方に向かっていたそうで、安堵していた折に思いがけなく脳梗塞で倒れ、5日後に亡くなったと聞いた。ビデオを撮ってもらう相手はまた探さなければいけないが、牧野くんがプロはだしだっただけに後釜が簡単に見つけられるだろうか。それにしても同期生の突然の逝去は悲しく、寂しい。大卒者同期入社13名のうち、2名が中途退社して残る11名のうち、すでに3名が亡くなった。同期社員全員が仕事から退いて最近ではお互いに会うこともなくなった。時代の流れではあるが、寂寞の思いは消えない。
さて、出版ニュース社の清田義昭社長から電話をいただいた。拙著の発行元を紹介していただけることになって、拙著の内容に合い、積極的な出版社を紹介してもらえるよう調整してもらっていた。今日出版社の名前を教えてもらった。大手出版社ではないが、「㈱現代書館」と伺い、堅実な出版社で良かったと有り難く思っている。まだ内容を膨らませたり、或いは削除したり調整する個所が残されているが、漸く出版元が決まってほっとしている。
この数日は内容を膨らませるべき当の主人公大酋長について、彼が島民に送った手紙の翻訳で苦労している。大酋長の人間性を表す一文で貴重な資料であるが、A4判用紙4枚にびっちり書きこまれ、すべて大文字で書かれ、文章の切れ目が分からず、英文も通常あまり見られない文体で翻訳に頭を捻る個所が多い。これを明日辺りにはまとめて、全体文の中にうまく溶け込ませてバランスの良い文章にしたいと思っている。まぁまもなく脱稿というふうにできると考えている。
2500.2014年3月18日(火) ブログ書き込み連続2500回達成
ついにと言うべきか、やっとと言うべきであろうか、このブログを毎日毎日書き続けてちょうど連続
2500回を数えることになった。ホームページを作成し発信した2007年5月に書き始めてから約7年近くかかったが、継続できたことが何と言っても嬉しいことであるし、まさに「継続は力なり」を改めて知ることになり、継続することの大切さを再認識している。
この間海外旅行した間も不自由しながらも書き続けていた。韓国では講演を含めて2回の旅、インド、チベット、ヨルダンとイスラエル、そして昨年は取材のためにミクロネシアへ出かけた。自分でもよくよく物好きだと感心するのは、一日として書くことを止めようと思った日がなかったことである。やはり文章を書くのが好きなのだろう。このままブログとしてPCに残すだけでは惜しい気もするので、いずれ年度を決めて1年分を小冊子としてまとめてみようとも考えている。
エポックメークだった2000回目は一昨年の「文化の日」に当たり、偶々 74歳の誕生日でもあったが、今日は特別な一日ではない。
昨日ブログに書いたように住民投票でウクライナからの独立を勝ち取ったクリミア自治国の独立をロシアが承認することを決めた。これに伴い欧米各国はロシアに対して経済制裁を強める意向である。日本もそれに同調して対ロ制裁を決めた。ただ、日本の制裁は欧米の制裁ほどロシアにとってそれほど効くようなものではない。両国間のビザ発給緩和に向けた協議を停止するというものである。日本にとっては、あまり対ロ関係を悪化させたくなかったが、ロシアの今回の強引な内政干渉により、自国領土を拡大するという試みが世界中の反発を買っている事態に、手をこまねいているわけにはいかず、欧米に同調した対応である。これで北方領土問題はまた解決が遠のく。また、シベリアの原油開発と輸入が当面先延ばしされることになる。
それにしてもテレビを観ていると、クリミアには今もレーニン像が街の中に随分見られる。ロシアよりクリミアにレーニン像が多く見られるのは、クリミアが今日のロシア以上に共産主義国家的であり、ソ連時代の国情に近いと言えるのではないか。
2003年にシベリアを旅行した時、ガイドがロシア国内にレーニン像はもう2体しかないとデタラメを言っていたが、その時私が見た2体の他にもまだまだ共産主義の亡霊レーニン像はほかの土地にも残されている筈だ。それがロシアではない外国のクリミアであったとは驚きだ。ひょっとするとウクライナにもきっとレーニン像がたくさんあるのではないだろうか。
今日は暦の上では「先勝」である。昨年より17日も遅かったが、関東と四国で春一番がやって来た。高知で桜の開花宣言も聞かれた。3日後には選抜高校野球も開幕する。いよいよ春がやって来る。
2500回を機にこのままブログを書き続けていくつもりだが、果たしてあと何回書き続けられるだろうか。取り敢えず3000回を当面の目標にして邁進したい。よほどのことがない限り、来年の暑い盛りには念願成就ということになる。とにかく健康だけは気をつけよう。
2499.2014年3月17日(月) クリミア、ロシア領へ編入か。
ソチ・パラリンピックが閉幕した。オリンピックほどではないが、パラリンピックも結構派手に紹介され、閉会式でパラリンピックらしく‘Impossible’と書かれていた電光板の文字が冒頭のImを削除して‘Possible’に変わるかと思いきや、‘I’m possible’となっていたところが面白かった。アルペン座位競技のように猛スピードで滑り降り、元々身体が不自由な選手たちが転んで再び怪我でもするのではないかと心配したくらい出場選手たちは真剣に気持ちを込めてプレイしていたと思う。2020年東京オリンピックもパラリンピックと同時期開催となるので、日本人にもかなりアピールするのではないだろうか。
そのソチにほど近いウクライナのクリミア自治共和国で行われた住民投票の結果、クリミア独立票は予想通り投票総数の96.77%を得た。やっぱりか。この結果を受けて自治国首相はウクライナからの「独立」を宣言すると表明した。いずれ「ロシア編入」の動きを加速させることになるだろう。もとよりクリミアは全住民の6割強がロシア人の自治国で、タタール人のような他の少数民族が投票行使をしなかったせいもあって、圧倒的にロシア寄りの結果となった。
問題はこれからである。この住民投票はウクライナの憲法に違反しているとして、投票自体を認めない欧米諸国はロシアに対して追加制裁措置を実行すると発表した。
オバマ米大統領は「住民投票はウクライナ憲法に違反し、ロシアの軍事介入による脅迫のもとで行われた」と指摘する一方で、ロシアのプーチン大統領は「住民投票は国際法と国連憲章に完全に合致している」と反論している。結局現状はロシアと欧米との綱引きになっているが、どちらの言い分にも、受け取り方によっては、一理はあると言えるような気もする。住民が国を選ぶのは、ひとつの権利でもある。上司が嫌で、部下が全員別の上司の方が働きやすいということになったら、会社としてはそれに応じることはあるだろう。ただ、ロシアがクリミア住民に強引に軍事力を見せつけて恐怖感の下で住民投票を行ったことは無法である。この点は責められるべきであろう。また、ウクライナ憲法に違反していることも問題である。
今回の騒動の発端は、ウクライナ政界が不安定で、それにしびれを切らしたデモが発生し、国会内の対立がごちゃごちゃになって自信を失ったロシアシンパの大統領が夜逃げをしたことが騒ぎに火を点けた。そのドサクサにつけこんだ覇権主義国家ロシアが外堀を埋めて利用価値の高いクリミアへ武力侵入して既成事実を重ね住民投票へ持ち込んだというのが、大体の筋書きである。
これから険しいロードを歩むことになるクリミアとウクライナの一体感は、もはや消えてしまった。覆水盆に返らずである。かつて第2次世界大戦終盤に、ルーズベルト、チャーチル、スターリンの間で終戦について話合われたヤルタ会談が開かれた近くの土地で、下手をすると戦火が再び点火されるかも知れない。冷戦再びか。皮肉な話である。
2498.2014年3月16日(日) クリミアで住民投票始まる。
先日来庭の梅がきれいな花を咲かせているが、今日ウグイスのつがいがやって来た。今年初めて「ホ~ホケキョ~」の啼き声を聞いた。やはり風情があって中々好いものだ。独身の頃には、鵠沼の自宅の庭にもよくウグイスやメジロがやって来て春を感じさせてくれたが、近年は近所でも緑が少なくなってきたせいもあり、ほとんどウグイスの姿が見られなくなってしまった。
最近わが家の周辺も家々が詰めるように建って、まず庭付き家屋が見られない。そういう意味ではまだ庭があって少なくはなって来たが小鳥が餌を啄ばみにやって来て気が向くと囀りを聞かせてもらえるのは、至福の時と言えるのかもしれない。
さて、国際的な問題となって今世界の注目を集めているクリミア自治共和国内の住民投票が始まった。クリミアはウクライナ領であるが、ロシア系住民が多く、彼らがウクライナの政争に乗じてウクライナから独立して、その後にロシアへの帰属を求める住民投票である。アメリカを始めヨーロッパ諸国は、この住民投票はウクライナの承認を得ておらず、ウクライナ憲法違反であり、国際法上も違反しているとクリミアをそそのかしているロシアを糾弾している。国連安保理の場でもロシアへの編入を問う住民投票を無効とする決議案を採決したが、当事国ロシアの拒否権の行使により廃案となった。欧米は今後ロシアへ制裁を強めると公表した。
現時点では投票結果は分からない。明日結果が判明した段階で、どんな結論が出るだろうか。気になるところである。
2497.2014年3月15日(土) 八重山諸島の小さな町と国の対立
いま中学校の「公民」教科書選定問題で遠く離れた沖縄の1教育委員会と文科省の間でもめている。どうして小さな町と国家権力の間がこじれているのか。教科書選定について文科省が推薦するA教科書会社の教科書を武富町教委が受け入れようとせず、独自にB社の教科書を採用したいと主張して調整がとれないからである。
そもそもA社は「新しい歴史教科書をつくる会」系統の会社で政府の意向を酌んでいる。これが竹富町の考えに合わなかったと考えられている。難しいのは教科書の選定を決めるのは、竹富町だけのエリアではなく八重山地区と言い、他に石垣市と与那国町を含めた3つの自治体が1つになった同一教科書採択地区で、他の2市町が文科省の案を受け入れているからである。
これを文科省が竹富町教委に対して「共同採択地区で同一教科書の使用を義務づけた無償措置法に反する」として地方自治法に基づく是正要求を出した。国から1市町村に対して強い措置が出されたのは初めてである。
もともと自民党内には、教科書採択の現状に不満が強い。大半の教委が日教組の影響を受けていると見ているからだ。これまでも、義務教育の最終責任は国が担うとして教委に圧力をかけてきた。そこで今回のような文科省の意向を聞き入れようとしない機会を捉えて一気に強権発動を行ったと思う。
教育に対する政治の介入と見られることを恐れて政府もあまり強引な対応はできないところだが、文科省に反すれば教科書無償を適用させないことなどで締めつけようとしている。
自治体行政学の金井利行東大教授は「教科書無償措置法に基づき、採択地区内では同一の教科書を採択する必要があるが、違法なのは竹富町だけでなく、協議を尽くさなかった同地区内の石垣市、与那国町も同じだ。文科省が竹富町のみに是正の要求をしたのは不公平で、文科省も三者協議が進むようにすべき」と文科省の姿勢を問題視している。
どうなるのか、国も力づくで小さな町を押さえつけるのは少しやり過ぎではないか。下村文科相は安倍首相の強い信頼の下に文部行政を任せられており、現在沖縄問題で頭の痛い首相が表には出ていないが、沖縄に対する安倍首相の怨念が乗り移って遮二無二沖縄の小さな町を抑圧しようとしているように感じられてならない。金井教授のアドバイスを国は何と理解するか。