充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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2566.2014年5月23日(金) 心配なタイのクーデター
今日は予定が3つも重なってそのうち2つを前もってキャンセルしてNPO「JAPAN NOW観光情報協会」総会に出席した。特別大きな議案はなく、シャンシャンシャンと30分で閉会となった。理事の改選もあった。私も理事のひとりとして改選されたことになる。
何人かの親しい会員にはお盆の頃に発行予定の拙著の宣伝をしておいた。拙著原稿のボリュームについて19日に㈱現代書館から頁数の関係で1割程度削除して欲しいとの依頼があったので、その通り修正して同社へメール送信した。
総会後講演会があり、ドン・キホーテのインバウンド旅行会社社長の中村好明氏から「ドン・キホーテ流観光立国への挑戦」と題してお話があった。副題として「インバウンドで切り拓く次のニッポン」と掲げられていた。これまでの講演会とは違って若干異質なテーマだったと思う。ドン・キホーテのうなぎ登りの成長戦略について、多面的に面白い視点から話された。中村氏はドンキ本体の小売業ではなく、ドンキの子会社ジャパン・インバウンド・ソリューションズ社長で、多くの外国人旅行者をドンキ店へ誘導することが狙いだが、すべての面で既存の旅行会社とは大分異なる営業展開をやっているようだ。説明も興味深く分かりやすかった。
さて、タイ国軍が起こしたクーデターが現地民よりメディアで憂慮されている。政権派と反政権派の間に立つ中立路線を取ると見られていた軍が、反政権側に立っているような印象を受けるからである。
それどころか、昨深夜国軍はインラック前政権を転覆させて国家の全権を掌握した。「国家平和秩序維持評議会」を設置し、国家支配、管理に乗り出してきた。プラユット陸軍司令官が首相職を兼務すると発表し、メディア現場に立ち入り報道管制を敷いている。同時にインラック前首以下前閣僚など旧政権幹部に出頭を命じた。市民はまだあまり深刻に受け止めてはいないようだが、徐々に混乱が進み、このままでは収拾がつかなくなる恐れがある。
アメリカ政府も直ちに反応し、ケリー国務長官は国軍のクーデターと国の統治に失望し、軍に対して正当性はないと突き放している。
タクシン元首相失脚以後、タイの政治は混迷の度を加えているが、これからタイは一体どこへ進むのだろうか。
2565.2014年5月22日(木) 世界が少しずつ危険地帯に入っている。
今日午前中国・新疆ウィグル自治区ウルムチで爆発があった。30名以上が亡くなり、100名が負傷した。またかという印象だ。先月30日に同じウルムチで習近平・国家主席が訪問直後に爆発があった。今回も昨日習主席が上海で開催中の「アジア信頼醸成措置会議」(CICA)で「他国の安全を犠牲にして自国の安全を図るべきではない」と、どこまで本気か分からない発言をし、テロを徹底的に抑え込むと話した。その直後のテロ?である。力で民主的な自治権を押さえつけようとする強勢に対する抵抗であることは間違いない。これからもこの種のテロ的事件は減ることはないだろう。
今の中国が力を背景に非民主的なやり方で、弱者を痛めつけることを止めないなら、いずれ内外から手酷い反撃を食らうことになるだろう。まもなく天安門事件発生から四半世紀を迎える。中国政府はデモを警戒しているようだが、今のやり方では暴力、テロ、革命の芽を摘み取ることは難しいだろう。
それにしても、ロシアのプーチン大統領が訪中し、習主席と会談してロシアと中国の安全保障について話し合ったが、残念ながら世界中の「嫌われ者国家」同士が手を取り合って慰めあっているような印象である。もう少し強面を止めて自己性善説、似非愛国者、強引な自己主張などを反省し、周辺諸国と友好ムードを醸成できれば、少しは好感度が上がると思う。
中国国内で爆発事件が起きた今日、タイでも穏やかならぬ動きがあった。軍事クーデターの発生である。憲法の効力を一時停止すると発表した。今月7日インラック前首相が憲法裁判所から首相失格として、9名の閣僚とともに首相の座を去ってからタイでは無政府状態が続き、一昨日以来軍が仲介して政権派と反政権派の間で話し合いの場を設営していたが、両者の対立が解消せず、ついにしびれを切らした軍部が政権を乗っ取った。今後国民生活は大丈夫なのか、現地には日本企業が多いだけに気になるところだ。
他にもシリアでは相変わらず内戦が活発化し、ウクライナ情勢も流動的で、この先どうなるか分からない。東シナ海、南シナ海も不穏な状況にある。段々危険な世の中になってくるような気がしてならない。
2564.2014年5月21日(水) 同期の仲間と久しぶりに会う。
久しぶりと言うか、退職してからほとんど会っていなかった小田急電鉄学卒入社同期生と新宿の「ホテル・ハイアットリージェンシー東京」で落ち合った。今日のリユニオン・パーティについて該当者に連絡はしたが、返事は求めず、ロビーに所定時間に集合とだけ案内した。果たして何人来てくれるのかと多少気に掛かっていた。
同期入社員は13名だったが、先日亡くなった2人の他に先年すでに2人が彼岸へ行ってしまったので、9人が仲間である。そのうち2人は途中退社して1人は所在が分からない。もう一人、稼業の植木職を継ぐため中途退社した本橋氏は来てくれて、結局6人が集まった。1人は別用があったようだし、もう1人は九州にいるので条件が悪い。2月、3月と連続して同期生が亡くなり、我々も年齢的にみてそう元気にしていられる世代ではないが、その中で6/8もの仲間が同期生の誼で来てくれたのは、世話役として嬉しい。
できれば1年に1回ぐらい同じように会いたいものだと全員意見が一致した。
さて、今日裁判所で2つの大きな判決があった。ひとつは、大飯原発再稼働の差し止めを求めた福井地裁の判決である。裁判官は大飯で度々地震が起きているのに、安全の担保がないとして原告の訴えを認めた。関西電力は早速控訴するという。菅官房長官は、国としてコメントできないと言いながら、原子力規制委員会が安全と認めた原発の再稼働は進めると司法に挑戦するかのような発言をしていた。政府としてはこのままいかに反対意見があろうとも、原子力規制委員会のお墨付きさえ得られれば、危険な原発を稼働するとの考えを表明した。司法の結論を内閣が覆すという考えであり、これでは三権分立は絵空事となるではないか。
もうひとつの裁判は、厚木基地の騒音被害に対する周辺住民の訴えに対して自衛隊機夜間飛行差し止めの判決が横浜地裁であった。全国で初めての判決だ。ただ、米軍機の飛行禁止についてはわが国の法律ではその対象にはならないと米軍機の飛行差し止めはしなかった。
いずれも画期的な判決であるが、いずれも控訴して判決が覆される可能性がある。それにしても政府の行おうとする考えが、悉く否定されている。にも拘わらず、自分たちの思い通りやり通そうとする。国として国民の嫌がることを臆面もなく行おうとするのは、最早恐怖政治へ一歩踏み出しているのではないかと極めて気になる。
2563.2014年5月20日(火) 韓国沈没船事故の影響
先月16日に起きた韓国の沈没船事故で、まだ20名近い行方不明者の安否が分からない。事故発生以来国中に暗い空気が漂い、事故責任者を追及する声が尽くされている。船舶会社オーナーや、乗客を放ったらかして脱出した船長や船員らが厳しく批判されていたが、ここへ来て救出作業に当たった海洋警察の手落ちが指摘され、それが原因で政府への批判が一層高まっていた。昨日朴大統領は再び遺族、国民に対して海洋警察があまり活動しなかったことを謝罪し、海洋警察の解体まで踏み込んだ発言をした。
起きた事故は、気の毒としか言いようがないが、これまで国として安全対策がないがしろにされていた傾向があり、いかに大統領発言であるにしてもこれを一気に万全を期すというところまでは中々難しいのではないだろうかと思っている。6月に統一選挙が行われるようだし、この事故で朴大統領の支持率が下降気味になったのを盛り返したいとの願いも隠されているのではあるまいか。
一般的に言われていることは、韓国は戦後経済成長を追い続けることに精一杯で、安全に対する感覚が充分でなかったと国内で大きな反省の声が聞かれる。これまでいろんな面で安全に対する手抜きをやっていたことが今大きな反省材料となっている。
今から40年ほど前ソウルで開催された旅行業界のPATAコンベンションに参加した際、下関から関釜フェリーで韓国へ行ったことがある。その折日本のフェリーに乗ったか、韓国のフェリーに乗ったのかはっきり覚えていないが、その時フェリーは危険な感じはまったくなかった。あの事故以来韓国では旅行が下火になり、況してや船の旅は旅客減少に歯止めがかからないようだ。韓国の安全対策に対する認識が少々甘かったようで、その後も地下鉄事故やビル倒壊が起きている。安全に対する意識を根本的に考え直す時だろう。
2562.2014年5月19日(月) 拙著発行について出版社と打ち合わせ
いま上梓しようとしているノン・フィクション「南の島の日系人大酋長の波瀾万丈」の発行について打ち合わせるため、飯田橋にある㈱現代書館を訪れ、菊地泰博社長にお会いした。同社は福祉、文化、教育関係の書籍を比較的多く扱っている堅実な出版社だが、つい最近元外交官孫崎享氏が「小説外務省」を出版してそれが当たりベストセラーとなっている。菊地社長は出版ニュース社清田義昭社長のご紹介によるものである。拙著も何とか孫崎氏にあやかって販売実績を挙げたいものである。拙稿を読んだ感想として面白いと一言仰っていただいた。
推敲済みの原稿を手に話し合ったが、若干思惑のずれもあった。プロの出版社の言うことは確かに納得が行くので、なるほどと聞き入れることになる。出版社としての考えを伺い、できるだけそれに合わせるようにしたいと考えている。
菊地社長には、予想していたことであるがサブ・タイトルがちょっと長過ぎると指摘された。確かに「元プロ野球投手ススム・アイザワが森喜朗元首相と元チームメート佐々木信也と結んだ友情の絆」は流石に長い。今後もう少しこれを考えてみたい。ただ元々そう考えていたので、簡略化したいと思っている。だが、菊地社長のお考えでは、そっくり削るか、この副題を帯文にしてはどうかという提案があった。
出版時期は早い方が良いと申し入れしているので、お盆前ということで合意した。これなら出版記念会を秋に開催すればちょうど良いと思っている。
ところが、帰宅したところ菊地社長から電話で原稿枚数が多過ぎるので、これをこのまま本にするとページ数が300頁位になり多過ぎて、結果的に販売価格も上がることになるので、原稿枚数を減らした方が良いとアドバイスを受けた。現在A4用紙で124枚だが、これを1割ほど減らそうということになった。
今週中に110枚程度にしようということである。この他に写真の枚数も多過ぎると言われているので、これも減らす必要がある。まだまだ問題はあると思うが、とにかくゴーサインとなった。何とか良い書物に仕上げて、友人らに自慢したい。