ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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2605.2014年7月1日(火) 安倍政権、集団的自衛権の行使容認を閣議決定

 国内外とも猶予ならざる事態が進行しつつある。国内では、言わずと知れた集団的自衛権行使の容認である。今日自民、公明両党は憲法解釈を変更して集団的自衛権行使を容認するとの閣議決定案について正式に合意した。昨日までぐずぐず言っていた友党の公明党も自民党の方針を容認することになった。自民党に自分たちの平和の理念や断固たる信念を伝えられず、極右自民党に追随する道を選んだ。しかし、体裁だけ繕い対外向け党内議論を重ねても所詮本音は見えている。党内及び地方組織内に反対の声がありながら、公明党執行部は連立を壊すのが恐ろしく、いとも簡単に「平和の党」の看板を下ろすことになった。自民、公明ともども今後は「戦争の党」と公称すべきだろう。

 すでに全国で200を超える自治体が現時点での容認は拙速だと反対し、岐阜県議会では自民党県連が集団的自衛権を認めないとして本部に反対している有様である。アンケート調査でも国民の半数以上が拙速と批判し、議論を重ねることを望んだ。だが、今の自民党政権は総選挙で国民から全面的な信任を得たとして、戦後の憲法論を曲げてまでも憲法の解釈を変更するという強引な手法を取ることになった。

 自民党の驕りは、大きな勘違いにまで突き進んだ。総選挙では自民党を勝たせた。だが、それはすべての決定権を自民党に委ねたということではない。この辺りを大きく誤解している。

 本日発足60周年を迎えた自衛隊にしても、戦争に関わり死の危険が限りなく強まるが、果たして防衛省はそれで良いのか。戦争への道が大きく開け、平和憲法と崇められた現憲法は戦争に対して歯止めが利かなくなっている。

 安倍首相は今夕の記者会見ですべては国民を守るためとか、戦争の可能性は集団的自衛権行使によって限りなく小さくなったとか、国民を戦争に巻き込むことは抑止力の効果により反って少なくなったと言った。このノーテンキ男は何を言ってんだと言ってやりたい。これだから勉強もせず苦労も知らないお坊ちゃんは困る。間違いなく日本が戦争へ突き進む可能性は高まった。

 さて、国外ではシリアとイラクの国境を跨いで、イスラム過激派組織「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」が「イスラム国」の樹立を宣言した。先日来イラク国内がイスラム・シーア派とスンニ派、そしてクルド人が入り乱れて騒乱状態になっているところに、シリアから件のISISが入り込みイラク国内がテロの温床となることが懸念されている。これからイラクはどうなるのか心配である。

2014年7月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2604.2014年6月30日(月) 中国故宮博物院の秘宝

 10日ぐらい前からパソコンのプリンターの具合が良くない。6年近く使用しているものだ。文字が二重に印刷されるので、印刷物は資料としてはとても使えない。取扱説明書を読み何度もトライしてみたが、思うように修正できない。近くのヤマダ電機へ修理に持って行ったが、修理に10日間もかかると聞き、直接メーカーへ問い合わせてみた。メーカーはプリンターを持ち込んでくれれば当日内に修理を終えると聞いたので、考えあぐねた末にそうすることに決めた。そこで今日都下日野市のエプソン東京修理センターまでカーナビを使いながら辿り着き修理を依頼した。今日中には修理を完了してすぐ宅急便で送るので、明日には手元に届けられるということだった。やはり積極的に動かないとこちらの望むようにはなかなか行かないものだ。取り敢えず問題が解決してほっとした。

 そのまま車を運転してフォルクスワーゲン店へ行き1年間の定期検査を依頼した。これも今日中に整備検査を終えて夕方届けてくれた。このVW車も購入してからすでに8年が経った。プリンターにせよ、車にせよ、機械物は便利ではあるが、手間と経費がかかる。

 さて、昨日と一昨日の2日間NHKの特別番組で中国の秘宝「故宮」展示物を取り上げていた。その中で「象牙多層玉」と称する清時代の国宝について詳しく伝えていた。実は、1968年初めて台北の故宮博物館を見学した際、この「象牙多層玉」の見事さに舌を巻いた。彫刻されたいくつかの玉がひとつの玉の中に隠され、その手の込んだ技術に感心したものだ。その時ガイドはこうも言っていた。何十年もかけて父子3代に亘って創り上げた絶品の芸術品であると。とても信じられない高い技術に中国の工芸品のなせる技に驚いたことを思い出す。それが、昨日ヨーロッパと中国の芸術面の相互影響に関する解説で、これは清時代にヨーロッパからの影響によってでき上がったものであるということだった。しかも模造できる例を見せてくれて、台北のガイドの話に度肝を抜かれたが、この実例によってある程度納得することができた。

 それにしてもいつ見てもこの多層玉たるや見事なものである。

2014年6月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2603.2014年6月29日(日) 些細でも嬉しいニュース

 上野浅草フィルハーモニー管弦楽団の年間2度行われる定期演奏会の観賞に浅草公会堂へ出かけた。ゼミの仲間の一人、赤松さんが長い間チェロを演奏している。このオーケストラは、いつも難しい曲ばかり演奏して中々理解しにくいが、残念ながら今日も知らない曲ばかりだった。ワーグナーの歌劇「リエンツィ」序曲、ストラビンスキーの組曲「火の鳥」、そして最後はブラームスの交響曲第4番ホ短調作品98である。私のようなクラシック素人には、ちょっと難しい。演奏会を楽しむというよりむしろゼミの仲間たちとわいわい話合って、雷門にある永井荷風お気に入りのレストラン「アリゾナ」で美食をいただくのが至福の時である。中には健康状態がやや気になる人もいるが、このままいつまでも健康で楽しいサークルであって欲しいと願っている。もちろん次回11月のコンサートも観賞するつもりだ。

 今日は海外旅行中ということから、常連の夫婦3組が参加しなかったが、その内の一人、利光國夫さんが、現在発売中の「文藝春秋」7月号の「同級生交歓」に成城学園小学校時代の同級生6人と並んで映っているという。帰りに同誌を買ってみたところ確かに利光さんの英姿があり、同級生のコメントも書かれていた。これも少なからずゼミの誇りであり、嬉しいことである。

 さて、昨日告別式に出席して帰宅したところ妻の携帯へ長男の嫁からメールで彼らの小六と小四の2人の娘について嬉しい知らせがあった。2人とも大阪、京都、奈良の3府県合同の小学生百人一首コンクールで2位に入賞したという。小六の娘が小学生の部で、小四が初心者の部でそれぞれ2位とはわが孫ながら、あっぱれだと早速長男にお祝いの言葉を送った。2人とも絵も上手なので、ともにさらに多面的に力を伸ばして欲しいものだと思っている。それにしてもこの次はどんな成長ぶりを見せてくれるか楽しみである。

2014年6月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2602.2014年6月28日(土) 100年前の今日のでき事

 第1次世界大戦が始まって今年は100年目になる。20世紀は戦争の時代とよく言われるが、その先鞭をつけ、1500万人という最大の犠牲者を生んだのが第1次大戦である。我々が世界史で習う通り一遍の史実では、断片的な事実しか知ることができず、その背景にある、複雑で止むにやまれぬ原因までは、よほど自主的に知ろうとしないと分からないままに終わってしまう。各国が入り乱れて戦争に介入したのは、自国の権益を獲得するための利権争いであり、日本にしても口実は日英同盟締結によって対ドイツ同盟に加わったとされているが、実際には日本の狙いは、ドイツが持っていた中国や南洋群島にあった植民地権益だった。

 そして、100年前の今日、1914年6月28日サラエボで歴史上あまりにも有名なオーストリア皇太子夫妻がセルビアの青年によって暗殺され、あの第1次世界大戦勃発の口実となった。1カ月後の7月28日オーストリアが宣戦布告したことにより正式に第2次大戦が始まった。

 この他に当時はあまり公に知らされなかったが、サラエボ地域は多民族、多宗教で争いが絶えなかった。セルビアの青年の犯行とされている大戦勃発の原因であるが、そこには民族や宗教がからんで強大化しつつあったバルカン半島のセルビアを牽制し、力を削ぐことを企んだ連合国側に決定的な開戦の事情が隠されている。その点については、先日セルビアから来日した山崎洋さんもしきりに深遠なる背景を語っていた。所詮戦史には多面性があるので、この点をどれだけ自分自身で調べて解明し真実に迫るかということが大切であると思っている。

2014年6月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2601.2014年6月27日(金) 松本サリン事件から早や20年

 早いもので松本サリン事件が発生してから今日でちょうど20年になる。朝のテレビ・ニュースがこの事件の風化について伝えていた時、NPOで付き合いのある知人の阿部和義さんのことをふっと思い出した。月刊「コロンブス」昨年3月号に連載コラム「観光立国を支えている人」で、取材を受け、好意的な記事を書いてくれたのも阿部さんである。また、日比谷高校時代ラグビー部に所属し花園全国大会にも出場したほどラグビーに通じていたので、割合気兼ねなく何でも話すことができる。

 しばらくすると、朝日新聞を読んでいた妻が驚いたように、「この方、阿部さんではないかしら?」とその記事と写真を示した。社会面のトップで仏壇に線香を上げている大きな写真の主は、間違いなく阿部さんである。以前にもNHKで報道されたことがあるが、気の毒にも阿部さんは当時信州大学の学生だった一人息子をこの事件で喪った。阿部さんにとっては悔やんでも悔やみきれない事件だった。当時朝日記者だった阿部さんは、悲劇にもめげず仕事に立ち向かっていたが、奥さんと2人の娘さんは大きなショックを受けた。その後新聞でも報道された娘さんは大学医学部に進学したと聞いたが、記事によると2人の娘さんの一人は精神科医師、もう一人は麻酔科医師と書かれていた。昨夏にはご長女の下に初めてのお孫さんに恵まれたという。ご家族にとっては嬉しい初孫誕生のニュースだろう

 阿部さんも数年前舌癌を患って手術を受けた。一時はしゃべるのに不自由さを感じていたようだが、最近では大分回復したようだ。

 もうこれほどの不幸に会うこともないだろうから、今のまま朝日経済部記者だった阿部さんらしさを発揮して引き続き取材活動に当たって欲しいと願っている。

 さて、過日妻の兄の義母が亡くなり、今夕JR新横浜駅近くの葬儀場で通夜が営まれ妻ともども出席した。享年91歳の故人は近年養護施設で生活し、必ずしも健康状態は芳しくなかったようだ。遺影は微笑んで福々しい良い笑顔だった。心おきなく逝かれたことだろう。

2014年6月27日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com