充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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2640.2014年8月5日(火) STAP細胞の疑念解明はどうなるのか。
1月に華々しく万能STAP細胞の発見を発表して脚光を浴びた記者会見の場では、理化学研究所の小保方晴子研究ユニット・リーダーの隣に、論文共著者でもある発生・再生科学総合研究センター(CDB)副センター長笹井芳樹氏の誇らしい姿も見られた。その後しばらくして論文の正当性に疑問が抱かれ、同じ共著者のひとりだった山梨大学若山照彦教授が執筆者から降りて小保方氏は四面楚歌になった厳しい環境下に、小保方氏の指導者で彼女を支えていた笹井氏が今朝理化学研究所内で首つり自殺を図り亡くなった。何という悲劇であろうか、小保方論文に取りついた悪霊はどこまでもこびりついていた。ノーベル賞受賞者の野依良治理事長は、かけがえのない科学者を失ったと述べ、哀悼の意を表明した。
それにしても、世界的な科学者として将来を嘱望され、羨ましいポジションにいた笹井氏がなぜ自らの命を絶つまでの決意を固めたのだろうか。厳しく言えば、科学者として、また普通の常識人としてあまりにも浅はかだったと言わざるを得ない。本人は心身ともに相当疲れていたらしいが、これだけ世間を騒がせたSTAP細胞事件の調査が始まってまもなく、しかもその中心人物であり、研究チームを支えていた人物がこうも簡単に自らの生命を絶ってしまうとは、考えようによっては無責任過ぎると思う。宿題だけを負わされたまま、小保方氏らは前へ進まなければならない状況の中にいる。細胞問題は未だ解明の途上にある。
4月に理化学研究所は野依理事長以下スタッフが揃って論文の不正について謝罪会見を行い、責任の所在、不正調査、今後の対策などについて語ったが、その際理化学研究所内のあまりにも世間慣れしていない稚拙な行動と対応の過程で、世間知らずの学者たちの象牙の塔内の騒ぎが図らずも表へ噴き出たのだと世の嘲笑を買った。所詮学者の世間知らずのなせる技だと嘲笑われたのだ。
世間から疑惑の目で見られるようになった理化学研究所が、今後体制を立て直し、実績・成果を上げ、国民の信頼を取り戻すことができるだろうか。STAP細胞の存在の有無が解明されることが強く望まれる。
さて、今日も暑い。群馬県館林市では39.5℃を記録し、今年に入って全国で最高値を記録した。気象の急変は、関東地方の炎暑ばかりでなく、一昨日以来の西日本、特に四国で大雨を降らし、各地で土砂災害が心配されている。そして、北海道でも昨日から大雨である。
人為的な事象としては、パレスチナ・ガザ地区で続いていた激しい戦闘が、ここへ来て漸く3日間の停戦が実現した。あくまで3日間の有期限である。これまでは一方が停戦を受諾しても、相手が受け入れず、停戦、況してや休戦は期待できなかった。今度ばかりは国際社会の要請を受けた形で、ハマスを信用しないエジプトが珍しく仲介の労を執ることによって、イスラエルとの一時停戦が実現することになった。すでに2000名近い犠牲者が出ている。何とかこのまま休戦へと進んで行かないものだろうか。
2639.2014年8月4日(月) 出版記念会のミュージック演出は決まった。
11月に拙著の出版記念会を計画しているが、その場で音楽を提供してくれるという甥の江上友彦くんと自由が丘駅前で、妻を交えて大凡の打ち合わせをした。以前から彼が音楽活動をやっていることは知っていたが、偶々この出版記念会を機に、妹がお祝いにプロ活動を行っている息子を手伝わせると言ってくれた。
まだすべてが決まったわけではないが、大体のことは固まった。「江上友彦トリオ」として、彼がリーダーとしてベースを、あと2人にピアノとドラムを演奏してもらうことになった。有り難いことである。昔彼が幼少の頃は度々会ったが、今日会ったのは実に久しぶりである。CDも出して立派なプロ・ミュージシァンとしてやっていることを知り、伯父として嬉しい気分でもある。出版記念会当日には「江上友彦トリオ」が雰囲気を盛り上げてもらえると思っている。
今朝新聞に「まわる交差点」という面白い記事が載っていた。交差点に信号がなく、車が回転するようにして目的の出口から出て行く。ラウンドアバウト(Roundabout)というのだそうだが、これが日本でも実験段階を経て取り入れられようとしている。それにはメリットがあるようで、車の通行量の少ない場所ではそれなりの効果があるようだ。実際海外ではこのラウンドアバウトを結構見る。だが、問題は車の通行量が増えてくると交差点の中で車が詰まって外側を走る車が増えるため、反って交差点の中で渋滞している光景を見る。
初めてこの方式に出会ったのは、バンコックだった。中々スムーズに流れるものだと感心していた。それが毎年バンコックを訪れるようになるに連れ、車も混んできた。そして、何年後かにはこのラウンドアバウト方式を止めて、信号機が設置され普通の交差点になった。すると混雑が少し解消された。つまり車の通行量が少ない時は、この方式が効果を挙げていたが、車が増えるに従い車はスムーズに進まなくなり、問題となった。ほぼ毎年のようにバンコックに行き、交通量の増加を見ていて実感としてこの方式のメリットとデメリットを知ったような気がする。
しかし、今日の日本では車の通行量はほとんどの交差点で増えていると思う。それを何ゆえ今頃になってこのラウンドアバウトを検討のうえ、取り入れようとしているのだろうか。よく分からない。
2638.2014年8月3日(日) 一日も早く江戸城天守閣再建を
一昨日の朝日夕刊一面に四段抜き、写真入りで「江戸城天守閣・再建の夢」と題して、私も所属する認定NPO法人「江戸城天守を再建する会」の活動と、小竹直隆理事長のコメントがかなり詳細に解説掲載されていた。
天守閣の再建は、創建時と同じ木造により現存する石垣の上に高さ59mの5階建て城郭を建設する構想である。幸い正確な図面が残されており、これに基づいて広島大学三浦正幸教授がCGで当時の姿を再現した。そのビデオは私も2度ばかり拝見した。再建に掛かる概算費用は実に350億円と考えられているが、大阪城や名古屋城天守閣が一般の寄付で再建された例もあり、東京の、また日本の観光資源として東京駅に近いその立地の良さも生かせれば、一般や企業からの寄付金も期待できるので建設費用を賄うのはそんなに難しいとは思えない。それより何よりその経済効果は抜群だと思う。
問題は、建設予定地が皇居敷地内にあり頭の堅い宮内庁がすんなり建設を認めてくれるかどうかということと、天守閣が建てられる石垣が文化庁の指定で国の特別史跡であることである。特に宮内庁は天皇一家がお住まいになる皇居内に新しい建造物を建てるということに対して、ちょっと神経質になっているようだ。ただ、会としては徐々にではあるが、すでに政治的な手も打っており、再建賛成の超党派議員連盟設立の動きもあるという。
日ごろよりその献身的な活動に敬服している小竹理事長に昨夜早速激励のメールを送った。小竹氏から「朝日新聞夕刊記事について、丁重なメッセージを戴き、有難うございます。江戸城天守再建運動を、単なる夢物語に終わらせたくはない・・何としても天守再建を軌道に乗せようと努力して来たことが、漸く、こうした形で、世間に認められつつあるのかな・・と感じているところです。しかし、これも小竹一個人の問題ではなく、3700会員ひとり一人の熱意の賜物です。このテーマに関心を持ち、賛同して下さるすべての方々への感謝の気持ちで、これからも頑張って行きたいと思いを新たにしているところです。激励のメッセージ、有難うございました」と丁重な返信をいただいた。献身的に頑張っている理事長に引き比べて、私自身曾祖父が江戸城詰めの武士だった子孫のひとりとして微力ながら協力を心がけているが、中々思うように動きが取れない。ほんの僅かではあるが、何とか近刊拙著「南太平洋の剛腕投手」に本会の活動について触れたところである。
ついては、皇室に無関係の余所物、或いは余所者の箱物を皇居の敷地内に建てることについて、宮内庁職員の中には、強い拒絶反応があると聞く。まるで自分たちの土地だと信じ、それを汚されるとでも思っている節があるようだ。これこそ狭量な閉鎖性と権威志向の顕れであり、反って皇室の発展にはそぐわない。
それなら実際天守台の目の前に得体の知れないカラフルでサイケデリックな外観の建物が目につくが、あんな下品な建物こそその周囲の環境にマッチしない。これは内部の宮内庁雅楽部か、その関係の建物と聞いた。こんな相応しくない建物より、大所高所から見て相応しいと思って問題がなければ、お城の天守閣を眺める方がよほど自然であり、筋が通っている。ましてや400年前にここに存在していた建造物で、日本の伝統文化の一助になる歴史的建造物を再建することでもあり、天守閣の再建はまったく問題ないと思うのだが・・・。
2637.2014年8月2日(土) 中国共産党の「七不講」
中国共産党政府が国民の不満の暴発を恐れ、徹底的に言論弾圧を繰り返していることはいくら中国政府がひた隠しにしようとも国際的には周知の事実であり、今後もよほどのことでもない限り、当分の間中国はこのまま非民主化の道を歩んで行くものと思われる。
中国に慕容雪村(ムーロン・シュエツン)氏という若い作家がいる。朝日新聞によれば、その慕容氏が、権力を一手に握った共産党が統治の危機を感じているからだとずばりその理由を指摘している。そのやり方は、国外からも疑念のまなざしで見られているが、共産党が大学で話してはならない7つのアイテムとして禁じている「七不講」というものがあるそうだ。「人権などの普遍的価値」「報道の自由」「市民社会」「市民の権利」「共産党の歴史的過ち」「司法の独立」「特権的資産階級」である。自由の学府であるべき大学で、最も講義すべき課題である。
これでは、中国の大学でいくら学んでも自由とか、民主主義についてその何たるかをまったく知らないまま4年間を過ごすことになり、学士の資格はないと言える。ひとつひとつ項目を見ていると、「人権などの普遍的価値」「報道の自由」「司法の独立」などは民主国家では当たり前のことであり、政府の意向を酌んだ裁判では、信じがたい判断が下されることが当然のように受け取られている。三権分立なんて言葉は中国では死語なのだ。
大学で批判精神を学ぶことを禁じるとは、中国共産党という組織は大学の本質というか、大学というものがまったく分かっていない。唯々諾々と上から言われたことを忠実に実行するだけで、思考力を欠いたなまくら学生だけを養成するところだと勘違いしているようだ。亡くなったゼミの恩師は、常に物事を批判的な視点から見るようにと口酸っぱく言っていたが、我々の学生時代に共産中国に理解を示していた恩師も今なら追放されようというものだ。
中国共産党政権の学生への囲い込み抑圧もさることながら、学生たちももう少し団結して言論の自由を発揮して、政府にひと泡吹かせることはできないものだろうか。
さて、今夕千葉市内で幕張小学校のクラス会に参加した。早や小学校を卒業して63年。すでに黄泉の国へ旅立った同級生も多い。今日もともに市川学園へ進学した野口くんが癌で亡くなったとの訃報を聞いた。離れて住んでいるので、普段あまり会う機会がないせいだろうか、特別親しく突っ込んで話合うようなことはない。話題もやはり大学時代の仲間に比べるとバライエティに欠け、共通性がないような気がする。でも顔を見ているだけで、ほのぼのとした懐かしい気持ちになるものだ。これが幼馴染ということなのだろうか。お互い元気で機会さえあれば、今後もこういうクラス会には出続けたいと思っている。
2636.2014年8月1日(金) 人間ドックを受診する。
朝の満員通勤電車に揺られて信濃町の慶應病院へ向かった。2年前の今日予防医療センター(人間ドック)がオープンしてから、この日に人間ドックで身体の健康状態をチェックしてもらっている。
昨日、一昨日ともに糖尿病の数値が良かったので、気分を良くして出かけた。久しぶりに混雑した電車内で感じたのは、想像通り狭いスペースの中でも乗客は必死になってスマホを駆使している今様通勤風景だった。
このように周囲が目に入らないような有様では、昨日偶々近所でスマホに夢中になりながら自転車に乗った若い女性に体当たりされたのも何となく頷ける。その時は強い調子でその女性を怒鳴りつけた。
さて、慶應の人間ドックは3年連続になるが、どの患部を特別に診てもらうのかということをあまり考えることもなく普通仕様と特別仕様でお願いしている。昨年は腸を調べてもらった方がよいとの内科医のアドバイスを受けて特別仕様で検査してもらったところ格別支障はなかった。
今年は普通仕様でやってみたところ、内視鏡で膵臓にちょっと気になるところがあるので、放置しておいても格別問題はないと思うが、どうするかと言うので、綿密に調べて欲しいと申し述べて1週間後に検査してもらうことになった。そのうえ、昨年の検査の際大腸にポリープが少し見られるので、これを除去するか、考えなさいと言われていたがそのままにしていたので、これも2週間後に除去してもらうことにした。これで今日以降検査のために2度、その報告を伺うために1度、予防医療センターを訪れることになった。
昨日日本人の寿命がまた延びたと公表されたが、それは最近の医学の進歩により高齢者の癌、心臓病、脳梗塞などの死亡者が大きく減ったからだとコメントされていた。その病気例は私のケースでは認められないが、医学の進歩に期待して、まだまだやりたいことをやるために長生きしたいものである。