充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
ブログ一覧
2700.2014年10月4日(土) ステーキの肉が硬い。
今日はあまりすっきりしない、初めての経験をした。我々は近くの玉川高島屋レストラン街でしばしば食事をするが、今日も妻と夕食に出かけた。そんな時、「鎌倉山」のローストビーフをぜひ食べたいというような目的でもなければ、その時の気分次第でレストランを決める。今日も何となく洒落た感じのステーキ屋前でメニューを見て決めた。これまでも何度か入ったことがあり、まず満足させてくれる和風ステーキ・レストランである。店内は壁でいくつかのスペースに仕切られていて我々が入った一角の先客は、カップル2組だった。
美味しそうなステーキ定食を妻ともども注文した。肉は100gでよいという妻に、私は50gを追加して150gでコースを待っていた。ところが、この赤いステーキが見栄えは良いのだが、硬くて噛み切れないのだ。妻が随分硬いわというので、私がトライしてみても本当に硬くて美味しい味は口の中へ流れてくるのだが、いくら噛み切ろうとしても中々こちらの望むようには噛み切れない。食べきれず食べかすを口から出しては皿に戻す情けなさである。ひと口用にカットしてあるのだが、すべて食べきれない。ステーキ屋さんでこんなことは初めてである。これでは多めに注文した50gは無駄だった。結局最後の一切れは抵抗の意も込めて食さず皿に残した。
最後にデザートを出された時、店員に少し肉が硬すぎやしないかとつい苦情を言ったところ、恐縮して申し訳なかった言って引き下がった。支払いする段になって肉の硬い部署が当たったのかも知れないと言って謝罪するのだが、他のお客さんはどう感じたのだろうか。まああまり良いディナーとはならなかったが、一流の店でも致命的な欠陥が表れることがあるものだ。
さて、今日は嬉しいこともあった。元朝日経済記者の阿部和義さんからある新聞のコラム欄に阿部さんが書かれた記事を送っていただいた。先日阿部さんが11月の拙著出版記念会に出席できないので、食事をしながら久しぶりに話し合いたいとランチのお誘いを受けたのだ。その時この記事について初めて伺った。私のことを随分好意的に書いてくれている。タイトルは「近藤さんの努力に脱帽」というものである。阿部さんと私の付き合いの始まりから、高校時代のラグビー部活動、近著「南太平洋の剛腕投手」、出版記念会についても書いてくれている。特に、この出版記念会に関する描写が愉快である。そもそもこういう会は出版社か、友人有志が主催して著者本人が主催者になることは珍しいとのコメントがある。実は出版記念会にはその辺りの事情を、司会者の口から言ってもらおうかと思っていた矢先である。阿部さんの言う通りで、実情は主催を他の人に頼むと気を遣わせて申し訳ないという気持ちと同時に、私自身が好きなようにやりたいことと、自分でやった方がスピーディに自分のリスクでできるというのが本音である。
このコラムは「~私はこの日は都合が悪く出られないので、近藤さんを招いて昼飯をたべることにした」と結んでいた。嬉しいことに、悪かった都合が一週間延びたことにより、阿部さんは出版記念会に出席できることになったと手紙に添え書きがしてあった。また、近いうちに阿部さんと会える。善し善し。
2699.2014年10月3日(金) 香港のデモで内政干渉について考える。
今香港が世界中から注目されている。民主派市民が求める行政長官選挙に対する抗議運動が、国際社会から強い関心を持たれているのである。発端は中国政府が示した選挙改革案に民主派が反発したことにある。香港の中心街で連日行われている座り込みが益々大きくなってきた。学生側が求める行政長官の辞任を長官は認めず、他方で学生が要求する話し合いには応じた。
昨日になってケリー米国国務長官、そしてオバマ大統領も普通選挙に対する香港市民の志を理解すると抗議運動自体を支持する立場を表明した。これに対し、訪米中の王毅・中国外相は直ちに内政干渉と強く反発した。散々他国の権利を侵害していながら、中国は自国の権利を批判されるような発言をされると反論して、口を出すなと言わんばかりである。
確かに他国の行為に口を出すことは、基本的に内政干渉に触れる点はある。だが、一般的な人権論として捉えると、他国で残虐行為が行われていると分かっていながら内政干渉に当たるとして手をこまねいていることが、絶対に正しいと言えるだろうか。難しい判断ではあるが、その場合は垣根を乗り越えてもその残虐行為を止めさせるのが、人間として当然とされる行為ではないだろうか。問題はそのことを口実に他国へ乗り込み、他国の人権を無視して危害を加えたり、残虐行為を行うことではないか。戦争のきっかけにもなりかねない、他国への武力の使い方が難しい所以である。
香港のケースでは、制度として1国2制度が認められていることと、中国政府が行政長官選挙に制約を課したことが民主的ではないとして政府のやろうとしていることが国際社会から糾弾されるのは致し方あるまい。これにアメリカが好ましくないと発言したことは、内政干渉に当たるかも知れないが、国際社会から間違っていると非難されることはないのではないか。
内政干渉と不干渉の分かれ目は、他国の行為に口を出すかどうかというより、その行為自体が民主的であるか、非民主的であるかということにあるのではないだろうか。
2698.2014年10月2日(木) 代々木ゼミナールが事業規模縮小
今日ミクロネシア連邦大使館へ出かけ草柳秘書とジョン・フリッツ大使の拙著出版記念会への出席の可能性について率直に話合った。期日は来月10日(月)だが、ミクロネシアのモリ大統領の訪日と重なる可能性が高く、日程が固まっていない現在、出版記念会に出席できるかどうかはまだ分からないということだった。以前大使に尋ねた時にも同じようなことを仰っていた。森喜朗元首相にもご出席いただけるだけに、大使にご出席いただけないとすると拙著のパートナーの最も身近な人がその場におられないことは何とも残念である。
大統領の訪日予定は3日ごろで、その後名古屋、大阪、高知、福岡を経て9日、つまり出版記念会の前日にグアムへ向かう案だそうである。微妙なタイミングになったが、大使はこの案だと物理的には何とか可能だが、休みをまったく取らないというのもストレスがたまることだろう。運を天に任せて大使のお出ましを待つより仕方がないのかも知れない。
さて、8月に突然大手予備校、代々木ゼミナールが経営不振から大幅な校舎、及び職員削減に踏み切るというショッキングな話題が報じられた。代々木ゼミと言えば、駿台予備校、河合塾と並んで日本の3大予備校と呼ばれて久しい。かつて勤務していた会社は代々木ゼミの本拠地・代々木にあったので、本部ビルと10年ばかり前に立てた自前のテクノビルのような巨大な高層ビル・キャンパスには威容を感じていた。その威容を見て益々発展著しいと見ていた。ところが代々木ゼミの内情は、そんな楽観視できる懐具合ではなかったようだ。1957年に設立して以来、現役受験生を対象に発展を続けていたが、2000年ごろから低迷し出して、近年は受験界では駿台、河合の2強状態だったようだ。57年と言えば、私が浪人した年で、浪人生が増え続けたきっかけとなった年だった。私は浪人1年目を研数学館で、2年目は自宅で個人的に受験勉強に励んだが、その時すでに60余年の長い歴史と伝統を誇った名門塾の研数学館も今や姿を消した。代々木ゼミは伸び続けて会社の昼休みに喫茶店へ行くと代々木ゼミの講師を務めていた小田実が、よく若い人とコーヒーを飲んでいる姿を目撃したものだった。小田と同じように代々木ゼミ講師を務めた小中陽太郎さんも英語を教えていて、その教え子の中には渡辺喜美・元みんなの党代表や、故中川昭一・元財務相もいたと仰っていた。
いずれにせよ、代々木ゼミがわが世の春を謳歌したのはほんの束の間だったと言える。全国に27か所もある施設を7か所へ大規模に集約し、40歳以上の職員に早期希望退職を募ると発表した。
代々木ゼミの衰退は、基本的に浪人生の減少だという。代々木ゼミの強みは中堅私大を狙う浪人だったが、それが減少した。選り好みしなければ、今ではどこかの大学へ入ることができる大学全入時代となった。若者の空気も敢えて浪人の道を歩もうという学生が減った。浪人生の絶対数が減ったのである。他の駿台や河合塾では、浪人してでも合格を目指す難関大学志望者をメーンターゲットにした。この点で代々木ゼミとは勝負が分かれたようだ。
代々木ゼミ以外でも苦戦を強いられている有名予備校が他にもある。これも対応策は事業縮小である。今や受験界にも食うか食われるかの時代到来である。
個人的にも受験で苦しんだだけに他人事とは思えず、昔を思うと心情的にどうしても受験ゼミの衰退を黙って見過ごすわけにはいかない。
2697.2014年10月1日(水) 御嶽山噴火による犠牲者は戦後最多
御嶽山の火山噴火事故は有毒ガス発生により救出作業が度々中止となっている。好天に恵まれた今日は早朝から警察、消防、自衛隊は総勢1000名の隊員を繰り出して山頂へ向かった。結果として収容者の中から死者が一気に増えて一日だけで35名、計47名となった。これは1991年に発生した雲仙普賢岳噴火による火砕流で43名が亡くなった戦後最多を上回る最悪の事態となった。徐々に当時の様子がはっきりしてきた。ほとんどの犠牲者が石や岩の破片の直撃を受けた即死状態だったようだ。遺族にとっては耐えがたいことだろう。
海外では、「イスラム国」を主とする中東情勢以外に急激に香港が騒がしくなってきた。市民のデモが激化してきた。今日は中国では国慶節で祝日である。昨夜は花火が夜空を彩るページェントが行われる筈だったが、それも中止となった。原因は、2017年に行われる行政長官選挙に対して、最近になって中国全人代常務委員会が18歳以上の香港住民に選挙権を与えるとの方針を示した一方で、指名委員会が立候補者を制限するなど民主派の立候補を封じ込める仕組みが、住民の怒りに火を点け、抗議運動を激しくさせた。
学校は休校となり、銀行も大半が閉店した。金融が経済の中心である香港としては、経済にも影響が出てきている。香港市場の株価は前週より1.9%の大幅な値下がりとなった。
もともと1997年に香港がイギリスから中国に返還された時から、一国2制度は難しいと見られていた。それが現在の習近平政権では自由と民主化の抑圧は想像できた。中国が香港に約束した高度な自由は50年間保障される筈であったし、言論の自由、司法の独立は認められる筈であった。だが、今の中国政府には約束を反故にすることは、ごく普通である。自分たちの思い通りに国を支配するためには、国民の言い分なぞ聞く耳を持たなかった。それが香港住民に対する中国政府の仕打ちである。それにしても中国共産党政権はこういう不条理と理不尽さ、騙し打ちがいつまでも通ると思っているのだろうか。
さて、ついに東京外国市場で1$が110円にまで円安が進んだ。これは2008年8月のリーマン・ショック以前以来実に6年1カ月ぶりの円安・ドル高水準である。これだけ急激な円安となると当然経済にも影響が表れる。輸出型大企業では好景気を謳歌する一方で、中小企業は物価高に汲々としている。度を超すとあらゆる面でメリットとデメリットが出てくるものだ。安倍首相はメリット面しか見ていないようであるが・・・。
2696.2014年9月30日(火) 朝日誤報道のお粗末なリカバリー
福島第一原発事故に関する吉田調書、及び従軍慰安婦報道の誤報について、誤報と認めて記事を取り消した朝日新聞社社長の謝罪会見から朝日に対する批判が相次ぎ、全メディアのみならず、これまでの自民党に対する厳しい姿勢への反発と鬱憤晴らしもあって自民党からも異常な批判に晒されている。
マスコミの朝日批判は留まるところを知らない。特に朝日に対して厳しいのは、新潮社と文藝春秋新社である。
9月4日号「週刊新潮」では、トップに「1億国民が報道被害者になった『従軍慰安婦』大誤報!」、同じ9月4日号「週刊文春」は、「朝日新聞『売国のDNA』」がトップにある。更に、18日号になると「週刊新潮」は「驕る朝日は久しからず」と徹底的に追及の手を緩めない。「週刊文春」に至っては「朝日新聞が死んだ日」と手厳しい。更に文春は追及の手を緩めず、「中国共産党に国を売った朝日7人の『戦犯』」とまで締め付けている。
そして最近の月刊誌の朝日批判、朝日攻撃である。「文藝春秋」10月号は昭和天皇実録がトップであるが、イタリア在住の作家・塩野七生に「『従軍慰安婦』朝日新聞の‘告白’を越えて」として彼女なりの朝日観を書かせている。元々右寄りの「WILL」11月増刊号では、すべて朝日問題だけに絞り、「歴史の偽造!朝日新聞と従軍慰安婦」と追及の手は留まるところを知らず、文藝春秋は朝日をやっつけるための臨時増刊号まで発行し、保守的な識者に「『朝日新聞』は日本に必要か」とまで言わせて徹底的に糾弾させている。とてもすべての記事を読む時間もないくらいである。
その間朝日は朝日で反省し粛々と検証しているように見える。朝日紙上で紙面審議会なるものを開催して報告をしている。その矢先に昨日朝日朝刊にまたまた妙な朝日内部のお詫びを込めた記事が載った。従軍慰安婦で故吉田清治氏の証言の初校を執筆した元記者が、実は別人だったとするお詫びと訂正記事を掲載した。どうしてこういう好い加減な扱いを天下の朝日がやって、しかも昨日まで気が付かなかったのか不思議でならない。どうして分かったかと言えば、この記事を書いた時この記者は海外にいて記事を書くこと自体が不自然だったということからである。どうしてこの記者は調べれば分かることを黙ってやり過ごし、昨日まで固く沈黙していたのか。実際に記事を書いた記者も記者である。もう朝日は分からないことだらけである。こんな調子では、まだ他にもあるかも知れない。
そして今日事態は不自然な結果を残してウヤムヤのままひとつの幕を下ろした。この元記者は大阪の帝塚山学院大学教授を務めていたが、今月半ばに大学側に退職を求める脅迫文が送られ、自らに不明を感じていた元記者は自ら辞職して大学を去ることになった。
朝日の誤報は、一朝日新聞社ばかりでなく、日本国と日本国民、加えて朝日社員にも大きな傷を負わせた。報道とは真実を曲げることなく事実をそのまま伝えることが責務である。それを敢えて真実を曲げ、あまつさえ日本国民に大きな痛みと屈辱を伴う報道をしたことはジャーナリストとして風上にも置けない。
もうこんな後ろめたい罪悪感の伴うことは絶対止めてもらいたいものである。