充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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2774.2014年12月17日(水) 日本中に寒波襲来
北海道海上に爆弾低気圧と言われる950前後のヘクトパスカル(hPa)の低気圧が2つも現われ、北海道を中心に全国各地で急速に冷え込み、根室海岸の高潮を始めとして各地で想定外の被害が出ている。特に積雪量が多いことと吹雪の襲来で、停電が発生して鉄道はもちろん、道路上でも交通事故が多発している。新潟県津南町では平年の5倍、北海道新得町では4倍の積雪量である。12月にこれほど大量の降雪現象は珍しいようで、これ以上被害が出ないことを望むばかりである。
ところで、国内政局に目を転じると、日曜日の総選挙で議席を多少回復したとは言え、野党の足並みが揃わず与党に完敗を喫した民主党では、党代表の海江田万里氏が落選するというおまけまで付き、その海江田氏は代表を辞任することになった。この機に乗じてと言おうか、早くも水面下では次期代表を目論む確執や駆け引きが始まっている。どうもこの身勝手な利己的な雰囲気では、仮に新代表が決まっても党内融和は容易ではないと思われる。結果的に今以上に自民党を利することになってしまうのではないか。上手く行かないのは醜い派閥争いがあるからである。
さて、昨日ペシャワールで陸軍が運営する学校がパキスタン「タリバーン運動」に襲撃され多くの犠牲者が出たが、その後更に犠牲者が増え、現在判明している限りでは、141名が亡くなったという。犠牲者は一部に教師が含まれているが、そのほとんどは生徒である。ノーベル平和賞受賞者で、2年前にこの周辺で襲われたマララさんがこの残虐な行為を強く非難し、各国首脳もオバマ米大統領を始めとして潘基文・国連事務総長も強い調子でこの蛮行を非難した。タリバーンはマララさんを襲った時と同じ理屈で、女と子どもを教育することを徹底的に排除しようとしている。今度の凶行では犯行グループは生徒たちを人質に取るということは最初から考えず、生徒たちを殺害することだけを目的に学校内へ侵入してきた。この凶行グループとは別のアフガニスタンのタリバーンは、今回の残虐行為を強く非難して同じイスラム系過激組織の中でも複雑に対立している内情を示している。
事件を受けて軍のトップは組織を壊滅させるまで戦うと強気に語り、直ちに組織が潜伏するカイバル峠周辺で空爆を行った。しかし、これだけでは報復を招くだけで、報復の連鎖となりかねない。
このあまりにも残虐な行為に対してパキスタン国民は深い悲しみに捉われ、3日間喪に服すという。ペシャワールは一度だけ訪れたことがあり、町のイメージが頭の中にあるだけに、やりきれない思いである。
2773.2014年12月16日(火) ペシャワールでタリバーンによるテロ
クリスマス・カードを郵送するため郵便局へ出かけた。毎年海外の知人、友人に送る定番の手紙である。ところが、受付の女性があまり海外に通じていないせいか、いちいち郵送先国を調べている。FSM(FEDERATED STATES OF MICRONESIA)がミクロネシア連邦であることは分からなくても無理もないと思ったが、それがどこにあるのか知らないようで、他の係員にしきりに尋ねている。セルビア、イスラエル、ブラジル、ミャンマーなど8カ国へ送ったので、件の係員にとってはまるで地理のテストをしているようだった。
ちょっと気になったのは、封筒に貼る切手についてである。何通かまとめて郵送する際に貼り付ける「別納郵便」のような「お印」を添付しようとしていたので、流石に海外へのクリスマス・カードだからせめて日本らしい切手を貼って欲しいとお願いした。係員には顧客が受け取った友人にカードの文面と同じように、日本的な切手を見て日本を感じ取って欲しいという、そんな気持ちが分からないのだろうか。もう少し気配りが欲しいと感じた。
また残虐なテロ事件の発生である。昨日オーストラリアのシドニーでカフェに押し入った「イスラム国」を唱えるイラン人の男性が居合わせた客を人質に取ったが、今日警察隊の突撃によって射殺され、巻き添えで2人の人質が亡くなった。そして今日パキスタンのペシャワールで軍経営の学校がイスラム系「タリバーン」に襲われ、教師や生徒126人が殺害された。このタリバーンは今年ノーベル平和賞を授与されたマララさんを2年前に襲って重傷を負わせたテロ集団である。アフガニスタンとの国境カイバル峠に近いパシュトウン人の居住地帯である。マララさんも同じパシュトウン人である。13年ばかり前にペシャワールからカイバル峠を往復したが、峠に近づくに連れ異様な光景を現わした雰囲気はともかく、ぺシャワールはごく普通のパキスタンの町だったという印象である。いつになったらテロはなくなるのだろうか。
総選挙が終わり、いよいよ来月には特別国会が開催される。議席の過半数を制し、同じ与党の公明党を併せて全議席の3分の2を抑えたことで、自民党はいよいよ憲法改正へ目を向けようとしている。当選した議員の84%が憲法改正に賛成だというから、大きな課題は憲法改正論議であることは間違いなかろう。怖いのは、議員が自分たちは国民からすべての判断を任されたと身勝手に思うことである。例えば、原発再稼働、沖縄普天間基地移設問題などは自民党の意向とは逆で国民の半数は反対である。況してや今度の選挙で沖縄県だけを考えてみると、小選挙区では4戦4敗である。先の沖縄県知事選に次いで衆議院選でも自民党は敗れた。この結果は重いと思う。だが、これだけ沖縄で基地反対を抱えていながら県民の声に一切耳を傾けず、安倍政権は自分たちのやり方を押し通すのだろう。
2772.2014年12月15日(月) 自公大勝、3分の2維持
首題は、今朝の朝日新聞のトップ見出しである。やはり戦前の予想通り自民党が強かった。2年前に惨敗を喫した民主党は大分議席を回復させたが、野党の協調はバラバラでとても自民党と横綱相撲を取る力はない。特徴的だったのは、「維新の党」と袂を分った「次世代の党」が壊滅的な敗北を喫して公示前の19議席から、たったの2議席にまで落ち込んだことである。党勢拡大で目立ったのは、共産党が8議席から21議席にまで伸ばしたことである。
予想では300議席を上回るのではないかと言われた自民党が公示前より3議席落としただけで、4議席増やした公明党との与党勢力としては、全議席数の3分の2である317議席を上回る325議席を獲得した。早速安倍首相は憲法改正に向けた議論を推進する考えを表明した。朝日は以前選挙前に宰相像として選ばれて政権を委ねられた者は、多数派だけではなく、すべての国民の代表として振る舞うことを求めた。更に、日本をどのような社会にしようとしているのか、安倍首相は実績ばかり強調して未来を語らなかったが、自分の言葉で国民の了解を得る努力をすべきだとも要望している。
益々右傾化する自民党・公明党政権を監視していくことが必要である。
今回の選挙で心配されていたことが現実となった。投票率の低下である。戦後最低の52.66%である。前回59.32%も戦後最低だったが、今回はこれを更に下回っている。詳しくはこれから分析されるだろうが、香港の若者が自由選挙を求めて2カ月余りも座り込んだ姿を直近に見ているだけに、若者の投票離れには危機感を覚える。繁華街で若いカップルに尋ねたところ、投票日だとは知らなかったという惚けた応えが還って来た。中には今の政治は若者のことを考えていないので、投票には行かないなどと無責任極まる発言をしていた女子大生がいたが、どうしてそういう考え方をするのかとんと分からない。若者が権利を放棄して投票しないから若者のための施策が不十分なのではないか。政治は右傾化し、若者は政治無関心化して、日本は一部の世襲政治家が思うようにいじくりまわし、かかった費用は国民に押し付ける嫌な国に着々近づきつつあるような気がする。恐ろしいことである。
夜は吉祥寺の武蔵野商工会議所で拙著の主人公・相澤進の生涯について講演した。市民一般に公開したようだが、ほとんど市内で事業経営している人が聴講された。割合年配の人が多かったので、戦前の南洋群島とか、昭和25年前後のプロ野球については大分興味があるようだった。その後の会食会にもお誘いいただき、懇親を深めることができた。それぞれ事業家として成功されている方々ばかりなので、ユニークなお話も聞けて大分参考になった。中でもベトナムへ度々出かけてダナンに学校を建設し、校名に交通事故により20歳で亡くなられた娘さんの名「ジュンコ」と名づけたという話には泣かされた。良い話をしたつもりが、逆に良い話を伺えたことは、講師冥利に尽きる。
2771.2014年12月14日(日) 中島敦を日経紙が採り上げてくれた。
旧暦元禄の今日は赤穂浪士の吉良邸討ち入りの一日だったが、駘蕩の国内政局では衆議院選投票日である。昼前夫婦で息子たちの母校・東深沢小へ投票に出かけたが、心配されていたように投票率が低いせいだろうか、スムーズに投票を済ませることができた。これが一昨年の投票の時と大分違う。投票にやって来る人のお顔を見ると年配者が多く、選挙に関心の低いとされる若者層があまり見られない。この情景から最終的に投票の結果が分かるのは今晩遅くになるが、各紙が予想しているように自民党の300議席獲得が現実になりそうな予感がする。これからどんな結果になるか、専門家の講評も合せて明日を待ちたいと思う。
さて、今朝の日経紙で2つの記事に興味と関心を掻き立てられた。一つは、「詩歌・教養」‘SUNDAY NIKKEI’にノンフィクション作家・梯久美子氏が連載している「愛の顛末」に夭折の作家・中島敦を採り上げてくれたのである。もうひとつは、「日曜に考える」のコラムで「若者50年の足跡」と題して、近年日本の若者、特に男子が海外へ出かけない現象を嘆いている記事である。
前者は、次回以降も続けて天才作家・中島敦の不遇な生涯と秀作を紹介してくれる。中島は33歳という若さで亡くなったために寡作で、あまり一般的にはその名は知られていないかも知れない。実際私自身も近刊「南太平洋の剛腕投手」を書くまでは中島敦の名を知らなかった。だが、日本の南洋群島占領時代の歴史を追い求めて行くと、必ず中島の名前が出てくる。彼の作品は実に分かりやすい文章で事象を深層まで的確に表現していて、すっかりとりつかれてしまった。そして、文章とその表現が実に巧みである。東大国文科を卒業してから横浜の私立高女の国語教師を務めた後、南洋庁パラオ政庁で南洋群島全域の教育制度、教育自体を整備する任務に携わり、その体験から南洋関係の著作が多く、私も南洋の資料を調査していて中島に巡り合った。
執筆の参考になる情景は拙著にも採り上げたが、日本の高校国語教科書にも多く採用されているひとりである。絶賛された作品のうち、特に「李陵」、「山月記」の2作品は特別評価が高いが、いずれも古代中国を舞台にしている。手元に中島関係の書と参考書を集めたのも、中島のテーマと文体に魅せられたからである。今日は家族の愛情に恵まれなかった不幸な少年時代が紹介されていたが、来週以降も連載されるので大いに楽しみにしている。
後者については、男子若者にバックパッカ-のように自分探しの旅とか、新しい物に触れようと海外へ出かける気風が薄くなったことを批判的に論じている。2013年に出国した20~24歳の日本人男子の割合は全体の僅か14%で、同世代女性の28%の半分である。なぜだろうか。私なんか若いころは海外へ行きたくて、行きたくて不自由な環境の中でひとり海外へ出かけるよう努めた。少ないチャンスではあったが、何度か留学にもトライした。不運にも留学することはできなかったが、今の若者は海外留学の気持ちもあまりないという。成長する機会を自ら捨てているように思える。惜しい気がしてならない。
欧米では17世紀以降自分探しの旅を象徴する「グランツーリズム」が若者の間に根づいているという。欧米の若者にチャレンジ精神や行動力で置いて行かれてしまうのではないかと心配である。これでは、日本の若者に国際感覚が身に付く筈がないではないか。あ~残念だなぁ。
2770.2014年12月13日(土) 仲井真沖縄県知事の最後っ屁
ご近所のゴミ出しの問題で自治会幹事さんから相談したいとのことで、道路上で立ちん棒のまま話し合うことになった。原因は最近わが家の前の駐車場として使われていた空き地が売却され、新たに7軒の一戸建て住宅が建てられ、各家庭から出されるゴミの置き場所を新築の住人から別の場所へ移転させて欲しいとの要望があったからである。
公道傍の空いたスペースとは言え、自分の家の近くにゴミを置かれては困るというのは誰しも考えることだ。結局各自宅の前に自分専用のゴミ箱を置いて区役所にそれぞれ処理してもらうということになった。最近難しくなった地域の共同利用の問題である。段々住みにくくなるなぁと思わず溜息が出てくる。
さて、明日投開票が行われる衆議院総選挙で巧みに争点から外された、沖縄の普天間基地移設問題が知らない間に沖縄知事の判断で移設案に承認印が押されていたことが分かった。そしてその直後に知事は退職した。
先月行われた沖縄県知事選で現職だった仲井真弘多知事は大差で敗れた。敗因は県民の意思に反して米軍普天間基地を辺野古へ移設することにゴーサインを出したことが致命的だった。全沖縄県民の反感を買うことになり、過去2期8年間も務めた知事職をいとも容易く棒に振ることになった。
その仲井真知事が、知事退職の5日前の今月4日に最後の公務として、最も重要で県民から反対された内容文書を承認することをこっそりやってのけたのである。そして知事公舎を去って行った。どうして県民の反対の意思が明確に示されて間もないのに、敢えて知事は民意に楯突くようなことをやったのか。知事の理念と人格を疑わざるを得ない。知事の判断は、一応法的には認められる。だが、その判断は選挙によって「やってはならないこと」として県民からはっきり否定されたばかりである。それにも拘わらず、法律上問題がないからと言って強引に民意を無視してことを成すというのは、あまりにも県民を愚弄したことにならないだろうか。
他の知事たちと違って、これまで沖縄県知事は県民とともに政府と闘ってきたとの印象が強い。それがこと仲井真知事に至っては、最初は確かにそうではあったが、晩年になって何が原因だか政府に取りこまれて県民を敵に回すことになってしまった。そこにはいわく言い難い政府側へ擦り寄る何らかの理由があったのではないだろうか。沖縄県政史上に残る疑問であり、汚点でもある。