充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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2829.2015年2月10日(火) 安倍首相が奮う「蛮勇」
安倍晋三首相という人はみかけに依らず、案外大胆なことをやる人だ。尤も怖いもの知らずということもある。この数日は連日メディアを賑わしている農協改革問題で手腕?を発揮した。自民党は戦後ずっと日本農業の舵取りをしてきた農協を改革することを岩盤規制改革の象徴として制度、組織を思い切って変革し、3番目の矢としてやり遂げる気構えだったのである。
これまで農協の制度が手つかずだったのは、農村票を武器に発言力を持つ農協のトップ組織、JA全中(全国農業協同組合中央会)に遠慮があったからである。だが、今や農業人口は激減し、最盛期の6割程度が就業と言われている。アベノミクスを完璧に成し遂げる環境が整ったこの機会に、安倍政権は永年腐心していた農協対策をドラスチックにやってしまおうと考えた。昨年行われた佐賀県知事選挙で、農協改革派の候補者が与党の応援を受けながら落選したことで自民党は大きなショックを受けた。だが、地方の組織は残すことで妥協点を見出し、その一方で上部組織のJA全中の形骸化にまんまと成功した。自家薬籠中のものにしてしまったのである。
とにかく現在の制度、組織を大きく変えて、JA全中の指導権をもぎ取り、4年後には一般社団法人にしようというのである。周囲の環境が好転したとは言え、安倍首相の間髪を入れない強気なパフォーマンスには驚く。怖いのは、次のステージとして首相の腹に集団的自衛権、そして憲法改正が潜んでいることがミエミエであることである。農協改革と同じように、エイヤッとばかり突き進んだら、来夏参院選の結果で参議院でも与党議員が2/3以上を得たら、正面から現行憲法改正へ歩を進めるのではないか。その前提として、若い人の票を獲得すべく、現行の20歳以上の選挙権を18歳に引き下げようと下工作をしている。
怖いのは、相対的に物事を知ったうえで行動するより、知らないまま行動してしまうことである。安倍首相は明らかに後者である。
2828.2015年2月9日(月) 入院中の義姉今朝急逝
今朝突然調布に住む兄から義姉が亡くなったと連絡があった。先月30日に鎌倉の弟から大分具合が悪そうだから見舞いに行こうと誘われ、雪の中を弟夫婦と妻とともに急遽入院先の病院へ出かけてから、まだ10日しか経っていない。折角出かけたお見舞いだったが、治療時間に当たったため生憎彼女と顔を合わせることはなかった。その後ICUから一般病棟へ戻ったと聞いていたので、少し回復に向かっているのではないかと期待を込めて幾分安心していた。それがあまりにも突然の訃報である。取り敢えず兄にはメールでお悔やみを伝えたが、看病疲れもあり健康を害さなければ良いがなぁと思っている。兄が気の毒でならない。甥は大きな怪我を負い、今もリハビリ中で、姪は1男1女を儲け近くで幸せに暮らしているが、いつも兄の世話をできるわけではない。
それにつけても母も心筋梗塞であっという間に他界してしまったが、まだ早い73歳だった。義姉はまだ72歳だから、少子高齢化の現代社会では冥界への旅はちょっと早すぎるように思う。彼女自身家族の中で一番先に彼岸へ旅立つことがきっと心苦しく思い残すことがあったのではないだろうか。
以前から体調が良くないと聞いてはいた。数年前から悪性リンパ腫で入退院を10回近く繰り返し、遂に帰らぬ人となってしまった。昨年1月父の13回忌の折、階段を昇るのも辛いとあまり体調が良くないことを訴えていたが、私との会話もこの時が最後となってしまった。
最近周囲の友人や知り合いが亡くなるケースが増えてきた。人の生命は儚い。だからこそ、せめて生きている内に悔いのない生活を送りたい。まだまだやり残していることはいっぱいある。義姉の逝去を機に人生の儚さと無情を感じている。義姉の安らかな冥福を祈っている。通夜は12日、告別式は13日である。
2827.2015年2月8日(日) 後藤健二さんの行動を蛮勇とは?
「イスラム国」による日本人人質殺害事件で必要以上に日本人に対する警戒を強めている政府は、昨日シリアへの渡航を計画していた新潟市内のカメラマンに旅券の返納を迫り、受け取った。これは政府がカメラマンに渡航の自粛を説得したが、受け入れてもらえなかったため外務省が旅券法という法律に基づいて行った強制執行である。
外務省は殺害された後藤健二さんに対して、昨秋以来3度ほど注意を促したとされる。だが、後藤さんは忠告を受け入れず自らの意思でシリア入りして「イスラム国」に捕まり殺害された。後藤さんの個人的な行動により、ヨルダン政府との交渉や、現地対策本部の立上げなどが、メディアでも大々的に報道された。政府の方針が是か非かまで問われたり、相当エネルギーを注いだことなどの反省から、政府には今回新たな拉致事件などの発生を未然に防ごうとの考えがあったと見られている。
今朝の新聞でも、個人の意思により行動しようとしている日本人カメラマンの自由を外務省が強制的に剥奪することになるのではないかと懸念されている。
このカメラマンはもちろん遊び半分で出かけるのではなく、現地の悲惨な実情をカメラに納めて世界へ広く発信しようというのである。
つい先日高村正彦・自民党副総裁が、後藤さんが現地へ出かけたのは蛮勇であると批判的なコメントを述べていた。しかし、後藤さんのこれまでの実績を見れば、好い加減な気持ちで危険な地域へ出かけたわけではなく、あくまで誰も伝えない臨場感溢れる現地の子どもたちや難民の姿を日本人を始め、多くの人々に伝えようとボランティア・スピリットで試みたのである。従って、高村副総裁が言っているように、計画を取り止めるようにアドバイスしたのを振り切って行ったのだから蛮勇だというなら、それは現場の実態や背景、更に真の旅行目的がよく分かっていない人間の言うことである。高村氏自身が直接後藤さんに会って説得したわけでもなく、役所が一片のメールや文書を送った程度のアドバイスでは、硬い信念を持って自己責任で行動しようとしている人に対して、旅行中止をアドバイスすることにはならないと思う。
現場の空気がまったく理解できない人の説得では、後藤さんには通じまい。説得しきれなかったからと言って相手を蛮勇呼ばわりするのは、現場知らずが思うようにならなかった腹いせではないかと思いたくなる。これだから現場の臨場感が分からない人は困る。
2826.2015年2月7日(土) 暴論を振りかざす呆れた東大教授
天下の東大教授の中にも随分乱暴で、独善的な持論を振りかざす先生がいるものだと思う。年金・社会保障の専門家のようだが、ひたひたと進んできた少子高齢化社会の中でその高齢者に対して、一方的に高齢者は権利を主張し過ぎであるとか、待遇が恵まれ過ぎであるとか、言いたい放題の問答が月刊誌「選択」今月号冒頭頁に「『シルバー民主主義』が国を滅ぼす」と刺激的なテーマで開陳されている。
選挙における高齢者の投票の結果が高齢者優遇に有利に働いていると見当違いの論理にも蘊蓄を傾けている。指摘された投票結果それ自体より、それ以前に全体として、或いは若者の投票率が低いことが、今最も憂慮されていることではないのか。然るに高齢者の、特に地方における投票行動が政治家をして高齢者に気を遣わせるようになっていると、個人的な不満から斜視的な見方をしているのである。東大教授にしてはあまりにも幼稚な自己主張ではないか。あまつさえ、今すぐに年金給付額を3割カットすれば、年金財政を継続できるとか、或いは年金財政を立て直すよりもいっそのこと制度自体を一旦破綻させたほうが、一時的な混乱は大きくてもゼロからの制度設計はやりやすいなど、教育者としてあるまじき暴言も留まるところを知らない。更に日本人は敗戦や、震災から立ち直った経験上立て直すことにかけては定評があるなどと、これまで年金改革に貢献された人たちを愚弄するように好い加減な事を口走り、永年かけて作られた年金制度をぶち潰すことにいやに熱心なのである。
この先生が教育者として最も欠如している資質は、過去の年金制度から今日までの経緯を検証、精査し、少しずつ軌道修正しようとの地道な研究心が感じられないことと、現状制度が気に入らなければ年金受給者の生活を脅かすことを歯牙にもかけないその冷酷さである。
先生の持論には、残念ながら高齢者らへ一廉の思いやりすら見られないことは、敢えて言わせてもらえば教育者としては失格ではないだろうか。東大経済学部と言えば、碩学・大内兵衛先生、有澤広己先生らを輩出したマルクス経済学の牙城であった。そこには間違いなく労働者や社会の底辺の生活者への温かい目線があった。だが、この先生には、ジョンズ・ホプキンズ大学でアメリカ資本主義の格差社会を学んだせいか、資本主義の甘い汁をたっぷり吸った富裕層への理解しかないようだ。こういう教授に指導を受けた学生たちがいざ社会へ出た時、どういう道を進んでいくだろうか。そして、恵まれない労働者とともに共同作業をするようになった場合、このような上から目線の対応で労働者たちから理解や信頼を得られるだろうか。
この先生とは、現在東大大学院経済学研究科で教えている井堀利宏教授(62歳)、その人である。
少なくとも私は大学ゼミではマル経の良き師に巡り合い教えを請うことができて、幸せだったと思っているが、こういう高齢者層や社会的に恵まれない庶民をいじめようとしている教授を知ると残念でならない。今更ながら恩師にもいろいろなタイプの先生がいるものだなぁと思う。
2825.2015年2月6日(金) 交友関係を断裁して余生を充実できるだろうか。
毎年この時期に高校時代の親しい友人6人で昼食会をやっている。一昨年からJR大船駅近くの中華料理店で談論風発を楽しんでいる。今日も久しぶりに6人が顔合わせできるかと思いきや、会場で2人が来られないと知らされちょっとがっくりである。不思議なもので、その2人は昨年の拙著出版記念会に出席してくれた仲間だ。今日もその時のDVDを差し上げようと持参した。そして昼食会に来た私を除く3人が、記念会にはぜひ出席すると言ってくれた友人たちだが、生憎先約とダブって来られなかった。
今日来られなくなった2人には、それなりの理由があるので止むを得ない。ひとりは、仕事上の急用で、もうひとりは普段から心臓が良くなく治療で大分苦労しているが、今度は「舌」が良くなく検査と重なってしまったらしい。積もる話がたくさんあったので大変残念である。
実は、今日やって来た3人だってそれぞれ持病を抱えていてあまり楽観できないという。ひとりは産婦人科と小児科以外の病をすべて背負っているというくらいである。その点で大病を患うこともなく、まずまず健康なのは私ひとりだけということである。今年中に喜寿を迎える連中ばかりだが、もうそういう年齢になったということを否が応でも納得させられる。それにしても話題がどうしても健康の方へ傾いていく。
私を除くと5人にはそれぞれ健康面で不安があるようなので、当面来年以降の予定も決めにくいところだ。そう言えば、同年代の友人たちから来年から年賀状の交換を遠慮したいとの連絡がいくつか来ていた。あくまで個人の自由ではあるが、折角今日まで営々と築き上げてきたいろいろな形の交誼、付き合い方、友人関係をこれから残された人生において一方的に止めて捨て去ることはもったいないと思っている。自らを取り巻く社会環境・交友関係を自分から狭めてしまうのではないかと思うと個人的にはあまり賛成できない。
確かに手紙を書くのは普段書き慣れていないと、面倒で手間がかかると思う人はいると思う。だが、その人たちのお陰で人生を楽しく有意義に過ごすことができたという一面もある筈である。そう考えると、交友関係を一方的に切り捨てるのはいかにも惜しいような気がする。これでは人生を人との交流をなくして無味乾燥なものに近づけ、つまらないものにしてしまうのではないかと心配である。
幸い今日集まった親友6人組の友情にはそんな気持ちはさらさらない。一方で、まだその気になればいくらでも交友関係が広げられる人たちが、自ら友達づくりをギブアップするのは、未だ人生を全うしきれていない浅学非才のわれわれ喜寿6人組から見れば、どうにも惜しい気がしてならない。