充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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2839.2015年2月20日(金) 受賞者による読売文学賞記念トーク
先日読売文学賞を受賞された山崎佳代子さんの受賞記念トークショーが、今日御殿山のセルビア大使館で行われた。冒頭ネナド・グリシッチ大使のお祝いのスピーチがあり、その後山崎さんと神戸から来られた詩人・季村敏夫氏によるトーク合戦が行われた。山崎さんは友人洋さんの奥さんであるが、ベオグラード大学教授として教鞭を取る傍ら詩人としても内外で活躍されている。今日は、ゼミの仲間2人とともにトークを聴くことになった。
トークは終始山崎さんがリードする形で進められた。積極的に発言し、相手から聞かれるインタビュー形式だと思っていたところ、その逆で女性らしからぬリードオフウーマンぶりには脱帽だった。季村さんは20年前神戸で震災にあったので、主にその経験から、また山崎さんは1990年代のユーゴ紛争をバックにそれぞれの考えを披露した。山崎さんの受賞対象作品「ベオグラード日誌」は、夫の洋さんからいただき今読んでいるところだ。詩人らしい神経の繊細さが戦乱状況の空気の中でそこここに感じられる。山崎洋さんとは来月2日に鎌倉・江の島旅行をすることになっている。
さて、昨年ペンクラブの知人が1月から「日刊ゲンダイ」に連載執筆すると連絡があって16日に本人に会った時確認したところ、連載は2月一杯で終わるということだった。そこで、取り急ぎ1部を駅売店で購入した。随分精力的に執筆活動に携わっていることは以前から承知していた。すでに文庫本を4冊もいただいている。興味深いのは、彼の著作はすべて時代劇の捕り物帳であることである。「日刊ゲンダイ」に執筆しているのは、「阿弥陀小僧七変化」と題する大江戸推理小説である。得意なジャンルの中でよく活動していると敬服している。
ところで、少し脱線するが、この「日刊ゲンダイ」に目を通していて意外だったのは、同紙はギャンブルにかなり頁を割いていることだ。例えば、今日の新聞は32頁から成っているが、その内競馬ほかのギャンブルだけで全16頁も割いていることである。全紙の半分に当たる。これは一種の脅威である。これでは競馬新聞、或いは賭博新聞とした方が良いと思うくらいである。一方で、これほど日本にはギャンブル好きがいるのかと思うと空恐ろしくなってくる。
今世界は「イスラム国」を取り巻くテロで多くの犠牲者を出している。その最中にわが国が海外からギャンブル好き、平和ボケと言われるようでは、些か恥ずかしく情けないような気もしている。
2838.2015年2月19日(木) 橋下徹大阪市長、佐野真一氏及び朝日新聞と和解
今日の株価はついに1万8千円台まで伸びた。東証証券市場の終値は18264円で、実に14年9カ月ぶりの高値となった。明らかに円安が効果を上げ輸出が伸びている。最近話題になっている中国人を始めとする海外からの日本への旅行者も増えている。まずはほっとしているところである。
因みに今中国では春節に入り中国民族大移動を演出している。今年も多くの中国人が主に買い物を目的に団体で日本にやって来ている。大手のデパートでは、早くから春節の中国人訪日客を対象に秘策を練り、あの手この手で対応しているようだ。彼らは日本人買い物客とは桁違いの消費意欲で大金を叩いている。各地の観光地でも、中国人さまさまというもてなしようである。この現象が続けば、わが国にとっても有り難い話で、一過性に終わらないよう願うばかりである。
さて、2012年10月26日号「週刊朝日」が当時の橋下徹・大阪府知事を特集として採り上げ、その内容について橋下氏から名誉棄損で訴えられていたが、昨日発行元の朝日新聞出版、ノンフィクション作家の佐野真一氏と橋下氏の間で和解が成立することになった。
そもそもこの特集の意図がよく理解できなかった。いかに橋下氏が剛腕で我儘だったにせよ、橋下氏の家系のプライバシーを事細かく書いて、当人にとっては触れられたくない部分まで暴露されては、誰でも憤慨するであろう。それが飛ぶ鳥を落とす勢いだった鼻っ柱の強い弁護士・橋下氏にはとても我慢ならなかったのだろう。それで一気に裁判へ持って行ったのだろう。その気持ちは分かる。
手元にある件の週刊誌を手に取ってみると、いかに報道の自由、言論の自由とは言え、よくもこんな橋下氏を誹謗するような酷い表現で文章を書くものだと思う。
表紙に橋下氏の写真を使い、そこには「『ハシシタ』救世主か衆愚の王か」とか、「橋下徹のDNAをさかのぼり本性をあぶり出す」と書かれ、本文冒頭には第1回「パーティにいた謎の人物と博徒だった父」と端から橋下氏に挑戦的なのである。さらに見出し文には「~ノンフィクション作家・佐野真一氏と本誌は、彼の血脈をたどる取材を始めた」と続く。この特集は発行後橋下氏の抗議により、第1回だけで中止となった。
結局今日の和解でことは決着した形になったが、それにしても大物人物や大新聞社が関係した特集記事であるのに、随分時限の低い話である。朝日の矜持がガタガタと崩れて、従軍慰安婦関連の怪しげな報道に至ったのもこの辺りに、傲慢な体質があったことと無縁ではないような気がする。
2837.2015年2月18日(水) 初めて国会見学、江田五月・前参議院議長と懇談
今日は初めての国家見学を充実した気持ちと満足感を持って楽しむことができた。昨年まで駒澤大学マスコミ研究所の社会人公開講座を担当しておられた、元日本テレビ政治部長・菱山郁朗講師のお世話で、講座受講の有志8人とともに国会見学と一連のスケジュールを消化することができた。
都内に住んでいれば普通は小中学生時代に見学していたと思うが、生憎父の転勤続きで小中時代は東京から離れてそんな機会もなかった。爾来国会議員の海外渡航手続きで度々衆議院事務局や議員会館を訪れたことはあったが、本丸へ行く機会がなかった。今日も幸せな小中学生が多数見学に来て神妙に説明を聞いていた。
菱山氏は衆参議院議場と各党控室、各委員会室などを見学して、2人の関係者から貴重な話を伺う機会をお膳立てしてくれた。その2人とは自民党国対委員会の保科弘氏と、前参議院議長で参議院議員の江田五月氏である。
保科氏は本音で語る人だった。議員の在り方と言動についてその是々非々を自民党員らしからぬ辛辣な口調で話してくれた。歯に衣着せず素直に自民党閣僚と議員の不見識な言動についても辛口で批判されたことには敬服した。特に、縦割り行政の弊害、政治家と役人のレベルについて、自らの本音を語られ、我々にも若者に伝える努力をして欲しいと求められた。中々気骨のある方だとお見受けした。保科氏のお話を伺うことができたのは、菱山氏と長年にわたる信頼関係のお陰であると思っている。
江田氏は寛いだ雰囲気の中でにこにこしながら東大在学中に吉野作造について論文を書いたと話され、裁判所判事時代五月氏の誕生日に父三郎氏が急死したことにより、急遽参議院全国区に立候補した体験談を語られた。三郎氏の構造改革論が一世を風靡し、その是非論が世間を賑わせた。結果的にそれから間もなく三郎氏は亡くなられた。その辺りの経緯について、菱山氏が論文を書いている。多少その流れを知っていたので、今日いただいた菱山氏の論文を懐かしい気持ちで読んだ。
江田氏のお話の中で特に印象に残っているのは、当時の社会党がもう少ししっかりしていれば日本の政治はもうちょっと別の方向に変わっていただろうと語られたことと、安倍首相の「日本は世界の真まん中で頑張る」というのではなく、周辺の国々と一緒に頑張ると言うべきではないかと批判されたことである。安倍首相が「戦後教育のマインドコントロールからの脱却」と言ったことが気になると言われたことも印象的だった。
隣席の江田氏に個人的に60年安保当時の活動についてお尋ねしたところ、丁度東大に入学したばかりで活動することはできなかったと仰った。序に当時の全学連書記長だった清水丈夫さんについてお尋ねしたら名前と活動についてはよく知っておられたが、特別な交流はないと言っておられた。清水さんの現在の活動のさわりにもちょっと触れた個所がある拙著「南太平洋の剛腕投手」を差し上げたところ、喜んでいただいた。
日本テレビの国会記者会館も訪ねて現在の放映のテクニックの一端を垣間見させてもらった。
良いコーディネーターがアテンドしてくれたお陰で、このような実のある見学をすることができた。菱山氏の献身的なお力添えに心から感謝している。お陰で充実した一日になった。
2836.2015年2月17日(火) 世界は徐々に火薬庫に
「イスラム国」によるテロ事件により世界中が不安と恐怖に怯えているが、パリのシャルリ・エブド紙本社襲撃事件に似たテロ事件が続発している。14日にコペンハーゲンでも同じようなテロ事件が発生し容疑者を含む2人が死亡した。そして昨日リビアにあるイスラム系過激派組織の拠点をエジプト空軍機が攻撃した。「イスラム国」が人質にしていたエジプト人労働者21人を殺害した動画を公開したことに報復したものと考えられている。これには、リビア空軍機もエジプト軍に加勢した。こうなるともう報復合戦の繰り返しである。
ウクライナ情勢も一向に好転せず、死傷者が続出する中で、ドイツ・メルケル首相、フランス・オランド大統領、ロシア・プーチン大統領ら大物に加えて当事国のボロシェンコ大統領が出席し、16時間のマラソン会談で同意した停戦協議が空しく失効する雲行きである。現実には停戦した様子が見られない。相変わらず砲弾の音が聞こえ、住民が逃げまどっている。
どうも地球上が落ち着かないようだ。
さて、今日はNPOシニア大楽による地方自治体の社会・教養講座担当者を対象に講師を広く紹介するプレゼンテーションが行われた。私にとっても自分自身を売り込むチャンスでもあり、事前に応募したところ運良く15人のモデル講師に選んでもらった。今日のプレゼンは自治体の関心が高く、当初予定の60人の受講者をオーバーし、100人近い担当者が出席された。私も過去に2度ばかり応募して、幸い何度か講演の機会を得ることができた。
今日は15人の講師がモデル講義を行ったため、喋れる時間がひとりたったの8分に制限され、これではいかにも短い。私は「世界遺産の神秘と秘密」と題して得意の分野を話したが、1月以来の「イスラム国」テロ事件もあり、海外旅行のリスク・マネジメントについて話したいとも思ったので、無理やりそのテーマを組み込んだ。事前にパワー・ポイントはスライド数を減らして作り上げたが、やはり時間的にはやや窮屈だった。納得できるパフォーマンスとはならなかったが、それでもスピーチ後に早速ある市の担当者からコンタクトを求められたくらいなので、徐々に効果は表れるのではないかと期待している。それに14人の他の講師の話も聴講することができて、異なるフィールドの話でもあり大分参考になった。
2835.2015年2月16日(月) ペンクラブ例会に出席
今日は久しぶりにペンクラブ例会が開かれた。恒例の会場・東京会館がしばらく工事のため使用できず、今月から当分の間神田の如水会館に場所を移して開かれることになった。
いつも通り下重暁子副会長、西木正明常務理事、ディーケン先生らの他に常連の知人と話したが、初めて女優小山明子さんと母校湘南高について打ち解けて話すことができた。実は小山さんのご子息が2人とも湘南の後輩に当たるが、最近2人の共著が出版され2人して母校で講師として話をするということだった。下のご子息には一昨年お会いしているが、兄弟一緒に母校で後輩たちに話をするというのは珍しいことだと思う。小山さんには拙著にも湘南のことを大分紹介しているので、読んで欲しいとPRしたところである。
下重さんには同じ早大出身の森喜朗元総理と親しい関係から、森元総理も主役のひとりである拙著の世評についてお話しした。
毎度驚くのは、ざっくばらんなディーケン先生である。つい最近36冊目の著作を上梓されたと伺い、またまた驚かされる。いつも明るく楽しい上智大学名誉教授である。
西木さんについては、昨年12月に行われた「竹内謙を偲ぶ会」について出席できなかった西木さんに報告した。西木さんも都合がつかず、偲ぶ会には来られなかったが、竹内元鎌倉市長とは早大探検部時代に何度か一緒に海外へ探検旅行をしているので、直接別れの言葉を伝えられなかったことが残念だと話された。
ペンクラブの例会は気さくに知り合いと話せることが嬉しい。