充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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2844.2015年2月25日(水) 悲惨な川崎市中学生惨殺事件
今年も確定申告の季節になった。毎年のことなのである程度申告方法は承知しているが、今年も1月から時間をみてはパソコンを使わず手書きで青色申告用紙に書き込む準備をしている。毎日のように金銭出納簿に書き込んだ金額と使用用途を、領収証と突き合わせて金銭元帳に几帳面に書き移す必要がある。きょうはその作業の最終段階で科目別、月別の総計表を作成し、検算をして概ね作業を終えた。一両日中に玉川青色申告会へ出向いて係員に資料を提出して相談しながら申告表を作成してもらう。これで税務署へ書類を提出すれば、私にとって目の前の暗雲がすっきりと雲散霧消してジ・エンドとなる。
さて、5日ほど前川崎市の多摩川河川敷で中学1年生の男子が刺殺され、裸のまま遺体が放置されているのが発見された。まだあどけない中学生のあまりにも残虐な殺人事件には目を覆いたくなる。近年まではあまり見られなかったような残酷な殺人事件が最近は頻発している。この事件も遠からず犯人は検挙されるだろうが、それにしてもまだ幼い男の子が夜間1人で外出して惨殺されるとは、あまりにも残酷である。警察も必死になって犯人発見に努めているようだが、周囲が中学生という教育環境なのであまり目立った動きを見せられないようだ。
この事件は異様だと敢えて言いたい。中学1年生が毎晩のように外出すること自体すでに異常である。しかも今年に入ってから一日も学校へ登校していないという。気になるのは、学校も、家庭も、友だちも、地域社会も地元の不良グループらしい上級生に捕まって動きが取れずにいる少年に、何らかの関わり方をするなり、救いの手を差し伸べるような素振りがまったく見られなかったことである。そんな風に悩み苦しんでいる少年を助けるために果たすべき、個々の役割がほとんど機能しなかったのは、今日の教育制度とか、地域や家庭に問題があったのだろうか。
レアケースとは言え、こんなに簡単に子どもが殺されてしまうようでは、子どもたちを安心して学校へ通わせることもできなくなってしまうではないか。ここは一日も早く警察は犯人を取り押さえ、再発防止策を地域社会、警察、学校、家庭ともども綿密に精査して2度とこのような悲劇を繰り返さないで欲しいものである。
2843.2015年2月24日(火) 安倍内閣は防衛省の文官統制を止めるのか。
安倍首相の右翼的言動が目立つようになったことを、ひとつの程よいきっかけと見たのか、防衛省では密かに組織の改編を考えているようだ。その最大の要である文官統制が見直されようとしている。国防のトップである防衛大臣が選挙で選ばれた文官であることに変わりはないが、大臣と現場の制服組トップの間にいた文官背広組の事務次官、各局長、官房長を格下げして、彼らを制服組の各幕僚長と同格にし現場制服組の意見が大臣にストレートに伝わりやすいシステムに変更することを考えているらしい。尤も今では防衛大臣にしても自衛隊出身の中谷元氏である。
そもそも現在の文官統制の仕組みができたのは、戦前軍部の暴走から歯止めが効かなくなり、戦争へ駆り立てる原因になったとの強い反省があったからである。それが戦後70年も経つとそんなことはけろっと忘れて、戦前の軍国日本と同じ制度へ先祖返りしようというのだから、反省も何もあったものじゃない。これは憲法改正へ向けて突き進む安倍極右政権のほんの一里塚に過ぎない。
その内にわが国でも武器を保有している軍部がクーデターを起こし、軍人が首相になる恐れがまったくないわけではない。最近でもエジプト大統領やタイ首相に就任した軍部クーデターの暴虐的な例を見るまでもない。
大体中韓両国から強い批判を浴びながら、罪もなく命を落とした一般市民への慰霊をあるべき形で考えるわけでもなく、性懲りもなく戦犯を祀った靖国神社参拝を繰り返したり、集団的自衛権行使容認をいとも簡単に閣議決定したり、自衛隊の海外派遣を検討したり、安倍政権の右翼的な傾向は強まる一方である。そこには、現在の政治家には戦争体験がないことが大きいが、それより何より戦争の残酷さをまったく理解しようとしない戦争に対する無関心と無知、そして戦争そのものへの理解の淡泊さがある。
果たしてこのような右翼的なスタンスで、平和憲法を守り、戦争に巻き込まれないと自信を持って言えるだろうか。安倍政権が進軍ラッパを吹きならしひたすら戦争へ走りだしていることはまぎれもない。恐ろしい世の中になってきたものだ。
2842.2015年2月23日(月) 歌舞伎役者・坂東三津五郎、膵臓がんで逝去
歌舞伎役者の坂東三津五郎が膵臓がんのため亡くなった。まだ59歳の働き盛りで急死されたのはいかにも惜しい。2012年12月には中村勘三郎が57歳で、その2カ月後には12代目市川団十郎が66歳で亡くなった。それぞれ幅広い役をこなし個性的な芸で知られていたが、三津五郎は踊りの名手でもあった。それにしても看板役者の早世は惜しみても余りある。
一昨年5月新歌舞伎座が竣工し、これから歌舞伎も発展の一途を辿るものと期待されていただけに、歌舞伎関係者にとっては大きなショックだろう。
私自身幸いにも新歌舞伎座の杮落し興業で、三津五郎の芸を見る機会があった。お披露目興業では、三津五郎は「菅原伝授手習鑑」で菅原道真の家臣「武部源蔵」を演じた。久しぶりの歌舞伎鑑賞で、しかも杮落しの新歌舞伎座だったので、ストーリーの内容よりその場の華やかな雰囲気に呑まれ見惚れていた。
昨年は納涼歌舞伎升席で三津五郎を観賞して良い思い出を持つことができた。今年も納涼歌舞伎でリフレッシュしようと思っていた矢先に、三津五郎の訃報を聞いた。納涼歌舞伎は三津五郎と勘三郎が、若手の育成を念頭に始まったものだと言われている。納涼歌舞伎もそれなりの評判を得た一方で、その舞台の縁の下の力持ちだった主役が揃って彼岸へ旅立つとは運命は皮肉である。歌舞伎は世界に誇れる日本文化と日本の伝統であるだけに、心よりその発展を祈るとともに、坂東三津五郎丈のご冥福をお祈りしたい。
さて、今日は皇太子殿下の55歳の誕生日である。ちょうど55年前のこの日、大学の登山仲間とともにスキー旅行をしていて新鹿沢温泉へ向かう途中ラジオで誕生のニュースを聞いた。皇太子誕生だ!男の子誕生だ!と嬉々として伝えるアナウンサーの声が強く印象に残っている。その皇太子も今や今上天皇が即位された時と同じ年齢になった。ヨルダンやサウジアラビアのような君主国家ではないため、政治にはタッチせず政治的な責任は負わないで済むが、近年国際社会との交流が益々高まる中で皇室外交の責任は一層重くなりそうだ。あまり過度な責任とお役を皇室に押し付けるのは、きついスケジュールとともに再検討した方が良いのではないだろうか。
2841.2015年2月22日(日) ビルマ人の商業活動
今朝の朝日新聞に興味深い記事が載っている。「札束払いの国・ミャンマー」というもので、ミャンマー(旧ビルマ)の日常の経済生活を紹介したその内容とは、ビルマ人が日常の経済取引にほとんど銀行を介在せず、現金払いをするという今時の社会では考えられない実態である。ちょっとした大型の取引には、売買の当事者はたくさんの札束を持ちこむというから、受け取ってもその札束を数えるのが大変だと思う。銀行間の信用取引もほとんど為されず、国民も銀行に口座を持たず、当然銀行には預金が集まらない。ほとんどが企業内銀行というのだから、その存在感と影響力は推して知るべしである。普通の銀行も先進諸国のように金融資本として隠然たる力を発揮するどころか、融資に回せる資金の余裕がなく、それが経済活動にも制約を加えて経済成長の足かせになっているようだ。
他のアジア諸国に比べてもビルマの銀行預金残高はかなり低い。今天然資源が埋蔵されていることからその将来性は海外資本から大いに注目され、発展途上国の中でもビルマには過大な期待が寄せられている。だが、これから進出を狙う日本企業にしても戸惑いが見られるようである。
ビルマへの戦没者慰霊団を何度もお世話して、度々下見や添乗員として現地へ出かけた。1970年代初頭には、ビルマ航空へ支払う団体の国内線航空運賃や地上費もすべて現金でも持ちこみ、到着日早々に現金を受け取りに来た経理のマネージャーに、現金を支払ったことを思い出す。1団体分の支払額をすべて現金で持って行ったのだが、日本を出国する際申告しなかったので、考えてみるとあれだけ多額の現金を持ち出すことは外為法に違反していなかっただろうかと些か後ろめたい気持ちになる。
我々が度々訪れたあの時代に比べてあまり進歩がないようだ。ただ、政治情勢が不安定のため経済が未だに遅れているが、国内には多くの資源が眠っている。いつの日にか、大手銀行が立派な店舗を構えて国内経済も活発に発展することを期待している
それにしてもしばらくビルマへ出かけていないが、素朴なビルマが懐かしい。
2840.2015年2月21日(土) 安倍政権の危険な極右的兆候
海外では「イスラム国」に対する掃討作戦が考えられている。だが、その正体を掴めないため思うように彼らを追い詰めるというわけにはいかない。しかし、現状のままでは彼らを勢いづかせるばかりである。「イスラム国」が仕掛けたと思われる殺戮事件が、リビア北部を始め中東各地で頻発的に起きている。
この難しい時に際し、ついにアメリカが「イスラム国」を殲滅させるため、これまで有志国とともに行っていた彼らの拠点を狙った空爆に加えて、地上軍を投入する戦略に踏み切った。イラクから駐留米軍を撤収させて以後、米軍を海外基地へ派遣することにやや消極的だったオバマ大統領も議会多数派の共和党や、一部国民保守層の声に押されて地上軍の投入を決断したようだ。これで「イスラム国」の力が削がれ壊滅に向うなら喜ばしいが、取らぬ狸の皮算用にならなければ良いがと思う。
そんな海外、特に中東周辺の油断ならない状況の中で、日本国内ではあるまいことか、不安を駆り立て騒ぎを起こそうとする怪しい動きが高まっている。
今政府与党は集団自衛権の行使以来、自衛隊の海外での活動を大幅に拡大しようと考えている。すでに憲法を改正しようとの目的のため、あの手この手で法の盲点を突いて本丸を落とそうとしている。そもそも「閣議決定」という国民の目を素通りした悪魔の技を使い出してから、味をしめた政府は今ではやりたい放題なのである。盟友・公明党も自民党のあまりに強引な手法に手を焼く始末であるが、安倍首相以下政府首脳、自民党幹部は絶対多数のこの絶好の機会に、日本の法制を自分たちの思い通りに改正し、憲法改正、再軍備、海外派兵、海外戦闘参戦、そして戦争というおぞましいステージへ持ち込もうとしている。
不思議なのは、この安倍政権への支持率が各メディアで行うアンケートで軒並み50%を超えることである。戦争へ向けてまっしぐらに突き進む安倍反動内閣への支持が、国民の半数以上になるとは思いも寄らなかった。残念ながら戦後一貫して平和国家だった日本も、戦後70年の今年再び破滅への道へ一歩踏み出したのだろうか。