ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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2879.2015年4月1日(水) 「京都新聞」に中学時代の同窓会掲載

 今日から2015年度に入った。新社会人のスタートの時である。入社式で堂々と誓いの言葉を述べる新入社員が清々しく見える。国はいつも前年度中に新年度の国家予算が決まらず、新しい年度に入ってから法案が国会を通過するのが当たり前のようになっていたが、今年度は何とか間に合った。執行予算以外にも問題は山積しているが、取り敢えず善しとすべきだろう。

 今日京都から大型封筒が郵送されてきた。差出人にも覚えがないので、半信半疑で開封してみると「京都新聞夕刊」が1部入っていた。開いてみると「旧交歓談」という全頁の一部に、昨秋出席した京都市立上桂中学校卒業60周年記念同窓会の集合写真が解説付きで掲載されていた。幹事がわざわざ送ってくれたものだ。他にも京都府内の学校を卒業した同窓会の写真が3校あったが、それらは他の中学校、高校、国民学校だった。都内の大手新聞はほとんど全国紙なのでこういう地元密着の企画はあまり見られないが、その点京都はまだ身近なコミュニケーションの中に温かい気風を感じる。

 そう言えば、今日選抜高校野球決勝戦が行われ、福井県の敦賀気比高が北海道の東海大四高に3x-1で勝ち、福井県勢として春夏を通じて初めての優勝を飾ったが、昨年の決勝戦では、京都市内のもうひとつの母校平安中の付属高・龍谷大平安高(当時平安高)が選抜初めての優勝を飾ったものだ。

 京都には1年半しかおらず、それでもその間2つの中学校へ通った。いずれも楽しい学校生活で、勉強なんかほとんどせず、放課後になると日が暮れるまで友だちと山野を駆けまわり野鳥を追っかけていたことが懐かしい。

 もうひとつびっくりしたのは、今日ブラジルの友人アーリンド・フルタードさんから手紙を受け取ったことだ。2月に高校の友人・呉忠士さんがわざわざリオのアーリンドさんを訪ねてくれたが、風邪でインターフォンでしか話すことができず、アーリンドさんは折角訪ねてくれた呉さんに会わなかったことをしきりに謝っているのだ。今年83歳でその時体調はあまり良くないと書いているので、それも致し方ないと思うが、高齢でもあるので独身者としては心細いのだろうか。今では1年をリオと南部都市で半々に生活しているという。今では大分健康を回復したというので、もっと前向きに元気になって欲しいと心から願っている。

 もっと不思議に思ったのは、彼がこの手紙を投函したのが2月24日であり、今日受け取るまでに1カ月以上もかかっていることだ。先にもらった手紙も1カ月半以上もかかっている。いずれも航空便なのにどうしてこれほど時間がかかっているのだろうか。ブラジル経済は今やどん底らしいが、まさかその影響を受けたというわけではあるまい。

 いずれにしろ今日はささやかな喜びと驚きがあった。

2015年4月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2878.2015年3月31日(火) 見事な千鳥ヶ淵の桜

 実に見事なものである。し分ない。千鳥ヶ淵の桜がとにかく素晴らしいのだ。ここ数日千鳥ヶ淵がお花見季節の風物詩として、その艶やかな夜桜がテレビ映像で流されたり、新聞でも報道されている。都内には他に上野公園や代々木公園、駒澤公園、隅田川、目黒川の桜などもその華やかさで知られているが、場所柄、風景、雰囲気などから考えても皇居のお堀端にある、この千鳥ヶ淵が圧巻だろう。

 今日妻とその千鳥ヶ淵の桜見物に出かけた。地下鉄半蔵門駅からお堀へ向かいイギリス大使館前を通ったが、カメラを手にした花見ファンがあちこちで見られる。内堀通りに出て広大な敷地のイギリス大使館前を通りに沿って歩いた。大使館正門前には幕末に対日条約締結で活躍したアーネスト・サトー公使が桜の植樹に貢献されたことを紹介した石碑が建っていた。

 イギリス大使館と言えば、ふと感慨深く想い出すことがあった。あれは1967年11月だった。翌68年1月11日アデン(現イェーメン)が独立する当日に入国しようと、入国ビザ申請のために宗主国イギリスのこの駐日大使館へ出頭した。ところがアデンは突然日時を繰り上げて慌ただしく11月に独立してしまった。従って私がアデンへ入国した1月11日は、アデンはすでに独立国「南イェーメン人民共和国」となっていた。結局このイギリス大使館が発行してくれたビザは無効となってしまった。私は空港で新独立国のビザを発行してもらい、入国係官から独立後最初に入国した日本人と呼ばれた。そのこと自体はちょっと誇らしい気持ちだった。あのイギリス大使館があの当時も立派な建物ではあったがこれほどとは思わなかった。しかし、ビザ取得に夢中になっていてそれほど強い印象はない。いずれにせよ、あのアデン行きは、いまの私にとって大きな成長の素となった。忘れられない旅行であり、忘れられないイギリス大使館でもある。

 お堀端に近づくにつれ満開の桜が眼いっぱいに飛び込んで来る。それらはほとんどが咲き誇ったソメイヨシノだが、中にはまだ緑の葉が濃く見られる桜もあり、それらはソメイヨシノとは別種の桜だろう。半蔵門から皇居内へ入り石垣上の散歩道を桜の景観を楽しみながらほぼ半周して北の丸公園内へ入り、ここも石垣上の小道から堀を隔てた桜並木の景観に満足感を覚える。これまで偶にはお堀端を訪れることはあってもこれほどお花見シーズンに観桜を楽しんだことはない。食事を持ちこみシーツを敷いてピクニック気分でゆっくり観桜すれば、もう少し気持ちが落ち着いたであろうに、その点で少々惜しいことをしたと後悔の気持ちがする。

 それにしても大勢の花見客がやって来るものだ。熟年の花見客も多く、彼らのほとんどは大型のカメラを手に撮りまくっている。ランチタイムにぶつかったこともあり、近隣のオフィスに勤めているビジネスマンらしい小グループが、茣蓙を敷いて背広姿で弁当を食べている姿が何とも微笑ましい。仕事の合間に彼らもお花見を楽しんでいるのだろう。

 この他に、特に目立ったのは、外国人の姿だ。花見がこの時節の日本らしい象徴的シーンと見て、自分たちもご相伴に与かろうというものであろう、その姿が特に多く見られたように感じた。

 北の丸公園から武道館前を通り田安門から靖国通りへ出て、再び地下鉄で渋谷へ出て「ヒカリエ」で遅い昼食を済ませて帰って来た。万歩計はこの時すでに1万2千歩ほどを記録していた。これには少々驚いた。夢中で歩いていたことになる。

 千鳥ヶ淵のお花見は初めてだったが、心身ともに久しぶりに満足感を味わうことができた。

2015年3月31日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2877.2015年3月30日(月) 追い風参考、桐生選手陸上100mで10秒突破

 驚いた。日本選手が追い風参考記録とは言え、陸上短距離100mで10秒を切るとは考えてもいなかった。昨日アメリカ・テキサス州の記録会で東洋大の桐生祥秀選手が、偉大な記録、それもほんのちょっとだけ10秒をクリアしたのではなく、堂々たる9.87秒でアメリカ人オリンピック入賞者たちに走り勝ったのである。

 現在の日本記録は10.0秒だが、われわれが子どもの頃は長い間‘暁の超特急’吉岡隆徳選手の10.3秒の記録が燦然と輝いていたものだ。その記録は1964年東京オリンピック開催年に飯島秀雄選手が10.1秒を記録するまで29年間に亘って日本陸上史の金字塔だった。

 今日もテレビで多くの評論家が桐生選手が出したこの記録を高く評価し、追い風参考などではなく、近い将来に必ず日本記録を破る9秒台の記録を出してくれるだろうと大いなる期待感を込めてコメントしていた。

 嬉しい話である。桐生選手には一日も早く日本新記録を打ち樹てて欲しいものである。

 さて、昨日のブログで安倍首相の暴走ぶりについて書いたところだが、昨日慌ただしくシンガポールへ日帰りで元首相の国葬へ出席した安倍首相は、とんぼ返りしたばかりである。今日は早速2015年度国家予算承認の決議のため参議院議会に出席した。その首相が、過日ワシントン・ポスト紙に従軍慰安婦について「人身売買」と発言したことが新たな問題となっている。韓国政府が早くも反応しているが、大きな問題にならないことを願う。

 それにしても、最近の首相の言動はどうも危なっかしくて見ていられない。立ち止まって考えるということをせずに、思い切って自分の感じるまま、思うままに行動するからである。世間知らずのお坊ちゃんらしく、手間がかかり世話の焼ける総理大臣である。これでは、今後も首相をハラハラして見ていなければならない。

2015年3月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2876.2015年3月29日(日) 安倍首相の止まらない暴走ぶり

 お花見の時期になると大概一度は雨が降る。今日は毎年恒例となった関東地区の高校7人制ラグビー大会が横浜・山手のYC & ACで行われた。著名な文武両道の公立、私立高校が関東地区ばかりでなく、静岡からもやって来る。母校湘南高は2勝1敗でブロック2位だった。しばらく昔取った杵柄のオジさんたちの交流試合を観ていたが、所用があったので懇親会には出席せずに降りだした雨の中を帰って来た。

 さて、いま安倍首相の傲慢な態度と強引なリーダーシップぶりが話題になっている。絶対多数の支持を背に、怖い者知らずで「ここは殿のお通りだ。下に~下に~」とばかり、周囲の声に見向きもせず、まっしぐらに激走する安倍首相の行動を不安視し、心配する声が段々強くなってきた。いまや自民党内で誰もブレーキをかけられなくなって、首相のやりたい放題になっているからである。あれだけ威勢の良かった石破茂・前自民党幹事長にしても、とんと声が聞かれなくなった。他の親分衆らは推して知るべしである。

 今朝の朝日新聞は社説のみならず、3面ではほぼ全頁を使って2人の有識者、杉田敦・法政大教授と長谷部恭男・早大教授が批判的な対談を交わす中で、その首相の思いこみの強い持論を危険と考えて先行きを危惧している。前のめりの首相の言動には、車でいう「走る」「曲がる」「止まる」の基本性能のバランスが欠けて、「走る」一辺倒になっているという。つまりアクセルを踏んで前へ進むだけだというのである。昨年の総選挙の折に自らメディアに注文をつけた、言論の自由への介入と受け取られかねない行動や、そうかと思うと国会で報道への介入として批判されるや、言論の自由と言って憚らない的外れの言動は些か異常である。その一方で、「私に議論を挑むと論破されるのを恐れている」「それくらいで委縮してしまう情けない人たち」と自信が嵩じて思い上がるのも人一倍となった。自分自身シャープでないことをコンプレックスに感じていた首相が、いまでは思い上がって周囲に敵なしの発言である。世間知らずが嵩じて絶頂期を迎えると陥るコンプレックス症候群である。

 防衛大学校卒業式と国会では、自衛隊をわが軍と呼んで舞い上がり、ひとり荒野を往くの心境に満足しているのだろうか。答弁席からヤジを飛ばしたり、歴代の首相がやらなかった不作法には、首相の品格も国会の品格もない自由過ぎる首相像である。首相が首相なら、お傍役人の菅官房長官も最近は首相の言葉をそのまま認める発言をするし、チルドレンの三原じゅん子議員に至っては、国会で「八紘一宇」を「日本が建国以来大切にしてきた価値観」と述べて知ってか知らずか、戦前軍国主義時代に崇拝された国粋主義の真髄を喋り出したり、親分が親分なら下々の子分まで、ひたすら戦前思想へ回帰し出した。わが国は随分乱暴な総理大臣を抱えることになったものである。危険な時代になり良識ある国民はハラハラするばかりである。

 リー・クアンユー元首相の国葬出席のため、今日早朝慌ただしくシンガポールへ旅立った。

2015年3月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2875.2015年3月28日(土) 親子の対立による会社経営の疑問と懸念

 うららかな陽気の中で桜も各地で開花宣言が出され、いよいよお花見シーズンの到来である。

 春の選抜高校野球がたけなわだが、昨日はプロ野球ペナントレースも開幕し、スポーツ界では春爛漫の季節になった。今日も近くの駒澤公園へウォーキングに出かけたが、休みのせいもあり七分咲きの桜の下で子どもたちが駆けまわっていた。

 そんなのんびりムードとは別に、昨日家具インテリア業界大手の大塚家具㈱の株主総会が経済界のみならず、世間から広く注目を集めた。創業者の会長である父・大塚勝久氏と娘の久美子社長が経営権を巡って争い、互いに相手を現職から追放しようとする株主総会の場で、委任状の争奪戦を繰り広げた。結局娘の社長派が61%の支持を受け社長を続投することになり、父親は取締役の座からも去ることになった。会社の経営方針を巡る創業者と現経営者の対立というより、親子喧嘩と受け取られ、感情的な争いで株主、社員、取引先、顧客に迷惑をかけるだけだと外部からは厳しく批判されている。

 世間の常識から言っても身内の争いほど醜いものはない。大塚家具もその例に漏れず、いくら双方で自分たちが正しいと主張したところで、夫婦喧嘩と同じで親子喧嘩だって犬も食わない。

 会社のイメージと企業価値は大きく下がり、こんな事態で得をするのは、一部の投資家だけである。実際61%の支持を得た社長派にしても、元々基礎票は父親にはとても及ばず、全議決権の20%程度と言われていた。そこへ銀行や海外投資ファンドなどの金融筋の支持を得ることによって基礎票が上積みされ何とか勝利を得た。だが、不安定な感があるのは否めない。乱高下する株価をうまく利用される。娘が社長に復帰した1月28日には1005円だった株価が、3月2日には倍以上の2043円にまで急騰した。売り抜けと言われても仕方ないように、11%の議決権を行使したとみられていたアメリカのある投資ファンドは、持ち株のうち6%分を早速売却してしまったという。

 家具を販売だけしていれば済むというものではない。生き馬の目を抜く株式業界の習いに太刀打ちしていかなければいけないのだ。

 それにしても創業者の父親に退陣を要求するとは、外からは窺い知れない、それなりの事情があるのだろうが、娘社長の行動は常人ではちょっと真似できない芸当だと思う。親子の仲でもあり家庭の中で後顧の憂いはないものだろうか。大きなお世話かも知れないが、あんまり目にしたくない事案ではある。

2015年3月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com