ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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2884.2015年4月6日(月) 入学式シーズンを迎える。

 満開の桜もそろそろ散り始めている。自宅周辺には駒澤公園の他に、今では暗渠になった呑川に沿って桜並木があるので、通りすがりの花見を楽しむことができる。そんな桜咲く季節に合せて各地で入学式が行われている。

 わが家でも奈良県生駒市に住む長男宅の長男と長女が、昨日日曜日にも拘わらずそれぞれ高校と中学の入学式に出席して長男夫婦も同席したと聞いた。自宅の周辺の目黒区立小学校でも1年生が両親ともども新しい制服を着て桜の下の校門を入って行った。

 振り返ってみると私が小学校というより、当時の国民学校初等科に入学したのは終戦の年だったので、今年でちょうど70年になる。あの時は房州・勝山町に引っ越したばかりで、知り合いもなく地理も不案内で東京育ちの母は相当悩んでいたようだった。近所に住んでいた父の会社の人に学校へ案内してもらった。ある時校外授業で生徒たちが田畑を歩いていた時、突然米軍機が襲ってきた。女性担任の青木先生が慌てて「皆さん!伏せなさい!」と大きな声で叫んだことが強く印象に残っている。終戦までの5ヶ月間は米軍機の空襲に不安を感じたり、防空壕に逃げ込んで警戒警報が解除されるのを待ったことなどが忌わしく思い出される。

 あの当時から考えれば今では表向きずっと平和になったと言える。だが、実際はどうだろうか。近年戦時中の軍国主義の匂いが紛々と漂ってきているのではないだろうか。これからの子どもたちが安心して豊かで平和な生活を送れる保証は年々希薄になっていると思う。

 今日信州大学でも入学式が行われた。新入生を前に山澤清人学長は、歓迎祝辞の中でスマホの使用について「スイッチを切って本を読み、友だちと話し、自分で考える習慣をつけ、物事を根本から考えて全力で行動することが独創性豊かな学生を育てる」と述べた。スマホを止められるか、信州大生を止められるか、とも問いかけた。スマホの過剰利用をセーブし、もっと大学生としては考える習慣を身につけるよう求めたものである。私自身普段スマホを使用しないので、その利便性は活用していない。しかし、その便利性だけは理解できるので、簡便に作られた情報を得ることにばかり振り回されて自分の頭で考える習慣を身につけることを忘れてしまうことを心配する。その点では、山澤学長のメッセージに賛同するものである。

2015年4月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2883.2015年4月5日(日) 新聞連載小説に思う。

 4月に入って朝日新聞朝刊では林真理子の連載小説「マイ・ストーリー」が終わり、新たに沢木耕太郎の「春に散る」が始まった。前者は出版業界の現状に自費出版を素材にして男女のさやあてをからませたストーリーで、連載中に小中陽太郎氏が「出版ニュース」昨9月中旬号に拙著「南太平洋の剛腕投手」について書かれた書評の中で、この作品についても描写されていた。

 後者の沢木氏の作品は冒頭からフロリダ州マイアミのアメリカ合衆国最南端・キーウェストへタクシーで向かう設定で、これまで「深夜特急」などを通して海外各地の臨場感溢れる特異な旅を描いた筆者らしい構想にいやがうえにも興味が湧いてくる。「深夜特急」は3巻のかなりの長編だったが、私自身訪れた土地も多く、列車やバスで移動しているので、読書中に随分興味を惹かれたが、このキーウェストも訪れたことがありどんな展開になるのか今から楽しみにしている。

 これらの連載小説とは別に昨年4月から始まった夏目漱石ものの再連載は、1日からは「それから」が始まった。もちろん学生時代に読んだ作品であるが、これまで再連載された「こころ」「三四郎」と同じように、若いころ読んだ時とはちょっと味わいが変わり読者にとっては受け入れ方が違うように思う。一気に読み通すのではなく、限られた活字数を毎日コツコツと読み続けることが、新聞小説の面白味なのであろう。「それから」も新聞販売店から「それからノート」を購入して一日一日分を整理し、添付して別の楽しみ方を探そうと思っている。

 さて、所属するNPOの隔月刊機関紙に毎号エッセイを寄稿しているが、3月号には「イスラム国」について書いた。いつも通りこれをHPにアップして友人たちに知らせたところ、間髪を入れずに読んだと言い感想を送ってくれた2人の女性がいる。それが2人とも海外在住者なのだ。ひとりはセルビアで活動しているバイオリニストで、もうひとりはイスラエルのツアーガイドさんである。お二人ともアラブ諸国はもちろん世界各地を歩いているので、危険に直面することもあり、平和に暮らしている日本人とは大分感度が違うのではないかと思う。そしてやはりと言うべきであろうか、私の臨場感重視について賛意を示してくれる。臨場感の大切さは日ごろよりアピールしている。少しずつではあるが、理解をしてくれる人が増えたように感じている。これからも「臨場感」の大切さをPRしていきたいと考えている。

2015年4月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2882.2015年4月4日(土) 天皇・皇后両陛下のパラオ慰霊巡拝

 桜は今が満開であるが、今年は幸い雨に打たれることもなく、ただ風に吹かれて花弁が落ちるだけで本当に素晴らしいお花見シーズンになったと思う。日本人のみならず、外国人観光客も大分花見を楽しんだようである。

 今日は京王線仙川に小中陽太郎氏が理事長を務めているプラザ財団でワインをご馳走してくれるというお声がかかったので、その前に調布の野川縁でお花見をしようということで、10名ほどの同志が集まった。川幅は狭い野川ではあるが、両岸辺に植樹された桜は見事なものだった。土曜日の午後ということもあり、テーブル、或いはシーツを敷いてグループで宴会を楽しんでいるサラリーマンらしいグループも多くいて、それはそれなりに見ているだけで楽しかった。久しぶりにアルコールを楽しむことができた。

 初めてお会いした人の中に、幕末の志士・清河八郎の子孫である斎藤わか奈さんがおられた。その他にも珍しい方がおられた。池田さんと仰る86歳の前衛画家が予科練に入り特攻隊として出撃を待機していたが、終戦を迎えたと話された。最近軍隊経験のある方とお会いする機会が少なくなったが、今日はその意味でも懐かしい気持ちになったから不思議である。

 折も折今朝の朝日新聞に今月8日、9日に天皇・皇后両陛下のパラオ巡拝について大きく頁を割いているが、国民も終戦70年目の今年、両陛下の巡拝を心から喜び、パラオ国民も温かい気持ちでお出でを歓迎しているようだ。今回はこれまでの天皇の巡拝では考えられなかった海上保安庁巡視船に宿泊されることなど異例づくめである。これはホテルの施設、及び警備上の問題があるようだ。実際現地の最上級のホテルに宿泊を予定するにしても、卑しくも天皇をお迎えするにはハード上少々問題があるような気がしていた。それは旧トラック島でも同じことで、トラックが巡拝計画から長らく外されたままでいるのは、こういう宿泊上の問題があったからである。それがパラオ巡拝に大きな支障や、問題がないことが理解されれば、今後故アイザワ大酋長が生前熱望していた両陛下のトラック島巡拝にも大いなる可能性が生まれる。日本人の熱意も併せて、何とか故人の念願を叶えさせてあげたいものである。

2015年4月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2881.2015年4月3日(金) 神宮再開発でラグビー場は後回し

 昨日国立競技場周辺のスポーツ施設の建て替え計画が明かされた。国立競技場が新たに建設されることは承知していたし、実際すでに今までのスタジアムは解体中である。だが、その他にこれほどの大プロジェクト工事が計画されていたとは寝耳に水である。

 まず驚いたのは、秩父宮ラグビー場が2017年に解体され、2020年東京オリンピック・パラリンピック後に建て替えられるということである。東京ではオリンピックの前年19年にラグビー・ワールドカップが開催されることになっている。日本各地で分散開催されるにせよ、秩父宮殿下のお名前をいただいた日本ラグビーのメッカを最も重要で、利用される前に解体消滅させてしまうことはとても理解できない。都内で主会場として他に使用されるべきラグビー場がないわけではないが、ラグビーのメッカではないし、地域的、設備的には及ばず、名実ともにネームバリューで遥かに劣る。

 一方で、再建される神宮球場はラグビー場の跡地に建設され、完成後に現球場を取り壊し、そこへ新ラグビー場を建設するという。これまでの野球場とラグビー場の土地交換を行うのである。従って、神宮球場ではプロ、学生野球を問わず試合は休むことなく行われる。ちょっとこの計画はあまりにもラグビー界にとって厳しく残酷なものではないか。

 野球なら東京ドーム、マリーン・スタジアム、西武球場、駒澤球場などを運用すれば、さほどの問題なしに実施できると思う。それにも拘わらず、国際的な大会である19年ワールドカップ、そして20年のオリンピック・パラリンピックでも7人制ラグビーを行うのに最も新国立競技場に近く便利な場所にある秩父宮ラグビー場を取り払ってしまうことである。両大会とも秩父宮ラグビー場を使用してから、計画を進めればよいのではないか。これはラグビーファンならずとも首を傾げるところではないだろうか。その点でプロ及び学生野球界はラグビーに比べて遥かに厚遇されている。

 そもそもこの発想とアンバランスな思考はどこから生まれたのだろうか。現秩父宮ラグビー場を訪れた往年の名ラガーマンがテレビで寂しいと語っていたことが印象的である。ラグビー協会ももう少し異議を申し立てても良かったのではないか。

 2020年東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長である森喜朗元首相は、日本ラグビー・フットボール協会会長でもある。森元首相には拙著「南太平洋の剛腕投手」上梓に関して随分お世話になったが、これについて強く意見を述べなかったのであろうか。そう言えば、森氏はつい最近肺がんの手術をされたそうである。ご健康であれば良いのだが・・・。

2015年4月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2880.2015年4月2日(木) 高野山で開山1200年目の大法衣

 今年は弘法大師が、嵯峨天皇から真言宗高野山に真言密教の道場を開くことを許されてから1200年目に当たる。今日から50日間の大法衣に入った。横綱日馬富士も午前中に伽藍中門前で土俵入りを奉納した。寺や地元では行事に集まる参拝客を受け入れるための準備に忙しいようだ。ここには高校の修学旅行で1度訪ねたきりであるが、近くにいるだけで深山に入り込んだような気がする。わが家の宗派も真言宗豊山派であるので、開山へもう少し訪れなければ、弘法大師様には申し訳ないと思っている。

 大法衣中は普段より大勢の参拝、観光客が訪れると予想されているが、地元・高野町の人口は僅か3300人である。その小さな町へこの50日間に30万人がやって来ると予想されている。だが、50年前の1150年目の大法衣では、もっと多くの47万人が訪れた。今年の大法衣では日本人、特に若い人たちの観光客が落ち込む一方で、外国人が増えるのではないかと期待されている。これは2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」としてこのエリアが世界文化遺産として登録されたからである。

 だが、すべてが万々歳というわけではない。時折「世界遺産」について講師を務める機会があるが、その際この世界遺産について触れることがある。ところが、最近問題になっている点がある。東洋研究家のアレックス・カー氏が取り上げ、ユネスコの世界遺産委員会でも問題視し出している。それは遺産の対象となっている長い「参詣道」に沿った両サイドの木柱が、疑似木柱、つまり石柱に巧妙に代えられていると指摘されていることである。オリジナルを軽々に人工的なものに造り変えてはいけないという理念に抵触しているのだ。軽視していると遺産登録が取り消しされる恐れもある。高野山側も承知している筈であるので、上手に対応していくと思うが、大きな問題になってお祝い行事にミソをつけないで欲しいものである。

2015年4月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com