充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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2889.2015年4月11日(土) 都庁役人の不誠実な対応にげんなり
2020年東京オリンピック・パラリンピックに備えた事務局が、東京都庁内にある。その名を「東京オリンピック・パラリンピック準備局」という。3日前にスポーツ施設担当課長から電話があり、上司のスポーツ推進部長から私宛に手紙を郵送すると言っていたが、その速達便が昨日届いた。
その手紙とは、1月来度々本ブログでも取り上げた事案とお詫びの内容である。そもそも事の発端は、自宅近くの駒澤オリンピック記念公園をウォーキングする度に公園内の屋内体育館入口の高さ4mはあろうかと思える大きな広告塔に、終了後1年以上も期限が過ぎたイベント企画が公告されていたことから、私が撤去するか、他の物と替えたらどうかとアドバイスしたことに始まる。それに対して一向に回答がなかったことから無言の戦いが始まった。止むを得ず最初はメールで、そして普通便を送り、あまりの無回答にしびれを切らして、ついには局長に宛てて書留で考え方について、都に誠意ある回答を求めた。それに対する局長の部下であるスポーツ推進部長からの返信だったのである。
最初はともかく、次第に主題から離れて都庁職員が都民の質問を無視し、難しい問題でもないのに一向に応えてくれそうもないことに失望した。結局3度目のメールで、スポーツ施設担当課長から漸くメールの返信があった。だが、それに対する私の質問には一切応えてくれず、なしのつぶてだった。止むを得ず上司のスポーツ推進部長に手紙を出した。だが、これも無視された。個人名を書かなければ無視されると考え、ネットで名前を調べて更に上部の準備局長へ書留で手紙を送ったという経緯である。ここで漸く冒頭の話に辿りつくわけである。
まあそれにしてもお役人が税金泥棒と言われたのは一昔前だったと思うが、残念ながらその言葉は今でもしっかり生き続けていると思う。こちらに正論があるなら徹底的に追及して役所に反省を促すべきだと今回のやり取りを通してつくづく痛感した。その前にこちらもきちんと正論を論理的に説明する必要がある。時間の余裕がないと中々できる芸当ではない。でも、役所というところは無駄なことをして、それを何とも思わない体質の組織である。内からの改革なんて当てにできない。改めてそれを感じた。失礼とは思うが、やはり外部から正してやらないと、いつまで経っても税金泥棒スピリットはそのままだろう。
2888.2015年4月10日(金) 増長する‘MR.GOMAN’安倍首相
全国で国宝級の寺社が油のような液体で汚されている。一昨日奈良・飛鳥の寺で汚れが見つかって以来後から後へと各地の寺社でその被害が明らかになった。京都、奈良の世界遺産の寺社が被害に遭っていると気にしていたら、その被害は各地に広がり四国の金刀比羅宮や、関東の鹿島神宮、香取神宮、成田山新勝寺にまで拡大している。被害を受けた寺社では困惑するばかりである。参拝客も犯人が何を目的にこのような馬鹿げた行為を行っているのか憤慨している。今や全国で30近い寺社が被害の影響を受けている。困ったものである。
さて、今日東京証券市場は、一時的ではあるが15年ぶりに日経平均株価を2万円台の大台に戻した。直ぐに売られて終値は2万円を割って対前日30円安となったから、この株価景気も一時的なものに終わりかねない。しかし、全般的には、少しずつではあるが、景気は確実に回復していると言えそうだ。株価上昇はアベノミクスの功績だとヨイショする輩がいるから始末が悪い。
しかし、昨日成立した今年度の一般会計予算の支出は過去最大の96兆円である。税収がその半分と予想されるのに、支出は増大するばかりである。安倍政権になってこの傾向はさらに強まった。このままでは、いずれ国の財政が破たんすることは明白である。それにも拘わらず、「動物園の動物」と揶揄される政治家たちは問題を解決しようとしない。初めのうちは財政再建が声高に叫ばれ、時の財務大臣もその必要を強調していながら利権政治家のゴリ押し圧力に押されて次第に財布の紐が緩み過剰支出がなされ、赤字決算となる。こんな分かりきった悪循環を誰も止められないから不思議である。
それでいてアベノミクスの成功のお陰であるとひとり悦に入っている安倍首相以下取り巻きは、傲慢にもそのアベノミクスの報道を巡りテレビ局に圧力をかけたことが、今問題視されている。テレビ朝日の「報道ステーション」のアベノミクスに関する報道で自民党が「公平中立な番組作成」を要請する文書を出していた。どういうことか。自民党報道局長名で「アベノミクスの効果が大企業や富裕層のみに及び、それ以外の国民には及んでいないかの如く断定する内容」と批判したのである。こんなことを言われたら何もしゃべれないではないか。むしろ報道の自由、言論の自由を止めさせようとしているのではないか。これは明らかに一種の報道管制である。先の総選挙前にも自民党はメディアに圧力をかけた。
一強多弱を楯に政府自民党にとってはもう怖いものなしなのである。傲岸不遜の言動も留まるところを知らない。
更に安倍首相は昨日参議院予算委員会で、国立大学の入学式や卒業式で国旗掲揚や国歌斉唱が実施されるべきだと述べた。学問の自由を実現する大原則の「大学の自治」なんかまるでくそ食らえと言わんばかりである。昨日ペリリュー島で示された天皇の戦没者に対する想いや、戦争は絶対やるべきではないとのお考えとは、まったく相容れない。こんなことでゴーマン・アベさん、大丈夫ですか?
2887.2015年4月9日(木) 両陛下激戦のペリリュー島で戦没者を慰霊
天皇・皇后両陛下はパラオ・コロール島近くに停泊している海上保安庁の巡視船「あきつしま」からヘリコプターで、玉砕の島ペリリューの「西太平洋戦没者の碑」を訪れた。この慰霊碑は私が訪れた30余年前にはまだ建立されていなかった。両陛下は生き残った元兵士や遺族が見守る中を、日本から持っていかれた白い菊の花を供えて戦没者の霊を慰められた。同時に目の前に見えるアンガウル島に向って拝礼もされた。
今日は波静かでアンガウルまでわけなく行けそうに見えたが、私がスピード・ボートを操縦する青年と2人で島へ向かった時は曇天で海は荒れ狂い、揺れに揺れて今にもひっくり返り海底へ呑みこまれるのではないかと恐怖感を憶えたくらいだった。アンガウルへ着くと偶々波止場の土手の上に当時のエンドウ村長が待っておられ、これから海が荒れると波が一層高くなり帰れなくなる恐れがあるので、今直ぐにペリリューへ引き返しなさいとアドバイスされ、アンガウルへ上陸することもなく、大波の中をペリリューへ戻って来たことも懐かしい思い出のひとつである。夕暮れ近くなった海面上をトビウオの群れが飛びまわっているシーンに、トビウオというのは魚類というより鳥類ではないかと思ったほど波の上で群れを成して旋回している姿が強く印象に残っている。これもペリリューのもうひとつの思い出である。
アンガウル島は1150名の日本人戦死者を出した小島であるが、画像で観る姿は平べったい何事もないような平和な島に見え、こんなところで多くの人が殺し合ったのかと思うとまたぞろ戦争の恐ろしさが甦って来る。
パラオには、隣国のミクロネシア連邦のモリ大統領夫妻とマーシャル諸島共和国のロヤック大統領夫妻もやって来られ、昨夜晩餐会に出席された。できることなら、両陛下には更に御苦労を強いることになるが、この機会にこの両国にも訪れてもらいたかったというのが本音である。両大統領も多分そう願っていたのではないだろうか。拙著「南太平洋の剛腕投手」にも紹介したように、アイザワ大酋長の存命中天皇が最初に巡拝されるのは、ミクロネシア連邦(旧トラック諸島)だと信じられ、一時は読売新聞にも報道されたほどである。それを思えばミクロネシアのモリ大統領や島民にとってはさぞや残念な思いがしていることだと思う。
両陛下はペリリューでは米軍戦没者の慰霊碑でも花輪を捧げてアメリカ人戦没者の霊を慰められた。今夜9時過ぎに両陛下は羽田空港へお帰りになった。お疲れ様でしたと申し上げたいと思う。
2886.2015年4月8日(水) 天皇・皇后両陛下パラオ巡拝の旅へ
今日冷え込むことは天気予報で承知していたが、その寒さがこれほどとは思わなかった。宇都宮のような北関東地方ならいざ知らず、埼玉や銚子、八王子でも降雪があった。都心部の正午の気温は、何と真冬並みの3.0℃だった。因みに一昨日は20.9℃、昨日は10.6℃だった。いかに急激に気温が下がったかが分かる。朝から雨も降っていた。
この雨の中を六本木の全日空ホテルで開かれたアジア・大洋州各国協力によるチャリティーバザーに妻と車で出かけた。このバザーは、今年の委員長がミクロネシア連邦のフリッツ大使夫人でもあり、昨年に続いてミクロネシア連邦大使館から勧められて出かけたものである。今日の会場は昨年に比べても外は寒いが中は熱気がむんむんとして、押しあいへしあい人が溢れんばかりだった。2つの会場は想像を超えるほどごった返していた。ただ、中々珍しい試みでもあり、妻は結構エンジョイしているようだった。土産品販売屋台では顔見知りの女性大使館員が笑顔で応対してくれた。会場内のほとんどが女性だったが、女性には興味をそそるような物産を販売している各国の物産店がひしめいていたので、ちょっとした観光気分で気軽にショッピングしたり見学してみるのも面白いのではないか。ある面ではリラックスできた一日だった。
さて、今日天皇・皇后両陛下がパラオを訪れた。早速パラオではレメンゲサウ大統領夫妻主催の歓迎レセプションが開かれた。今晩は窮屈な海上保安庁の巡視船「あきつしま」で宿泊され、明日ヘリコプターで最大の激戦地ペリリュー島へ飛び日米戦死者の霊を慰める慰霊祭に出席される。この両陛下巡拝は、天皇の強い希望で実現した。というのは、天皇には太平洋戦争について4つの忘れてはならない日があるという。それは、広島と長崎原爆投下の日、沖縄激戦の日、そして終戦記念日である。それほど先の戦争に強い感慨と思い込みのある天皇である。それだけに今日の巡拝は、天皇にとって念願叶った旅ということが言えるかも知れない。
テレビ各局も両陛下のパラオ巡拝をあらゆる角度から伝えている。パラオには5回ほど、ペリリューへは一度だけ訪れたことがある。ペリリューでは民宿に泊まった。両島の戦争の名残りである朽ちた戦車や大砲を画面で観ると、現場を訪れた30余年前をまざまざと思い出させられる。今朝羽田空港で両陛下をお見送りした安倍首相には、戦没者を想い戦争はやってはいけないという天皇のお気持ちが、どれほど分かっているだろうか。
2885.2015年4月7日(火) 拙稿掲載を友人たちに知らせるべきか。
小中陽太郎氏にきついことを言われてしまった。寄稿文が発表される度にHPへアップして知人、友人にメールで知らせて読んでもらえようお願いしているが、このような行為はプロとしてあまり好ましくないと言われてしまったのである。小中さんの言い分は、親切心から私の立場を考えてくれて、今や立派な作家(お恥ずかしいが・・・)だから、プロとして自分から読んでくれと言うのは媚を売るようなものであり、でんと構えていた方が良いとアドバイスされたのである。
しかし、果たしてそういうものだろうか。泰然自若しているべきだろうか。私としてはどうも納得が行かない。媚を売っているわけではなく、ただ単に親しい人に拙稿を読んでもらい、できれば感想なり、コメントをもらいたいと思って知らせているだけなのである。
でもよく考えてみると著名な作家の世界ではそうなのだろうかとも思う。それでもやはり折角精一杯書いた拙稿を親しい友人たちには何とか読んでもらいたいと思っている。
そこでこう決めた。折角善かれとアドバイスしてくれた小中さんには申し訳ないが、これからもあまり押しつけがましくならないよう気を付けながら、拙稿を書いたら知らせる相手のことを考えて連絡し、相手へのメールの内容を斟酌しできるだけ読んでもらいたいと思っている。
さて、昨日に比べて今日は気温が急降下した。雨も降っており北海道などでは雪も降ると予報が出ている。明日も出かける予定があるが、気温は低くなりそうだ。まだまだ春風駘蕩とは行かないようだ。