ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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2899.2015年4月21日(火) 繁栄の陰に世界的な恥部

 日本ではこれまでほとんど話題にもならなかったが、貧しいアラブ、アフリカ諸国から恒常的にヨーロッパへ向かう難民船が転覆して多数の犠牲者を生んでいることが欧米社会にショックを与えている。つい先日もリビアからイタリアへ向かった船舶が沈没して700人もの死者が出たと伝えられたばかりである。日本のメディアでも急に大きく取り扱い出したが、この遭難事件は今に始まったことではなく、2011年にリビアでカダフィ政権が崩壊して国内が混乱し、テロリストが跋扈し出してから目につくようになったようだ。昨年だけでも22万人近くの難民が地中海を渡りヨーロッパへ、他方で少なくとも3500人が死亡しているというから凄まじい。その勢いは納まることもなく、今年に入って少なくとも3万人以上がイタリアとギリシャへ渡ったという。先日の沈没船による遭難はありきたりの事故だったようだ。

 生活苦や治安の悪さから難民ばかりではなく、国内が内戦状態で混乱しているシリアからトルコを経由してイタリア、ギリシャへ密航してくる難民も多い。流石に受け入れ国では、自国民に対する対策ばかりではなく予想外に彼ら難民にも対応せざるを得ず、根を上げているのが実態である。危機感を募らせているのは、密航船が後を絶たず、転覆などで過去最大規模と見られる犠牲者を出す事故も相次いでいるためである。イタリアのレンツィ首相は、難民たちを密航業者から救うべきで、イタリア一国だけに頼らないでヨーロッパ全体で取り組むべきだと訴えている。実際イタリアでは沿岸警備隊がこの1週間だけで1万人以上を救助したほど異常な状態になっている。

 難民船(密航船かも?)を写真で見ると、甲板上に立錐の余地もなく乗船させられた難民は、全員文化も異なり肌の色も異なる民族であり、彼らが事前に住む家や働く場所がないまま市街に放り出されるとしたら、どういう事態になるのか大凡の想像はつく。日本人には、ベトナム戦争中の難民船を思いだす向きもあるかも知れないが、距離的に遠く、海洋も荒れて現実にはあまり多くのベトナム人難民は日本にやっては来なかった。従って我々日本人にとってはこの異常ではあるが、ヨーロッパ人が感じる当惑は実感としては中々分からないと思う。ただ、異常なでき事であることは想像がつく。

 ところで今日のNHK「クローズアップ現代」は中国国内の誘拐事件をドキュメントで伝えていた。ここにも異常な事件がある。中国では近年幼い子どもの誘拐が頻発していて、1年間に実に20万人の幼児が誘拐され、そのほとんどが未解決であるという冷酷非道な事件である。これも根本的には都市と農村の経済的な格差が生んだ事件のようだ。背景には少子化で子どもが少なくなり、農村では働き手として使われ、老いては年金も少なく、子どものいない老人は将来を心配して子どもを買うという。不思議なのは、子どもとは言え、人身売買が行われていても法律的には厳しい処罰がないことで、闇の組織がひとり当たり100万円単位で取引しているというから、この悪弊は当分なくなりそうもない。中国の社会体制の歪みや膿は、各所に見られるが、いかに経済大国になろうともこういう前近代的な悪習が蔓延っているようでは国際社会で大きな顔はできないのではないだろうか。

2015年4月21日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2898.2015年4月20日(月) リンカーン大統領死して150年

 昨日エンジンがかからなくなって預けた車について、販売代理店からエンジンはかかるという連絡があった。ただ、一時かからなくなった原因が不明のままでは、この先不安でもあり、もし不便な場所でエンストでもしたら往生すると思い2,3日徹底的に検査してもらうことにした。普段は気づかないが、便利な道具が故障すると不便は倍加されるのではないかと思った。

 さて、昨日告示された統一地方選後半戦が始まり、小雨の中を街宣車が自宅周辺で候補者の名を連呼している。これから当分の間耳障りな音を聞かされることになるが、これも一時的なことでもあり仕方がない。先週の前半戦でも懸念されていたが、今度も無競争による当選者が多いことが気になる。89市長選のうち、27市長が無競争で当選という。県庁所在地の長崎市長や津市長がそうだ。候補者が見つからず無競争選ということは自分たちの意見や要望が具現できなくなることである。同時に選挙の争点がなくなり住民は知らず知らず身近な問題から離れて行くことになり、それは民主主義の崩壊にも繋がりかねない。そこには、政治への無関心が大きな原因ではあるが、平成の大合併以来小さな町村が大きな都市に吸収され、地域が広がり同じ身内の都市内でもお互いをよく知らず、他人事のような気持ちになる地方住民の事情がある。

 ところで今年はアメリカの第16代大統領エイブラハム・リンカーンが暗殺されて丁度150年になる。1865年4月14日妻とともに観劇中に撃たれたリンカーンは、その当時国中を悲しみのどん底に陥れた。リンカーンの葬送列車が首都ワシントンから数週間をかけて弁護士としてスタートしたイリノイ州スプリングフィールドまで2500㎞を走り、悲しみにくれる国民から哀悼と感謝の別れを告げられた。沿線で列車が通り過ぎるのを見送った国民は数百万人に上ったという。

 150年前の明日4月21日にワシントンを離れたリンカーンの遺体は、北上した後西に方向を変えてオンタリオ湖に沿いインディアナポリス、シカゴを経てスプリングフィールドへ辿った。その間ニューヨーク・マンハッタンで行われた別れのパレードは当時立体写真が作られ臨場感を以って市民に伝えられたという。この列車のルートはリンカーンが大統領就任式のために通った経路である。私もリンカーンの立志伝については中学時代に伝記を読み、随分感銘を受けたものである。

 かつて文部省の教員海外派遣団のお供で何度となく欧米の学校を主に教育施設を訪問したが、このルートの中でもニューヨーク州の小さな町ユーテイカを訪れたことがある。その時、やはり葬送列車と同じようにニューヨークから列車でゆっくり現地へ向かったが、リンカーンはあんな地味な町まで行ったのかと考えると妙に愛おしく想い出されてくる。

 リンカーンが死の1年半前にゲティスバーグで演説した「・・・人民の、人民による、人民のための政治を地上から消滅させてはならない」というあまりにも有名な言葉は、今や右傾化して国民の声を軽視する安倍首相の言動を思うにつけ、決して忘れてはならないと思う。

2015年4月20日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2897.2015年4月19日(日) ヒトラー著「わが闘争」再販か。

 今日ガレージから車を出そうとしたところ、どうしてもエンジンがかからない。何度トライしても起動しない。一昨日外出から帰りいつも通りガレージ内に駐車させて特別変わったことはなかった。愛車フォルクスワーゲン・ポロは8年近く乗り、距離にして約4万4千m走っているが、平均的な走行距離からすれば格別酷使しているわけでもない。だが、エンジンがかからなかったことはこれまでなかった。突然子どもに駄々をこねられた感じである。過去に遡っても半世紀以上車に乗っているが、こんなことは初めてだ。困った末にワーゲンの販売店に連絡したところ状態を尋ねられたうえで、車を運んで来て欲しいという返事だった。損保会社か、JAFに頼んでみて欲しいとのことだったので、ゴールド会員であるJAFに連絡したところ直ぐレッカー車で引き取りに来てくれ、ワーゲン販売店へ運んでもらった。今晩修理工場で検査ができれば、明日には届けられるとのことだった。一昨日まではまったく問題なく車庫入れも問題なかった。それが今日になっていざエンジンをかけようとしたらダメだった。これは車自体に欠陥とも言える、何らかの故障の原因があると思う。思わぬハップニングに翻弄された一日だった。

 さて、日本同様に先の大戦の敗戦国であるドイツのある問題について考えてみたい。日本人は同じ敗戦国のドイツ人に比べて、一部に先の戦争についてあまり反省していないとか、きちんと謝罪していないという話をしばしば耳にする。特にドイツ人がアウシュヴィッツ収容所で犯したユダヤ人に対する残虐行為を戦後深く反省し、それが一部には世界中で敗戦国としての謝罪や反省のモデルであるかの如く考えられている節がある。例えば、中国では何かにつけてドイツの謝罪方法を例に挙げて、日本はドイツを見習うべきであると強要し当のドイツも戸惑うような謝罪を日本に要求することがある。

 今朝の朝日新聞によると、ヒトラーの「わが闘争」が、今年ヒトラー死後70年が経過して著作権が切れるのに伴い、ドイツ国内で同書を再発行しようという動きがある。同書は戦前1千万部以上が発行された、今でいうベストセラー書だった。内容は巷間伝えられているように、反ユダヤ主義を煽り、今もイスラエル国内では目の敵にされている特異な書である。

 だが、戦争責任の取り方について、国際的に許容され、中国の如く日本への見せしめにドイツの対応を評価する国にとっては、この書が再販されれば、上げた拳を振り下ろす場がなくなる。当然のように反対の声がドイツ国内から挙がった。いずれそうなれば被害を受けたイスラエルを始めとして戦勝国から非難の声が上がるだろう。ドイツは人種差別を煽るような表現を刑罰で禁じている。だが、有害図書扱いは逆に負の魅力を与えるとして、成熟した民主国家に禁書はあるべきではないとの声があるのも事実である。結論として極右による悪用を防ぐためにも適切な版が必要として、来年1月に5千部が発行されるという。これがまた新たな紛争の火種にならなければいいがと思う。

2015年4月19日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2896.2015年4月18日(土) 政府と沖縄県の対立はこのままで良いのか。

 昨日安倍晋三首相と翁長雄志・沖縄県知事が首相官邸で会談した。翁長知事が4カ月前に知事選で当時の仲井真弘多知事を破り当選してから初めての会談である。辺野古移設に反対する翁長知事を、首相は当初から警戒して極力接触を避けようとしていた。しかし、最も蜜月でなければならない沖縄県の首長といつまでも話し合いをしないわけにもいかず、今月末の訪米、特に28日のオバマ大統領との会談を控えて、国と米軍基地のある沖縄県の知事との対立状態は、アメリカ政府に好ましくないと受け取られる恐れがあると判断し急遽両者の会談実現となった。

 2人は会うことは会ったが、話は終始平行線で儀礼的なものに終始した。立場がまったく反対で、とても1度会った程度ではシャンシャンシャンとは行かないことは予想されていたことである。

 しかし、首相が、在日米軍基地が沖縄県に集中し、少しでも負担軽減を行うために、住宅地に隣接する普天間飛行場の移設は県民の願いに叶い、またそのために普天間から辺野古へ移設することは唯一の解決方法である」と主張した。それに対して、知事は真っ向から反論した。直近の選挙で辺野古移設反対を主張する候補者がすべて当選して、民意は圧倒的に反対であるとの同意を得たと応えた。

 翁長知事が強調したのは、先の戦争で沖縄は戦場となって多大の被害を蒙り、戦後沖縄は自らの意思で基地を提供したことはないということだった。知事は首相が訪米して日米首脳会談の席で、沖縄県民の声として辺野古移設反対を伝えることを求めた。だが、首相は日米同盟の話が主題で肯定的な返事はしなかったようだ。

 真っ向から対立する2人の話し合いは噛み合うことなく平行線のまま終わった。知事自身5月か6月に訪米し、アメリカ政府高官に自らの考えを伝えるべく日程を調整していると述べた。政府に対して毎度反対の立場を取る沖縄県に対して、政府には歩み寄る姿勢がなく、このままだと対立が激化していずれ大きな衝突が起きることが避けられないのではないかと懸念される。現状がこのまま継続されるなら、知事が日本政府を見限り、沖縄が本土と離れる方向に進むのはお互いに不幸である。無責任な外野席からは、中国は沖縄が日本から独立することを密かに待望し、沖縄にアプローチを考えているとの興味本位な声がある。まさかである。

2015年4月18日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2895.2015年4月17日(金) 政府・自民党の露骨なメディア苛め

 14日に福井地裁が高浜原発3、4号機の再稼働を認めない仮処分を決定したことに対して、今日関西電力はこの仮処分決定を不服として決定の取り消しを求める保全異議を福井地裁に申し立てた。同時に再稼働禁止の執行停止も請求した。14日に決定が下された時点で関電は異議を申し立てると述べていた。現状では再稼働できるまでには司法から下された仮処分をクリアしなければならず、かなりの時間と手続きが必要である。だが、関電にとっては死活問題に関わることであり、当然予想された折り込み済みの成り行きである。この問題については、司法の場で決着さえつけば、エネルギー政策上政府と関電は遮二無二堂々再稼働を推進するだろう。

 最近とかく騒がしくなってきたのは、政治が放送現場に介入し報道番組にプレッシャーをかける動きを見せるようになったことである。今日自民党がNHKとテレビ朝日の幹部を呼びつけ、報道番組の内容について事情聴取したそうである。自民党の情報通信戦略調査会は真実が曲げられた放送がされた疑いがあると疑心暗鬼になりメディア2社から事情を聞いたわけである。その結果は自民党とメディア側両者の奥歯に物が挟まったような事後の発言から察すると、自民党が相当圧力をかけ、メディア側が押されて委縮した印象が強い。それにしても最近のメディアは弱くなってきた。1社でだめならメディアで共同歩調を取り、対抗すれば良いのにそれをやろうとしない。各社それぞれの思惑があるのか、横の繋がりが弱い。これこそ政府・自民党の思う壺である。

 政治による報道の自由への圧力が徐々に増している。しばらく前にはこんな理不尽なことはなかった。段々戦時中の軍部主導のスタイルと変わらなくなってきた。特に安倍政権になってから報道の自由、言論の自由に対する締め付けは一段と強まった。現在の一強多弱体制がこのまま盤石ならば、益々言論の自由に制約が強まり、中国の共産党一党独裁政権のような非民主化と非言論の自由が、「保守王国」日本列島でも現実となるのではないかと心配である。

 さて、誰にもあることかも知れないが、偶に「アスペルガー症候群」ではないだろうかと思える人に出会うことがある。戦前シャンソン歌手ダミアの歌を淡谷のり子が唄ってヒットした「人の気も知らないで」という歌があった。その歌手の気持ちとは反対の立場から相手の気持ちを斟酌することなく自己主張を押し通し、こちらがいくら正しいと思うことを善意で言ったところで一向に取り合おうとしないから始末が悪い。自分の言いたいことだけを一方的に喋って、あなたの言い分は間違っていると決めつけ、そんなことを主張すると相手に迷惑を及ぼすとか、和が乱れるなどと勝手に解釈して自分の意見を押し付けようとして、独断的な自己主張に拘ってひとり酔っているのだ。はっきり言って手に負えなくなって口をきくのも面倒になる。よくもこんな独断的、利己的持論を押し通して今日まで歩んでこられたなと呆気にとられることもある。

 残念ながらこういう人たちとはとても親しい友人関係は成り立たないので、僭越だが一定の距離を置いて時折話題を絞って付き合うことにしている。それが世の中を渡り歩くためのノルマと信じて自分自身の成長に少しでも役立つならと言い聞かせながら、あまり聴きたくない独善的講話を拝聴する。これも自らの成長のためであると言い聞かせることにしている。

2015年4月17日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com