ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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2938.2015年5月30日(土) 銀座で突然地震に遭う。

 予想以上に口永良部島の新岳の噴火は深刻なようで、全島避難した島民たちはいつ戻れるのか不安を隠せない。地方再生とか、創生が叫ばれているが、現実には離島の人口減少による過疎化が懸念材料であるだけに、この島も危険な状態がこのまま続くと島へ島民が戻らず、無人島になる恐れも考えられないことではない。われわれ都市に住む人間にとっては普段あまり気にしないことだが、他人事ではいられないような気もする。

 口永良部島はかつて2千人もいた人口が、今や137人にまで減少し、小中学生も250人から10人にまで減ってしまった。政治家はいともたやすく地方創生などと口走るが、どれほど真剣に地方のことが分かって具体的な政策を考えているのか。昨日の国会答弁でも貴重な審議の中で空理空論を述べ、挙句の果てにその発言に懲罰とか、陳謝を議論しているていたらくでとても彼らの言葉を鵜呑みにはできない。

 さて、一昨日取り上げたFIFAのスキャンダルに関連して、昨日行われたFIFA会長選の結果、現会長のブラッター氏の5選が決まった。あれだけ世界中を騒がせて事件を引き起こし、ヨーロッパサッカー連盟会長らから辞職を求められながら、自分は無関係を装ってその職に留まろうとするその強欲と名声欲にはうんざりである。イギリスのキャメロン首相から愛想を尽かされ、ドイツのメルケル首相からも一歩距離を置かれるほど権力志向を非難されている。アメリカのサッカー協会は失望し、5選に賛成票を投じたアフリカ、アジアの国々だけが胸をなで下ろしている有様である。日本はどういう選択をしたかと言えば、アジアサッカー連盟の意向に沿って、ブラッター氏の5選を支持したようである。日本もブラッター氏から恩恵を蒙っていたのだろうか。しかし、これではFIFAの改革は生易しいものではないだろう。これからもFIFAが絡む選択の場では、眉に唾して見なければならないだろう。フェアプレイが求められるスポーツの世界のでき事だけに、気持ちがどうもすっきりしない。      

 今日は「俳優・高橋克典」と同姓同名のペンクラブ会員・高橋克典さんの出版記念会が銀座・三笠会館で開かれた。今年に入ってから「レストラン『藤木』へようこそ」と「お月見横丁のトラ」の2冊を出版された。集まった人たちは大分昔から高橋さんを知っている人ばかりで50名ぐらいだっただろうか。高橋さんはお育ちが良いそうだが、松本歯科大学を中退されたという経歴を持っておられる。中々思いやりのある方で皆さんに気を遣っておられる様子が感じられる。自分で会場内を歩きながら出席者を1人ひとり紹介する。それほど長いお付き合いではない私について、元小田急に勤めていたことや、近著「南太平洋の剛腕投手」をPRしてくれた。

 そして二次会会場の「ライオン」に移り、しばらくして大きな揺れがあった。2度ほど揺れた。小笠原沖を震源地とするM8.5、震度5の揺れということでかなり大きい地震である。一時JRが停まり、他の私鉄も一時運転停止や遅れがあったようだ。とにかく、昨日口永良部島で大噴火があったばかりで、どうも落ち着かない。大きな震災につながらなければよいがと願わずにはいられない。帰途地下鉄日比谷線と東急東横線に支障はなかったが、土曜日の夜11時過ぎという遅い時間にも拘わらずかなり多くの乗客がいたことは、多分地震の影響だろう。

2015年5月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2937.2015年5月29日(金) 吉川勇一・元ベ平連事務局長亡くなる。

 今朝の新聞を見てショックを受けた。ベ平連事務局長だった吉川勇一さんが慢性心不全で亡くなったとの訃報である。享年84歳である。ちょうど1カ月前の先月30日、「ベトナム戦争終結40周年記念講演会」に出かけ、それぞれベトナム反戦運動に参加された4人の方々の話を承った後、吉川さんが最後に感想を述べておられた姿が強く印象に残っている。あの時車椅子で出席され、鼻と口にはチューブを付けてそれこそ悲壮な覚悟で話された。4人のスピーカーを温かい言葉で良い話だったと講評され、今後はこういう機会に自分は出席できないだろうと、ベトナムが終戦40周年を迎えられたことを喜ばれ、最早思い残すことはない、すべてやり遂げたとの強い気持ちを滲ませていたように感じた。1965年に結成されたベ平連が、小田実、鶴見俊輔、小中陽太郎氏ら一面派手で素晴らしいリーダーを得たこともあって、ベ平連活動はかなりの成果を挙げ、活動全般に目を配り裏方として地道にその活動を支えておられた吉川さんの力は無視することができない。

 2007年8月4日青山墓地で営まれた小田実さんの葬儀では、小田の代わりはいないと述べていた姿が記憶に残っている。ベトナム戦争は終わり、中心人物の小田実、吉川勇一氏が彼岸へ旅立ち、ベトナム戦争もこれでひとつの区切りを迎えたように思う。私にとっても60年安保闘争と同様、ひとりで戦火のベトナムへ潜入し、平和の大切さを目覚めさせてくれ平和の何たるかを教え、戦い取らねば永久に権力者の言いなりになってしまうことを教えてくれたベトナム戦争は、今も私の心の中に大きな位置を占め、心の支えとなっている。吉川さんのように下積みに徹してあまり表へ出ず活動を支えるのは中々できることではない。そういう意味でも吉川さんは偉かったと思う。

 さて、今日午前鹿児島県口永良部島で爆発的な噴火が発生した。噴煙は上空9000mまで立ち上り噴火警戒レベルが5にまで引き上げられ、全島避難指示により島民137人が隣の屋久島へ非難した。箱根も相変わらず噴火の危険が去らず、日本列島全体に地下のマグマがざわついている。これだけ列島に火山噴火が心配されている時に、懲りもせず原発を再稼働しようとする不誠実な連中がいる。九州電力川内原発が7月下旬には先陣を切って再稼働をスタートさせると言われている。地元の了解を得たとは申せ、周辺自治体住民の了解はまだ得られていない。こんな時に近くの火山の噴火が可能性を帯びてきた。それでも再稼働を強行させるのだろうか。

2015年5月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2936.2015年5月28日(木) 集団的自衛権行使は戦争を招かないか。

 いま安保法制関連法案を巡って与野党の激しい論争が交わされている。だが、国会論争というのはそもそも何なのかという素朴な疑問がこの数日来頭の中を去来している。それは野党の質問に対して政府、自民党が正面から丁寧に、真摯に応えないからである。正面からまともに応えず、方法論とか、便法やすり抜け論で議論を戦わせている。大体「例外」規定が多過ぎる。例外とは正に例外そのものであって、そうそう有るべきものではない。然るに安倍首相を始めとして答弁する各大臣の回答には「例えば例外として・・・・」との引用が多過ぎる。

 政府が例外の根拠に挙げているのが、武力行使の新3要件である。抽象的だとの批判を承知のうえでこの3要件を挙げれば、①日本が武力攻撃されるか、密接な関係の他国がが攻撃され、わが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由、幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある。②国民を守るために他に適当な手段がない。③必要最小限度の実力行使に留まる。こんな要件はどうにでも解釈できるのではないか。

 また、気にかかるのは、中谷元防衛大臣が、特に集団的自衛権の行使によって海外派兵される自衛隊員にリスクが増えるのではないかと質問されたことに対して簡単に「そうはならない」とどういう根拠でそのようなデタラメを言うのだろうか。本人は本当にそう思っているのだろうか。今日南シナ海で問題視されている南沙諸島における中国の違法な埋め立て工事と周辺諸国との紛争解決に当たって、現在公海上空を警戒飛行している米空軍機の任務を、アジアの平和を守るため日米共同で対処するとの共同声明に照らせば、いつ何時アメリカ空軍の上空警戒飛行を米空軍機に代わって航空自衛隊機が任務遂行する可能性が生まれないとも限らない。それでも臨場感と危機意識に疎い中谷大臣はリスクが増えないと言いきることができるのだろうか。日本政府の上層部は、すべての係争事案を他人事と考え、自らの身に降りかかって来る筈はないと盲目的に信じ込んでいるキライがある。それらは現場感覚のなさから導き出される身勝手な論理なのだ。これだから世間知らずの政治家は困る。

 当分安保法制について議論を戦わせて、国民に隠している危なっかしい事態を洗いざらい公にして、そのうえで国民への理解を得られるよう論争をして欲しいものである。まぁ政府は何とか誤魔化そうとしているだけに国民の理解を得るのはそう簡単には行かないだろうが。

 さて、サッカー界にイメージ・ダウンにつながる新たな大醜聞が浮かび上がった。昨日からメディアで明らかになっている国際サッカー連盟(FIFA)の幹部を含む14人がアメリカ司法省の告発により、収賄容疑で昨日スイス司法当局に身柄を拘束された。世界でも大きく有力な組織であるFIFAの現職副会長を含む幹部が起訴された異例な事件は、ワールド・カップ開催地決定に関与して賄賂をもらって動いたと疑われたからである。その金額も桁外れで1億5千万㌦(約180億円)以上と言われている。資金が潤沢であるに越したことはないが、有り余るとこのような不誠実な事件の引き金となる。2人の副会長が逮捕されるとは尋常ではないが、それだけにゼップ・ブラッター現会長の責任論と次期会長選立候補が問題にされつつある。会長への捜索はこれからだそうだ。偶々明日が会長選挙の当日に当たっている。しかし、いくら図々しくともこれだけ世界を騒がせた組織の長としては、現在4期目で79歳のブラッター氏も流石に会長職に留まっているわけには行くまい。果たしてこのスキャンダルの行方はどうなるのだろうか。

2015年5月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2935.2015年5月27日(水) 向こう三軒両隣は今や昔か。

 駒澤大学公開講座で「ドキュメンタリーはこうして生まれる」を講義される須磨章講師が、NHK時代制作に携わった「新日本紀行」シリーズのうちの2作品「最初のニュータウン」と「クルスの家族たち」を見せてくれた。1979年と81年作品だが、時代の雰囲気と流れを全体を通して感じさせてくれる。前者は大阪万博とその後の千里ニュータウン変貌の様子を「かしまし娘」の正司照江がナレーションしたものだ。後者は五島列島で江戸時代から今に続く島のクリスチャンの生活ぶりを描いたものである。大阪万博も五島列島も観光に訪れたことがあるので、懐かしく観ていた。

 前者のストーリーで印象深い話があった。万博を控えて千里山ニュータウン計画が浮上して土地の造成が行われた時、地元地主のほとんどが開発と万博のために私有地を売却したが、旧家の88歳と84歳の高齢者夫妻が頑として土地は売らないと言い張り売却に応じなかったことである。言い分はそんなに現金を持っても使い道がないということもさることながら、気になったのは、ちょっと知り合った近所の人が別の機会に顔を合せても素っ気なかったと言ったことである。そんな人たちに住んでもらって従来通りの地域ぐるみの温かい雰囲気を壊されたくないという地元の人のささやかなこだわりと抵抗だったのではないだろうか。

 今あちらこちらで聞く同じような慨嘆の声は、日本で古くから培われていた温かい隣組意識の中で大阪万博の頃にはすでに聞かれていたのだ。ごく当たり前の隣人に軽く会釈したり、口を聞いたりする隣組のようなコミュニケーションの第一段階が見られなくなったのは、すでにこの時代から始まっていたのだと痛感した。

 実は最近わが家の真前にあった駐車場の跡地に新設した戸建て住宅に引っ越して来られた8世帯ばかりの人々もほとんど自宅から出て来られない。どういう家族構成なのか、またどんな仕事をしているのか、家庭像がまったく分からない。中には夫婦揃って転入の挨拶に来られた方もいるし、こちらから見かけたら声をかけた人もいる。だが、それっきりに終わり、まず自宅から顔を出さないし、近所づきあいをしようとの気持ちも見られない。中には表札を掲げていないお宅もある。ほとんど40歳台の人々だが、こういう乾いた時代とそんな無味乾燥な世間になったのかと思うと、子どもの頃は近所の人々と挨拶を交わして大人・子どもを問わず顔見知りだったり、井戸端会議に首を突っ込んでいたことを考え併せると、それらは実に遠い昔のような気がしてくる。今ではもう放映されないが、「新日本紀行」がふとそんな懐旧に耽らせてくれた。古き日本は遠くなってしまったと思うとやはり一抹の寂しさを感じる。

 さて、今日何気なく偶々PC上の‘Wikipedia’で元の勤務先㈱小田急トラベルの項を見ていて、はっと目を瞠った。概要の冒頭にこう書いてあった。「独自の企画で販路を拡大しており、特にマレー鉄道は毎年好評を博し、他社に先駆けてツアーを確立した」とある。何と40年以上も前に私が小田急電鉄㈱に勤務していた頃に考え、企画し、その後小田急トラベル創立とともに転属してシリーズ商品として企画し、大ヒットした「マレー半島縦断2000㎞鉄道の旅」のことである。最初は社内にも特殊な海外旅行に理解を示してくれる上司や同僚もおらず、中々評価してもらえなかったが、そのユニーク性と珍しさで企画を続けている間に少しずつ理解者が増えてツアーも売れ出した。やがて旅行業界でもユニークな旅行として取り上げてくれ話題を呼ぶようになった。ツアーには毎年2千名ぐらいの参加者があり、5年以上も続いた。まだ、他社ではこういう種類のツアーに商品を作り出していない時代に、自分なりの感性と臨場感から作りだしたものだ。ついには、あのJALPAKが疑似商品を売り出し誇大な宣伝を行った。だが、航空会社が企画した鉄道ツアーと鉄道会社のそれとの信用力の差という大きな力が圧倒して、私のツアーはJALPAKに完勝し、JALPAKを鉄道旅行市場から放逐した。誇らしくも懐かしい思い出である。今になってこういう形で第三者である ‘Wikipedia’に正当に評価してもらえることは実に嬉しい。今では旅行エージェントから足を洗ったが、若く元気溌剌だった頃の成果が今日に伝えられているのは有り難い。現在外人旅行企画の相談を受けているが、どうするか目下思案中である。

2015年5月27日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2934.2015年5月26日(火) スリランカ人僧侶ソーマシリさん

 今朝の朝日新聞「ひと」欄に顔見知りの僧衣姿の外国人が紹介されている。よく見ればスリランカのタランガッレー・ソーマシリ僧侶である。スリランカの言葉シンハラ語版マンガ「はだしのゲン」(故中沢啓治作)を出版したばかりである。3月末出版記念会を千葉県香取市蘭華寺・「平和寺」で開いた時、招待状をいただいたが、生憎先約があり欠席せざるを得なかった。昨年11月に開いた拙著の出版記念会にはスリランカから出席できないと返事をいただいた。頻繁にお会いすることはないが、偶にペンクラブ例会で会えば、スリランカの世界遺産などの話をすることがある。

 ソーマシリさんは、広島の原爆ドームや平和祈念資料館を訪れて強い感銘を受けた。これから永井隆博士著「長崎の鐘」翻訳に取り組むという。益々のご活躍を祈っている。

 さて、一時は「イスラム国」ISの拠点を連合軍の空爆により奪回したイラクが、シリアの世界遺産の地パルミラとイラク中部ラマディをいとも簡単にISに取り戻され旗色が悪くなった。イラク軍兵士には戦闘意欲がなく、武器を投げ出して退却する醜態もあり、この敗勢となった。流石に支援作戦を主導していたアメリカも「イラク軍兵士には戦う気持ちがない」と怒りを隠さない。ことの善悪はともかく、ISの結束力に比べて何ともたるんだ共同戦線連合軍の歯がゆさだ。こんな調子ではいくら連合軍が結束を訴えても、戦闘はいつまで経ってもケリがつかないだろう。ベトナム戦争の二の舞となるのではないだろうか。「どこまで続くぬかるみぞ」である。

2015年5月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com