ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

ブログ一覧

2958.2015年6月19日(金) 難民にどうやって手を差し伸べるのか。

 明日20日は「世界難民の日」である。日本では難民問題はあまり騒がれないが、世界の難民は実に約6千万人に上ると言われる。中でも内戦下にある中東シリアからの難民が増え続けているが、その数は400万人に達した。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、この1年間で難民が830万人増え、過去最多になったとも発表した。UNHCRは各国に難民の受け入れを要請しているが、各国それぞれの国内事情もあり思うようには進んでいない。UNHCRは日本が難民受け入れにあまり積極的でないことに対しても、もっと多くの難民を受け入れて欲しいと要望している。実際昨年ドイツが3万3千人以上の難民を受け入れたのに対して、日本は僅か11人である。韓国ですら87人を受け入れている。G7の中でも6番目のイタリアの3600人に比べてもダントツに少ない。

 それがここへ来て同じアジアのビルマ西部に住むイスラム系住民ロヒンギャ族が、ビルマ政府から弾圧を受けているとして海外へ逃げ出すケースが目立ってきた。元々バングラデッシュ国境に近いアラカン山塊に住むイスラム系民族であるが、仏教徒がほとんどのビルマでは宗教と種族間の対立から居場所がなく、しばしば他民族と部族抗争を起こしていた。ビルマ語以外にベンガル語を話し、ビルマ人との融合はあまりない。当のビルマ政府は彼らを自国民として認めておらず、ロヒンギャ族は無国籍者となっている。それ故海外へ脱出しても難民として素直に受け入れてもらえないケースがほとんどで、国連の勧告も一向に効果がない。

 問題のビルマ在住ロヒンギャ族はビルマ政府から追われるように国を出たが、受け入れる国がなく漂流しながら現在インドネシア、マレーシア、タイ洋上を彷徨っている。

 翻ってみると1971年に初めてビルマを訪れ、その翌年元陸軍飛行第64戦隊(加藤隼戦闘隊)慰霊団のお供で再びビルマを訪れた時、アラカン山系に近いアキャブ(現シットウェイ)の海岸で慰霊祭を挙行した。ベンガル湾遥か沖合で被弾し、反転墜死して名誉の戦死を遂げた軍神加藤建夫戦隊長を偲んで黙祷していた時、地元の人たちが大勢やって来た。その中に今にして思えば何人かのロヒンギャ族らしき変わった服装の人たちの姿が見られた。

 ビルマは民主化が遅れたために、今漸く民主化へ向かって歩み始めたところである。政治、社会体制の整備が遅れたために経済も立ち遅れ、最近になってやっと外国との合弁事業などもスタートしたばかりで、国家として独り立ちするにはまだまだ時間がかかる。現在の政治体制も民主化というにはとても不十分で、国家として国際社会の中で伍して行くにはまだ心許ない。そんなビルマは、傍でとやかく言われる以上に自らが問題解決に苦しんでいることが分かっている。現在ビルマ国内で虐げられているロヒンギャ族は約130万人と見られている。彼らがビルマ国内で生活できるようになるには、あまりにも問題山積である。

 ビルマ政府はロヒンギャ族をビルマ国民と認め、その代わり彼らの生活を軌道に乗せるための援助を国連から各国にお願いするより方法はないと思う。日本にはあまり実感として理解できない問題であるが、今やロヒンギャ族の難民船が東南アジアの海上を浮遊するようになったのだ。このまま見捨てるわけにはいかないだろう。

2015年6月19日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2957.2015年6月18日(木) 正面を避け、サイド攻撃を企てる安倍戦略

 3日前の本ブログに中島敦の佳作「山月記」と「名人伝」の演劇を観て、その感想とそれらの作品についてコメントを書き込んだところ、早速友人から著作権が失効した作品をネットで読むことができるとわざわざ知らせてくれた。有り難いことである。中島の作品は難しいところもあるが、短編ならネットで読むには好都合と思い、手元にない「名人伝」をダウンロードして読んだ。すでに演劇を観たし、シナリオにも目を通しているので、ストーリーと雰囲気は承知しているが、ネットとは言えやはり機微に触れる個所なんかは原文ならではの持ち味がある。読んでみて中島敦の作品らしいと改めて納得した。他にもいくつか目を通していない中島作品があるので、追い追い読んでみたいと思っている。

 さて、このところ国内では安保関連法案の国会審議で、集団的自衛権行使が憲法違反かどうかで喧しい。こればかりは野党議員や憲法学者がはっきり違憲と明言し政府を追及しているのに対して安倍首相以下与党議員は、あの手この手の無理な論理を組み立てて合憲と主張している。まるで窮鼠猫を噛むである。しかし、どの角度から考えても集団的自衛権が憲法に抵触しない筈がない。長年政治家の家庭環境の中で育てられた安倍首相らは、悪い意味の政治家的雰囲気に染まった結果、縦のものを横にすることや、横車を押すことを何とも思わなくなったようだ。国家の大事に鈍感となり、それが憲法改正をやりたいが、現状では賛成議員が全国会議員の2/3を超える可能性がないために、正論を避けて姑息にも裏道から手法を変えて本丸を突くことを考え出した。それが、憲法の解釈を変えて思っている政策を強引にやってしまおうという算段である。いくら解釈を変えても憲法に楯突くわけであり、とても理が通っているとは思えない。まだまだ安倍政権による違憲騒ぎは収まる見通しが立たない。

 他方、海外では16日にエジプトの刑事裁判所で、ムルシ元大統領に対して死刑の判決が下された。イスラム国家宗教指導者も死刑は妥当としていた。まだ上訴の権利はあるので、ムルシ氏は当然上訴を選択するだろう。ここで問題として指摘しておきたのは、2011年の「アラブの春」の翌12年の大統領選挙でムルシ氏は民主的に国民から大統領に選ばれたことである。だが、それも束の間で13年反ムルシ政権の大規模デモが起きて軍が介入し、ムルシ氏は身柄を拘束された。長年に亘り独裁的に権限を行使して圧政を敷いたと言われたムバラク長期政権を倒し、民主的な総選挙で選ばれたムルシ氏が軍部のクーデターによって失脚し、死刑の宣告を受けるとはあまりにも非道な現政権のやり方ではないだろうか。これは民主主義とはまったく対極にある非合法な手法である。欧米を中心に、非民主的なやり方に対して抗議の声が強まっており、シーシ現政権が考えているようにはことは進まないとは思うが、油断も隙もない理不尽な権力の交代は、それが軍の支援に頼って成されているたけにことさら非民主的で冷酷な印象がしてならない。

2015年6月18日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2956.2015年6月17日(水) 選挙権年齢、18歳以上に引き下げ

 今日の参議院本会議で改正公職選挙法が改正、成立した。主題は選挙権年齢を現在の20歳以上から18歳以上に引き下げることである。来年夏の参院選から適用される。これで18歳、19歳の若者約240万人が新たに有権者となる。前回選挙権年齢が25歳以上から20歳以上に引き下げられたのは、昭和20年の終戦の年である。実に70年ぶりの改正となる。現状は世界でも約9割以上の国々が18歳以上を選挙権年齢と決めているので、一般的にはそれほどの抵抗感はない。むしろ若い人に政治改革参加のチャンスを与える意味でも肯定的な声が多い。これにより今後国民投票や国政選挙で若い声が社会生活に反映されることになる。

 ただ、このこと自体喜ばしいと歓迎の声がある一方で、一部に不安や疑問の声があるのもまた事実である。果たして240万人の新しい声が生の国民の声として実際に反映されるかとなると疑問がないとは言えない。特に直近の若者投票傾向から懸念されるのは、若い人たちの投票率の絶対的な低さである。20歳代の投票率は、全有権者の平均投票率より大きく落ち、高齢者の投票率に比べて約20%も低い。今後高校でも主権者教育を徹底的に行い、悪くとも彼らの投票率が全投票率の平均ぐらいに届かないと、折角導入された今日の選挙権年齢引き下げが意味を成さないことになる。

 もうひとつ気になるのは、240万人の声が好戦的ではないかということである。危惧するのは、他国が攻めてきたらこれに対抗して若者の律義な正義感から攻め返すという若者の発想と論理である。若さ故につい戦闘的になり、話し合いより武器をとることに気持ちが突き進んでしまうことを恐れる。戦争の怖さ、恐ろしさ、悲しさなどの身ぶるいするような臨場感に身を置いた経験がなく、戦争の怖さを実感として知らないだけに彼らの猪突猛進の論理が危険に感じられる。その点では主権者教育と同時に、若者に戦争の悲惨さを充分教え込むことも忘れてはなるまいと思う。

 さて、選挙と言えば、昨日来年11月のアメリカ大統領選挙へ向けて、共和党候補者として元フロリダ州知事のジェフ・ブッシュ氏が名乗りを上げた。言わずと知れたジョージ・ブッシュ父子・元大統領家のエースである。これで共和党の候補者は12名となった。しかし、流石に実力社会のアメリカでは父と兄が元大統領という世襲候補には抵抗が強いようで、それを慮ってジェフ・ブッシュ氏が名乗りを上げた会場には、父と兄は意識的に姿を見せなかった。

 一方、民主党候補者としては本命のヒラリー・クリントン前国務長官が立候補を宣言した。彼女とてかつてのファースト・レディであり、ビル・クリントン元大統領の妻で、いかに優秀だとしても所詮は世襲候補者である。結局大勢の候補者は立ったが、本命は民主党のクリントン氏と共和党のブッシュ氏の対決であり、図らずも世襲候補者同士の争いとなった。

 日本では世襲政治家は珍しくもないというより、むしろ小泉、福田、麻生、鳩山元首相、安倍晋三現首相の登場を見るまでもなく、世襲政治家でないと栄達は望めないと思われているくらいである。それが民主主義の本家であるアメリカで、選りによって世襲政治家同士の対決というのが、何とも理解し難い。これから長丁場の選挙戦の末に結果はどうあれ、名門同士の対決としても興味津々であるが、妙に素直に納得できないのは国を左右するイベントが小さな籠の中で争われるからであろうか。

2015年6月17日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2955.2015年6月16日(火) 政府は違憲の安保関連法案を強行突破させるのか。

 駒澤大学公開講座で「現代ジャーナリズム論」を担当されている片山正彦講師が、安倍政権の安保関連法案の取り扱い方と、安倍政権のメディアに対する圧力について話された。その中で興味深かったのは、英エコノミスト誌の安倍首相批判記事である。‘The media in Japan speak no evil.’とある。同誌が安倍政権の報道規制のように日本の事象を批判したのは珍しく、メディアが椅子に座った安倍首相に押しつぶされている諷刺画とともに今後話題を呼びそうだ。記事の要旨は「政治家による介入が長く続き、リベラル系のニュース番組に圧力を加え、報道ステーションでコメンテーターだった古賀茂明氏が安倍政権を批判して辞めた」と取り上げ、日本政府は放送法を悪用していると安倍政権を批判している。

 いけいけどんどんの安倍政権は周囲の反発や、安保関連法案の中核である集団的自衛権行使容認が憲法違反の声が高まる中で、その風向きを変えようと思ったのか、今国会の会期を9月まで延長することを考え出した。現状では審議時間が足りないことを懸念して、益々強くなってきた風当たりを避けようとしたのである。もしそれが現実となるなら、批判の大きな対象となった、わが国の国会よりアメリカ議会を優先したと受け取られている7月に法案を通過させるという、アメリカ政府との約束は当面先延ばしするということだろうか。

 このところ衆議院憲法審査会で3人の参考人が安保関連法案を憲法違反と指摘して、俄かに自民党周辺が騒がしくなった。自民党は砂川判決を持ち出して合憲とこじつけたり、推薦参考人に違憲と明言され人選ミスとふてくされたり、外聞を憚らなくなった。

 一方で憲法学者のみならず、経済学や天文学の研究者らが安保関連法案にともに反対するなど連帯行動を起こしたことで、政府与党は憲法審査会を当分休止する考えのようだ。言い分が笑っちゃう。憲法の本質から脱線したようでレールを元に戻すだと。

 ここまでもめた法案、しかも憲法違反がミエミエのまま強行突破することが、日本の将来にとってプラスになるのかどうか、ここは踏み留まって考え直し良心と良識の一端を示してもらいたいものである。

2015年6月16日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2954.2015年6月15日(月) 中島敦作、野村萬斎演出「敦―山月記・名人伝」

 中島敦の珠玉の作品を演劇に脚色した「敦-山月記・名人伝」を三軒茶屋の「世田谷パブリックシアター」で観賞した。中島の著作は現在高校の国語教科書で最も採用されている。実際今読んでいる「『山月記』はなぜ国民教材となったのか」(佐野幹著)によると昭和24年度辺りから採用されるようになった。高校国語で人気の高い作家として採用されているのは、志賀直哉、森鴎外、夏目漱石、島木健作、芥川龍之介らの作品が圧倒的に多い。その中で若くして亡くなり、比較的その存在も地味だった中島敦が近年トップの座を占めるようになったのは、文章もそこそこの長さで漢文内容に昔風の勧善懲悪を織り込んだ内容の面白さモラルの教訓が盛り込まれていることが高校生にうってつけだと評価されたのだと思う。

 実は、中島敦については数年前までその名さえ寡聞にして知らなかった。昨年上梓したノンフィクション「南太平洋の剛腕投手」のきっかけとなった旧トラック島(現ミクロネシア連邦チューク島)の日系人大酋長・ススムアイザワについて4年前にエッセイを書いた時、中島敦に行き当たったのである。

 中島の旧南洋庁勤務時代の作品を何篇か読んでみて、戦時中僅か33歳で夭折した中島の薄倖の人生とその質の高い作品に感銘を受けた。爾来中島敦の著作と関連書を買い込み、読めば読むほど中島の魅力に引き込まれて行った。祖父と父が漢学に素養のある国文学者だった血筋を引いたとは言え、20~30歳代で中国文学を理解して現実社会からかけ離れた、浮世とも思える世界を自由な発想でカリスマ的にデッサンした中島の教養と才能には感服するばかりである。まさに戦中派天才作家と呼べる人物である。

 今日演じられたのは狂言和泉流能楽師の人間国宝・野村万作、萬斎父子による「山月記」と「名人伝」で、構成と演出を芸術監督の野村萬斎が、これに藤原道山が尺八吹奏している。これまでも父万作は紀伊国屋劇場で同じ出し物を演じた実績とルーツがあり、父子2代に亘って披露したわけである。

 萬斎は2005年に世田谷パブリックシアターの芸術監督に就任以来、これまで度々演出し、この作品によっていくつか芸術関係の賞を受賞している。

 こんな願ってもない演劇を観ることができたのは、まったくラッキーだった。偶々近くの「世田谷パブリックシアター」で上演されることが区の広報紙に紹介されていたので、直ぐに劇場で前売り券を購入した。意外にもかなりの人気で中々予約が難しく、これほどこの地味な作家の作品にこれほどのファンが付いているとは思いも寄らなかった。

 「山月記」は短編作品であるが、全編に人間の煩悩、本性が一杯詰まっている。そこにひとつ良い言葉があった。「人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りにも短い」。けだし至言である。

 今日は、劇場内部の建物構造にも興味があったが、舞台仕掛けも一風変わっていた。原作者である中島敦を強く意識して舞台奥に大きな中島の写真を掲げ、2つの出し物でも3人の「中島敦」が終始舞台で台詞を述べてストーリーを紹介し、背後のスクリーンには文字を描き、情景をイメージさせる手法を取り入れて進行させる技法は異色ではなかっただろうか。

 今日の芝居を観て中島敦に対する興味と関心が一層募って来たので、手元にある作品を改めて読んでみたいと思っている。

2015年6月15日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com