充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
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2996.2015年7月27日(月) 参議院で国民反対の安保関連法案審議開始
今日から参議院で安保関連法案の審議が始まった。国民による反対の声が過半数を超え、学識経験者らが憲法違反と看做し、政府の安保関連法案に関する説明が不十分と考える国民が約8割に達する四面楚歌とも言える状況の中で、安倍大将以下政府軍は強気に進軍ラッパを吹き鳴らし、強引に国民の壁の正面突破を図ろうとしている。案の定今月に入ってから安倍政権に対する支持が先月に比べて大幅に下落し、日経新聞による世論調査では支持率は38%、不支持率は50%となった。2年前の4月には76%と圧倒的な支持率に支えられて安倍首相は有頂天にあったが、油断か、思いあがりか、これなら何でもできると錯覚した未熟なお坊ちゃんの勇み足から、ついに安定内閣に危険信号が表れた。下手をするとこの下降現象はブレーキがかからないかも知れない。
これからの参議院審議の内容と結果次第では、安倍政権の命脈に黄信号が灯るかも知れない。
現在安保関連法案の行方が注目を集めているが、安倍政権には他にも人気下降の火種を抱えている。その最も危険なのは、原発の再稼働に関する厄介な問題点である。
そのひとつは原発立地の議会で議員らが原発の安全性を審査する立場にいながら、形を変えて工事を請け負う会社から報酬を受け取っていたことが明るみになったことである。電力会社や原発賛成派の意を受けて原発による雇用が地域を支えるという地元の意見をきれいごとのように代弁していたのである。
もうひとつはこれまで原発は安くて大気汚染を考えれば清浄だと言われていたが、福島第一原発事故以降コストは高く、使用済み核燃料の処分問題が片付かず、使用済みのゴミの処分方法が解決していない現状にある。
特に前者のコスト面では、試算を繰返す度に増えている。現時点で原発の稼働に向け電力11社が見込む安全対策費総額が、少なくとも約2兆4千億円に上がることが分かった。しかも、これで充分と言える金額でないことは今後も予想される。それは2013年1月には約1兆円と試算されていたからである。そして1年後の2014年1月には、そのコストは約1兆6千億円に増えた。それがその1年半後には更に8千億円も増額される事態になったのである。「原発は安いエネルギー」は今や絵空事になった。
原子炉建屋直下の断層が活断層の可能性が高まった北陸電力志賀原発の地元では、事故の発生を懸念して動揺が隠せない。その一方で、住民投票で同意を得た九州電力鹿児島川内原発では早ければ、来月再稼働を始めるという。本当に大丈夫なのか。近くには桜島活火山がある。原発再稼働に前向きな自民党は、安倍政権の人気の上に胡坐をかいてきたが、下手をすると政権の命取りになりかねないし、共倒れとなる可能性もある。
さぁ、原発再稼働は本当に大丈夫なのか。ここしばらくは安倍内閣の行動を監視しながら、原発再開の行動を見守っていたい。
2995.2015年7月26日(日) 無駄な建設工事がなぜ続けられるのか。
とにかく暑い。全国各地で今年最高気温を記録した。猛暑日となった都市は全国で129都市に上った。都内でも練馬区では37.2℃で観測史上最高気温を観測した。そんなわけで今日もほとんど家に閉じこもってテレビを通して大相撲名古屋場所千秋楽で横綱白鵬の35回目の優勝場面を観ていたが、涼しくなる夕刻になって近くの駒澤公園にウォーキングに出かけた。
公園の半周コースを回って再建中の新築第二球技場の傍を通ると、新国立競技場の見直し建設計画がふっと頭に浮かぶ。この第二球技場は、1964年大会では主にホッケー場として使用されたものを取り壊し、現在新築工事中なのである。近くに掲示してある完成図を見ると新球技場も中々立派な球技場のようだ。隣接する室内体育館も取り壊し、新築中である。この旧室内体育館も1964年オリンピックで使用された施設である。そして驚くべきは、これら新しい施設が完成後は2020年オリンピックではいずれも使用されないという話である。もったいないというか、無駄な施設とは言わないまでも折角作った立派な施設をどうして使用しないのか、分からないことだらけである。どうして前回オリンピック大会で使用した施設を取り壊し、新たに作るのはどういう目的からなのだろうか。今新国立競技場再建問題が予定を遥かに上回る費用がかかると言うことから見直し論が出て、仕切り直しになった。この駒澤の施設は、前大会で使用した時より近代的で使用し易い施設に違いない。それにも拘わらず、最初から作るけれどもオリンピック用には使わないという無駄な発想はどこから生まれるのか。何か施工者と業者の取引のうえで無駄な施設が作られるように思えてならない。
さて、昼前にびっくりするようなニュースがあった。調布飛行場から離陸した小型飛行機が間もなく近くの住宅地帯に墜落し、住宅火災を引き起こし、乗客と住民3人が亡くなった。調布飛行場は甲州街道に沿って大きな味の素スタジアムの背後にあり、多磨墓地への行き帰りの折傍を通ると飛行機の姿を見ることもあった。小型飛行機とは言え、住宅地の上空を飛び回るのは危険であることを改めて知らされたが、このことは沖縄の人たちの日常生活では当たり前で、彼らにとってはもっと大きな武器を積んだ軍用機が上空を自由奔放に飛んでいるのだ。今日の小さな飛行機事故とも言えない事故ですら、大きな災害になりかねない。極力危険を避ける方策を講じなければならないが、今日の事故で国交省は早速飛行回数を減らすなどの対策を徹底するようだが、より危険な沖縄の米軍機の飛行回数を減らすことは現状では難しい。
普段あまり実感として我々に迫って来ることがない飛行機事故だが、今日の事故も無碍に他人事として捉えてはならないと思う。
2994.2015年7月25日(土) 傲慢朝日の高齢者蔑視と読者無視の無責任
とうとう「世論の代弁者」と「リベラル」を自称する朝日新聞社と一戦を交えることになりそうだ。朝日新聞は結婚以来46年間愛読して来た。ジャーナリズムとしての真っ当な理念と哲学、そして世間の風と国民の声を受け止めて大衆に成り替わって正論を新聞という公器を使いながら世にアピールしてきたことをこれまでは高く評価してきた。そんな朝日とよもや事を構えるとは思っても見なかった。
折も折昨日になって漸く朝日新聞社渡辺雅隆社長に宛てた手紙の返信が届いた。しかし、実際には社長は自らの手を煩わすことなく、代わりに「お客様オフィス」と称する部署の名無しの権兵衛氏から的外れで顧客を無視した極めて非礼な返書だった。
そもそも事の発端はこうだ。去る6月5日付朝日朝刊の一面トップ記事「高齢者の地方移住を」の見出しを見て一瞬ギョッとなった。この見出しでは高齢者を姥捨山へ追いやるものだとの誤解を与えかねないと思い、翌6日ネットを通して朝日「お問い合わせ」係へ注意を促すとともに、社としての見解を尋ねたのだ。
これに対して懸念していた通り朝日からは何らの反応もなかった。確かにすべての問い合わせにお応えできないことはありますと書いてはある。同じ質問を引き続き12日、16日、23日、29日と計5度送信した。それでも相も変わらず回答はなかった。新聞社の信用にも関わる記事の誤解を招く恐れがあると考え、記事の真意と会社の見解を問うたものである。それに対してまったくノー・リプライだった。
ここでひとつ気がついたことがあった。当方から送ったメールは朝日側の一方的な都合で消去され、我がパソコン上には送信記録の痕跡が残らないよう細工されていることだった。これは、朝日が常日頃より声高に外部に警告している一種の言論抑圧ではないだろうか。それを朝日は顧客からの通信記録を自らの独断で削除するという、非民主的で横暴な行為に及んだのだ。日ごろ言論の自由を叫びながら、実は自ら表現の自由まで封殺していたのである。日ごろの朝日の主張とは相入れない言語道断の所業ではないか。
そこで3回目以降は手元にコピーを残すことにした。いずれにせよ、朝日からは何の連絡もなかった。私は朝日に対して表現が穏当でなく、高齢者を軽視しているように受け取られる恐れがあるので、読者に対して何らかの解説なり、見解を説明する必要があるのではないかと問いただしたに過ぎない。その間朝日出身者を始めとする新聞社のOBにこの経緯を話してみたところ、揃って新聞をよく読めば分かるが、その見出しは不穏当であるし、表現は誤解されるばかりで誰だって、特に高齢者が怒るのも無理はないと言っていた。21日フジTVの「Mr.サンデー」に出演した元NHKの木村太郎氏も同じような記事を掲載した東京新聞を手に憤慨していたほどである。
そのような誤解を呼び、高齢者を愚弄し、軽視しているかのような見出しに対して朝日新聞社としての考え方をきちんと伺いたいとの要望は一顧だにされず、まったく無視されたのである。そのうえ長年の読者に対して問答無用とばかり、朝日は上から下まで読者からの質問には応えず、理不尽にもメールでの問い合わせの記録を抹消し、自らに不都合な質問は無視し、真っ当な質問を闇に葬り、一見質問歓迎のポーズを取りながら自社の不行き届きな対応を些かも反省する姿勢も見せず、傲岸不遜にも朝日流儀を押し通している。
古いところでは平成元年のサンゴ礁落書き事件、ごく最近では昨年の従軍慰安婦問題で朝日は記事の捏造を認め、世間に謝罪し、二度と繰り返さないと誓って約束し自社の対応を反省したのではなかったのか。だが、自らが表面上反省の態度を示した事案では、実際のところ朝日は反省なんぞ一切していないということを曝け出したようなものである。朝日新聞社は自らが播いた種となるいかなる不祥事にも、謙虚さも誠実さも、反省も示さないということがよく分かった。
たび重なる問い合わせに対してまったく回答がないということは、そのまま高齢者軽視、侮辱と読者軽視を朝日自身が容認していることになる。だが、あまりの無神経と無感覚に我慢ならず、編集担当の西村陽一常務宛に、社の見解と前記読者への言論の封殺に関する考えについて書留便を送って質問した。それでも読者に対して記事の説明をして墓穴を掘ることを恐れる当の常務からは、やはり1週間経過しても返事は来なかった。歌を忘れたカナリアの如く朝日は文字を書くことを忘れたカナリアになってしまったのである。朝日新聞社は何を恐れているのか、上から下まで外部の問い合わせには、貝の如く堅く口を閉ざしている。
そしてさらにその1週間後の今月17日、ついに最後通牒として最高責任者である渡辺社長に宛てて書留便を送った。その問い合わせの書状に対して、冒頭に紹介した名無しの権兵衛氏からの不誠実な一介の手紙が届いたのである。誰も回答しなかったことに対する一言の詫びもなく、ただ自分たちは高齢者を愚弄する気持ちはないと主張するだけの世間知らずの人間が書いた拙い内容である。そのうえその返書は手紙の書式について知識、常識もないコピー用紙に大きな文字で書かれた、たった7行だけの礼を失し、質問に応えていない返書だったのである。一読して世間も現場も苦労も知らない代理人が認めたものだと推察できる。的外れで誠意のないこの稚拙な手紙が天下の朝日新聞社代表取締役社長からのものだとは、あまりにもお粗末でこんなジャーナリスト・レベルで果たしてこの難しい国際化時代の諸問題について、まともなレポートを書くことができるのだろうか疑問を感じざるを得ない。合計7回も問い合わせをした揚句に得た回答にしてはあまりにも低次元な回答に呆れ果て、もう少し真面目に社会の常識と記者としての臨場感を学んで、もっと理性的に取り組みなさいと言ってやりたい。
朝日の「朝日版姨捨山」記事については、私は瞬間的に不審を抱き、すでに6月24日付本ブログに感想を書き込んだ。大朝日新聞社の多過ぎる誤認と不誠実には憤りを感じている。これまで朝日新聞を信頼して愛読してきたが、ことここに至り、そのお粗末な対応と無責任さにいたく失望している。これからも多分「煩い読者には言わせておけ」とばかり反省もせずに、高齢者蔑視、読者無視の対応を取り続けそうな大朝日に対して、私としてはじっくりこの問題に取り組み、僭越ではあるが、反省を促して行きたいと考えている。
2993.2015年7月24日(金) 元ベ平連の哲学者・鶴見俊輔先生永眠
昨日に続いて著名人の訃報である。今日は哲学者の鶴見俊輔先生の死去を知ることになった。鶴見先生のお名前は学生時代に「思想の科学」を読んで知り、ベトナム反戦運動でさらに知ることになった。何度か講演会でお話しも伺った。1965年にベ平連が結成され、小田実と並んでその中心人物となり、開高健、小中陽太郎、吉川勇一氏らとともにベ平連を反戦、平和のために戦う一般人の固い絆のグループとして機能させた。私には、哲学者という学究肌の人というより、行動の人というイメージがある。
今朝の朝日には一面に始まり、いくつも大きなコラムとして取り上げられ、いかに鶴見先生が日本の思想、文化、言論で大きな役割を果たされたかを能弁に語っている。ところが、日経紙には一行たりとも先生の死を報道していない。いかに経済紙でイギリスの「フィナンシャル・タイムス」社を買収して世界一の経済紙にのし上がったとは言え、これだけの人物の死をまったく報道しないとは不思議だと腑に落ちなかった。すると夕刊にかなりのスペースを取って報道し、小中陽太郎さんが、鶴見先生は大知識人だが硬直した考えが嫌いで成功より失敗を楽しむおおらかさが思想の強靭さを支えたと小中さんらしいコメントを寄せていた。
一方朝日新聞夕刊を見て一枚の写真にあれっと目を見張った。社会面の真ん中に鶴見先生の記事4段に添えて1枚のカラー写真があった。その写真とは2007年8月5日付朝日新聞朝刊に「大きな人に別れ・・・」としてその前日小田実氏告別式に出席した後にデモ行進した記事に添えた写真をトリミングしたものだった。鶴見先生の背後でワイシャツ姿にネクタイを締めた私が歩いている。8年前には新聞発行日翌日に早速親しい友人から、まだ運動をやっているのかと電話があったくらいだ。今度は気がつく友人がいるだろうか。
今年ベトナム戦争終結40周年に当たり、ベ平連事務局長を務めてきた吉川勇一氏が5月に亡くなり、今日中心的存在だった鶴見俊輔先生の訃報を知った。時代の流れとは言え、実に寂しい限りである。
さて、今日は暑い盛りを午後になって出かけた。ところが午後2時過ぎ頃から激しい雨と雷に度肝を抜かれた。それほど長い時間ではなかったが、久しぶりの激しい天気の激変にもしやと思っていた。家の中では停電になったが、これはブレーカーが落ちたことが分かった。東横線自由が丘駅まで妻に車で送ってもらったところ上下線とも不通で動かず、止むを得ず、二子玉川駅経由で遠回りして渋谷に出る有様だった。帰途渋谷駅へ来て見ると、どの電車が動いているのか情報が錯綜している状態だった。初めて東急半蔵門線渋谷駅改札口前で水浸し現場に出会った。聞けば、小田急線成城学園前駅構内でも水が溢れたようだが、やはり地下深い建造物は普通の状態なら問題ないが、一たび大雨が降るとこういう警戒すべき場所となる。
今日で2020年東京オリンピック開会式まで丁度5年となった。それに合わせて今日新しいエンブレムも発表されたが、新国立競技場のゴタゴタがあり、何やらおかしな雰囲気になってきた。何とかオール・ジャパンで力を合せて目標へ向けしっかりスタートして欲しい。
2992.2015年7月23日(木) 埼玉県知事の騙し打ち、公約裏切り
来月行われる埼玉県知事選挙が今日告示された。現職と新人併せて5人が立候補したが、今回特に注目されるのは、現職の上田清司氏が4度目の名乗りを挙げたことである。そこにはどうしても納得の行かない理由があるからである。かつて上田氏は長期に亘って権力のある地位に留まることの弊害を訴え、自らが言い出しっぺになって「多選自粛条例」を制定し、4度目の立候補をしないことを県民に約束した。現職知事が条例を制定したことは極めて重いものであると誰もが理解している。それが上田氏の本心にどういう気持ちの変化があったのか、現職知事の立場の欲得で目が眩んだのか、それをいとも容易く反故にして4選目の知事選に打って出ると言い出した。羞恥心はさらさらなく県民に堂々と嘘をつき、県民を騙し打ちにしたのである。恥ずかしくないのかと聞いてみたい。上田氏が民主党代議士から埼玉県知事に鞍替えした時は、自民党の支援も受けていた。だが、流石に自民党は約束反故の民主党系上田氏の立候補に呆れ、かつ自党の息がかかった候補者を当選させたい自民党は、「自ら定めた『多選自粛条例』を破ることは絶対にいけない。正さなくてはならないという使命感から立候補した」という消防庁出身の塚田桂祐氏を推薦した。
では、当の上田氏は朝令暮改、約束違反、裏切りについてどう思い、どのように語っているのか。「3期12年で辞めるという信念を曲げることになったのは不徳のいたすところですが、政治は『公』のものであり、私情を捨ててがんばっていきたい」と約束違反をあっさり不徳の至りと片付け、自らの理念と信念を翻したことに些かの反省もなく、公の政治家を装っているが、最も政治家に相応しくない欺瞞のコメントを述べているのだ。こういう厚顔な抗弁を繰り返して県民が許してくれると思っているのだろうか。自ら作った条例を自らの都合で破るとは、まともな政治家にはとても真似のできない恐れ入った芸当である。こういう嘘つきには金輪際知事をやって欲しくないと県民誰しもが考えるということに考えが及ばないようでは救いようがない。衆議院議員時代には民主党内でもある程度存在感があったが、もう埼玉県民は誰も相手にしないだろう。
さて、同じ上田氏でも、ラグビー界でかつて一世を風靡しながら、国が指定する難病「アミロイドーシス」により今朝62歳で冥界へ旅立たれた上田昭夫氏にはつい同情の念を憶える。こちらの上田氏は嘘つき知事とは異なり、慶大ラグビー部監督として母校慶應を1985年度日本ラグビー界の頂点に引き上げた名監督として知られた。その後ニュース・キャスターとしてテレビでも活躍した。率直に言ってあの優勝は嬉しく久しぶりに興奮した。3年前私が編集委員長となって大学ゼミ恩師の追悼文集をまとめたが、その文集にもこっそり優勝の写真を1枚載せたほどである。
あの時代は度々秩父宮ラグビー場に足を運んだり、ラグビーの実況中継に夢中になっていたが、上田監督に因んで微笑ましく印象に残っているエピソードがある。それは、社会人の王者・トヨタ自動車を破りラグビー日本一になった直後のコメントで、上田監督が「選手たちを誉めてあげたい」と語ったことに対して、当時ゴルフをやわなスポーツと蔑視して、激しく男らしいスポーツとしてラグビーに熱中していた作家・野坂昭如氏が「選手たちを誉めてあげたいなんて言い方は間違いだ。誉めてやりたいが正しい」と皮肉っぽく述べていたことが忘れられない。
上田昭夫氏のご冥福を心よりお祈りしたい。