充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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3035.2015年9月4日(金) 古代マヤ人の予言は的中しなかった。
古代マヤの予言「9月3日地球滅亡」の一夜が明けたが、私の周辺には何事も起こらず、いつも通り7時過ぎに爽やかな目覚めをした。マヤ暦はどうなっているのか。マヤ暦に逆らって地球は滅亡することもなく、いつもの通り自転している。結局のところマヤ暦の予言「地球滅亡の日」は、杞憂に終わった。マヤ文明研究者がマヤへの関心を惹くべく久しぶりに花火を打ち上げたのか、或いは単に人騒がせに終わっただけなのか。
気になるのは、マヤ暦の仮説を発表したマヤ文明関係者は、一部で不安に陥れたこの結末をどうつけるのだろうか。マヤ文明の信奉者だってこのまま世界中に不信感を与えたままでは不本意であろう。マヤ文明の研究者にとっても今後の研究に支障を来すようなことにならないだろうか。3年がかりで不安、疑心、宇宙観、マヤ暦、等々が錯綜する中で、天文学を熟知した古代マヤ民族が宇宙の神秘を解読していたことが感嘆とともに理解されるようになったこと以外には、それらが現代の実生活には何物ももたらさないことが分かっただけである。
さて、昨日軍事パレードが行われた北京では、当局からのお達しで工場が休業したお陰で雲一点もない秋晴れとなったが、今日は早くもいつも通り北京上空には排気ガスが復活し、PM2.5が充満して見通しが悪い。国家行事でもなければ、こんな環境下で北京市民は生活しなければならない。つい北京市民に同情したくもなる。
ところで今日悲惨な事件が報じられた。3歳のシリア人男児がトルコ海岸に溺死体となって打ち上げられ、それが欧米の新聞に報道されたことで大きな関心を呼んでいる。男児は難民家族の一員である。
この1、2年の間に中東、北アフリカからヨーロッパへの難民の数が膨れ上がり、ヨーロッパ各国もその対策に頭を痛めている。中でも圧倒的にシリアからの難民が多いルートではドイツを目指す人が24万人もおり、とてもドイツだけでは受け入れ対応することは難しい。ドイツ行きを目指す難民が途中のブダペスト駅で足止めを食い、同駅には大勢の難民が留まっている。
我々日本人は難民受け入れに消極的と言われ、ほとんど難民認定をしていない。そのため難民問題に関する理解が不十分で、仮に一度に難民が押し寄せてきたらどう対応して良いか戸惑うのではないだろうか。遠い国の話と高を括っていると、案外近くの国からどっと押し寄せてくることは皆無とは言えないと思う。難しい世の中になったものである。
3034.2015年9月3日(木) 今日はマヤ暦「地球滅亡の日」
今日は陰陽道でいう「先負」であり、今年は訴訟とか、揉めごとに悪い日とされている。昭和20年の昨9月2日はミズーリー号艦上で日本の重光葵外相が降伏文書に署名して、日本の敗戦が諸外国から受け入れられた画期的な日である。爾来この3日を終戦記念日と捉えている国が多い。その中で中国は今日記念式典と、毎年10月1日の国慶節に行っていた抗日戦争勝利の軍事パレードを今年は過去最大規模で行った。
記念式典には、欧米先進諸国の首脳が揃って欠席した中で、ロシア、韓国など23カ国の首脳が出席した。早くから今日のパレードのため厳重な警戒態勢が取られ、天安門広場周辺の企業は一時的に業務停止状態を余儀なくされた。かつての権力者で今や牙を抜かれた江沢民・元国家主席、胡錦濤・前国家主席を従えたような配置で演説した習近平・国家主席は、自信たっぷりに侵略を受けた歴史からの決別と、平和的な台頭を目指す中国の立場を強調し、兵力を30万人削減すると述べた。ただ昨今の中国は口で平和を叫ぶより、南シナ海の海洋進出を止めるべきだし、今日のパレードでも空母を目標とする弾道ミサイルや最新兵器などの軍事力をこれ見よがしに見せつけるようでは、どこまで信用出来るだろうか。兵力の削減にしても期限を公表すべきで現状では説得力がない。
私も今年に限って今日9月3日に格別の拘りがある。実は「JAPAN NOW観光情報協会」定期機関誌5月号コラム蘭に古代マヤ文明の予言にあやかって9月3日を「地球滅亡の日」と書いたコラムを寄稿した。私が思いついた地球滅亡の日ではなく、あくまでマヤ暦に基づいたひとつの仮説である。マヤ暦によると、現代の第5太陽期は紀元前3113年に始まり、終末はその5135年後に訪れ、本年9月3日とされた。だが、当初は2012年12月21日が「地球滅亡の日」とされ、当時科学雑誌などでも話題となり、関心を呼んでいたが、何事も起こらなかった。そんな筈はないと意気込んだマヤ文明研究者が精査したところ、その5000年間の閏日が落ちていたことが判明し、改めて閏日を加えて計算し直した結果、地球滅亡は3年後の今日9月3日に修正されたのである。しかし、メディアでは3年前にあれほど熱気があった「地球滅亡の日」が今年はメディアでまるで話題になることもない。メディア側にはもう騙されないぞとの意趣返しのような気持ちがあるのだろうか。
いずれにせよ世間は平静であるが、それでも今晩0時まではマヤ暦による地球滅亡の可能性を秘めている。明朝このまま地球が破壊され、私も目を覚ますことがなければマヤの神の予言通り終末を迎えたということになる。明日私はこの世に存在しているだろうか。
3033.2015年9月2日(水) 小学女児とヤモリを捕まえる。
後期高齢者になって間もなく2年になるが、決してそのこと自体将来の夢と希望が薄まるわけではない。しかし、どうもこの「後期」という言葉があまり気に入らず、代わりに「光輝」という言葉を母校応援歌の「光輝充てるわれら、希望の明星~」に準えて愛用し、慶應病院の医師、看護師さんらにもPRして来た。そして、1年ほど経って「光輝」に代えて「高貴」を使い、意外にもそれが気に入り今では「高貴高齢者」を勝手に名乗っている。
実は、今日微笑ましいことがあった。後期高齢者用に都営交通機関とバスを低廉価格(千円で1年間有効)で利用出来るシルバーパスを交付してもらうため、近くの深沢区民センターへ出かけた。20分程歩いて行ったが、その途中で近くの東深沢小学校から帰途途中の子どもから2度も声をかけられたのだ。
最初に小3生ぐらいの男児から「こんにちは」と声をかけられた。この近辺に住んでいる子でしばらく他愛ない会話を交わして別れた。すると今度は道路傍にしゃがんだ同じ年くらいの女児に、この動物を捕まえたいと声をかけられた。よく見ると5㎝足らずの小さなヤモリがじっと動かないでいる。
ヤモリと言えば、新婚旅行でタイ・アユタヤの安宿に宿泊した時、天井に這いつくばっていたヤモリが何度か床に落ちて妻が薄気味がったことがある。本来ヤモリは「家守」と書いて、ヤモリがいると家内安全だという言い伝えがあるが、漱石の「それから」では、「守宮」と書いてヤモリと読ませる。
少女がヤモリを捕まえられないというので、ティッシュペーパーで捕捉してあげ、道々話をしながら女児の家の前で別れた。屈託のない子で、今時珍しい子だなぁと心が綻ぶような気になった。
そして今度は「高貴高齢者」の女性である。交差点で自転車を停め、何やら道に迷っているようだったが、通り過ぎたところで、深沢区民センターへ行くのはどう行ったら良いでしょうかと尋ねられた。私もそこへ行く途中なので案内しましょうと言ったところ、それでは目的は同じでしょうと見事に当てられてしまった。そんな事情で「高貴」な女性と一緒に区民センターまで歩いて来た。少女とのやり取りを見ていたその女性は、最近の子どもは外で遊ぶことが少ないから、ヤモリも珍しいのでしょうが、あの女児はヤモリを怖がっていませんでしたねと言い、私たちの時代に比べて自然に触れる機会が減って今は子どもにとって可哀そうな時代だと言っていた。
帰宅して、書斎でパソコンに夢中になってふっとお隣さんの庭先を見ると、大きな樹木にシジュウガラが数匹とオナガドリが番いで留っている。何だか短い時間に昔の自然を思い出させる寸景を見たような気がしてほのぼのとしてきた。
3032.2015年9月1日(火) 2020年東京オリンピックのエンブレムも白紙撤回
2020年東京オリンピックにまたひとつ汚点がついた。新国立競技場建設計画を白紙に戻して経費の圧縮を図り、従来の計画とは違った新国立競技場を建てることで漸く展望が見えてきた矢先だった。
新たな汚点は、今日大会組織委員会が公式エンブレムの使用を中止すると発表したことである。メイン会場の新国立競技場の仕切り直しに次いで大会のシンボルまで見直されることは、異例の事態であり、国際的信用を損なうことにも成りかねない。エンブレムは複雑な絵柄が描かれているわけではないので、デザインにひとつ似た点があると全体的に似ているようなイメージを与えかねない。インスピレーションとか、ヒントと言われると外部の一般人からは何とも言えない。しかし、ベルギーの劇場のロゴに似ていると言われて、そのオリジナル・デザイナーが使用禁止を訴える裁判を起こした。訴えられたのは、IOCというからイメージ・ダウンが著しい。エンブレムのデザイナー・佐野研二郎氏は、先日の記者会見では盗作疑惑をきっぱり否定していたが、後から後から盗作にからむ疑惑が発生してその都度かばっていた組織委員会もこれ以上かばいきれなくなったことと、イメージ・ダウンを避けようとの思惑があったと思われる。
サントリーのトートバッグについては、佐野氏が盗用であることを認めた。その他にも2、3類似のデザインが疑われている。そこへ今日知らされたのは、羽田空港と渋谷交差点を取り入れたデザインに他人の写真を無断使用したことを認めたことにより、今後騒ぎが大きくなることを考え、佐野氏自ら公認エンブレムを取り下げると申し出て認められた。ことの真相はどうあれ、随分人騒がせの人である。
当初エンブレムが発表された時、どうして富士山か、桜、五重塔のような日本的イメージを盛り込めなかったのかとの思いがあった。今更言っても始まらないが、出来れば新しいエンブレムにはそれが取り入れられれば嬉しい。今回の事件が国際的イメージの低下につながる以上しっかりしたコンセプトで傍から文句がつけられないデザインを作成してほしいものである。
東京オリンピックについては、もうこれ以上騒ぎを起こさないで欲しいというのが多くの日本人の本音であろう。
さて、大阪府高槻市の石原滝子さんから夭折された作家・中島敦に関する講義のレジュメを送っていただいた。先日京都市内の龍谷大学で話されたものだ。石原さんは2月に行われた日本ペンクラブ理事選挙で、私の当選のために献身的に支援活動をしてくれ、関西地区の友人らに声をかけて下さった。準備不足もあって結果的にはあと一歩及ばず次点に甘んじたが、随分お世話になった。その石原さんが実は内藤にぞっこんだとは知らなかった。レジュメを読むと拙著「南太平洋の剛腕投手」から短文をいくつか引用されている。まぁ少しはお役に立てて恩返しが出来たことを喜んでいる。
ところで、毎週楽しみにしているテレビ番組にNHK・BS「世界のんびり街歩き」がある。今日はスペイン・バスク地方のビルバオだった。今から36年前の1979年に文部省教員海外派遣団で西ドイツのカイザースラウタン、ブルガリアのプロヴディフとともに学校訪問をした都市である。ほとんど当時の街の印象は記憶に残っていないが、バスク地方に滞在しているということをあちこちで思い知らされたことだけは強く印象に残っている。特にその年にバスク語がスペインの公用語のひとつとしてスペイン政府に認められ、ビルバオを始めバスク地方の住民は挙って喜んでいると聞かされた。
近年世界遺産に登録された大きな吊り橋・ビルバオ橋とフランスのアルタミラ洞窟より古いと言われるサンテマミーネ洞窟を見学したことも懐かしい。バスでビルバオからピレネー山脈を越えてボルドーに泊まり、列車でパリへやって来たことが思い出される。1ヶ月に亘る長い研修旅行だったが、先生方にとっても私にとっても今でも忘れられない思い出である。そんなところを思い出させてくれるのが、この番組の良いところだと思う。
3031.2015年8月31日(月) 潘基文・国連事務総長とはいかなる人物なのか。
早くも夏の終わりを迎えた。涼しい。ずっと短パンを履いていたが、昨日からデニムに履き換えた。8月上旬には猛暑日が8日間も続き記録的だったが、一転して下旬は概して冷え込み、冷夏と言える幕引きとなった。今年もあと残すところ1/3年となった。
さて、今年71歳の潘基文・国連事務総長が来月3日に北京で開かれる「抗日戦勝70周年記念式典」と軍事パレードに出席すると発表した。これに合せてフランスのファビウス外相も出席することを決断した。日本政府は事務総長に中立的な立場を取るよう抗議したが、事務総長は「これまでにも第2次世界大戦終結70周年を記念する行事には出席しており、歴史の教訓をくみ取って明るい未来を切り開くことは、国連事務総長としての義務だ」と反論している。
中国の新華社通信は、潘事務総長の出席に抗議した日本に対して、「天下の笑いもの」と非難した。 同通信はまた「すでに今回の閲兵式は第三者を狙ったり(中国の)力自慢をしたりしようとするものではなく、中国と世界の人民が平和を守ろうとする決意と能力を示そうとするものだ」と強調し、「安倍首相は中国の招待に各種理由を挙げて応じず、日本メディアは世界の指導者の閲兵式出席に干渉している。これは歴史を正しく見ないであらゆる面で中国と力を競おうとする自己妄想と自己卑下の矛盾した心理」と酷評した。そのうえで「今回の閲兵式に日本指導者が来ないのは自由だが、他の指導者の出席まで関与するのはそれだけ苛立っているということで無駄なこと」とも指摘した。
一方韓国の東亜日報は、日本政府が潘事務総長の軍事パレードへの参加に抗議したことについて、「国連加盟国が第三国で開催される行事への参加で事務総長に抗議するのは異例」などとして日本政府を非難する社説を掲載した。
その中で日本が「中立性の問題がある」などと抗議したのに対し、潘事務総長は「過去を振り返って教訓を学び、その教訓をもとにより明るい未来にどうやって進むのかを知るのが(軍事パレード出席の)主な目的」と反論したと紹介し、反論は「日本が過去の歴史について退行していることに強い拒否感を示したものだ」と解説した。随分自分にとって都合の好いコメントで、自分の判断でどうにでもできると言っているように思えてならない。
では、日本が抗議した事務総長の立場の中立性というのは、軍事パレード出席が許されるのだろうか。今回のケースでは、中立性という言葉自体が国家によって都合よく解釈されている。韓国のネットでは、日本のいう中立性という言葉尻を捉えて「参加しないことこそ中立性に欠ける」とか、「歪曲の天才。中立と言う言葉まで歪曲用に使うのか?」とまるで的外れである。「国連事務総長は自分の意思でどこにでも行ける。日本に言われて決めることではない」と身勝手な言いようである。
そもそも潘基文・国連事務総長は国連内でもこれまでとかくの風評があった。ビルマ側と下交渉することなく電撃的に訪問し、アウン・サン・スー・チー氏と会談したい希望だったが、アポが取れず会えずじまいでビルマを離れ、知る人ぞ知るお笑いぐさとなったこともある。反日的な言動は数知れず、ニューズウィーク誌はぼろくそである。国連船の舵取りとしては、歴代最悪の船長と言われている。
元NHKの木村太郎氏は、来年末2期10年の任期が明ける潘基文・国連事務総長には、その翌年任期の終わる朴槿恵・大統領の後釜として韓国大統領に挑戦する意欲が満々だという。歴代国連事務総長の中でも、最も無能とされる潘基文氏にとっては、ここで中国の支持を得て国際社会で名を売り、大統領選挙選に有利に立ち回ろうとの腹が透けて見えるける中国や韓国との間の理解と認識には大きなギャップが見て取れる。これでは日中関係、日韓関係の友好は未だ遠しとの印象がしてならない。