充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
ブログ一覧
3045.2015年9月14日(月) 小泉純一郎元総理の卓見「原発ゼロ」
北関東と東北地方を襲った水害は、被災した各地に大きな後遺症を留めているが、死者はこの種の災害では4人と数字的には少なかったかも知れない。だが、避難者数は6千人近くに上り、家屋や田畑が蒙った被害は想像も出来ない。
市内が一面に水に浸かってしまい、茫然とする被災者の前にはこれから長い苦難の道が待っていると思うと気の毒で堪らない。水没した稲穂を見て収穫を断念した農家の人が、納屋にある農機具もすべてダメになったと寂しくつぶやいていた姿も忘れられない。
今日都内で外国人観光客が取材されて、日本は自然災害の多い国なので、河川の堤防はきちんと備えるべきだと発言していたことと、もしこのような堤防決壊の可能性を旅行前に知っていたら日本へは来なかったと発言していた観光客がいたことが印象に残った。
間もなく御嶽山の噴火から1年を迎えようとしている。そして今日熊本県の阿蘇山が噴火して噴火レベルを3へ引き上げた。阿蘇山噴火は36年ぶりのことだという。巷では首都圏直下型地震の発生もいつ起こっても不思議ではないと懸念されている。このように日本国中自然災害の恐れのないところはない。
その中で桜島火山に近い九州電力川内原発が、つい先日2年間の原発ゼロ状態から再稼働をスタートさせた。国民の間にも原発反対の声が過半数を超えている中で、敢えて原発ゴーサインを出した安倍政権の原発政策が鼎の軽重を問われている。
そして昨日の朝日新聞に小泉純一郎元首相が、首相退陣後初めて報道機関のインタビューに応じて原発ゼロについて持論を訴えた。
小泉元首相の原発再稼働反対の持論と強い信念は、これからの日本のエネルギー政策の在り方を信念に基づいて主張したものだ。かつて首相在任時に原発を推進してきた立場上責任を感じていると述べ、当時は安全、安い、クリーンと信じてきた原発が福島原発事故でその偽りを知るに至り、「過ちを改むるに憚ることなかれ」と孔子の言葉に倣い、断固原発反対であると立場を変え、2013年8月にフィンランドの放射能廃棄物最終処分施設を視察して一層考えを固め、原発反対の強い姿勢に転じた。
小泉氏は首相の決断さえあれば原発反対へ転じることが出来ると安倍首相に強く働き掛けたが、安倍首相が考えを変えることはなかった。有言実行で郵政改革を実行したご本人だけに強い説得力がある。
最近10年間を見ても新潟中越地震や東日本大震災のようなM7前後の地震が頻繁に起きている。世界一安全だなんて言葉を安易に使うが、厳しい安全基準を出した原子力規制委員会田中俊一委員長ですら、「絶対安全とは申し上げない」と言っている。過去2年間日本は原発ゼロでも停電もなしにやってこられたことを考えれば、危険で費用が高く使用済み核燃料の処分場所さえ決まらない原発より、原発ゼロ社会の方が遥かに国家の政策として優れていると主張する小泉氏の言い分の方が説得力を持つと思う。
3044.2015年9月13日(日) 心配なビルマ国内の政情
今日は横浜に住む二男家族4人が揃ってやって来て、駒澤公園近くの叙々園で焼き肉昼食を食べてから、公園広場で開催中の「わんわんフェス」とかいう、毛色の変わったマーケットをぶらぶら見て回った。今やペット・ブームとあってワンちゃんを連れて散歩している人を多く見かけるが、そのペットたちのために衣類、鎖、エアバギー等々を販売しているテントがあるかと思うと、ペットのための身づくろいのためのお店があったり、トレーニングの様子を見せている場所もあって、余裕というか、裕福な人たちもいるものだと半ば感心し、半ば呆れて見ていた。4歳と2歳の孫も相手がペットだけに、結構楽しんでいたようだ。
ところで、昨日の本ブログの朝日新聞との争いの個所をそのままFacebookに載せた。すぐに「いいね」と反応があった。Facebookには初めて書き込んだので、現段階ではまだどうして私が朝日と一戦交えているのかは、はっきりとは分からないと思う。これからもFacebookに積極的に説明を加えて、どうしてこういう理不尽な事態に立ち至ったのかを分かり易いように解説して友人らの理解を得たいと考えている。
さて、しばらく大好きなビルマについて大袈裟に騒がれるような事件もなく、ほっとしていたが、それでも8月中旬に与党・連邦団結発展党(USDP)の党首シュエ・マン党首が突如解任されたニュースには、実のところ驚いた。表向きは民主化路線へ歩み出した姿勢をアピールしているが、ビルマは近年一筋縄では行かない、したたかさを身に着けてきた。外国向けには、軍部独裁の印象を和らげようと、国民選挙を行い大統領は国民によって選出される制度だけは維持している。だが、これが一皮剥けば、軍部の意向がしっかり採りいれられている点で考えさせられる。最大の非民主化政策は、憲法で国会議員の1/4が軍人から選ばれることである。それが、今回のUSDP党首の解任の裏事情だったとは相変わらずビルマの政界は複雑である。
シュエ・マン党首は実は2011年の民主化以降下院議長でもある。実力者だったタン・シュエ氏の後継職を狙っていたが、現大統領ティン・セイン氏の後塵を拝した。それが国民民主連盟(NLD)党首アウン・サン・スー・チー氏に近寄り、それが結果的に軍部内で不評を買い、今回の党首解任につながったと見られている。
一方で一時友好的と噂されたアウン・サン・スー・チー氏との仲が、その解任があってからも距離が置かれていたというから、どうもよく分からない。いつまでも人事抗争なんかでバタバタしているようでは、他のアジア周辺諸国々からも置いて行かれてしまうのではないかと一寸気にかかる。
3043.2015年9月12日(土) 「朝日新聞社」は近々「夕日新聞社」に社名変更
今朝5時49分突然家屋全体がガタガタと揺れ出し目が覚めた。地震であることは言わずもがなである。慌てて飛び起き雨戸を開けた。外の様子を見ると別段変った様もない。しばらくすると揺れは収まったので、再び床に就いた。7時半に起床してテレビを観ると東京湾を震源とする地震で、東京・調布市では震度5弱、わが家のある世田谷周辺は4ということだった。このところ自然災害が続いているのであまり好い気分ではない。そのせいか、朝食前に測った血圧がいつになく高い。上が140を超えたのは8月3日以来で144もあった。
こういう自然による災害は嫌でも受け止めなければならないのが辛いところである。
ところが、昨日分からず屋「朝日新聞」の‘苦情処理’担当部長から、言い訳三昧の手紙をもらった。些か癪に障るので、7月から朝日に対する気持ちを皮肉ってツィッターで発信しているが、最近朝日新聞社を「夕日新聞社」と呼ぶことにした。
昨日の返信は、社長宛の手紙をまたもや代理人である件の部長が書いて寄こしたものである。前回に比べて極めてあっさりしたものだ。要点は2点だけで、ひとつは社長には毎日数多くの手紙が届けられるので社長宛の書状ではあるが、自分が前回同様返信したと書いてある。社長の気持ちを尋ねているのに、一向に応えてくれない。2つ目は、説明出来ることはすでに前回の手紙で尽きているので、これ以上説明は差し控えたいと一方的に突き放すものである。
部長の言う2点はまったく納得出来ない。今更ながら「夕日新聞社」という新聞社は自分を何様と思っているのだろうか、よくもこの世知辛い世の中を生きていけるなぁと思う。社長宛に毎日何百通手紙が来るか知らないが、筋は通っていても返事を出さない人のリストに私の名を入れたのではないか。自分で責任を持って応えないやり方は、差別の大好きな「夕日新聞」の得意手である。夕日新聞社社長は通常の手紙を書く作法を知らないのではないだろうか。これではいつまで待っても社長の考えを知ることは出来ないではないか。2つ目は、部長の手紙は矛盾だらけで私の質問にまったく応えていない。これで意を尽くしたつもりなのだろうか。少し感覚がおかしいのではないか。むしろ面倒な作業から逃げ出したいとばかり最後通牒を送ったつもりではないだろうか。世間知らずの社長、部長からは責任感がまるで感じられない。彼らの行動がまったく納得出来ない以上こちらから休戦を言い出すことはない。徹底的、かつ論理的に追い詰めて行かなければ、「夕日新聞」の傲慢さと非民主性、読者軽視、高齢者侮蔑、ミスを隠蔽し責任逃れする体質は治らないだろう。
近日中に世間知らずで理解力に乏しいノーテンキの社長と部長宛てに分かりやすく説明して、納得出来る回答を求める書状を送り届けるつもりでいる。どうして「夕日新聞」はこうなったのだろう。世間が甘やかせたということもあるかも知れない。それにしても夕日新聞社というのは尊大だなぁと思う。
3042.2015年9月11日(金) 案ずるより生むが易し
先月慶應病院の人間ドック検査で前立腺に関係深い、腫瘍マーカー‘PSA’の数値「6.6」が標準数値の「4」よりやや高いので、専門医に診てもらった方が良いとアドバイスされた。分かってはいたが、4年前泌尿器科医院・いいがやクリニックで診てもらった時、お尻に注射針を12回も刺されて悲鳴を上げ閉口した経験があるので、つい足が遠のいていた。しかし、放っておくわけにも行かず、思いきって飯ヶ谷先生の元へ伺った。いろいろ専門的なお話をしていただいて大分理解することが出来た。幸い一番気がかりだった注射は、今のところ特に必要ないということで針のむしろから逃れることが出来てホッとしている。こういうことならもっと早く決断して、精神的な苦痛から解放されるべきだった。
飯ヶ谷先生の説明はユニークと言っても好いものだった。4年前診ていただいた時は72歳だったが、今では1ヶ月半後に77歳の喜寿を迎える私に対して、泌尿器学会では近年75歳を境に、今後10年間を苦痛なく生き延びるための処方をする考え方に代わっていて、短絡的、一面的にPSAの数値を下げることより85歳時を目標に総合的な治療に取り組むというお話があった。なるほどと納得して3ヶ月後に改めて血液検査にお伺いするということになった。
とにかく懸案事項になっていたので、これですっきりした。正に「案ずるより生むが易し」だった。
さて、今日はあの衝撃的なニューヨーク同時多発テロ事件発生以来ちょうど14年になる。あれは義母の告別式の日だった。この事件から当時のブッシュ大統領が怒り狂ってアフガニスタン領内のタリバーン巣窟へ攻撃が開始され、それがイラク戦争へ繋がり、今日のアラブ諸国内のテロや「IS」問題へ発展している。この9.11テロでは日本人24名も犠牲となった。遺族の中には今日の慰霊祭に合せてニューヨークへ向かった人たちもいる。
また、今日は東日本大震災発生後4年6カ月を迎えた。これは津波という自然災害に、福島第1原発事故被災に伴う放射能物質の放出が重なっただけに余計にショッキングな災害となって、今以って大きな後遺症となっている。
だが、一昨日からの関東・東北地方の河川氾濫による水害が尾を引いて今日のところは、日本中テレビ局もそれらの事件より鬼怒川決壊の大雨のニュースで持ちきりである。家の回りを水に囲まれ孤立した人々の救出のため、自衛隊のヘリが大活躍して被災者を一人二人と避難所へ運んで行く。結局一日中孤立した人たちの救出活動を映し出していた。流れ込んだ泥水を川へ戻す作業も緒に就いたばかりで、復旧には大分時間がかかりそうだ。
3041.2015年9月10日(木) 記録的な大雨に河川も決壊、大災害に
「栃木・茨城で記録的大雨」「経験ない大雨」と今日の夕刊見出しに書かれているように、特別警報が出されている中で鬼怒川堤防の決壊があり、大きな災害となった。安倍政権の安保関連法案に対して鬼が怒ったのだ。少なくとも6900棟が水没したり流失したという。アメリカのテレビでもこの様子が放映された。昨夜半も降り続いていた雨雲は東北地方に進んで行ったが、関東と東北の一部には今日も一日激しい豪雨により決壊した河川がある。中でも派手にテレビ中継が流していた映像は、鬼怒川が決壊した茨城県常総市で平野部の住宅地には川の水が流れ込み、家屋が次々と流される光景である。同時に屋根やベランダで手を振って助けを求めている人の姿が哀れを誘う。幸い自衛隊のヘリがやってきて1人ひとり吊り上げて助けていたが、屋根から助け出された夫婦がヘリで助け上げられた直後にその家が濁流に流されるシーンにはギョッとなってしまう。191名がヘリで救出されたと聞きホッとしている。
今朝から気象庁は栃木県と茨城県に大雨特別警報を発令し、関東全県と山形、福島県に土砂災害特別警報が出された。被災地では、何十年ぶりの河川決壊だそうだ。今年の災害は割合犠牲者が少なかった点が、事前の避難勧告が効果的だったのではないかと見られている。特に昨年8月に大勢の犠牲者を出した広島市の土砂災害の実例が効いているようだ。
それにしても自然災害による家屋や田畑の災害は、特別な保険を除いて保険で担保されるわけではなく、これから立ち直って生きて行かなければならない被災者の気持ちを考えると身に詰まされる。
日本は宿命的に自然災害の国と言われるが、こればかりは想像外のスピードで突然襲ってくるので、ほとんど防ぎようがない。今度の鬼怒川の決壊も実は、国交省が予測してシミュレーションで危険を警告していた。決壊する個所も今日決壊した地点と同じで、被災する家屋も6900棟と同じ予想をしていた。それが、工事に取り掛かるのが遅れたためにこの惨事となった。それぞれ自衛措置を講じていると思うが、今日の堤防決壊による河川の氾濫による濁流はその気になれば防げたのだ。せっかく建てた家屋を流されるのを黙って見ているのは、辛いだろうと心より同情の気持ちを憶える。自分自身に当てはめて、どんな自然災害に襲われるかは想像もつかないが、やはり備えと覚悟が必要ではないかと思っている。
さて、2017年4月から消費税が8%から10%へ値上げされるのに伴い、今日税の一部還付についてその政府試案が提示された。試案だから今後当然修正されるが、それにしても相変わらず複雑で手間がかかる。どうせ財務省の役人が考えたことだろうが、現場の状況がまるで分かっていない。このシステムを導入するために投資する費用も馬鹿にならないのではないか。どうしてもうちょっとすっきりした、分かりやすい方法が考えられないのだろうか。