充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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3065.2015年10月4日(日) 日本代表チーム、サモアを圧倒して2勝
昨日のラグビー・ワールドカップの日本対サモア戦は後半シーンしか観られなかったので、早速ビデオで観る。NHKの実況中継は南アフリカ戦で興奮のあまり絶叫していた高校ラグビー部の後輩、豊原謙二郎アナで、解説者は息子たちが小中学生の頃家庭教師をやってくれていた大学後輩の従兄弟・砂村光信氏だった。
試合は終始日本ペースで進み、FWは互角以上の戦いで、常にサモア陣内でゲームメークしていたことが結果的に勝利につながった。サモアはペナルティが多く、前半には一時2選手が同時間帯にシン・ビンで10分間の退場を余儀なくされる有様だった。日本はラインアウトとスクラムが安定して、割合スムーズに2次攻撃を仕掛けられたし、タックルを主にディフェンスも固く最後には走られて1トライこそ献上したが、許したのはそのトライの5点だけだった。26-5のスコアの内16点は、FB五郎丸歩選手のキックによる得点で、彼はこの試合のMVPにも選ばれた。
昨晩民放テレビでトークをしていた元日本代表の大畑大介氏が、試合で最も勝利に貢献したプレイは、前半終了直前にウィングの山田章仁選手が右コーナー・フラッグへ飛び込んだトライだったと言っていた。確かにボールを受け突進してゴールライン直前で相手にタックルされたかに見えたが、身体を捻ってかわしコーナーぎりぎりに飛び込んだ見事なトライだった。
全般的に言えることは、外国人選手が加わって日本チームも体格的に見劣りしなくなったことと、エディー・ジョーンズ・ヘッドコーチ就任以来体力作りを初めとして、部分的な作戦や試合運びで勝てるチームに少しずつ変身していることであると思う。とにかくチームも選手たちも力強くなった。世界のラグビー界を驚かせた南アフリカ戦の歴史的な勝利以来日本チームが注目され、スタンドで日本チームを応援するファンが急激に増えたように感じる。
現時点で2勝1敗となり、第4戦はアメリカ戦である。これに勝つと3勝となり、予選突破の可能性が高まるが、安心することが出来ない。日本は過去の3戦で勝ち点は得たが、ボーナス・ポイントがゼロであり、もしアメリカ戦に勝ち、3勝1敗になった場合、ボーナス・ポイントが左右する。その意味でも昨日の試合で折角勝っていながら4トライ以上を挙げて得られる1ポイントのボーナスを逸したことが後になって効いてくる。結局大勝しなかったこととトライ数が少なかったことが、予選突破には、ちょっとマイナス点である。
3064.2015年10月3日(土) クライマックス・シリーズに疑問
昨日プロ野球セントラル・リーグでヤクルト・スワローズの優勝が決まった。残り2試合を残して漸く決まったものである。昨年のヤクルトはビリで監督も今シーズンから代わり、今年もあまり期待されてはいなかった。それでも真中新監督の下に若手選手の活躍もあり14年ぶりの優勝を飾った。めでたし、めでたしである。
その一方で、後半戦の初めはトップだったDeNAベイスターズが最下位に甘んじることになり、4年間務めた中畑清監督が辞任を申し出た。勝負の世界は勝たないと大きな顔は出来ない。人気者の中畑監督の下でチームは大きく観客動員数を伸ばし、球団からは続投を要請されたが、就任以来4年間終始Bクラスに留まったことから責任を取って辞めることになった。
これで、すでにパシフィック・リーグの覇者に決まっている福岡ソフトバンク・ホークスと日本シリーズで雌雄を決すかと思いきや、その前にセ・パ両リーグで上位3チームがクライマックス・シリーズというややこしい日本シリーズ出場権を争うトーナメントがある。私は以前からこのシステムに反対し続けている。理由は簡単である。もし仮にそれぞれのリーグで3位のチームが出場権を得て日本シリーズを戦うことになったら制度上は確かに認められるものだが、そんな日本シリーズで勝っても日本一に価するだろうかと疑問に思っている。それでは今一つ力が入らない。重箱の隅をほじくるような手練手管で客寄せ試合を考えても、誰もが納得するものでなければ意味がないと思う。こんなやり方で、「実力日本一」のチームを無理やり作り上げたところで、どうもすっきりしない。クライマックス・シリーズなんて止めて、昔の東西対抗戦みたいなお遊び試合でも好いのではないか。
夕方から千葉市内で幕張小時代のクラス会があった。隣のクラスの友人も加えて14名が参加した。男女とも幹事さんの面倒見が好いので、いつまでも続いている。今日は隣のクラスだった日比野くんがわざわざ名古屋から来られた。彼は市川学園中でも一緒だった。昔名古屋のあるバーで偶々行きあわせた水原茂・元監督と一献傾けたことがあると嬉しそうに話してくれた。一時京都でも勤務していたことがあると聞いて懐かしく思った。まだ働いているようで中々大変そうだ。
さて、千葉から帰ってきたら11時半を過ぎていたので、ラグビー・ワールドカップの日本戦を途中からテレビで観ることになった。幸い今日の第3戦で日本代表チームは26-5のスコアで宿敵サモアを圧倒した。予選リーグでは残るアメリカ戦に勝てば念願だった予選突破が見えてくる。明日ゆっくりビデオで最初から試合をレビューしようと思っている。いま日が変わって4日の真夜中1時半である。久しぶりにお酒を飲んだので、少々眠い。Now I’m going to bed.
3063.2015年10月2日(金) 原発再稼働次々と
今年は自然の猛威に襲われることが随分増えてきた。火山噴火、大雨、台風、竜巻、洪水等々、例年に比べて自然が与えた災害は深刻で惨々たるものである。台風もすでに上陸したものだけで21を数える。先の関東・東北豪雨の悲惨な被害から日時を経ずして、昨日から再び台風21号に付随して豪雨がやってきた。今朝方まで戸外では激しい風と雨の音が聞かれた。昼近くになって漸く晴れ間が見えてきた。
日本は地形的に自然災害に襲われる運命にあるが、せめてそれらの防止のために知恵を絞って欲しいと思っている。残念ながら、最近それに逆行するような動きがまたぞろ出てきた。それはまず川内原発で稼働がスタートしたことである。原発推進賛同者は世界最高の技術水準とか、故障が感知されたら稼働をストップさせるとか言っているが、絶対事故は起きないと言い切れるのかとの問いに対しては、誰も自信を持って明確に答えることが出来ない。つまり専門家ですら、最高水準の安全性を保つとか、事故は絶対発生しないなんてあり得ないということが分かっているからである。
しかし、原発再稼働を何とかして全原発に実施させたい政府、及び電力会社にとって、九州電力が同社川内原発2号機の原子炉を今月14日以降に起動し、再稼働させると原子力規制委員会に報告したことは今夏川内原発1号機の一里塚を越えて一安心したからであろう。これで東電福島第1原発事故を精査したうえで新規制基準を定めた後の再稼働は、川内原発の2基となる。いずれも現在噴煙を吐き出している桜島からそれほど遠い場所ではない。
一方で、今日福島原発事故で漏れた汚染水の処理に充分対応しなかったとして東電が書類送検された。これほど周囲で話題になっても、事故が起きればフォローが充分行き届かないことを示している。他方で、四国の伊方原発の再稼働については町民の賛成を受け町議会は今日原発GOサインを出した。これは町の財政的な面と町民の雇用を考え町の活性化と、原発の危険とを秤にかけた苦渋の選択だろう。
ともかく100%安全とは言えない新規制基準下の原発再稼働を、自然災害がいつ襲ってくるかも知れない環境下でやってしまおうというのである。しかも、今年は桜島、口永良部島、箱根、阿蘇山、小笠原諸島近海などで火山噴火が見られ、日本列島全体に地下のマグマの活発な活動が見られるのである。仮にもし再び原発が事故を起こして多くの犠牲者を生んだら、誰がどういう形で責任を取ってくれるのだろうか。
3062.2015年10月1日(木) 「マグナ・カルタ」って何だ?
世界史でマグナ・カルタを学んだのは高校時代だったが、当時は大学受験で頭が一杯だったので、あまり歴史的事実関係とか、時代背景についてその何たるかはあまり関心がなかったし、考えもしなかった。ただジョン・イングランド国王の治世下の1215年に発布されたマグナ・カルタは、イングランド王としての自らの権限制限を制定した大憲章とだけ憶えた。わが国では、厳しい縦社会の武家政治が始まったばかりの封建時代である。今年そのマグナ・カルタが発布800年の記念すべき年に当たり、イングランドでは今年それなりの行事が行われていると思う。
それが、日本ではどうかというと、何と今年の北海道大学の入学試験に関連の問題が出されたのだ。40年ほど前初めてイギリスを訪れた時、ロンドンから確かウィンザー城へ向かう途上だったと思うが、ラニミード地方の野原の端っこに記念碑らしき石碑が建てられてあった。ガイドによるとそれがマグナ・カルタ記念碑だった。ジョン王は、どちらかというとそれほど評価の高い国王ではなかった。彼はフィリップ・フランス国王との戦に敗れてイングランド領地だったフランス内の国土を失い、財政的に苦しくなり増税しようとして貴族らの反発を買い、自らの権限を縮小させられて制定させられたのが、瓢箪から駒というか、この大憲章である。後にローマ教皇から大憲章の放棄を求められるなど、概して浮かばれない国王だった。だが、このマグナ・カルタが危うくなりながらも今日のイギリス憲法の下地になったことを考えると、マグナ・カルタ制定に関わったジョン王は非凡の王だったとも言える。
しかし、我々日本人にとっては、受験用の知識としてしか教わらず、覚えようともせず、況してや成立した時代背景や、その内容についてはあまり関心がなかったのではないだろうか。それが、北大入試に下記のような質問形式で出題された。
「インノケンティウス3世と対立し破門された王ジョンは、大憲章(マグナ・カルタ)を承認させられた王としても知られる。大憲章承認にいたる経緯を60字程度で簡素に説明しなさい」。
これに対して都立高教諭が次のような模範解答例を書いている。
「フランス王に敗れて大陸領土を失ったジョン王が財政難から重税を課すと、貴族が結束して王にせまり、大憲章を承認させた(57字)」である。そうかぁ。なるほどそうかと思えども、正しいとも、間違っているとも言えない。これで満点をもらえるのか。
3061.2015年9月30日(水) 朝日は反省すべし。夏目漱石を考える。
朝日朝刊に夏目漱石の「門」復刻版が連載されている。そして今日「漱石の世界」と題する特集別紙8頁(広告込み)が付録として届けられた。漱石と言えば、近代日本文豪の中でも最高レベルの作家であり、小学5年の時、母親から勧められて初めて「坊ちゃん」を読んでから虜になり、すっかり漱石ファンとなった。
昨年来漱石作品を朝刊紙上に次々と復刻連載して、私も漱石初版本時代の雰囲気に浸りながら改めて読み直しているが、いくつか新しい事実を知った。漱石は東大で教えていて教授一歩手前で請われて朝日新聞社へ入社した。40歳で途中入社とは言え、「坊ちゃん」「吾輩は猫である」等を世に出し作家としてすでに地歩を確立していたので、当然ながら雇用条件は一般の中途入社社員とは大きな差があった。入社後、「虞美人草」「三四郎」「それから」「門」「彼岸過迄」「行人」「心」「道草」等々の大作を次々と発表した。朝日としては大いに元を取ったのではないかと想像している。そして、平成の今日また復刻版を連載して、朝日は漱石の恩恵に浴し続けている。正に漱石様々ではないだろうか。比較的自由な新聞社勤めだったようで、朝日の人使いが荒かったとは思えないが、入社9年後の大正5(1916)年漱石は、「明暗」を未完成のまま49歳で他界した。
その漱石が「朝日新聞社の読者へ」というメッセージを残している。全社傲慢体質の朝日に対してではなく、読者個人個人に宛てたものである。
「~自分の作物を読んでくれる人は何人あるか知らないが、その何人かの大部分は恐らく文壇の裏通りも露地も覗いた経験はあるまい。全くただの人間として大自然の空気を真率に呼吸しつつ穏当に生息しているだけだろうと思う。自分はこれらの教育あるかつ尋常なる士人の前にわが作物を公にし得る自分を幸福と信じている」と記している。漱石は読者に感謝し、自分の作品を読んでもらえることを無上の幸せと思っていた。それほど読者を何物にも代えがたい存在と考えていた。近年の朝日新聞が驕り高ぶり、読者を軽視した態度を取っているのとは大きな違いである。元雇用主の朝日も文豪・夏目漱石を見習って、もう少し謙虚になっては如何であろうか。