充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
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3095.2015年11月3日(火) 「文化の日」喜寿の誕生日を迎える。
今日「文化の日」は77歳の誕生日である。来し方を振り返れば、77年の歳月に万感の思いが湧き上って来る。この日は日本憲法が公布されてから69年目でもある。この間公私ともにさまざまなことがあった。
節目として大きな影響を受けたのは、何と言っても太平洋戦争であり、60年安保闘争だった。更に言えば、個人的には入社5年にして、今から思えば無謀にも会社へ辞表を提出して当時のチェコスロバキアへの留学を実行しようとしたことである。だが、生憎1968年突如勃発した「プラハの春」の煽りを受け、チェコ行きの志を通すことが難しくなり、初志貫徹することは出来なくなった。あれがひとつの転機となった。
その後は旅行エージェントとして自分なりのやり方で、新しい企画を作り多くのお客様に助けていただいて旅行業を自分の終生の仕事と考えるようになって行った。プライベートでも自由に好きなことをやった。その間家庭的にも伴侶を得て2人の子どもに恵まれ、幸せな家庭を築くことが出来た。
77年を今振り返って悔いることはない。自分に合った旅行業という仕事に従事して思い切りやり遂げることが出来たと思っている。紆余曲折を重ねたが、思い残すようなことはない。高校でラグビーを、大学では登山を思い切ってやって学問以外にも学園生活を楽しんだ。大学ゼミナールでは良き師に恵まれ学友と充実した気持ちで学ぶことが出来た。他にも多数の素晴らしい友人に恵まれた。
その意味では幸せな77年だったと言うことが出来る。今の著述業はおまけの人生で自由気ままに活動しているが、あまり自分勝手な我儘も出来ないし、そろそろ終活の準備に手を染める時期に来ているかなと思っている。今後は健康状態を入念にチェックしていくことが最も大切だと考えている。
さて、今日は所属する認定NPO法人「江戸城天守を再建する会」の江戸城天守再建に関する復元調査の報告会が、神保町の学士会館で開かれた。当初から復元の青写真を作成している三浦正幸・広島大学大学院教授の報告と、東京をもっと魅力的な都市へと訴える伊藤滋・早稲田大学特命教授の特別講演、更に神保町にある共立女子大生による神保町活性化デザイン計画のプレゼンテーションが行われた。
個人会員の数が4500人まで増えて少しずつ江戸城天守再建への関心と希望が高まっているが、前途は決して楽観出来るものではない。77歳の我々が生きている間に天守再建が実現出来るかどうかという次元の話になる。ひょっとすると難しいかも知れないと考えると少々寂しい気持ちになる。
今日三浦教授の講演の中で、改めて知ったことは、江戸城は徳川家康が築城したものであるが、防御用というより美的感覚が強く世の中にもう戦いがないという自信があったからだろうということと、城の形があらゆる点でどこから見ても美しいということである。
一日も早く江戸城天守閣の美しい英姿を見てみたいものである。
3094.2015年11月2日(月) 日本ラグビー界に福来る?
ラグビー・ワールドカップも昨日早朝の決勝戦を以って1ヶ月半に亘る大会の幕を閉じた。決勝戦をビデオ観戦したが、ライバル国同士の好試合のうちに予想していた通りニュージーランドが勝ち、前回に続いて連覇、3度目の優勝を飾った。今回は準決勝に勝ち残った4チーム、ニュージーランド、オーストラリア、南アフリカ、アルゼンチンといずれも南半球のチームばかりで、相変わらず過去において帝国主義時代の植民地だった国が強かった。これで過去8回の大会で優勝回数はニュージーランド3回、南アフリカとオーストラリア各2回、イングランド1回で強豪国はごく限られた国ということになった。
その中で日本チームが南アフリカを破ったことは、今大会最大の番狂わせと言われ、世界中が驚き興奮した。だが、それだけに留まらず日本は決勝トーナメントこそ勝ち点の差で進出出来なかったが、一次リーグで3勝1敗の好成績を挙げ、その健闘ぶりは世界中のラグビー・ファンから広く称賛されている。代表チームが帰国して以来国内でもラグビーの俄か人気が高まり、注目されるようになった。そこへ今日大きなご褒美が知らされた。
ひとつは、新設された過去8回の大会の「ワールドカップの最高の瞬間」に日本対南アフリカ戦が選ばれたのである。日本が3点リードされたノーサイド直前にトライを奪い34-32で逆転勝ちした、後輩のあのNHK豊原アナが絶叫し視聴者を興奮のるつぼに追い込んだ決定的なトライ・シーンである。
もうひとつは、ヒーローとなった五郎丸歩選手が今大会のベスト・フィフティーンに選ばれたことである。勿論日本人で初めてである。
ラグビーをプレイした私自身の経験からも言えることは、例え一時的であろうとも、多くの人々がラグビーに関心を持ってもらえることはとても嬉しいことである。
女子ラグビーが取り上げられ、車いすラグビーもメディアに取り上げられた。後者に至っては昨日オーストラリアを、一昨日ニュージーランドを破り、アジア・オセアニア選手権で優勝して、来年のリオ・パラリンピック出場権を獲得した。
夜になって「SMAP」のテレビ番組でも、五郎丸選手は大もてだった。ラグビー・ブーム到来である。シーズンに入るこれからが大いに楽しみである。
3093.2015年11月1日(日) 気になるビルマの国内政治情勢
つい最近トルコ人とクルド系トルコ人の争いがここ東京にまで波及し、トルコ大使館前で双方の対立による殴り合いが連続的に起きている。ついに他国で喧嘩沙汰になって多数の警官が繰り出す始末である。その原因として、6月に行われたトルコ総選挙で与党がクルド系トルコ人の進出によって議席を奪われたことがその背景にある。これに続いて、今日1日に再びトルコで総選挙が行われている。その結果次第では、トルコ国内に新たな不安定要因が生まれる可能性がある。わが国にとってはえらいとばっちりではた迷惑であるとしか言いようがない。だが、民族間や宗教間の対立や争いは、地球上あちこちで起きていて、それが戦争へ発展する遠因となっている。部外者である我々は、ある面で止むを得ないと見過ごすしかないか。
ところで、国際的なニュースからやや遠ざかっているが、いつも気になっているのが1週間後にトルコと同様国内総選挙を迎えるビルマである。今朝の日経紙に久しぶりに大きなスペーを取って最近のビルマの政治的情勢と宗教的な問題に関する記事が載っていた。それによると民主化の象徴として国民に圧倒的な支持があったアウン・サン・スー・チー女史の人気に最近陰りが見えて来たようである。
民主化を叫び、60年代の軍事政権とティン・セイン現政権を批判して大衆を引っ張って来たが、イスラム教徒の多いビルマ西部のラカイン州で彼らへの対応を巡って、仏教徒から公然と非難されるようになったことが、アンチ・スー・チー女史への引き金となった。隣国バングラデッシュから流れ込む不法移民ロヒンギャ族が増えるに連れて仏教徒から益々反感の声が上がり、スー・チー女史への支持が下降線を辿りだした。完全とはとても呼べないビルマの政治形態であるが、それでもこれまでスー・チー女史を中心に民主化運動をまとめ上げ、国民民主連盟(NLD)を母体に民主化路線を築き上げたスー・チー女史率いる民主化路線の火は何としても消してもらいたくない。ついビルマを愛する気持ちからそう願ってしまう。
実は、毎号NPO紙に書いているコラム欄にも、11月号には40年前のビルマとの連絡通信の苦労話を書いて送ったばかりである。ビルマの民主化とビルマの人々の平安と幸せを遠くから祈るばかりである。
3092.2015年10月31日(土) ハロウィーンは少々騒ぎ過ぎでは?
今日はハロウィーンで予想通り渋谷のスクランブル交差点など人目に付きやすい場所へ、目立ちたがり屋の若者たちが思い思いの仮装姿で現れた。午後10時現在渋谷交差点の人ごみを画像から観ていると群衆が押し合いへしあいの危険な状態である。先月サウジ・アラビアで巡礼者が将棋倒しで1500人以上もの死者を出した大惨事があったが、渋谷にはこれからまだ人が集まるようだからこれから将棋倒しなどで同じような不幸なんか起きないことを祈りたい。
ハロウィーンでは、昨年は着替えのために公衆トイレや、近くのデパート、駅などのトイレを長く占領して本来の顧客が利用出来ない状態や、騒音とゴミ投げ捨てなどに対して苦情が寄せられた。彼らの傍若無人ぶりは一体どうしたら良いのか。今年は昨年の苦情例から、都が着替え設備などを臨時に設営したり、ゴミ袋を提供したりしていたようだが、これはこれで費用がかかることでもあり、若者の遊びの代償として自治体が費用を負担することに些か納得し難い点もある。況してや都民でない若者のために都や区が都区民税で設備を提供することには少々拘りがある。
さて、一昨日BSテレビ朝日で放映された終戦70周年記念ドキュメンタリーで、一部に2年前の放送内容も取り入れた2時間番組「戦いが聴こえた―ラジオが伝えた太平洋戦争」を今日ビデオで観た。今年は終戦70年の節目の年でもあり、各テレビ局でもそれに因んだ作品が多い。これも新しい視点から戦争を描写した見どころのある作品だった。
出征した兵士たちが戦没の地へ向かう直前に録音したメッセージを家族が聴いている場面と、終戦直前の昭和天皇の玉音放送にまつわる天皇と軍幹部、関係者の関わりを描いたもので、中々見応えがあった。
1945年7月26日に連合国側から提示されたポツダム宣言の受け入れ経緯と、穏やかに終戦へ導こうと努力する日米当事者の苦労がよく描かれていたと思う。次のようなことも初めて知った。ポツダム宣言には、敗戦国国民が希望を言える「大西洋憲章」がセットされていたことで、親日的なザカライア海軍大佐が日本の知人としきりに無線連絡をして、少しでも敗戦後の日本がダメージを負わないように、また早く国家再建が出来るよう努力していた。大佐は戦前高松宮ご夫妻の新婚旅行の折にアメリカでご夫妻をお世話するなど、日本人の性格を熟知していた人物である。大佐の子息が父親は日本が好きで、何とか敗戦による破滅から日本を救おうと努力していた様子を語っていた。だが、近衛師団内でクーデター騒ぎがあったり、軍の独走によりポツダム宣言受け入れが遅れて原爆の投下となり、終戦となった。
これまで知らなかった内輪の話が多く紹介され、こんな事実もあったのかと今更ながら戦争の複雑さを思った。
3091.2015年10月30日(金) ハロウィーンって何だ?
明日はハロウィーンだそうで、早くも派手な仮装姿の若者たちがわがもの顔で街中を闊歩している姿がテレビで映し出されている。どうして近年日本でこんな非日本的な催しが盛んになったのだか、不思議な気がする。今日の日経紙夕刊「明日への話題」に、作家・松井今朝子さんが「ハロウィンと節分」と題したエッセイを寄稿している。それによると始祖である古代ケルト人は一年の始まりを11月1日にしていたので、ハロウィーンは大晦日に当り、今のブームはバレンタインにあやかった菓子メーカーの戦略に乗せられたと穿った見方をしている。いろんな考えがあるものだ。
ハロウィーンとは、本来カトリック系の収穫祭のようなものらしいが、仮装行列や自分らが敬う神がかった象徴的な人物がいるわけでもない。純粋に子どもたちのためのお祭りなのである。アイルランドから始まって、今ではアメリカ社会に広く根付いている。
1976年文部省教員海外教育事情視察団にお供してジョン万次郎が成育したニュー・ベッドフォード市(マサチューッセッツ州)で教育施設、学校を訪れた時、偶々季節的にこのハロウィーンにぶつかり初めてこのハロウィーンという行事を知った。当初は同行した先生も誰ひとりとしてこんなお祭りがあることを知らなかった。ただ、学校に大きなカボチャや、派手な衣装が置いてあり、独特な雰囲気があったことは事実で、アメリカの先生から丁寧な説明を受け、ハロウィーンの何たるかを教えてもらった。そのうえアメリカの先生方からいくつかの市民家庭を紹介されて、「Trick or Treat?」(いたずらか、ご馳走か?)と唱えながらそれらの家庭を子どもたちと訪れて、住人からお菓子をいただいた思い出がある。
子どもたちがこういう「Trick or Treat?」などと家庭を訪問するのは、可愛くて微笑ましいが、日本の場合「Trick or Treat?」などと言って若者が見ず知らずの家庭を不躾に訪れるわけには行くまい。その点でやはり日本の習慣にはちょっと馴染みにくいような気がする。松井さんがいみじくも言い放ったように、菓子メーカーの宣伝戦略というのが当らずとも遠からずだろう。
それでも民間シンクタンクの調査によると、このハロウィーン効果は1220億円もあるというから、馬鹿にならない。
しかし、こういう日本人にはあまり馴染まないお祭りがいつの間にか流行する反面、地方の過疎化現象により日本古来の伝統行事のお祭りは神輿の担ぎ手がいなくなり、祭り自体が消滅する危機に瀕しているらしい。
ともかく明日はハロウィーンだ。渋谷界隈で荒れ狂う若者が羽目を外すようなことがなければ、良いがと思う。
さて、箱根地区の噴火警戒で箱根ロープウェイが全線運休になってから、ほぼ半年になる今日、一部区間で運転を再開した。やれやれとほっとしている。ただ、それは桃源台から姥子までの部分的な開通であり、そこから大涌谷の上を通過する早雲山までの見どころ区間がまだ開通されないので、興味は半分にもならない。だが、今のまま噴火現象が徐々に収まってくれれば、いずれ見どころの大涌谷観光を楽しめることになる。日本各地で休火山が動き出しているので、楽観出来ないが、少しでも良い方向に道が開けることを祈るばかりである。