充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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3120.2015年11月28日(土) 母校湘南高、旧聞の甲子園初優勝
喜寿を迎えた誕生日の「文化の日」から、朝日新聞朝刊に今までとは異色の連載スポーツ・コラムが今日まで20回に亘って連載された。スポーツ欄の3段記事だが、そのテーマが「あの夏1949年 決勝湘南×岐阜」と、何と母校湘南高対岐阜高の甲子園決勝戦にまつわるエピソードである。今夏の大会は旧制中等学校野球大会が始まってちょうど100年を迎えたのを記念して、主催者である朝日が取り上げた、謂わば高校野球エピソード集である。
題材として他にいくらも取り上げられるべき試合や学校があると思うが、その中で母校の優勝決定戦が特別に取り上げられたのは、終戦直後の暗い世相の中で、初出場初優勝という画期的にして、戦後初めて東日本勢として優勝校となったことが大きい。更にその後法政二高、東海大相模、横浜、桐蔭学園等々神奈川県高校の優勝に引き継がれ、強豪神奈川県に先鞭をつけたことが大きかったのではないか。加えて湘南は戦中から戦後にかけて文武両道の公立校でありながら、私立校を校内に併設させるという特殊な学校制度がしばらく続いたという特異な事情もあったと思う。
昨日採り上げられた「虚子もうなった『最美の力』」の話題は、昨年上梓した拙著「南太平洋の剛腕投手」の中でも紹介したエピソードである。これは2011年母校創立90周年記念に発行された「湘南90周年記念」誌からエッセンスを引用させてもらったものであり、元プロ野球・高橋ユニオンズで活躍された優勝時の1年生、佐々木信也さんから伺った話を味付けした。蛇足ながら来月開かれるユニオンズ同窓会で佐々木さんに託してこの拙著20冊を元選手や関係者に差し上げることになっている。
今朝の話題は湘南が甲子園で優勝したことに感激した鎌倉在住の野球好きの俳人、高浜虚子が湘南に贈った俳句について紹介した話に纏わるものである。
虚子が詠った句は、「秋風や 最美の力 唯盡す」というものである。
その俳句が書かれた短冊が、多くの人の手を介し巡りまわって近々湘南高歴史館に展示されるということも初めて知った。たかが高校野球だが、こういう風に人と場所を介してくるとフィクションも膨らんで深みのある物語となるものだ。今度湘南に出かけたら、ぜひとも歴史館で拝見してみたいと思っている。
偶々コラム上に第1回のエピソードとして紹介されたのが母校の栄光だったが、このように好意的に採り上げてもらえるとOBとしては、一層誇らしく嬉しい気持ちになるものである。
3119.2015年11月27日(金) ロシア機墜落がもたらす暗雲
数日前ロシアの戦闘爆撃機がシリア・トルコ国境周辺上空でトルコ戦闘機により撃墜された。トルコ側は、トルコ機は領空侵犯のロシア機に対して再三退去するよう警告したが、警告に従わず撃墜したと報道した。一方、ロシアはトルコ領空を飛行していなかったと反論し、両国の対立はエスカレートするばかりである。同じ敵であるIS施設を空爆することが両国共通の目的であり、このまま対立が続くようだと、ISにとっては思う壺であり、有志連合側にとって最大の目的であるIS殲滅作戦が厳しくなる。
ロシアでは2人の搭乗パイロットのうち、帰還出来た1人が領空を飛行しなかったと述べ、トルコ側の警告もなかったと主張するばかりである。トルコも自国の立場をアピールするため、警告した証拠として警告の録音記録を公表したが、ロシアのプーチン大統領がそれは編集して作成されたものだと頭から信用せず、トルコを非難するばかりである。両国の対立がプラスに作用しないと見た有志連合各国からロシアとトルコに対して行動を自重するよう促しているところである。
さて、夕方になって慌ただしくオーム真理教関連ニュースが入って来た。20年前発生した地下鉄サリン事件の際危険物を運んだ罪と都庁爆破事件に関わった罪で、東京地裁の一審裁判員裁判で殺人未遂ほう助容疑で懲役5年の有罪判決を受けた菊池直子被告が、今日の東京高裁判決で一転無罪となり即日釈放されたのである。
テレビ・ニュースでは各局とも時間をかけてかなり詳しく伝えているが、この判決は事件発生の事実と被告の長期間逃亡の因果関係が、中々理解出来ず、どうも釈然としない。検察も納得出来ないらしいようで、いずれ上告することになるのではないだろうか。菊池は運んだ中身を知らなかったと言い張り無実を主張していたが、結果的にサリン事件を引き起こし、都庁内では職員が重傷を負う惨事を引き起こした。しかも事件が発生するや指名手配の中を17年間も逃げ回った行動には、果たして疾しさが一点たりともなかっただろうか。どうも理解しにくい。明日の朝刊各紙に詳細が詳らかにされるだろう。
これでは、完璧な裏づけが得られなければ逃げ得になるのではないだろうか。証拠がありそうな中で、疑わしきは罰せずでは事態は解決しないと思うし、今後の裁判にも影響が出てくるのではないかと気にかかる。
3118.2015年11月26日(木) 最高裁判決、先の総選挙は違憲状態
衆議院選の1票の格差について、昨日最高裁判決が下された。昨年12月「0増5減」により修正された最大2.13倍の選挙区格差の下で行われた総選挙は、最高裁から違憲状態との判断が下された。これで、2009年、12年に次いで違憲状態とされたのは、3回連続である。もう待ったなしである。しかし、総選挙の結果は無効とまでは看做さず、今後格差解消へ向けた国会の努力を期待し、見守るということになった。
元々国会内では、現状制度を変更、改革するには利の絡む議員の反対が強い。いくら最高裁が下した判決であるにせよ、議席数を減らされる小選挙区選出議員にとっては死活問題であり、格差是正の議論が思うように進まない。今後最高裁判決を受けて、本気で違憲状態を是正へ向けて一歩踏み出すかどうかが問われている。現状ではそうなるかどうかあまり期待出来ないように思っている。
さて、突然の訃報である。女優として一世を風靡した原節子がすでに今年9月に亡くなっていたことが今日公に発表された。享年95歳である。早速各テレビ局が報道番組やバラエティ番組でその人となりを詳しく伝えていた。1962年の「忠臣蔵」出演を最後に半世紀以上も世間から姿を隠し、そのまま声明なき引退となり映画ファンから大いに惜しまれていた。鎌倉市内の親戚の家で外へ出ずにひっそりと生活していたと神秘性を帯びた話が後から後へと伝えられていた。そういう意味では謎の多い女性だった。出演した映画は、すべて高い評価を受け、評判を呼び銀幕の原節子は今なおオブラートに包まれたまま偶像視されている。伝説の女優と呼ばれる所以でもある。私自身原節子の映画は「東京物語」しか観ていないが、そのストーリーの嫁と姑のおもいやりと、原節子が現在の女優さんとは異なる上品さが今でも強く印象に残っている。
昨年9月に亡くなった同じ女優の山口淑子と同じ1920年生まれであることも不思議な縁である。お互いに際立った存在感を示し、戦前、戦後の日本映画界をリードした女優と呼んでも良いのではないか。機会があれば、佳作「晩春」や、「麦秋」「めし」「青い山脈」などを観てみたいと思っている。
ところで、今日11月26日は日本ペンクラブの誕生日「ペンの日」である。初代会長・島崎藤村の下に発足してちょうど80年になる。毎年この日の懇親会に参加していたので、今年も例年通り参加の意向を伝えていたが、今朝からどうも体調が勝れない。昨晩の懇親会の酔いが影響しているとは思えないが、取り敢えずペン事務局と親しい会員諸兄に欠席の連絡を取ったところである。
3117.2015年11月25日(水) 三島由紀夫死して45年
今日一日は大分冷え込み、本当に寒かった。北国札幌では積雪は44㎝もあり11月にこれだけの積雪は62年ぶりとのニュースである。
駒澤大学では公開講座の今年最後の2講義が行われた。その1人の大泉克郎講師も定年70歳を迎えて今年最終講義となり、大学近くのイタリアン・レストランで打ち上げ懇親会を行った。
さて、作家三島由紀夫が亡くなったのは、ちょうど45年前の今日だったと知って、改めて時の経つのは早いものだと実感している。45歳で亡くなったから、存命なら今年90歳ということになる。数々の名作を残しノーベル文学賞の候補にも上っていただけに、実に惜しい永眠である。市ヶ谷の自衛隊司令部に集まった自衛官の前で決起せよと檄を飛ばし、同調者がいないと知るや、「楯の会」の同志・森田必勝とともに時代離れした切腹を遂げたセンセーショナルな早世は惜しんでも余りある。
偶々会社が退けてからある所で自主的なセミナーに出席していた。受講者のひとりが突然今自衛隊の本部で三島由紀夫が暴れて騒動になっているらしいと言い出し半信半疑だったが、帰宅してテレビで詳細を知って驚いた。あまりにも鮮烈な事件に暫し言葉を失ったことを思い出す。
今テロ騒ぎで世界中があたふたしているが、この現状を三島が知ったらどんなコメントを発したか、不謹慎だが興味をそそられる。
さて、今日の朝日朝刊を見ていて意外な都市について紹介されているのに驚くとともに、懐かしさを憶えた。ニューヨークの北西300㎞の小さな町ユーティカである。ほとんど日本では知られていない人口10万人足らずのひっそりとした町だ。
今からふた昔前の1993年11月に文部省海外教育視察山梨県団の先生方25名とともに、ニューヨークから列車で4時間余りをかけて訪れた。同地に3泊して小中校の教育施設を見学した。久しぶりに当時の「文部省教員海外派遣報告書」に目を通してみると、懐かしい思い出が甦って来る。当時はあまり気にもならなかったが、その頃から年々人口が減りつつあった。それが、驚くことに2010年になって80年ぶりに増加したそうだ。その不死鳥の如く甦った原因は、今世界中の話題を浚っている難民だというから面白い。新聞のタイトルは「難民で再生する町」である。それは脱出国を問わず広く難民を受け入れたからである。世界的な企業ゼネラル・エレクトリック(GE)も近々ユーティカに新工場をオープンする。難民の出身地で、ボスニアに次いでビルマが多いというのも私には象徴的に思える。今このユーティカが難民の流入で甦りつつあり、それにビルマ人の存在が貢献しているということを日本の新聞で報道されるというのも私には嬉しい話である。
3116.2015年11月24日(火) 一票の格差、明日最高裁判決
国会議員議席数の選出選挙区比例数が憲法違反に当るのではないか、つまり一票の格差問題が明日最高裁において結論が出される。明日出される選挙区判決は、295全小選挙区が対象である。これまでに格差是正の取り組みは小規模ながら行われていた。直近では3年前の衆議院総選挙では最大2.43倍だったが、翌年の法改正で定数を「0増5減」としたため、昨年の総選挙では格差が縮小された。それでも最大格差2.15倍は違憲として無効を求めた訴訟の判決が明日決まる。ただ、現時点で宮城5区(有権者数23万人)は、東京1区(有権者数49万人)に比べて倍以上重い。
仮に日本の総人口(有権者数ではない)を295で割った基準人数を導入すると、即ち衆議院議席を人口比にすると、関東地区ではほとんど議員数が増える。例えば、東京で5人、神奈川3人、埼玉2人、千葉1人も増える。その分18県から1人ずつ減る。地方から衆議院議員が消えるということになる。都市集中化の傾向がこの憲法に違反しない総選挙によっても窺い知ることが出来る。
明日の最高裁判決を注目したい。