ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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3149.2015年12月27日(日) どうしてメディアは不遜で不誠実なのか?

 今朝郵便受けから朝刊を取り出そうとしたら郵便物がいくつか入っていた。日曜日の、しかも朝のうちに郵便配達物が届くようなことはこれまでなかった。その内の1通が傲慢なテレビ東京からの返信である。

 これまでも何度かテレビ東京とのバトルについては本ブログに取り上げたが、今朝受け取った誠実味のない手紙を読む限り、テレ東戦終戦はまだ先の話になりそうだ。朝日新聞ともバトルの最中にあるが、両社ともにオレ様意識紛々の胡散臭いメディアそのもので、不遜にして読者(視聴者)を上から目線で侮蔑し、読者と正面から誠実に向き合おうとしない。例えば、朝日は、考えは言い尽くしたので、これ以上対応しないと一方的に最後っ屁をふっかけようとしている。今日のテレビ東京にしても社長が私に会うことはなく、返信もこれを最後にしたいと一方的に彼らお得意の頬かむりと逃げの一手である。

 とにかく、社長は世間に対して天皇気分でいるらしく、いくら書状を差し上げても返事はなく、上司は部下に面倒なことはすべておっつけて事態を自ら解決しようとの気持ちがまるでない。止むを得ず、番犬である部下が嫌々ながら返事を寄越す。それが問題を考え違いするくらい的外れで、規律なんてまるでなく、一般の営業会社では考えられない対応である。大体会社自体が読者や視聴者を舐め切って、質問に対してまともに応えないか、或いは的外れのまま応えるだけで、謙虚さや誠実さは微塵も感じられない。それぞれの社内綱領やコーポレートガバナンスに掲げられた高い企業倫理観とか公共的使命、読者の声や外部の声に謙虚に耳を傾けるなどと出来もしないお題目だけは並べ立てておきながら、それがまったく実行されないのだ。モラルなんてまったく見られない。それを問い詰めると言葉が還って来ない。

 所詮メディアなんて綺麗ごとは言うが、自ら社内ルールをぶち壊し、虚報を流して外部に黙っているのが実情である。それを恥ずかし気もなく居直って開き直るところは、図々しいと言うか、傲岸不遜と言うより他に言葉が見つからない。

 具体的に当方の要望に応えてくれない実例として、朝日を例に取れば「高齢者の地方移住を」と朝日姥捨山説を朝刊のトップ記事に取り上げ、多くのお年寄りを憤慨させたことを指摘されるや、これは地方創生会議の提言であると言い責任を地方創生会議に押し付けたまま逃げる。そのように誤解させた記事について朝日に責任を追及し、それなら朝日の社論を堂々と開陳すべきではないかといくら尋ねても返事はない。

 テレビ東京に至っては、10月1日放送の「アンサー 潜入テレビ初!飢餓の島で見た戦争」の中で、ガダルカナル島における民間団体の遺骨収集事業の間違った報道については、素直に間違いを認めようとせず過去の政府の遺骨収集のやり方を批判するばかりである。戦没者、遺族、旧厚生省、日本遺族会らの気持ちを冒涜するような報道内容だった。だが、彼らはその取材に自信を持っているとの返答をもらったので、取材の根拠を提示するように求めたところ守秘義務で応えられないと担当プロデューサーからは不誠実な返事しか得られない。

 ともかく朝日もテレ東も面倒な外部人間の問い合わせを無視し、具体的な質問に対しては何とかはぐらかして遁走しようとの気持ちがありありである。相手は中々手強いが、あらゆる手段を尽くして、この傲慢で不誠実なメディアを追い詰めて、納得出来る回答を引き出してみたい。

2015年12月27日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3148.2015年12月26日(土) 車検後間もないマイカーを修理へ

 マイカーのフォルクスワーゲン・VW<POLO>の具合が、急に悪くなった。6月に車検を済ませたばかりである。先日来エンジン起動時に時折具合が悪くなることがあって、数日前近所へ出かけかけたところ突然揺れが激しくなりゲージの黄色いランプが点滅し出した。慌てて自宅へ戻りガレージに入れて説明書を見てみると、黄色いランプの点灯はエンジン・オイルに不具合が発生したことが原因とある。

最近VW社はアメリカで自社ディーゼル車の排気ガス検査を誤魔化して世界的に信用を失い、販売数を落とし、トップ人事の交代があったばかりである。マイカーはディーゼル車ではないので、件の不祥事とは直接関係はないかも知れないが、VWが信頼感を失った時期と重なる故障だけにどうもすっきりしない。車を運転してVWの販売代理店で調べてもらおうにも走行中に動かなくなったのでは困ると思い、VWに電話で相談したところ保険証がレッカー車の牽引を保証しているから、保険会社でレッカー車の手配をしてもらえるとのアドバイスをもらった。すぐ東京海上に相談しレッカー車の手配を依頼すると、しばらくしてレッカー車が来てマイカーをVW販売店へ牽引してもらった。その後VWから修理に4日間かかり、費用もかなりの高額を知らせてくれたが、かつて日産やトヨタ車に乗っていた時には、このような故障はなかった。つまりこんな手間と費用がかからなかったのだ。ついVWに愚痴を言うとVWのエンジニアーは以前トヨタに勤めていたが、確かにこの種の故障は輸入車に多いと聞かされ、ちょっとがっかりしたところだ。

 車がステータス・シンボルだったのは、一昔もふた昔も前のことで独身時代に一時OPEL車に乗っていたことはあるが、使いやすさやメンテナンス、費用などを考えると、やはり日本車の方が利用し易いと半世紀以上もマイカーに乗ってみて最近になって痛感している。年齢的にも現在のVWを買い替えて新しい車を購入することはもう考えていないので、私のマイカーのゴールはやや不満足感の伴う外車で幕を下ろすことになる。

 しかしながら、車のない生活というのは、その便利さに慣れてしまうとちょっと不便だなと感じている。

2015年12月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3147.2015年12月25日(金) 来年度一般会計予算案決まる。

 2016年度の一般会計予算案が閣議で決まった。総額96.7兆円は4年連続して過去最大である。毎度言われている財政再建はまったく顧みられることなく、来年の参院選を視野に政府自民党は大判振る舞いである。加えて一億総活躍社会の実現へ向けバラマキに次ぐバラマキである。

 国家予算というと大学新入生時に、経済学部の学生なら国家予算ぐらい覚えておかなければいけないと経済政策の講師に言われて、総額1兆4192億4800万円を語呂合わせで「1兆良い国世は平和」と覚えたことを思い出す。爾来この数字をひとつの目安に何かと比較して考えてきた。その1兆4千億円が今や百兆円に手が届くところまで伸びて来たとは、まさに隔世の感である。

 その中でも約1/3を占めるのが社会保障費で、これは少子高齢化の折有る程度予想されていたことでもあり、受け止めざるを得ない。ただ、どうしても支出面で放漫な印象は否めない。その最たるものが、低所得のお年寄りひとり3万円の支給である。防衛費関係が5兆円強に達する。長い間防衛費は全体予算の1%が歯止めとしてあった。それが一旦防波堤を超えるや今では5%強にまで増えた。歳入は、税収が対前年5.6%増であるが、その他は減収であり、国家財政の借金は増える一方である。

 予算に占める借金の割合は昨年よりは向上したとは言え、35.6%で先進国の中で最悪の水準にある。アメリカの借金依存度は11.9%、イギリスは6.5%である。海外投資家からは財政規律の緩みと見られている。この結果日本国債は相次いで格下げされている。

 この日本の借金依存傾向の解消は、税収の飛躍的向上と財政再建の実行以外には考えられない。今の政治家が自分たちの利だけを考えて政治を行っているうちは、残念ながら希望を持てない。

 さて、土曜日の明け方に左膝が強く痛み出したが、その後少しは収まっていた。それが、一昨日息子家族を訪れた際少々歩いたために、昨日朝も痛み出した。あまり歩かないよう注意していたが、やはり無理すると痛む。そこで今日かかりつけの松本整形医院で診てもらったところ、少し炎症があるようだとのことで湿布をして、来年まで様子を見ることになった。先生からはあまり無理して歩かないことや、重い物を持たないことなどに気を遣うようアドバイスされた。残念だが、当分ウォーキングも出来ないし、膝に負担がかかることも極力止めるつもりだ。

2015年12月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3146.2015年12月24日(木) 中国で人災による大事故

 テレビ朝日の「報道ステーション」で12年間キャスターを務めていた古館伊知郎氏が、来年3月を以って降板する。当番組は久米宏氏が切り開いた人気番組「ニュース・ステーション」を引き継ぎ、2004年アテネ・オリンピック開催の年にスタートして、視聴率もまずまずの成績だった。それだけに古館側にこれと言う失点があったわけでもないのに、なぜ止めるのかとの声が社内外からあり、テレビ朝日側も慰留に努めていたと聞く。古館氏当人は新しい分野の仕事をしてみたいと言っているようだが、そのまま額面通りに信じるわけにはいかないようだ。

 今年に入ってから2月に放送倫理・番組向上機構(BPO)が同番組の川内原発を巡る報道について意見書を公表したり、3月には元経産省官僚の古賀茂明氏の官邸バッシング問題を巡って番組内で激しい応酬があったり、とかくの物議を醸していた。

 それでも古館氏は自説を曲げず一貫した対応に終始していた。だが、政府・自民党が同番組と古館キャスターに対する不当な介入とも受け取られかねない、嫌がらせは加熱する一方だった。その後一応事態は収まったかに見えたが、古館氏の心中は複雑だったようで、官邸サイドの横やりとテレビ朝日の弱腰に許せないものを感じたのではないかと推察することが出来る。結局今日古館降板を古館本人とテレビ朝日が正式に発表して、古館氏は切り込み鋭く一本筋の通った硬派番組キャスターから去ることになった。後任に誰が就くのか不明だが、ちょっと惜しい気がする。

 さて、このところ中国の経済特区・深圳で土砂崩落による建物倒壊のため多くの住民が土砂に呑みこまれ今なお70人以上の行方が不明になっている。度々繰り返される中国の人災による大事故はひきも切らない。6月には湖北省の長江で客船が転覆して400人以上の犠牲者を出した。8月には天津市内の倉庫爆発事故で170人以上が亡くなっている。このような大型の災難が起きるというのは、国の管理が十分徹底していないこともあるが、同時に国と国民の間に人命の大切さとそれを守るべき安全対策への理解と考えが充分でないところに根本的な原因があると思う。

 特に中国政府の安全対策は不充分で、法整備も充分でなく、この種の事故が発生すると情報公開どころか、事故を隠蔽しようとする姿勢が露骨で、このままでは更に度々事故は繰り返されるのではないかと心配でならない。

 最近大気汚染について北京市内では頻りに赤色警報が出されている。PM2.5を超える汚染度の高い日が3日間も続いた。日本の最悪の汚染に比べても10倍の酷さである。これに対して現時点で政府は何の防止対策も打ち出していない。国としてどうすべきか、また今後の防止策を国民に対してまったく説明しようとしないのだ。ただ、出来るだけ外出しないように、或いは外出する時は、必ずマスクを着用するようにとおざなりの注意をしているだけである。これでは、国民に対して健康面で何の手も打たないのと同じ事だ。

 中国政府はもう少し国家、国民に対して優しく責任を果たすべきだと思うのだが、所詮日本人がいくら言っても片腹痛いだけで、余計なお世話だろうか。

2015年12月24日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3145.2015年12月23日(水) 天皇誕生日に年賀状について思う。

 昔風に言えば、今日は天長節である。今上天皇は82歳になられた。多少持病をお持ちのようだが、普段は皇后陛下ともども公式行事をこなされるために、全国各地へお出かけになっておられる。その中で特に目につくのは、太平洋戦争戦没者と原爆投下で亡くなられた犠牲者を慰められるために戦地と被爆地へ、そして東日本大震災の被災地へ被災者の激励のために毎年のように出かけられていることである。両陛下は今年4月には激戦の島、パラオ諸島を巡拝され、来年1月にはフィリピンへ慰霊にお出かけになる。暑い土地ゆえあまりハードスケジュールにならないことを願っている。

 さて、今日は天皇誕生日とあって祭日である。横浜に住む二男家族から、妻ともども一日早いクリスマス・パーティに招かれた。まもなく5歳の長男と2歳の長女に恵まれ、小さいながらも何とか一戸建てを手に入れ、幸せいっぱいの様子だ。まぁこれで当面は満足すべきだろう。正月には彼らと軽井沢へ1泊旅行を楽しむことになっている。

 ところで昨日までに予定していた年賀状は書き終え投函した。今年は560枚を書いた。会社勤めをしていた頃に比べればかなり減った。だが、現在の閑職から考えれば、同じような年代の友人らに比較すれば枚数は多い方かも知れない。一方で年賀状欠礼のお便りをいただいた方が22名様もおられた。同時に数年前から今年を最後に来年以後年賀状の交換を辞退される知人がぼつぼつ現われて寂しい気持ちはあるが、本人の気持ちを受け入れないわけにはいかない。これから年々こういう人たちが増えることだろう。

 しかし、いただいた年賀状を読んでいると親しく付き合っていた頃の元気な友人や知人の姿が目に浮かんできて、思わず彼らの身の上に思いが至る。知らなかったことを知ることも出来る。それに私には年賀状を教えてくれた小学校の恩師がいた。大分前に亡くなられた恩師は手書きで万年筆を使って一枚一枚真心込めて書きなさいと言われた。その気持ちは今も消えることはない。従って文面は印刷するようになっても、宛名書きだけは相手を思い浮かべながら万年筆で書いている。それがせめてもの年賀状を書くための心得ではないかと思っているからである。

 一方で、お正月にどれだけ楽しい年賀状をいただけるだろうか、今から楽しみにしている。

2015年12月23日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com