充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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3293.2016年5月19日(木) 悪い奴は地球上どこにもいるのか。
大手企業のモラルとコンプライアンスが問われている。先日三菱自動車が軽自動車の燃費不正問題を謝罪したが、それが原因で大きく販売力が悪化し経営難に追い込まれ、とどのつまり日産自動車の傘下に入ることが決まった。そして昨日その責任を取り三菱自の相川哲郎社長は辞任することを発表した。ところが、その舌の根も乾かぬうちに、昨日同じ自動車業界のスズキが国の規定と異なる不適切な方法で全車種の燃費を測定していたと発表した。会社ぐるみで国と消費者を裏切ったのである。同じように車関連業界では昨年タカタが、エアバッグの異常な破裂による事故でリコールを求められ、リコール台数は全世界で1億個規模になった。こうなると経営面でも今後大きな影響が表れて来るものと懸念されている。
他にも先に東芝の不正経理問題が、会社創業以来初めての大きな赤字を生み出す結果となった。三菱もスズキも東芝のような大手企業もすべて経営者が承知したうえで不正を犯していた。確信犯だったのである。どうも経営者側に倫理観が欠如しているように思えてならない。
倫理観の欠如や公私混同疑惑は政治家だけに見られる現象だと思っていたが、思いがけずこう立て続けに大企業経営者の間に悪意ある動機が見られるようになるとは、裏切られたような気持になる。
政治面では、相変わらず舛添要一・東京都知事の公私混同疑惑について、週刊誌が後から後から新たな疑惑を暴き出し、騒ぎは一向に収まらず、都庁内へ寄せられる苦情や意見も数多く職員も対応に追われる始末である。新たに浮上した疑惑については、改めて明日舛添知事が記者会見を開くそうだが、評論家諸氏の厳しい追及に知事はきちんと応えることができるだろうか。自分と家族のことだけを思い、私的経費を公費で支払おうとするずる賢い上昇志向の人間には、所詮何を言っても信用する気になれない。
さて、一昨年4月西アフリカで忌まわしい事件が起きたが、すっかり忘れていた。それはナイジェリアで女学生約220人が、テロ組織ボコ・ハラムに誘拐、拉致されたのである。その当時世界中の注目を集めた少女集団誘拐事件である。
それが偶然にも拉致された女学生のひとりが民家近くの森の中を歩いていたところを保護された。テロ組織の中でも極めて悪質非業なボコ・ハラムはその当時革命家気取りだった。事件解決のため軍隊が掃討作戦を展開したが、効果は見られず、その後拉致された少女たちがどうなったのか情報はまったくなく安否が心配されていた。保護されたその少女は生まれたばかりの乳児を抱えていたという。ボコ・ハラムは拉致した少女たちを戦闘員の妻にするとか、奴隷として売り飛ばすと言っていたが、その少女は子どもを出産させられたのではないだろうか。あまりにも冷酷にして非道な事件である。この少女を除く他の少女たちはどうなってしまったのだろうか。彼女らの行方は今もってまったく分からないという。あまりにも非人道的な事件である。何とかして1日も早く、国連や高等難民弁務官事務所(UNHCR)、ユニセフなどが救いの手を差し伸べ助けてやることができないものだろうか。
3292.2016年5月18日(水) 残念!大学同級生、リオ・オリンピック出場断念
朝刊を見てびっくりし、がっかりした。馬術競技でリオ・オリンピック出場を目指していた法華津寛さんが騎乗馬の体調が悪く回復しても予選には間に合わず出場しないことに決めたという。法華津さんは現在75歳で私より2歳若いが、慶応大経済学部の同期生である。ロンドン・オリンピックでも全出場選手中の最高齢選手として話題を集めていた。リオでも4度目のオリンピック出場を目指していただけに本人もさぞや無念だろう。私にとっても同級生がオリンピック最高齢選手として出場ということなら、大いに誇らしい。しかも、彼の実家はわが家から歩いて10分もかからない。残念だなぁ。
さて、今年も近くの駒沢大学マス・コミュニケーション研究所の公開講座を受講することにしていたが、今日が私にとっては初日である。平成20年に初めて受講してから今年は9年目になる。
今日は2時限受講したが、ひとつは昨年も受講した元NHKディレクター・須磨章氏の講座で自ら制作したドキュメントを見せながら解説するものだ。今日は先日亡くなった富田勲氏の名曲BGMで始まる「新日本紀行」で蔵の街、喜多方の情景と人情を見せてくれた。佳作で見ごたえがあるが、残念ながら昨年も鑑賞した作品だ。次回も目録を見ると昨年診た作品が並んでいるので、このまま受講すべきかどうか改めて考えてみようと思っている。
もうひとつの授業は、「体験的ジャーナリズム論」と題して講師を務めたのは山田克・共同通信社東京支社長で、主に社会部畑を歩いた方で、幾種類ものレジュメを準備されて、今日は共同通信社の組織と業務について説明された後、いま話題のパナマ文書について分かりやすく解説された。山田講師は今年初めて教壇に立たれたばかりだが、経験豊富なジャーナリストであり、次回以降楽しみにしたいと思う。これから少しずつ忙しくなってくるものと覚悟している。
3291.2016年5月17日(火) 舛添要一・都知事が疑惑を説明できない記者会見
昨晩9時23分ごろ突然ぐらぐらと揺れ、ガラガラッと大きな物音がした。久しぶりの揺れにびっくりした。東京都内では震度3の地震である。埼玉県小美玉市を震源地とする最大震度5弱だったが、茨城県地方は東海原発が運転を停止させた。しかし、これからも不安は残る。
熊本地震の余震も相変わらず止むことがないが、昨日は宮崎県日向灘を震源とする地震が発生し、これまで熊本、大分地方に集中していた地震が、余震の影響だろうか、いよいよ宮崎、鹿児島方面へも影響して安全神話が怪しくなってきた。問題は鹿児島には稼働中の川内原発があるからである。
さて、縁起でもない「13日の金曜日」に、舛添要一・東京都知事が海外高額出張費や公私混同疑惑解明のための釈明記者会見を行ったが、その説明は自己本位で納得の行かないものばかりだと批判的な声が多い。13日以降テレビのワイドショー番組では、入れ替わり立ち代わり評論家が、知事の説明に対して過去の業績を引っ張り出しては不可解な点や問題点を指摘し、追及している。
舛添知事という人物は、幼い頃より頭が切れ学業は優れていたようだが、人一倍上昇志向が強く、また金銭面でケチな印象を受ける。それでも過去の経歴では、若干寄り道をしながらも大体順調に階段を上ってきたと言える。
しかし、社会保険庁の年金不祥事問題発生後に厚生労働大臣へ就任して、また猪瀬直樹・前都知事が徳洲会から不正融資を受けた疑惑が発生し辞任した後に、猪瀬前知事の後を継ぎ都知事となってからは管理者の責任論とか、明朗な支出、他人が納得できる行動などきれいごとを言っておきながら、自身は前任者の不祥事の上塗りをするような怪しいパフォーマンスをやっている。ルール上許されると言ったり、私的費用を公金として使っていながら表沙汰になると言い逃れする「二枚舌知事」である。
ほぼ毎週湯河原の別荘へ公用車で出かけていながら、公用車は動く知事室とぬけぬけと言い逃れしようとする。世間が知事の行動をどう見ているかなんてことはまるで考えていない。
知事が世間でいかに信頼されていないかと感じたのは、メディア各社が実施した、知事の記者会見を納得できると応えた人が、たったの2%弱だったのである。つまり理解できないと応えた人が圧倒的に多く、約98%だったというから何をかいわんやである。感度が鈍く、行政の長としての資質に欠けるのではないだろうか。これでも知事は職を辞する気持ちがないと語っていたが、こんな不誠実で嘘つきな知事を誰が擁護すると思うのだろうか。知事選で舛添知事を推薦した自民党谷垣幹事長が、この茶番に猛省を促すとまで言っている。
次の都議会は6月1日に開かれるそうだが、野党側からの質問に対してどんな対応で逃げ切ろうとするのだろうか。オリンピック開催地東京は、またまたすっきりしない空模様になってきた。
3290.2016年5月16日(月) トランプ現象に見るアメリカ人の本質と本音
アメリカ大統領選で共和党の候補者指名がほぼ確実視されているドナルド・トランプ氏の保護主義的なアメリカ第一主義とアメリカの内向き思考が、海外やアメリカ国内のリベラル派に不安を抱かせ、また批判的な声が上がっている。予備選がスタートした時点では、いかに不動産王として成功したとは言え、与しえない人物や国を徹底的に非難罵倒し、人道的にも許されない発言をするに至っては、とても常識ある人間の行動とは思えず、所詮泡沫候補の域を出ないと思われていた。それが、選挙戦が進むに連れ、撤退どころか反って得票を伸ばしライバルを悉く降し、遂には指名候補に最も近い位置に近づいた。
実は私もいずれトランプ氏は敗北し選挙戦から降りるだろうと考えていた。それは、アメリカ人のホスピタリティや、公平感、良識を信じていたからである。誤解に基づいて他人を誹謗中傷し、イスラム系移民を国外追放とか、難民受け入れ反対のようなアメリカの建国の歴史をも否定するような発言には、海外を含め多くの国民から顰蹙を買うどころか、反感を買っていた。それでもトランプ氏は勝ち続けた。アメリカの良心というものに失望した。もう少し常識と思いやりのあるのがアメリカ国民だとの思い込みは見事に裏切られたような気がした。
11月の本選で民主党候補者との一騎打ちはどうなるのだろうか。もし、トランプ氏が本選で勝つようなことになりアメリカ大統領に選出されたら、これまで予備選中にトランプ氏から非難されていた外国人はどんな気持ちに捉われるだろう。
そんな折今朝の日経紙の「池上彰の大岡山通信」に池上氏が、ある程度納得できる寸評を書いていた。「トランプ現象は突飛か」「内向き米国実は昔から」とコメントしている。アメリカは元々「世界の警察官」ではなく、モンロー第5代大統領の南北米大陸以外に関して干渉しない外交方針「モンロー主義」が基調にある。他国の外交に深入りしないのだ。ヨーロッパで火蓋を切った第1次、第2次世界大戦でも、アメリカは関わろうとしなかった。第1次大戦では、アメリカ客船がドイツの潜水艦によって撃沈され激高した国民の声に押されて参戦を決めた。第2次大戦でも日本軍の真珠湾攻撃の不意打ちに怒った世論に押されて報復行動に出たとされている。戦後「世界の警察官」としてアメリカが孤立主義を放棄したのは、ライバル・ソ連が台頭し影響力を強めてきたからで、アメリカの歴史の中ではむしろトランプ流の考えが主流だった。
池上教授が指摘するように、アメリカ人の考え方やアメリカの本質がそういうことなら、これからは同盟国も考えを改めねばなるまい。当然日本もそうだ。私がアメリカ人の良識ある言動や判断を期待したのは幾分過剰評価で、思い過ごしだったということになるのだろうか。
さて、ほんの1週間前にフィリピンで次期大統領選挙が行われ、あれよあれよという間にフィリピンのトランプと言われるダバオ市長のロドリゴ・ドゥテルテ氏が圧倒的な勝利を収めた。この人もきつい言葉で事あるごとに、悪いヤツは殺すと口走り、領有権を争う南シナ海問題では水上バイクで行ってフィリピン国旗を立てると過激な発言を繰り返していた。だが、長年市長を務めたダバオ市の治安回復に大きな実績を上げた。それでも一国の大統領になって荒っぽい言葉遣い通り政治を行うわけにはいくまい。それが昨日の記者会見では、対立している中国に対して「戦争を望まない。全ての国と友好的な関係を持ちたい」とやや軟化してきたが、どこまで本音であろうか。仮に本音でないとすると中国と近い将来に戦火を交えることになるのだろうか。どうも物騒な発言をする大物が出現してきたが、時代の空気がそうさせるのだろうか。一般の国民が悩み右往左往しなければ良いがとどうも心穏やかになれない。
3289.2016年5月15日(日) 5.15事件記念日、ブログ10年目に突入
最近はほとんどメディアでも報道されることがなくなった5.15事件が勃発したのは1932(昭和7)年の正に今日だった。海軍青年将校らのクーデター計画により、時の犬養毅首相が暗殺された。その2年前若槻禮次郎首相が出席したロンドン海軍軍縮会議の締結文に不満を持った若手将校、そして翌1931年満州事変を画策した関東軍参謀らがひたひたと暗い戦争へ歩を進めていった。そして1932年5月15日、事件が発生した。一昨年の拙著出版記念会に出席してくれた高校時代の友人の元通産次官・牧野力くんは、この事件の時の内務大臣だった牧野伸顕の曾孫に当たる。
戦争の怖さ、恐ろしさ、核戦争防止をアピールするために、今月アメリカのオバマ大統領が広島を訪れることは大きな意義がある。それでいながら戦争へのめり込んで行った太平洋戦争のきっかけともなった5.15事件が、マス・メディアで一向に取り上げられず放って置かれることは、次の戦争防止・回避への警鐘を鳴らすことを避けているようで、どうも不可解で気になって仕方がない。
最近特に感じることであるが、昨今のメディアはニュースの捉え方の視点、取材方法、現場感覚などの点で年々劣化の道を辿り、今や腰抜け同然となった。コクのある読み物がなくなった。大げさに言えば、民主主義の危機でもある。
さて、このブログを書き始めたのは2007年の今日だった。爾来毎日コツコツと稚拙な文を書き続けて今日連続3289回を数えるに至った。文字数もほぼ4百万語になる。改めて今日から10年目に突入する。
確かに毎日書き続けることはタフだと思うことは往々にしてある。疲れた時、深酒した時、書く時間がない時、海外へ出かけた時など、それでも何とか1日も欠かさず書いてこられたのは、多くの友人、知人に強く励まされたことが力となっている。今では僭越ながら「継続は力なり」を自分自身で実践できていると思っている。書き出して2年目に久恒啓一・多摩大学副学長から「近藤さんはブログの中でいつも何かに怒っているようだ」と仰っていただいた。やはり日常生活の中で自分自身が感じたことを黙って書いているつもりだが、現政治体制、政治家の劣化、世襲政治家の跋扈、他国の乱暴な行動、世の理不尽な事象、悪辣なパフォーマンス等々について、冷静に見てみると理不尽で許せないと思うことがしばしばある。つい若気の至り?が表れてしまう。昨年喜寿を迎え後期高齢者となりながら、相変わらず人間的に未熟だなぁと自身反省せざるを得ない。いまでは、自分なりに「後期」→「光輝」→「高貴」高齢者へと階段を駆け上がっていると思いあがってもいる。
これからいつまで書き続けることができるか分からないが、取り敢えず母校湘南高創立百周年記念の2021年に、5千回達成を目標にして前向きに歩んでいきたいと考えている。やはり書き続けていると、読み返した時にふっとこんなこともあったなぁと懐かしく思い出すことがあるし、今とは違う考えだったこともある。何といっても文章を書くことに抵抗がなくなったことが大きい。これが最大の武器になっているかも知れない。
今日を区切りに、一層の意欲を向上させて前進していきたい。
なお、今日は沖縄が日本に返還されて44年目の1日でもある。その日沖縄から核施設は撤去されたが、日米両国が望めば核施設は沖縄に再設置できるとの密約があったようだ。だが、わが国は非核3原則を堅持している筈である。反動政権の言動如何で、今後騒がしくならなければ良いがなぁと思っている。