充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
ブログ一覧
3298.2016年5月24日(火) 精神的に追い込まれた時の判断力
毎年第一生命が募集している「サラリーマン川柳コンクール」応募作品の人気投票の結果が発表された。今年は「退職金 もらった瞬間 妻ドローン」がトップだった。うまいこと言っているなぁと感心する。ベスト10の中で私が特別関心を抱かされたのは、7位にランクされた「決めるのは いつも現場に いない人」である。現場を知らずに知ったかぶりをして間違った決断をする人がいかに多いかをズバリ言い当てている。政治家とか、高級官僚らはこの種の典型的な人間ではないだろうか。
実は、今日駒沢大学の講座「現代ジャーナリズム入門」で元読売新聞記者の講師から、仮に人命が危機に晒された時、人命救助に向かうか、ジャーナリストとして取材を続けるかと受講者に問われた。それぞれ2通りの回答に分かれた。私はどちらとも答えなかった。そしてその後私なりの考えを述べた。
私の考えはこうだ。平静な場で緊迫感も切迫感もない時には、二者択一を判断することはそれほど難しいことではない。だが、そうではない精神的に追い詰められた状況にあっては、ジャーナリストであろうとなかろうと冷静な判断を下すことなんてとても至難の技である。そこで私自身の厳しく追い込まれた海外における体験談を話した。私が1967年戒厳令下のアンマンで不意にヨルダン軍に身柄を拘束された時の臨場感と恐怖感は、まったく冷静とはかけ離れたもので自分はどうすべきか、どうしたら良いのか、連行される途中で自分はどうなるのか、まったく見当もつかなかった。その時私の判断力は完全に失われていた。精々怪しい奴ではないということを知ってもらうことだ程度の考えしか頭に浮かばなかった。そんな追い込まれた体験から会得したことは、危機感の溢れる厳しい現場ではとても正しく冷静な判断を下すことは困難であるということである。それが私の考えであり、話したことである。講師はもちろん、他の受講者にも理解してもらえたようだった。
先週は講座初日だったが、身勝手に休んでしまい、この講座ともうひとつの講座、TBS女性キャスターによる「TVキャスター・記者が取材した現場」を聴講したのは今日が初めてだった。2講座とも中々興味深い内容なので、これからも楽しみにしたい。
3297.2016年5月23日(月) 不可解なホワイトハウスの策略
近づく伊勢志摩サミットでは先進7カ国の首脳が集まり、世界が抱えている数々の課題を協議することになっているが、それ以上に日米間ではオバマ大統領の原爆被災地・広島訪問が注目を集めている。そこへ米軍属による日本人女性殺害事件が日米間に新たな難しい問題を提起した。
更にホワイトハウスが唐突に仕掛けた、釈然としない問題が表面化した。それはオバマ大統領の広島訪問に、第2次大戦中日本軍の捕虜だった元米軍人、ダニエル・クローリーさん(90)の同行が決まったことである。この元軍人は「全米バターン・コレヒドール防衛兵記念協会」に所属しているが、戦時中フィリピンで日本軍の捕虜となり日本へ連行されて足尾銅山で働かされたという。また、戦時中炎下の中をフィリピンのバターン半島を歩かされた「バターン死の行進」が、日本人の残酷さをアメリカ人に強く訴えた。それにつながるコレヒドール島の収容所生活も米人捕虜の記憶には耐えがたいものであろう。かつて日本陸軍兵士のご遺族とともに、マニラからコレヒドール島へ渡り、島内のトンネルの入り口近くで慰霊祭を行ったことがある。
だが、今回大統領とともに元捕虜が広島を訪れる件については、彼がこの時期に敢えて広島へ行く目的がどうもよく分からない。それなら今までにいくらでも訪れる機会は作れた筈ではないだろうか。どうもオバマ大統領の広島訪問を心良からず思っている在郷軍人会の元軍人や、極右の人たちが、大統領の広島訪問は謝罪をしないにしても原爆投下は良くないと日本人や、世界中の人々に思われて訪問の意味が減殺されると考えているようだ。原爆投下地への訪問の対極として彼ら元捕虜への虐待に日本は謝罪の意思表示をすべきであり、自分たちの行為は間違っていなかったとの正当性をアピールするための戦術ではないか。
なぜオバマ大統領が出発する時になって、アメリカ政府は突然このような不可解な行動に及んだのか、真意は測りかねるが、ホワイトハウス側から彼らに意思確認を行った末にアメリカ政府から事の次第が公表されたことを考えると、内心アメリカ政府がオバマ大統領の広島訪問を端から望んでいないということが窺い知れるのではないか。なぜこんな大切なことが、いとも簡単に決まってしまうのか。日本が知らぬ間にアメリカの姑息な術で手球に取られている。外務省は、まったく外交音痴であることを暴露したようなものではないか。
伊勢志摩サミットでも、アメリカは日本の為替管理に口を出してくると思う。安倍政権は何を以って戦後最良の日米同盟関係と言うことができるのか。
3296.2016年5月22日(日) オバマ大統領、ベトナム経由日本へ
今週伊勢志摩サミットが開催されるが、アメリカのオバマ大統領は今日首都ワシントンを発っった。日本を訪れる前にベトナムを訪問する。
アメリカが深くコミットしたベトナム戦争は、南北ベトナム軍人及び民間人併せて約150万人もの尊い生命を失わせた。アメリカ兵も5万7千人の犠牲者を生んだ。昨年戦争終結40周年を迎えたが、べトナム国内を泥沼戦争化させた最大の責任は当時のアメリカ政府と米軍にある。特に戦時中アメリカ空軍と南ベトナム空軍によってばら撒かれた枯葉剤による枯葉作戦は、ベトナム国民に大きな後遺症を与えることになり、その傷は今も癒えていない。私がひとり南ベトナムの首都サイゴン(現ホー・チー・ミン)を訪れた1967年1月は戦火が特に激しく、1年後にベトコンによるテト攻勢がかけられベトナム中を恐怖のどん底に陥れた。サイゴン市内には緊迫感があり怖くなるような臨場感があった。
オバマ大統領は戦時下に訪れるわけではないが、それでもベトナム国民が米大統領に枯葉作戦の現場とその傷跡を見てもらいたいと希望しており、その傷跡に触れることはオバマ大統領にベトナム戦争の無為を知らしめることにもなり、ベトナム人も安らいだ気持ちになることだろう。そのうえで、オバマ大統領は広島の原爆被災地に足を踏み広島市民の気持ちも理解するようになる。
決して無駄なベトナム行でもなければ、もちろん無用な広島行でもない。それは、非核化を世界へ向けアピールしている、残り任期の少ないオバマ大統領にとって実績となり、後々プラスになることと思う。
さて、先日しばらくぶりにネットでアマゾンから書籍を購入した。4冊の小説に、評論1冊である。前者はすぐ送られてきたが、評論は2日も遅れて来た。理由はよく分からないが、取次店ですぐ手配できなかったからだろうか。私もただ同然の廉価で買ったのはこれが初めてだったが、書籍代がたったの1円である。これに配送料と手数料が257円で、合計258円という低価格である。これに僅かだが溜まっていたポイントで差し引きして、請求額は209円だった。評論は、2008年に講談社から1400円(税別)で売り出されたもので新品同様である。
いかに古本扱いされたとは言え、手間と暇をかけて支払い額が209円とはあまりにも安すぎる。読書家にとっては有難いが、この世知辛い世の中で随分悠長な商売もあるのものだと改めて教えてもらった次第である。
3295.2016年5月21日(土) 塾員招待会をエンジョイ
昨年まで慶応日吉記念会堂で開催されていた「塾員招待会」が、どういうわけだか今年は「みなとみらい」の「パシフィコ横浜」展示場で開かれることになった。「みなとみらい」駅には何人かの案内係がいて会場まで歩いて迷うことなく行くことができた。卒業51年以上の卒業生を大学当局が食事会に招待してくれる毎年恒例の有難い催しである。卒業から半世紀が経ち、大学から新入生入学式に招待されて以来毎年この種の催しには参加している。懐かしい同級生にも会えたし、義兄、実弟にも会った。
とにかく4年間学んだ大学が、これだけ大規模に卒業生を招待してくれるような企画をお膳立てしてくれるような大学は、母校慶応義塾以外にはあまりないのではないだろうか。有難いことである。他大学OBが羨むのも分かるような気がする。会が始まるや舞台では、応援指導部とワグネル・ソサイエティ・オーケストラが「陸の王者」「丘の上」「慶応賛歌」などの応援歌や、塾歌などを演奏し、我々もともに声高らかに歌う。会場は6千余人がごった返す中でブッフェと飲み物が振舞われる。清家篤塾長の挨拶によれば今日出席の最高齢者は99歳というからすごい。母校愛が強いのだと感じる。帰りには三色旗のペナントまでいただいた。こういう場にいると在学中は必ずしもすべてに満足していたわではなかったが、慶応で学んだことの幸せと有難さを感じる。
今日は約束通りベオグラードから山崎洋さんが来られたので、東横線自由が丘駅で待ち合わせ会場へ向かった。異国にいる彼にとって、我々以上に母校へのノスタルジアは強いものがあるだろう。訪日中にゼミの仲間とともに鎌倉へでも行こうかと考えている。
さて、また沖縄でアメリカ人軍属による卑劣な日本人女性強殺事件が発生した。事件判明後、岸田外相はケネディ駐日米大使を外務省へ呼びつけ、強く抗議した。戦後これまでにアメリカ軍関係者による日本人女性暴行・殺人事件が何度起きただろうか。その都度沖縄の人々は、沖縄米軍やアメリカ政府に抗議をしたが、思うような成果を上げることもなく、同じような事件が繰り返されている。
しかし、今度は今までとは状況が異なり、オバマ大統領が初めて現職大統領として原爆投下地・広島を訪れる直前のタイミングに出会ってしまった。アメリカ国内には原爆投下に対する大統領の謝罪を懸念する微妙な空気がある。そこへ原爆に比べれば小さな事件かも知れないが、今度のアメリカ人軍属による日本女性暴行、殺人、遺体遺棄事件は日本から謝罪を求められても弁解のしようがない事件だったと言える。
今日行われた女性の通夜には、翁長沖縄県知事や中谷防衛大臣も弔問に訪れたほどである。沖縄県民の間では、日本政府が沖縄を見捨てたとの思いが強い。それが今日辺野古の米軍キャンプ・シュワーブ前における怒りの抗議となっている。
舛添東京都知事の公私混同疑惑問題にしろ、今度の女性殺害事件にしろ、前者んはあまりにも当事者の責任感が欠け、後者には背景に日米安保条約と地位協定の不平等な取り決めがある。まったく理不尽で情けない世の中になったものである。
3294.2016年5月20日(金) お粗末過ぎる舛添知事の疑惑会見
今日午後2時から都庁で開かれた舛添要一・東京都知事の公私混同疑惑釈明記者会見があまりにもお粗末で呆れかえったところだ。毎週金曜日に開かれる知事定例記者会見ということで冒頭2分間は都政に関する説明だったが、残りの時間はすべて知事の言い分、第3者に精査を依頼するという疑惑回避発言に費やされた。
大勢の記者を集め、2時間15分に亘った会見だったが、具体的な説明はまったくなく、すべて「公正な第3者に調べてもらう」との逃げ口上に終始して、都合の悪い質問が出る度に公正な第3者に任せるというフレーズが出て来る阿保らしさで、疑問を晴らそうとの気持ちがまったく見られなかった。いつになるか分からないが、弁護士である第3者がこれから精査したうえで可及的速やかに調査結果を報告するということでチョンとなった。疑問は一向に解明されず、闇は一層深まるばかりで、正にこれこそ「大山鳴動して鼠一匹出ず」のていたらくである。
NHKを始め、各民放TV局も会見の様子を同時中継していたが、それぞれの番組にコメントするために出演していた著名人が、皆呆れて退屈そうにおしゃべりしながら記者会見の画面を観ている漫画である。流石に終盤にはほとんど全員が知事に対して厳しいコメントを飛ばしていた。
舛添知事は自治体のトップとして資質に欠けていると思うし、信頼感もなく責務も果たしていないのでこの際辞めるべきである。これから精一杯知事としての仕事をやって都民の期待に応えたいなどと都合の良い弁明をしていたが、これまでの実績が疑惑だらけで、この先舛添知事に何を期待できるのだろうか。2年前の都知事選で私は別の候補者に投票したが、その意味では正解だったと思っている。
今日台湾では民進党の蔡英文新総統が就任した。女性初の総統である。民進党にとっては8年ぶりの政権復帰であるが、前任の馬英九総統が急速に中国に歩み寄っていたせいもあり、これに同意しない蔡総統に対して中国政府は警戒感を露わにしている。「ひとつの中国」に関する理解についても、中国側と馬前総統、そして蔡新総統の間に齟齬が感じられる。一旦近づきつつあった中台関係がまた乖離していくようになるのではないだろうか。