充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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3303.2016年5月29日(日) 山田耕筰が小学校の先輩だったとは!
毎年小学校時代のクラス会をアレンジしてくれる友人が、今年も彼の自宅近くの柏市内の中華レストランでお膳立てしてくれた。有難いことである。幕張町立(現在は千葉市立)幕張小学校を卒業してから65年が経ち、恩師も亡くなられて今年33回忌を迎えられることになる。物故された友だちも多く、クラス会参加者も時の経過とともに減少の一途を辿っている。寂しさは募るばかりだが、こればかりはどうしようもない。その意味でも会える間は、何とかやりくりして久しぶりの顔合わせを楽しみにしている。
今日集まったのは、男性は会をアレンジしてくれた幹事と私の2人だけで、女性は7名だった。女性の1人が1冊の小冊子を持参してくれた。我々が学んだ幕張小学校の創立120周年記念誌で何と25年前に発行されたものだった。それによると母校は明治4(1871)年に創立され、今年145周年を迎えることになる。明治4年と言えば、廃藩置県が施行された時ではないか。今では鉄筋4階建ての校舎に建て替えられてしまったようだが、私が転入した当時は、2階建てのくすんだ木造校舎だった。だが、歴史的に見ても今では千葉県内で押しも押されもせぬ伝統校と言えるのではないだろうか。
町内も私が房州から引っ越して来た当時は、くすんだ田舎町という印象だったが、今では幕張メッセとか、マリーン・スタジアムなどが建設され、東京に近い通勤圏として人気の住宅都市となった。小冊子を見ると懐かしく、さっと目を通したに過ぎなかったが、それを通してもうひとつあっと驚く事実を知った。
それは作曲家山田耕筰がほんの短い期間ではあったが、我々が学んだ母校の先輩だったということが分かったことである。耕筰は明治29年4月に、都内の私立啓蒙小から幕張尋常小学校高等科1年(現在の小5)に転入し、6月まで在学していたという。しかも♪からたちの花♪のお宅の傍を通って幕張小へ通学し、後年そのイメージを北原白秋が汲み取って作詞したと書かれている。
それにしても奇遇というべきだろうか。母校湘南高校校歌も山田耕筰が作曲し、これに北原白秋が詞を書いたものである。更に奇縁は今から5年後に幕張小学校は創立150周年を迎え、湘南高校は創立100周年の祝賀すべき年を迎えることである。偶然というには、あまりにも浅からぬ因縁があるようだ。
しかし、今日は図らずも誇らしく、おめでたいことを知って良かった。教えてくれた同級生に感謝である。我々OBも山田耕筰先輩を誇りに思い、その他大勢の同窓生に対しても恥じぬ言動を行うことを誓いたい。
3302.2016年5月28日(土) オバマ大統領広島訪問の反応
オバマ旋風が日本列島を駆け抜けていった。総じてオバマ大統領の広島訪問とその言動は好意的に受け止められている。被爆者代表の坪井直・原水爆被害者団体協議会(日本被団協)代表委員は大統領と言葉を交わし、握手をして核廃絶に向かってともに戦いましょうとまで話していた。原爆投下命令を出した時のアメリカのハリー・トルーマン大統領の孫クリフトン・トルーマン・ダニエル氏も大統領のスピーチを「言うべきことを言った。期待通りだった」と高く評価していた。
大統領のスピーチの言葉に、「私たちはなぜ広島を訪れるのか。私たちはそう遠くない過去に解き放たれた恐ろしい力に思いをはせるために訪れるのです。10万人を超す日本人の男女、そして子どもたち、何千人もの朝鮮人、十数人のアメリカ人捕虜を含む死者を悼むために訪れるのです」。この「何千人もの朝鮮人」というフレーズを取り上げ、韓国政府は「韓国人犠牲者をアメリカ、日本の犠牲者たちと同等な立場で明確に言及したことは意味がある」と事前には批判的だったが、事後は納得したように思える談話を発表した。
相変わらず反日的言動の強い中国は、公式に「南京事件を忘れてはならない。加害者は永遠にその責任から逃れることはできない」と厳しく述べて「世界で最も多くの核兵器を有するアメリカが核なき世界を呼びかけるのはナンセンス」と論評している。そうだろうか。多く有している国が発言するからより効果的なのではないだろうか。ところが、実は核兵器を最も多く所有しているのはアメリカではなくロシアであり、その一方で昨年核弾頭保有数が核保有国の中で唯一前年より増えたのが中国である。こうした非核化へ歩もうとしている時に逆行するように核兵器を増やし、自分たちには不利な事実には目をつぶり、相変わらず言いたい放題なのは中国らしいと言えば中国らしいコメントである。
日本ではほぼ好意的な声が溢れているが、参考までに32歳の若い歴史社会学者、山本昭宏・神戸市外国大学准教授の幾分批判的な声を掲げたのも、リベラルぶった上から目線の朝日新聞らしい。その取材の発言要旨を取り上げておきたい。
山本氏は「被爆者がアメリカに恨みを抱くのはごく自然で、歓迎一色で反発や怒りが出てこなかったのが不思議である」と語り、大江健三郎や岡本太郎の言葉を引用し「われわれ自身が被爆者なのだ」と言い、戦後から50年代まで感情が表出せず、70年代になって「平和」の美名のもとに国民が取り込まれているとも述べている。今回の大統領訪問ではセレモニーだけでなく、現実に謝罪を求めるか、投下したことをどう思うかと問うべきで、原爆慰霊碑に献花したことで原爆問題は解決したとのイメージづくりに利用されてはならない、等々なるほどと納得することは少なからずある。しかし、失礼ながら山本氏の意見は察するに、まだ人生経験が足りず現場を知らず、取材が不十分に思われる。現実には非核化が叫ばれながら、未だにスタート地点にも立てないのは難問には山あり谷ありが当たり前で、事は一気に解決しないということを知るべきである。若い学者にはもっと漸進主義というものを知ってほしいと思う。
3301.2016年5月27日(金) 伊勢志摩サミット閉幕とオバマ大統領広島訪問
伊勢志摩サミットも2日目で閉幕となったが、今朝はG7首脳の他にアジア7カ国及び5つの国際機関の長も加わり拡大会議を行った。その後オバマ大統領は現職のアメリカ大統領としては初めて広島を訪れた。だが、報道の焦点は、サミット後のオバマ大統領の広島訪問に当てられ、オバマ大統領、安倍首相の他のG5首脳の行き先、行動がどうなったかのニュースはほとんど報道されなかった。
その一方でオバマ大統領の行動は中部国際空港から大統領専用機「エア・フォース・ワン」による岩国米軍基地への移動、そこからヘリによる広島ヘリポートへの飛行、そして専用車による車列の広島平和公園入りを空と陸から断続的に伝えていた。大分以前から鉦や太鼓を打ち鳴らしていたサミット騒ぎは一体どうなったのかと問いたい。主客転倒も甚だしいと思う。オバマ大統領の広島訪問にG7が付き合わされたような印象を受ける。メディア・センターに集結していたヨーロッパのメディアはこれをどう伝えるだろうか。
安倍首相は、異論もあったが、言うべきことは言って概ね理解を得られたと述べたが、世界経済の冷え込みを防ぐための財政出動はドイツ、イギリスと意見が合わなかった。ドイツは財政的に黒字であり、財政出動には否定的だった。その情報は事前に把握していた筈で、ドイツが財政出動より構造改革を優先すべきであるとの意向をサミットの場で斟酌しなかった。この点では首相は浮かれている場合ではなく、今後のためにもきちんと反省すべきではないか。
広島到着後のオバマ大統領の行動は、出迎えた安倍首相の案内で先ず広島平和記念資料館を訪れた。ここで約10分間内部を見学したが、メディアが内部に入ることは認められず、大統領が悲惨な資料を見てどういう様子だったかははかり知ることができなかった。その後原爆慰霊碑で安倍首相とともに献花をした後、17分間のスピーチを行った。被爆地にいて感じる印象と核廃絶への思いを述べた。世界は広島によって一変した。核兵器をなくすことを誓う。過去から学ぶことができる。日本もアメリカも犠牲は同じ。戦没したアメリカ人にも哀悼の気持ちを伝える。戦争を止めるためにはすべての国、人の努力が必要。誰しも戦争は望まない。戦争はいけない。等々である。
広島へ落としたひとつの原子爆弾が今日の核問題の始まりとなった。爆弾を積んだエノラ・ゲイ機は小さなテニアン島を発った。かつて厚生省遺骨収集団でテニアン島を訪れた時、エノラ・ゲイが離陸した小さな飛行場の滑走路先に原爆機が飛び立ったことを記した石碑があったことを思い出す。
オバマ大統領に続き安倍首相は、戦火を交えた日米両国が今ではお互いの信頼と友情によって同盟国としての絆を強めていると昨年米議会でスピーチした言葉を述べた。
大統領は原爆被災者のもとにに立ち寄り代表者2人と握手したり、抱き合ったりしながら立って言葉を交わした。
その後両首脳は川向こうの原爆ドームを見て平和公園を後にした。凡そ1時間の慌ただしい訪問だった。でも広島訪問は総じて良かったのではないかと思う。取り敢えずサミットも終わってホッとした。
3300.2016年5月26日(木) 伊勢志摩サミット開幕
いよいよ伊勢志摩サミット開幕である。超多忙な各国の首脳にとっては慌ただしい今日と明日の2日間である。
昨夕の安倍・オバマ会談で安倍首相は、沖縄でアメリカ人軍属が日本人女性を殺戮した事件で、オバマ大統領に強く抗議をした。それに対して大統領は謝罪をし遺憾の意を表し再発防止を約束した。だが、肝心な日米地位協定の改定についてはゼロ回答だった。沖縄では各地で抗議が起き、県議会は今日事件発生に抗議するとともに、在沖縄米海兵隊の撤退を求める抗議決議と意見書を全会一致で可決した。
さて、今日は安倍首相が伊勢神宮前の橋の袂で各首脳らを出迎えて伊勢神宮内宮を参拝した。神々しい環境は首脳らにとってどんな印象を与えただろうか。安倍首相、オバマ大統領、メルケル独首相、キャメロン英首相、オランド仏大統領、レンツィ伊首相、トルュドー・カナダ首相、トゥスクEU首脳会議常任議長、ユンケル欧州委員長らが勢ぞろいして見栄を切るところは中々のものであるが、今朝の朝日「天声人語」に書かれていたように、オバマ大統領の代わりに仮にトランプ氏が参加したらどうだろう。アメリカ国内の人気の言動が、もしもそのまま国際社会に持ち込まれたらと考えるとぞっとするとまでトランプ氏は忌み嫌われている。
短い時間の中で討議すべき問題は多い。一応世界経済や貿易の問題では、歩調を揃えることができた。ただし、安倍首相が現在の経済動向は2008年のリーマン・ショック前と同じでG7が協調して取り組むべきであると財政出動を訴えたようだが、財政的に安定しているドイツやイギリスが必ずしも同調せず、構造改革を優先すべきだと主張したようだ。
ヨーロッパにとって大きな問題はテロ、難民などの政治・社会問題で、ヨーロッパと日本では問題の捉え方に温度差が見られる。ヨーロッパ各国は難民をこれ以上受け入れる余裕がないと受け入れを拒否する傾向が表れて来た。一方で、日本は率先して東シナ海における中国の海洋進出問題をアメリカ、フィリピン、ベトナムらの声を受け入れて議題とした。大凡理解を示してもらったが、案の定中国が即座に反応して自分たちの行為は多くの国の支持を得ていると欺瞞的な持論で反論した。
さて、3日前の本ブログで首を傾げる飛び入り行動だと批判的に取り上げたが、フィリピンのバターン半島死の行進のアメリカ人捕虜やその家族で構成する「全米バターン・コレヒドール防衛兵記念協会」会員がオバマ大統領と広島へ同行する予定は中止と決まった。協会は不満たらたらであるが、ホワイトハウスも確約したわけではないと歯切れの悪い釈明をしている。こればかりはアメリカ側の早とちりだったと言わざるを得ない。しかし、この飛び入り計画は日本にとって今後に禍根を残す。中止となって良かったと思う。
それより何だかんだと中々決まらなかったが、漸く原爆被災者の内代表者4人が、オバマ大統領が原爆碑に献花する場に立ち会うことになったことは喜ばしいことだと考えている。
3299.2016年5月25日(水) いよいよ明日伊勢志摩サミット開催
明日から伊勢志摩サミットが開催される。各国の大物政治家が続々と日本を訪れている。今夕ベトナムから来日したオバマ大統領は、直ちに安倍首相と日米首脳会談を行った。
このところちょっと都内へ出かけたりテレビで観る限り、過去に日本で開催されたサミットに比べてセキュリティ・チェックが大分厳しいようだ。人の集まる駅周辺や盛り場では、パトロール中の警察官の姿がやたらに目に入って来る。ゴミ箱も封鎖されて異物を捨てるような入れ物がなくなった。
今回サミットが開催される賢島は、陸海空のセキュリティ上、また日本のルーツ近くの伊勢神宮と真珠の産地が近くにあり、ロケーションから言えば申し分ないと思う。各国首脳には風光明媚な賢島でぜひとも日本滞在の良い思い出を作ってもらいたいものである。各国記者団も伊勢志摩について母国へ発信するだろうから、知名度も上がるだろう。副次的にこのサミットがわが国の旅行業、就中インバウンド業にとっても福の神となることを願いたい。
さて、このところ話題を賑わせている舛添要一・東京都知事の公私混同疑惑問題で、今日知事が先週の会見で40回以上も口にした「公正な第三者」の弁護士2人が決まった。2人とも元検事の弁護士である。知事は公正な第三者と言いつつ、氏名は公表しないという。第三者というが、知事が決めた「公正な第三者」が果たして第三者と言えるだろうか。第三者と言う以上普通は、第一人者である知事が行う人選ではないと思う。本当に知事がいう第三者なり得るのだろうか。勘ぐれば、ことはすべて舛添知事の手の内にあるような印象を受ける。今日も多くの評論家や専門家の意見を聞いていると、現時点で分かっている疑惑は、すべて疑わしいとの疑念が消えない。普通ならこれだけ怪しい行動をして、都民から納得されていない現状では、職を辞するというのが当然であり、誰もが納得できる。
しかし、上昇志向が強くケチでセコイと揶揄されている知事としては、何とか現在の地位にしがみついていたいのだろう。これだけ世間から行動と品性に疑念を持たれていながら、まったく羞恥心もなく知事職にしがみついているのは、知事自身の卑しい本性の表れであるとともに、知事を現職に推薦した自民、公明両党の思惑もあるからだろう。一連の動きは都民税を払っている都民に顔を向けていない。もうどう転んでも再起不能だろう。仮にこのまま職に留まるとするなら、理由をつけてこれからも公私混同をやりかねない御仁ではないか。
今日の様子では、一体いつごろ今回事件の報告がされるのかはっきりしない。首都の運営がこんな甘っちょろい考えで大丈夫なのだろうか。