充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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3308.2016年6月3日(金) 7歳の行方不明男児無事保護される。
先月28日から北海道の山林内で行方不明になっていた7歳の男の子が無事保護された。自衛隊、警察、消防関係者の他にも多くの人々があれだけ捜索活動を行って見つからない状況から、多くの人が悲しい結末を予想していたに違いない。昨日は季節外れの雪も降った北海道の気象から推して、寒さと空腹で子どもは絶望視されていた。実際今日から捜索活動は中止される予定だった。
いつも通り9時ごろテレビ番組「羽鳥モーニングショー」を観ていたところ、突然「北海道で行方不明の男児保護」とテロップが表れ、その後現地からの中継で男児が駒ヶ岳麓にある陸上自衛隊演習場の休憩小屋内にいるところを自衛隊員に発見され、保護されたと伝えられた。日本中がこのニュースにはホッとしたに違いない。大きな傷や病の様子はなく、6日間もの間食事も摂らず水分補給だけでよくぞ生き延びてくれたと男児の奇跡的な生還と生命力に拍手を送りたい。
この事件では子どもの父親のしつけが少々行き過ぎた面があるように思う。誰もいない山林道路で幼い子どもをたった1人だけにして立ち去れば、どんな事態が起こるか分かりそうなものだ。この少々荒っぽいしつけは、あまりにもわが子への愛情に欠けた非難されるべき行為であろう。例え一時的に見えないところから再び車から降ろした場所へ戻ったにせよ、子どもが必死になったらどんな行動を取るかは想像もつかないものだ。実際今回の事件でも子どもは車が立ち去った方向とは反対方向へ進み、距離にして10㎞近い寂しい道路を歩いて幸い自衛隊施設に辿り着いている。
イギリスのBBCや、アメリカでもCNNやロサンゼルス・タイムスが強い関心を以ってこの事件を伝えた。
それにしても日本中の人々を心配させた幼児の行動には、普通では分からないことがかなりあることを知らされた。厳しい条件の中で保護された児童の行動には、幸運もあった。普段ならロックされている小屋の扉に鍵がかけられていなかったので、簡単に入室することができたことや、食料はなかったが水道水があったこと、マットレスが備えられていて寒さしのぎができたことなどである。大勢の人たちの献身的な捜索活動自体は功を奏さなかったが、結局は幸運と児童のサバイバル力、そして周囲の人々の愛情ある支えが1人の子どもの命を救ったと言えるような気がする。
3307.2016年6月2日(木) 小中陽太郎さんのゾルゲ関連小説
先日慶応塾員招待会でともに行動した滞日中の山崎洋さんに、小中陽太郎さんと私の3人で小中さんお薦めの東新宿の居酒屋「大小原」で食事をした。小中さんが今執筆中の「ゾルゲ少年探偵団」のストーリーの確認を山崎さんに願っていたからである。小中さんの作品は、いただいた原稿の一部を拝見するとフィクションとノンフィクションが混じり合わさって、中々興味深いストーリーになりそうだ。清川虹子なんて昔の女優さんの名前が出てきたが、「清河」となっていたので、質問するとこれで良いのだという。かと思うと「新徴組清河八郎」となっていたが、これは明らかに「新選組清河八郎」であろう。ところが、小中さんに言わせるとこれもこれで良いのだという。
小中さんは、ゾルゲの仲間であるブランコ・ヴーケリッチ氏の遺児である山崎さんに原稿のチェックを頼んで了解を得たようだが、「プロテスタントの土地デンマークでは父無し子を産んでは生きてはいけない。あとで離婚してもいいからいったんは籍に入れてと泣きつかれて結婚した。というのは淑子(山崎さんの実母)の言い分だからわからない」とか、「ゾルゲも尾崎もヴーケリッチも女性遍歴の中で、みなはるかに年上の女と結婚している」と書いて母親の結婚の事実まで山崎さんに確認している。半製品の一部に目を通しただけだが、フィクションが混じっているとは言え、こういうドキュメンタリー風の書き方もあるのかと少々考えさせられた。
それでも内容は興味津々な作品に仕上がりそうで充分楽しめそうだ。
山崎さんと別れた帰りに小中さんの知っている自由が丘駅近くのバーに立ち寄りほんのひとときを過ごしたが、そこで洒落たご夫婦にお会いした。小中さんのことをよく知っているのには驚いだ。ご年配の割に一昔前のキューバのラテン音楽が好きだと仰ったご夫婦には、8月にキューバ旅行を考えていると話して大いに話が弾んだ。それにしても小中さんは実にお顔が広い。
3306.2016年6月1日(水) 国と首都のトップの責任の果たし方
安倍首相は今日の記者会見で消費増税の再延期について説明した。問題となったのは入るべき消費税収が国の金庫に入らなくなったことで、この税収を当てにしていた社会保障費などの財源はどうするのか、それらの原資をどこに求めるのか、首相は説明すべきではないだろうか。その意味では説明責任を果たしていない。それでいながら財政再建の気持ちは強いと、俄かには信じられない言葉を発している。
もう1人説明責任を果たさない大物がいる。いま疑惑の最中にいる舛添都知事である。今日東京都議会定例会が15日までの予定で開会した。冒頭舛添知事は約30分間に亘り所信表明演説を行った。始めに今回の公私混同疑惑について謝罪し釈明した。ほんの2分余である。説明責任を期待していた割には肩透かしを食らった感じである。今会期中に「第三者」として任じた弁護士から得た調査結果を報告すると応えるばかりで、都民を納得させるような応えはまったくなかった。この会見を見ていて都知事の本性というものが益々はっきりしてきたように思えた。何とかその場を逃げ切ろうとの気持ちばかりが強い。実際リオ・オリンピック閉会式に出かけて日本の声を発信したいというようなことを言っていた。やる気満々なのだ。
評論家らからはボロクソである。加えてあまり批判的な発言はしないだろうと見られていた与党の自民党、公明党の都連幹事長が説明責任を果たしていないと言い、公明党書記長の如きは知事の対応は言語道断だとまで非難していた。これから会期末までに都民を納得させるような疑惑解明のための説明ができるだろうか、気になるところである。当分目が離せない。
3305.2016年5月31日(火) 消費税増税が再延期に
消費税値上げの再延期が決まった。正式には明日安倍首相から発表される。今回の消費税値上げには、安倍首相と自民党のやや異なった目論見と、自民・公明両党の思惑のずれがあった。そこへ参議院選への影響を懸念したお互いの思惑が重なるというややこしい経過の末に出された結論である。当初は異論を唱えていた麻生副総理ら自民党有力者や公明党が、今日になって一本にまとまったのは、つまるところ選挙がらみだからである。
とにかく値上げは再び延期されることになった。2年前に最初の延期を発表した時安倍首相は増税を再び延期するようなことはないと断言するとまで言った。この断言は虚言に終わった。約束をいとも簡単に破り、来年4月の増税予定を2年半も先伸ばし、2019年10月まで現在の消費税のままとしたのである。
今回の増税再延期には、田舎芝居染みたストーリーがあった。先日のサミットで世界経済が通常の景気循環を超えて危機に陥るリーマン・ショック級のリスクに直面しているとの安倍流講話が、他の首脳に目くらましをかませて値上げ延期への伏線を敷いた。ドイツやイギリスからは冷ややかに見られたが、安倍首相は自らの「アベノミクス論」で増税のマイナス面を強調して増税を避ける作戦に出た。こうしてもう破たんとまで言われたアベノミクス論を振りかざして増税論を彼方へ押しやったのである。
首相の真の狙いは何だろう。消費税再延期により得られる税収4兆4千億円が、うたかたの泡となって消えてしまったのである。社会保障関係費の捻出が一層難しくなった。IMFから勧告されていた増税が、またまた先延ばしされることになり、わが国の財務当局への信頼感も薄らぐ。それでも再延期に踏み切ったのは、明らかに選挙対策である。国の財政とか、社会保障より選挙で勝ち、天下を取って政治をリードし続けたいという党利党略、私利私欲が上回ったということではないだろうか。国家のためになすべき志なんかまるで持ち合わせていないのだ。
こういうご都合主義を繰り返していては、いつまで経っても財政状況は復興しないし、国は進歩せず国民の気持ちは安らかになれない。
それにしてもこの間公明党という政党は、すべて自民党の言いなりである。いっそのこと自民党と合併してみてはどうだろうか。その方が創価学会も楽ではないだろうか。
3304.2016年5月30日(月) エジプト考古学の吉村作治教授講演会
今日はNPO法人「JAPAN NOW観光情報協会」総会が麹町の海事センタービルで開かれ、いつも通りシャンシャンシャンとなった。全理事が任期満了となり、新たに選任された理事を加え全理事が再任された。私も改めて理事に再選された。
その後早稲田大名誉教授でもあるエジプト考古学者・吉村作治氏を講師に迎えて記念講演会が開かれた。やや太られていて一見してあまり健康状態は良くないように思えてちょっと気になった。
昨年眼と体の一部を手術して現在リハビリ中というくらい健康体には見えなかった。私自身にもやや難聴傾向が表れて来たせいばかりではなく、ちょっと教授の音声が聞き難いと感じた。教授には、エジプトが好きでエジプトに関しては誰にも負けないとの誇りと自信のようなものが感じられた。論より証拠に自説に合わない質問に対してはまともに応えず、無視するような感じだった。
それでも古代エジプトの歴史、文化を日本人に親しみと好奇心を味付けして分かり易く伝えてくれたのは、何と言っても吉村教授の大きな功績だと思う。それでも自信が過ぎるのだろうか、質問に対してもストレートに応えるようなことはなく、間違っていると思うことや論者が不明の言葉に対しては一刀両断に切り捨てる感じで、極めて個性的で頑固さを感じた。テレビ出演に関しても持論を開陳され、終始興味深い話しっぷりは中々面白かった。
終わって別室で20名ほどが集まり立食懇親会を行い私が乾杯の発声を行うことになった。その後しばらくエジプトの治安などについて私自身、スエズ運河で警察に捕捉された体験を交えて教授とエジプトの治安などエジプト論について語り合った。エジプトの専門家から本質的な話を聞くことができて充分堪能することができた。