充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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3328.2016年6月23日(木) イギリスではEUから離脱か、残留か。沖縄では「慰霊の日」
今日イギリスでは欧州連合(EU)から離脱するか否かの国民投票が行われた。開票作業が始まるのは、日本時間で明日の6時で、正午過ぎには大勢が判明すると見られている。メディアの伝えるところでは離脱派と残留派が拮抗している。イギリス各社の予想でもほとんど1~2%の差である。残留派のキャメロン首相と離脱派のジョンソン前ロンドン市長が懸命の広報活動を行っているが、先日残留派のコックス会員議員が殺害されたことで、残留派が若干有利になったとの予想がある。更にかつてのサッカー界のスター、ベッカム選手に残留派を名乗らせるなど、両派ともあの手この手で策を巡らせている。
そもそも国論を二分するようになったのは、いま話題の移民問題が大きい。国境の壁を簡単に潜ってイギリスへ入国する移民が若者の労働市場を奪っているとの離脱派の声が大きい。一方で、残留派はヨーロッパにはイスラム過激派や移民、気候変動などで建設的な関与が欠かせず、お互いに助けあうことの重要性を説いている。そしてイギリスのEU残留はドイツ、フランスも強く望んでいる。日本にとっても他人事ではない。離脱となれば、ポンドが下がり、円高、株安となり株式市場では混乱を来す恐れもある。日本時間で明日午後には大勢が判明すると見られている。個人的には、このまま現在の状態、つまりイギリスがEU内に留まってほしいと思う。
さて、今日はわが国にとっても歴史上大変な一日だった。終戦の年沖縄で最後の戦闘が行われた「慰霊の日」である。最後の激戦地となった糸満市の摩文仁の平和祈念公園では、県主催の沖縄全戦没者追悼式が行われた。追悼式には安倍首相も出席したが、いま沖縄では辺野古移転闘争の他に、先日若い日本人女性が元海兵隊員のアメリカ軍軍属によって殺害された事件が生々しく思い出される。19日には、同事件発生に抗議する全島抗議集会が開かれた。この事件で改めて大きな問題となってきたのは、このような事件を引き起こした犯人の扱いを巡る日米地位協定をどう受け入れやすく改定するかという問題があるからである。
それにしても戦後沖縄の人々は基地によって抑圧されてきた。それを我々沖縄以外の日本人があまり正面から見つめようとせず、他人事と見てきた経緯がある。やはりこのままではうまくないと思う。
3327.2016年6月22日(水) ダークダックスの佐々木行さん死去
今日参議院議員選挙が公示され、来月10日の投票へ向けて各候補者は一斉に選挙活動をスタートさせた。早くも自宅周辺でも候補者の宣伝カーが音響を上げてアピールしている。まあ国政選挙だから一時この喧噪はやむを得ないのだろう。続いて候補者は決まっていないが、来月31日には都知事選挙も行われる。今年は暑苦しい夏になりそうだ。
さて、悲しいニュースとしてダークダックスの1人であるリードテナーの佐々木行さんが一昨日亡くなられた。享年84歳である。佐々木さんは1997年に一過性脳虚血発作で倒れたが、経過があまり良くないということは、10年以上も前に同じダークダックスの遠山一さんから母校湘南高校の同窓会東京有志会席上で伺った。まだ60歳台前半だったので、ダークダックスは佐々木さんの回復を待ち3人で歌っていた。その時遠山さんに何気なく「佐々木さんの様子はその後どうですか」とお尋ねしたところ、渋い顔をされ「もうダメでしょうね」と悲しそうに仰ったことが強く印象に残っている。結局佐々木さんがダークダックスの一員として復活してステージに立つことはなかった。
その後2011年には一番若かった高見沢宏さん、そして今年3月喜早哲さんが亡くなり、そして一昨日回復叶わず佐々木さんも彼岸へ旅立って行った。とうとうダークダックスは遠山さんだけになってしまった。
我々世代では何と言っても男性コーラスでは、ダークダックスが一番である。今活躍しているグループの中でも、どことなく品があり知的なコーラス・グループだったダークダックスも、あの魅力的なボイスと笑顔を目と耳で触れられる機会が永久に消えてしまった。思えば、若かった学生時代に山のテントの中で蛮声を振り絞ってダークダックスの歌を歌ったものである。あれもひとつの青春だったと思う。
遠山さんは現在三鷹のご自宅近くでコーラスの指導をされていると聞いている。一昨年の出版記念会にはご都合がつかず、ご出席いただけなかったのが残念であるが、ダークダックスの思い出を霧消させないためにも、まだまだ元気にご活躍いただきたいと思っている。
佐々木さんのご冥福をお祈りいたしたい。
3326.2016年6月21日(火) 舛添要一・都知事最後の一日
今日で舛添要一都知事が辞職することになった。昨日までメディアは舛添情報を伝えることに余念がなかった。今日は辞職当日であるにも拘わらず、目立つ報道はなかった。誰に挨拶をするでもなく、傲慢な知事は孤独に都庁を去ることになった。任期半ばにして知事職を去る本人としてはやり切れない悔しさであろう。だが、都知事としての任期切れ直前となった先週金曜日の定例会見は行われなかった。これで数々の疑惑も説明のないままに知事は都庁を去る。しかし、責任を取って辞めれば疑惑はそのままにしてもよいものだろうか。知事自身解明すると約束した説明責任は果たされないままである。そんな無責任が許されるのだろうか。昨日の出庁、及び退庁時には待ち構える記者団に対して厳しい顔で口を一文字に結び一言も応じることはなかった。昨日と今日の最後の2日間知事室内で残務整理をするばかりで、都庁を去るに当たって過去の知事がそうしたような都庁職員への別れの言葉を述べるわけでもなく、退庁時に簡単なセレモニーを行ったわけでもない。
流石に他県の元知事らの舛添知事に対する見方は厳しい。人間としての評価が下がるだけだと手厳しいコメントがあった。怖い顔をして、一切口もきかず、無言のまま知事は何に対して怒っているのか。「立つ鳥跡を濁さず」は、舛添知事には馴染まないのだろうか。誰にも理解されないような去り方では、これからも誰も相手にしてはくれまい。最大のテーマ「2020年東京オリンピック」の機会を逸して、他に舛添要一知事は何をやって、何を都政に残したのか。自業自得とは言え寂しく、気の毒な人である。
2代続けて不祥事で辞職した都知事に代わって、今度こそ人間的にもしっかりした有能な人物に知事になってもらいたいというのが、都民としてせめてもの願いである。
さて、昨日ペン総会から、2次会、3次会、帰りの車中とずっと一緒だった小中陽太郎さんがメールを送ってこられた。「冒険団吉大成果」とある。昨日の総会における私の執行部への質問と追及に対する労いの言葉である。「冒険団吉」とは、拙著「南太平洋の剛腕投手」主人公・アイザワススム大酋長の親戚筋がモデルと見られた「冒険ダン吉」を指している。
ペンクラブをどうやってもう少しまともなペンへ軌道修正できるか。これからが正念場である。
3325.2016年6月20日(月) 日本ペンクラブ総会で議論
今年度の日本ペンクラブ総会が神保町の如水会館で開かれた。事前に質問要旨をまとめて本番に備えていた。
予定通り午後3時から総会は開かれた。質問しようと思っていた、①ペン理事立候補制、及び②選挙結果の公表については理事会ですでに行わないとの結論が出されたと報告があった。これに対して追加要望として、③現行の理事30名(選挙20名、会長指名10名)を会長指名理事をなくし、全理事30名をすべて選挙で選出、または現行の会長指名理事を残すならそれは精々全理事の1~2割(1~4名)内に削減すべきとの提言をした。しかし、すべての面で現状変更を潔しとしない執行部としては受け入れ難いとのニュアンスの回答だった。他に執行部案に対して元銀行マンが、理事会における理事の出席率が悪い現状を数字を挙げ論理的に批判する意見を述べられた。これについては、欠席の多い理事が挙手をして名前を挙げられたことについて反省半分、言い訳半分の弁解をしていた。
どうも現執行部の腹には現状を変えない、つまり自分たちが傷つかず、自分たちの思うように運営して、このまま安穏な状態を維持したいとの気持ちが窺える。
私の要望に対して執行部は躍起になって反論し、話を逸らしたり、正面からまともに応えようとしないことだった。自分がどれほどペンのためにボランティア活動をしているかを綿々と語る有様である。雛壇に座った執行部役員は何とか話が大事にならないよう努めていたが、所詮自分たちの言い分を手を変え品を変えて主張するばかりだった。私も彼らの主張に対してやり方が非民主的であり、密室性に富んでいて公正ではないと厳しく反論した。
幸い私の言い分に対して会場の会員からはかなりの支持をいただいたと思っている。拍手もいただいた。これまでの総会にはない現象だと思う。特に総会閉会後のレセプションの場で未知の会員から声をかけられ、旧知の多くの会員からは、肩を叩かれ慰労していただき、いままで誰も言わなかったことを率直に発言していただいたと感謝され、力強く励ましていただいた。正に私にとっては感動ものである。
少々言い過ぎたかなと思い、レセプションの場で浅田次郎会長、下重暁子副会長、西木正明副会長に挨拶した。
親しい会員仲間からはご苦労さまと言っていただき、良かったと言って慰めてもらった。私が集中砲火を浴びていたと冷やかす御仁もいたが、他に初めてお会いした会員からは温かく理解ある言葉をいただき、有難く思っている。やはり分かっている方は分かっておられるのだと実感した。初めてお会いした私より3歳も年長の女性は、ずっと拍手をしっ放しで応援していたと嬉しいことを言っていただいた。それにしてもペンクラブの現体制であと1年をやっていこうとしていることに一抹の懸念を抱いた。
レセプションでは同じ慶応OBのスポーツ・キャスター青島健太さんに会い、野球の話からギリシャ旅行の話まで盛り上がった。青島さんと同様、新会員になった俳優の石田純一さんが壇上で紹介されたが、石田さんとは話をすることはなかった。
今日はある程度思い通りに質問することができたが、これからのペンを考えると些か憂鬱にならざるを得ない。
3324.2016年6月19日(日) ロシア陸上チーム、リオ五輪出場出来ず。
いつごろから今日、6月第3日曜日が「父の日」に決まったのか定かではないが、横浜市内大倉山に住む二男からお祝いに食事を一緒にとの嬉しい申し出があり、妻どもども車で出かけた。特別にレストランを予約していたわけではなかったので、行き当たりばったりになり日曜日のランチ・タイムということもあり、どこも家族連れの人々が溢れて小一時間も待たされた。漸く人気の蕎麦屋に、孫2人を交え6人でワイワイガヤガヤあまり落ち着かない雰囲気の中でごちそうになった。6歳男児と4歳女児の2人の孫を合せて二男家族4人が揃って元気なのが何より嬉しいことである。この次は私の方からお返しをしてやらなければならない。多分キューバから帰った9月も終わりごろだろうか。
さて、昨日の新聞にショッキングなスポーツ界のスキャンダルが載った。ロシアの陸上選手が来るリオ・オリンピックに出場出来ないことになった。昨年11月に課せられたロシア陸運への資格停止処分を国際陸上競技連盟が現時点では解除しないことを決めたのである。背景にはロシアの選手がコーチ、医師ぐるみでドーピング違反を犯しているとの噂がかねがね聞かれていた、世界反ドーピング機関(WADA)はロシア反ドーピング機関(RUSADA)に調査を依頼していたが、WADAはロシアが国や陸連一体となってドーピング隠しを行っていた事実を認めた。今年2月にはRUSADAの元幹部が突然亡くなった。元幹部は昨年11月にロシア陸連が処分を受けた責任を取らされRUSADAを追われた。その後ドーピング問題告発書を計画している最中だったと言われている。いずれにせよドーピング問題の核心は闇に包まれたままである。
ロシア陸上界にとっては衝撃的な大きな痛手である。毎度オリンピック陸上競技では距離、跳躍、投てき、などいずれの競技種目でもロシア選手の活躍は世界のトップクラスで、多くのメダルを獲得していた。彼ら選手たちにとってもその後の生活に有利な場を与えてくれる絶好の機会でもあり、大きなショックであろう。個人的には潔白が証明されれば、個人の資格で出場のチャンスがあるようだが、果たしてどうなることだろうか。プーチン大統領も不満を述べ、ロシア陸連が今後スポーツ仲裁裁判所に訴える可能性もあるが、それにしてもどうもロシアには闇のような不透明な事象が多すぎる。