ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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3338. 2016年7月3日(日) 凄惨なテロに比べて、楽しいクラシック音楽会

 一晩明けて朝刊を見れば残忍な見出しに驚かされる。バングラデッシュで日本人7人死亡とある。20代の女性から80歳の男性に至るまで皆働き盛りの技術者だった。イタリア人の犠牲者は日本人のそれを上回り9人となった。事件後、執拗にもイスラム国(IS)から5度に亘って犯行声明が出された。バングラデッシュ政府はどういう根拠かこのIS声明を否定している。日本人を狙った原因は分からない。2014年にバングラデッシュへのODA支援額は日本がトップで、同国からは信頼され、両国間は友好的な関係にある。その日本に対してテロリストが照準を向けたのは、彼らにとって日本の存在が目障りになってきたということだろうか。これから日本の立場は益々難しくなる。

 さて、毎年2度開催される上野浅草フィルハーモニー管弦楽団の第60回目の定期演奏会が開催された。60回目を記念してホームタウンの浅草公会堂ではなく、豪華な「すみだトリフォニーホール」が会場となった。1800名収容の素晴らしい会場である。ゼミの仲間、赤松晋さんがチェリストとして長らく精力的に活動しているので、恩師が亡くなって今では解散したゼミの仲間も昔を懐かしんでいつも通り集まる。毎度難しい名曲が多いが、今日はショスタコーヴィッチ「祝典序曲」、レスピーギ「ローマの祭り」、そしてサン・サーンスの交響曲第3番をオルガン伴奏付で演奏してくれた。やはり音響効果も良いせいか、迫力ある演奏だった。充分楽しむことができた。

 終演後、いつも通り食事会を行ったが、幹事が手ごろなイタリア・レストランを見つけて手配してくれていた。私も妻を同伴し、全員で22名のクラシック愛好家が一堂に会した。女性を交えて和気藹々としたアトホームな雰囲気の中で、飯田先生のゼミで学ぶことができた幸せを噛みしめていた。来年5月に亡き恩師の7回忌を迎えることになるので、それ以降の計画について説明した。更にこのゼミの親しく好ましいムードをいつまでも持ち続けたいとの申し出があり、来年5月ごろに箱根へ1泊旅行をしようという話がまとまり、行きがかり上私がその世話役を仰せつかることになった。バングラデッシュの犠牲者には申し訳ないが、心地よい爽やかな1日となった。

2016年7月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3337. 2016年7月2日(土) バングラデッシュで日本人がテロの犠牲に

 昨晩遅くバングラデッシュの首都ダッカ市内のレストランにいた日本人8人が、乱入して来たテロリストによって人質にされ、彼らテロリストは突入して来た治安部隊との間で乱撃戦となり双方に多数の死者を出して事件は鎮圧された。日本人のひとりはケガを負って助けられたが、残る7人の安否が心配されている。事件後現場には20人の遺体が残されていた。襲われた日本人は国際協力機構(JICA)へ出向中の民間企業社員で、バングラデッシュのインフラ事業支援のため滞在していたものと思われる。バングラデッシュの国家事業の支援の一翼を担い、現地で苦労されている職員が残忍なテロリストの犠牲になるのは許せないし、気の毒でならない。

 近年日本人が外国でテロに遭遇するケースが増えて来た。しかし、出かけた国の支援業務のためにその国で不幸にして被害に遭うというのは不運としか言いようがない。特にISの跋扈する中東ではなく、アジア地域の中でもこれまであまりテロの可能性が報じられなかったイスラム国バングラデッシュで、このような危険な目に遭うとは大きな衝撃である。実際このレストラン周辺には各国の大使館があり、外国人の往来も多く、このレストランも多くの外国人に好まれていた。レストラン周辺も比較的治安が良いとされていた。

 バングラデッシュは目立つような観光立国ではなく、日本人ツーリストがあまり訪れることはないお国柄だけに、仕事で滞在していた人たちが被害に遭ったのは運が悪かったというしかない。現状では7人の日本人の安否が不明だが、犠牲者が生まれる可能性は限りなく高いようだ。仮にそうだとすると、また海外における安全・危険談義が激しくなることだろう。心配である。

 さて、夜遅くなってテレビのニュース速報で女性2人を含む7人の日本人人質全員の死亡が確認されたと慌ただしく伝えていた。大変なことになった。明日から政府内でも海外における日本人の安全対策について、いろいろ議論が闘わされることだろう。

2016年7月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3336. 2016年7月1日(金) 公的年金積立金の運用が赤字に

 2015年度の公的年金積立金の運用実績が、実に5兆円超のマイナスとなった。その最大の原因は、引き続く株式安が影響したわけだが、あまりにも巨大な額に驚いている。現在積立金を管理しているのはその名の通り、「年金積立金管理運用独立行政法人」(GPIF)という組織で、実にその積立金総額はざっと140兆円と言われている。資産のうち僅か1年間でその3.6%がなくなってしまったのである。我々年金暮らしにとっては現時点で直接被害を受けているわけではないが、将来を見据えると大きなショックである。もし、同じような状況が続くようだとこれから年金財政が苦しくなり、将来的に支給される年金が大幅に削減される恐れがある。

 そもそも発端は、一昨年10月に将来の年金支払いに必要な利益を確保するとして、GPIFがその運用基準を見直したことにある。その際株式投資にあまり傾斜すると確実に確保すべき基金が減る恐れがあるとして相当な反対があった。実際それまでの国内債券の比率を60%から35%に下げ、一方で株式比率を従来の25%から50%に倍増したのである。ざっくり言えば、債券投資から株式投資に変えたのである。株式投資、運用に偏り過ぎであり、個人的には私もこの運用基準の変更には賛成できなかった。

 これまでアベノミクスが効果を上げ年金積立金の運用益が増えたと自画自賛していた安倍首相は、3年間で37.8兆円の運用益が生まれたと豪語し得意の絶頂にあった。しかし、例年7月上旬に公表する運用成績を、なぜか今年に限って今月29日に先延ばしし、これを民進党は参院選挙後まで公表を先送りして損失隠しを企んでいると非難している。大事な国民の資産を国民に充分説明することなく、一部の専門家が決め、その挙句に損失を出しているのだ。一番理解できないのは、なぜ安全な債券投資から、リスキーな株式に鞍替えしたのかである。

 ひとつ言えることは、これからも損失を生むことはあっても、関係者の中には誰ひとりとして責任を取る人間は出ないだろうということである。

2016年7月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3335. 2016年6月30日(木) 気になる内向き志向の国際社会

 8月のキューバ旅行は、羽田からカナダのトロントを経由してハバナへ入るが、近年カナダ立ち寄りにはこれまで必要とされなかった入国書類eTA(Electronic Travel Authorization)を求められるようになった。カナダ国内へ一歩も入国せず単なる空港内での一時滞在のトランジット客だが、テロ防止対策のため全到着者にハードルを設けたようだ。ところが、この取得のため申請書に記入して何度もネットでトライしたが、最後の最後で「入力された値が一致しません」と表示される。原因が分からず手の施しようがなくなって、今度の旅行でお世話になる池上さんにお願いしたところ、それがいとも簡単に許可され今夜半にOKのメールが送られてきた。忍術でも使われたのだろうか、どうも私のパソコンがうまく機能しなかったのではないかと思っている。それにしても面倒な手続きが必要になったものだ。この他に在日キューバ大使館でキューバのツーリスト・カードも申請しなければならない。ツーリズムの発展と盛り上がりを考えてビザの相互免除協定を結んでいる国もある中で、各国とももう少し寛容にして開放的になってはどうかと思う。

 今のイギリスのEU離脱の動きを見ていて、移民・難民排斥、外国人排斥問題が徐々に強まり、世界が内向き志向になっていることがどうも気になって仕方がない。それは、アメリカ大統領選で過激な発言を繰り返す共和党候補者ドナルド・トランプ氏にして然り、EU離脱の旗振り役・前ロンドン市長ジョンソン氏然り、そして今日正式にフィリピン大統領に就任した‘フィリピンのトランプ氏’ロドリゴ・ドゥテルテ氏の排外的な言動にも表れている。特にドゥテルテ新大統領は、外交、経済にはまったくのド素人で、22年間に亘ってダバオ市長を務め、汚職撲滅や治安対策では実績を上げている。だが、中国との難しい南シナ海対立問題を抱えて、うまくフィリピン国民をリードしていけるのだろうか、聊か心配である。

 漸く世界へ向けて門戸を開いた社会主義国キューバだが、キューバの実情はどうなのか。自分の目でじっくり観察して来たいと思っている。

 

2016年6月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3334.2016年6月29日(水) ビートルズの強烈な思い出

 50年前の今日人気絶頂だったビートルズが日本へやって来た。その当時彼らにいかに予定通り公演してもらい、無事に母国へ帰ってもらうかということに警備当局は頭を悩ませたという。その対策として、4人をホテルから外出させないということに決めたが、それでも2人はこっそり近くへ抜け出た。幸い事故もなく、日本を知ることもなく5日間の滞在を終えて当時世界で最も人気のあったグループ・サウンドは日本を去った。ファンのみならず、多くの日本人にビートルズは存在感を残していった。ある面では、日本の空気も知らずに気の毒と言えば気の毒な日本公演だった。

 ここ数日各テレビ局ではビートルズ特集番組を放映している。まだ、カラーテレビのなかった時代だったために些か色褪せたビートルズに見えるが、羽田空港到着時から宿泊したヒルトン・ホテルを取り巻くファンの群れは、ビートルズの人気のほどを偲ばせてくれる。

 今やカルテットの内ジョン・レノンとジョージ・ハリソンが世を去り、残ったポール・マッカートニーとリンゴ・スターが個別に活動しているが、メンバーの半数が欠け、残念ながら年齢的に見てもビートルズの時代はすでに去ったと言わざるを得ない。それでもビートルズを懐かしむファンにとっては、ビートルズと時代を共有したとの忘れがたい青春があるのだろう。

 ビートルズと言えば、何と言っても私にとって特に忘れがたいことは、ジョン・レノンが凶弾に倒れた1980年12月8日に、文部省海外教育視察団茨城団の先生たちとともに南仏のマルセイユに滞在していた時、駅売店で偶然ジョン・レノン暗殺の号外を見た時の衝撃的なショックである。選りによって太平洋戦争開戦記念日だった。その後度々ニューヨークを訪れ事件現場のダコタ・ハウスの前を通るたびに、あの事件の日のことを思い出したものである。

 私にとってもビートルズは印象深くショッキングな思い出であるとともに、今や遥か遠い淡いメモリーとなってしまった。

2016年6月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com