充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
ブログ一覧
3343.2016年7月8日(金) 問われたイギリスのイラク戦争参戦の意義
昨日から引き続き、東京医療センターで受診した結果を近所の森内科へ伝えに行った。森先生は、基準数値が0.3以下であるべきところ12を超えたCRPの異常な高さにびっくりされ、できるだけ早く大病院で精密検査を受けた方が良いと判断されて昨朝わざわざ電話をしてこられた。先生はこのまま入院させられるのではないかと思っていて、今日挨拶した際入院するようなことがなくて良かったですねと慰めてくれた。ただ、11日(月)に再検査をした結果次第では入院しなければならないとお話すると、まだ決着がついていないですねと納得され、抗生物質服用と食事療法をしっかりやって当日少しでも良い結果を出すよう我慢してほしいと仰った。
一部の知人に結果を知らせたら早速お見舞いのメールをいただいた。昨日からお粥で軽い食事を取っているが、森先生のアドバイスをいただいて、主食はお粥とうどんにすることに決めた。大好きな乳製品やサラダもダメなようなので中々食べるものが見つからない。当分の間窮屈な食事になりそうだ。このまま回復してくれればありがたいのだが・・・。
さて、昨日の朝刊によると、イギリスのブレア政権がイラク戦争に参戦した経緯や、その後の占領政策について検証した独立調査委員会がその報告書を公表した。報告書の骨子は以下の4点に絞られている。
1.イギリスは平和的な方策を尽くす前にイラク侵攻に踏み切った。
2.開戦に法的根拠があると判断するにはほど遠かった。
3.情報機関がブレア元首相に開戦すれば、イギリスへのテロの脅威が増し、イラクの兵器がテロリストに流出する恐れがあると警告していた。
4.対イラク政策が不完全な情報と分析に基づいていた。
結局アメリカのブッシュ大統領にお先棒をかつがされて参戦させられ、179名もの若い命を失わされ、今日ISがはびこる原因を作った。また、テロリストの暗躍を招いたことが反省として示された。アメリカに無条件に支持し、従うことはなかったというのが大凡の報告書の内容である。
翻ってわが国もイラク戦争でイギリスほどの戦闘状況に巻き込まれたわけではなかったが、アメリカの意向に従い、初めて陸上自衛隊をイラクに派遣した。幸い日本人に犠牲者は出なかったが、この時防衛大臣を務めたのが、今都知事選に出馬を表明した小池百合子氏だった。彼女は防衛のトップでありながら、イラクへ派遣された自衛隊員を現地で激励することはなかった。口は達者だが、現場に立ち会うことから逃げる小賢しく狡いタイプの政治家である。
日本の対応は終始アメリカ追従であり、アメリカには反対できないという日本人の弱点からなされた決断であり、その意味ではまったく日本に利することのない派遣だった。にも拘わらず、日本政府は未だかって検証することもなく、検証しようとの気持ちもなく、議論は公には伏せられたままである。
今度の独立委員会の報告書は260万語からなり、「ハリー・ポッター全7作の2.4倍のボリューム」に匹敵すると噂になるくらいの分量だそうだ。その意気込みたるや並みではないと思う。因みに私の10年間の思いが詰まったこのブログは400万語もあり、日米語の違いはあれどボリュームでは負けない。報告書にはぎっしり問題が詰め込まれており、その姿勢は自国の汚点を敢えて暴露して毅然として反省するイギリス政府の勇断であると考えている。その点を考えると、いつもながら日本政府のやり方は生温い。
3342.2016年7月7日(木) 東京医療センターの診断は「憩室炎」
朝食を終えてのんびり朝刊を読んでいたところ、一昨日、昨日と2日続けて診てもらっていた掛かりつけの森内科医から突然電話をいただいた。わざわざ昨日の血液検査の結果を知らせてくれたのである。ところがその内容は、CRPの異常に高い数値や白血球の多さが気になるので、直ぐにもしっかりした病院で精密検査をしてもらった方が良いとのアドバイスだった。そこで近所の国立東京医療センターへ行くと即答したところ、予約なしの初診の場合、10時前に受付へ行かなければならないので、すぐ来られるなら紹介状を書きましょうということだった。
取り急ぎ森内科へ伺ってアドバイスをいただいた後、妻の運転で医療センターへ出かけた。これまで何度も診てもらった馴染みのある大病院で、かつていろいろお世話になった故折田さんが看護部長を務めていたところだ。
10時前に医療センターで受け付けてもらい、総合内科の福島龍貴先生と話し合った後、血液検査、超音波検査、尿検査、レントゲンを済ませ、再び福島先生と診断の結論と今後の対策を終えた時には午後3時を過ぎていた。急いで自宅へ戻り出直して5時に予約していた代々木の歯科へ向かった。今年に入って都内最高気温37.7℃を記録する暑く、忙しい1日となった。
昨日午後になって体調が良くなりつつあったが、今朝起床した時昨日と同じように脇腹が少々痛むので、少々気になっていたところに森先生から不意の電話だった。福島先生が説明された診断は、脇腹が痛かった原因は「憩室炎」とのことだった。大腸にまとわりついた憩室が炎症を起こしたと仰った。来週月曜日に再び受診して、その時症状が悪くなっていたら1週間ほど入院するつもりでいて欲しいと言われ、それまでの間1日3回2種類の抗生物質と軟化剤を服用することになった。まさかこんなことになるとは考えてもいなかった。抗生物質で炎症が消えるかどうかは何とも言えないが、もし悪化するようだと8月下旬に予定しているキューバ旅行を取り止めることも考えなければならないかも知れない。
食事療法と薬療法でどれだけ食い止めることができるだろうか。ちょっと困ったことになった。
今日日本人宇宙飛行士・大西卓哉さんが4カ月間滞在する国際宇宙ステーションへ向けカザフスタンから飛び立った。偶々今日は七夕に当たり願を掛けて「成功」との短冊を書いたそうだが、私も「憩室炎根治、健康回復」の願掛けをしたい。
3341. 2016年7月6日(水) 急激に身体の変調
3日前ごろから下腹部と左脇腹が痛み出し、腹痛薬やパテックス貼付などで応急処置をしていたが一向に良くならず、昨日通い慣れた森内科で診てもらった。この2,3日前の明け方ごろに突然痛み出してどうも具合が良くない。昨日駒澤大学講座を受講中にはどうも気分が勝れず、結局1時限目の途中で失礼することになってしまった。
そして今朝になって寝室から起き出して来た私を見た妻が、左肩が右肩より上がっているというので、鏡で見てみると確かに左右の肩の高さにずれがある。左脇腹が痛いのでつい庇って左が上がってしまったのだろうか。そこで午前中に松本整形外科に診てもらったところ、腎臓か、尿道管の辺りが気になるので、もう一度内科でレントゲン検査をしてしっかり診てもらった方が良いとのアドバイスをいただいた。そこでその足で昨日と同じ森内科へ向かった。
森内科医に松本外科医のアドバイスを話して、同時に痛みの具合を話したうえで下腹部のレントゲン検査、血液検査、尿検査を受けた。検査後すぐに写真を見ながら、下腹部と尿には心配するような点は見られないと言っていただき、ホッとしたところである。血液検査の結果は明日以降に分かる。
それほど心配するような深刻な事態になっておらず、やれやれと思っている。しかし、こんなことは初めての経験である。そうは思いたくはないが、やはり加齢のせいだろうか。
当然今日の駒沢大学の講座は欠席することになってしまった。
夜になって漸く痛みは遠くなってきた。
3340. 2016 年7月5日(火) テロ犠牲者の中に高校の先輩が
バングラデッシュで殺害された日本人犠牲者7名の遺体と負傷者が、今朝遺族とともに政府特別機で羽田空港へ還って来た。空港には岸田外相、北岡伸一・JICA理事長、バングラデッシュ駐日大使ら関係者が厳かに出迎えた。バングラデッシュのインフラ整備のために献身的に仕事をして、挙句の果てに銃で相手国のならず者に殺されたのでは堪ったものではない。殺害された7人のそれぞれの友人や勤務先の同僚の話を聞くと、損得なしに使命感を抱いて発展途上国のために尽くして来たことが感じ取れる。とにかくあまりの無慈悲と理不尽に呆然とし虚しい気持ちに捉われる。
最年少の女性は27歳で、人生の終止符を打たなければならなくなった。まだまだやり残したことも多く、とても悔いのない人生だったとは言えまい。それは遺族の談話を聞いていても分かる。その中で80歳の最年長犠牲者となった、田中宏さんについて兄がメールで知らせてくれた。田中さんは高校の先輩で、兄は1年後輩で私が2年後輩に当たる。母校湘南高校は今年創立95周年を迎えたが、その記念名簿に確かに田中さんの名前が載っていた。私より2年先輩だったのだ。北大理系を卒業後旧国鉄に入社し、その後も鉄道技術の専門家として活躍しておられた。高校時代に顔を合わせていたかも知れない。3年後にラグビーワールドカップが日本で開催され、その翌年には東京オリンピック・パラリンピックが開催される。さらにその翌年、5年後は母校の創立100周年の記念すべき年を迎える。同窓会やクラス会で友人に会うと、創立100周年式典に招待されるだろうからその時点で83歳になっているが、皆で母校の発展を喜び、祝おうと言い合っている。それが健康を維持するひとつの秘訣とも生きがいとも思っている。
それにしてもこれまではテロリストとか、過激派集団のメンバーは組織の広報活動により、やや貧しい生活階層から多くの若者をリクルートして集めていた。だが、今度のテロでは主役を演じたのは20歳前後の若者で、比較的インテリで裕福な家系の出身者である。恵まれた生活を送っていた彼らが何ゆえに罪もない彼らの国の発展のために活動している外国人を殺さなければならなかったのか、とても理解できない。犯人のブロマイドを見ると優しそうで、笑顔で育ちの良さが窺える。何を血迷ったのか、いずれ明かされるだろうが、国の社会組織の中に大きな矛盾が潜んでいたことは間違いないだろう。
3339. 2016 年7月4日(月) もたもたしている都知事選
このところ毎日暑い日が続いている。所用があって自由が丘駅前まで出かけたら、参議院自民党立候補者が街頭演説で支持を訴えていたが、その傍では同じ自民党候補者がwaitingしている按配で、どこを向いても街宣カーがボリュームを上げて大声でがなり立てている。昨日は空調の効いた音楽ホールにいたので、暑さを格別感じなかったが、東京都心では35.4℃を観測し、今年初めての猛暑日となったようだ。今日は暑いなぁと思っていたら午後遅くなって激しいにわか雨が襲来した。
10日に参院選の投票が終わると、14日には都知事選が告示される。この暑い最中に大きな選挙が2度も連続して行われる。正式にはまだどの政党も候補者を決めきれないでいる。自民党は漸く増田寛也・元岩手県知事を推すことでまとまりそうだ。東北地方の知事を務めあげたが、東京世田谷区の出身と聞くので、東京に対する思い込みと愛着は、北九州出身の強欲マン舛添前知事よりは強いのではないか。元官僚上がりらしく知事、大臣職をそつなくこなし、総務相も無事勤め上げた。
すでに、フライング気味に小池百合子・元防衛相が立候補宣言をしたが、自民党としては上昇志向が強く、離党、復党を繰り返した前歴があり、それが素直に自民党推薦の候補者として認める空気にさせないようだ。小池氏はキャスター上がりのせいか、目立ちたがり屋でスタンドプレイが多く、自らの立場を充分認識したうえで職務に尽くすという気持ちがそのパフォーマンスから中々読み取れない。かつて防衛相だったころには、カイロ大学出身というアラブ専門家としての特技を生かし、自衛隊がシリアにPKO活動に出かけた時、担当大臣として現地へ出かけて得意の語学を駆使し、せめて若い隊員を激励していれば、その行動は評価されただろうが、結局行かなかった。やるべきことであっても嫌なことはやらないのが、彼女の最も狡く、政治家として馴染まないところである。
それにしてもそろそろ知事選立候補者を決めないと、あれだけ騒がれて辞職した前知事の後釜を決める知事選自体が、影の薄いものとなってしまうのではないか。すでに前知事に求め、約束させた説明責任がウヤムヤになりつつあるのではないだろうか。どうも政治に関しては、すべてに甘いと言わざるを得ない