ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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3397.2016年8月31日(水) キューバ最後の1日

 今日は明日の帰国に備えてサンチアゴ・デ・クーバからハバナへ移動した。早朝6時に空港へ向けて出発したのでホテルでは朝食は取れず、サンドウィッチ弁当を携帯することになったが、私は朝食をお粥と缶詰、そして緑茶で自炊することにした。幸い携帯湯沸かし器も新式を用意してきたので、さして問題はない。

 予定通り1時間15分のフライトでハバナ国内線空港に着いた。キューバへ足を踏んでから感じるのだが、とにかく緑が多いことで空港から市内へ向かう道すがら左右は緑で溢れている。道路の中央分離帯が緑で覆われている都市は多いが、それはほとんど芝生である。だが、ここキューバでは大木まで生えていて風当たりが実に爽やかである。

 それは降雨量が多いことが大いに与っている。午後にはキューバ全体に降雨があり、そのせいで土が更地となっている場所は極めて少ない。これらを含めて今回の旅行でキューバの気象が強く印象に残っている。

 さて、ハバナの中心地へ戻って来て港沿いのサンホセ民芸品市場へショッピングに出かけた。これほど1か所にまとまって屋内に屋台式でお店が立ち並んだ広大な場所は他に知らない。どこも同じような民芸品を売っているが、とにかく安い。また、ゲバラやカストロ関係のTシャツや帽子が販売されているのもこの国の特徴だろう。私も安さにつられていくつかのお買い物をする。

 昼食がそこから歩いて近くのビア・ガーデンだが、ビールの醸造所の屋内にある。中央部の舞台ではラテン・ミュージックのショーを6人のグループがやっていた。中々リズミカルで歌手が中々愛嬌たっぷりに腰をくねらせながら美声を披露していた。珍しいビア・ガーデンのランチとともに楽しいものだった。珍しかったのは、テーブルに持ってこられた生ビール給器の形だった。自分でひねるとビールがグラスに注がれるがその給器の筒のような縦長の器には初めてお目にかかった。

 その後は旧市内を池上さんの案内で散策に出た。キューバ最古のカテドラル、サンフランシスコ修道院、砦跡、などを回り、ヘミングウェイ所縁のバーや定宿だったHOTEL AMBOS MUNDOSなどを興味深く見学した。いずれもヘミングウェイの写真とサインが掲げられてあった。古い路地裏のような住宅街は、世界遺産として登録された旧ハバナ市内の特徴を如実に伺わせてくれる。最期の晩餐は、キューバ国内で33階建ての最も高いビルの展望レストランで通り今や通り相場となった伊勢海老を食しながら楽しい思い出話に楽しい時を過ごした。高層階から眺望するハバナの市街にも取りとめのない感慨に耽った。いよいよ明日は帰国となったが、5時にホテルを出発ということで10時前にはベッドに入る。

2016年8月31日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3396.2016年8月30日(火) 世界遺産とカストロの生家を尋ねる。

 世界自然遺産に登録されているアレハンドロ・デ・フンボルト国立公園には、ホテルからほんの1時間もかからずに到着した。とにかく広い公園でグアンタナモ州の中でもかなりの面積を占める。この世界遺産の最大の売り物は、世界で最も美しいと言われるカタツムリ「トリニダー」と世界で一番小さいカエル「エレウテロ・・・イベリア」が生息していると言われていることで、公園のガイドで16年間もその道で研究している女性が公園まで案内し、その途中でバスを停めさせ、いずれも世界一の生き物を捕まえて見せてくれた。後者のカエルはほんの1㎝もない小さな動物で神秘的な点に感嘆したところである。その名の通り公園のネーミングはドイツ人生物学者フンボルト博士が惚れ込んで、ここで調査し、新種の生き物を探し、発見し、絶滅の危機から救おうとしていた地道な功績に因んだものだという。今ドイツが相当な費用を拠出してキューバの研究者とともに自然保護の見地と絶滅奇種の恐れのある生物の保護に力を入れている。ここキューバで嫌われているアメリカは、科学分野の領域であるにも拘らず、手をこまねいて指を銜えて黙って見ているしかない。

 午後は長い移動のため車内弁当を済ませてビランへ向かい、革命の盟主・フィデル・カストロ前国家評議会議長と弟のラウロ・カストロ現国家評議会議長の生まれ育った実家で、今ではカストロ博物館と呼ばれている聖地を訪れた。父親がかなりの資産家であったために行き着く前のトウモロコシやサトウキビ畑はカストロ家の土地だったと聞いていたが、とにかく広大な敷地である。そこはカストロ家の固定資産ばかりでなく、周囲にはホテル、バー、郵便局、闘鶏場などもあり、緑の多い環境から豊かだったフィデル・カストロの幼児期が偲ばれる。

 生家と言ってもカストロが葉巻の不始末から焼失し、その後現在のオリジナル風に再建されたようだ。カストロ青年は恵まれた家庭環境の中で、愛情深い両親や兄弟姉妹に囲まれて幸せな青年時代を送っていたことが想像できる。ハバナ大学で法学を学び弁護士になって何不自由なく、まったく不満が湧くような環境ではない生活を送りながら、世界中の度肝を抜くようなキューバ革命を成功させるまでひたすら革命闘争に拘り、自由で恵まれた生活を捨ててまでも初志貫徹を実行した強い精神力とひたむきな意思はどこから生まれたのだろうか。人格的にも卓越し、物欲に捉われることなく、多くの人々、就中貧しい人々や同志たちからも信頼された。それが世界史的にも稀なキューバ革命を最終的にやり遂げた原因だろう。

 やはり今日のキューバでは、革命なしには何も語れない。革命が成功したキューバが艱難辛苦を乗り越えて国民のためにどんな国造りを成し遂げるのだろう。まだまだ道は遠いようだ。

2016年8月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3395.2016年8月29日(月) グアンタナモ米軍基地は訪問できなかった。

 期待していたグアンタナモ米軍基地近くへの立ち寄りはならなかった。キューバ最東端州のグアンタナモへ行き、市内では時間を過ごすことができたが、残念ながら基地には近寄れず、基地を見張らせる展望台があると聞いて行ってみたが、完全に期待は裏切られた。丘の上の展望台は櫓が組まれていて、そこから望めば遠望ではあるが、米軍基地が見えるかと思ったが、半島の影になっていて見ることができなかった。展望台ではそこのガイドがアルバムを見せながら基地について説明してくれたが、こんな展望台ではいくら展望台と称していても本来の目的が果たせないので、精一杯熱心に説明してくれたところで納得できるものではない。

 話によると基地内はひとつの街が形成されていて中には刑務所まである。イラク戦争中にはイラク政府軍の捕虜をこの中に押し込んで虐待して、その画像が世界中に流されショックを与えた所である。これによってアメリカ軍兵士らの手荒い行動が表沙汰になり問題になった刑務所がある場所だ。ここに住む軍人、及び軍属、並びに家族はここから一歩も外へ出ないという。これなら沖縄駐留米軍人が沖縄で度々起こすような不祥事は起こらない。日本政府もひとつ沖縄米軍人に対して同じような行動を求めてはいかがであろうか。いずれにせよ、グアンタナモ米軍基地はアメリカとキューバの間に棘のように刺さった施設である。何とか見てみたいとは思っていたが、やはり昨日知らされたように駄目だった。

 さて、その後は今日の宿泊地、コロンブスが上陸し、最初の首都だったバラコラへ向かって途中ジャングルの中のレストランで昼食をいただいたが、実に開放的で素朴な感じの場所で、食事自体もキューバの地元料理をいただいた。何となく一度訪れたことがあるボルネオのコタキナバルのオラン・ウータン園に似た雰囲気で、どこかで猿が我々を観察しているのではないかと思ったくらいである。

 このところハード・スケジュールにやや疲れ気味で、私の場合腰を痛めてしまったこともある。今朝もベッドから起き上がる際に痛みと闘って漸く普通に歩けるようになった。何とかグループに付いているが、旅行中の疲れはきつい。今日のホテルは「ポルト・サント」といってコテージ風の建物に分かれたリゾート・ホテルである。しかし、バスタブがなく、ウォッシュ・タオルの備えがなく、写真で見るプール付きの洒落た外観とは距離がある。それでも3つ星である。海岸まで降りてみる。狭いビーチなので、これではリゾート・ビーチ・ホテルというには看板に偽りありとなる。これではビーチより利用者はプールに気持ちが行ってしまうのではないか。

2016年8月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3394.2016年8月28日(日) 迂闊にもバスタブで転倒し、頭と腰を痛める。

 えらいヘマをやってしまった。バスタブでこけてしまい頭から外のタイル張りの床に落ちてしまったのだ。後頭部には大きな瘤ができて痛くてしょうがない。

 実は今朝1時ごろ風呂に浸かってゆっくり休もうとバスタブにお湯を入れようとしたところストッパーがなく、止むを得ずシャワーに切り替えたがそのシャンプー中にバスタブ内で転倒してしまったのだ。バランスを崩して咄嗟にカーテンを掴んだがそのまま洗面所の床に後頭部を強くぶつけてしまった。大きなこぶができ、痛みが激しく、しばらく唸っていたがその後寝てしまった。ところが、朝起きてみると頭の痛みが小さくなるに従い、腰の周辺が痛んで思うようにベッドから起き上がれない。ゆっくり時間をかけて少しずつ体調を整えて漸く歩くことができるようになったが、ちょっと尋常ではない。取り敢えず、屋上のレストランまで上り朝食を済ませてこの様子を池上さんと偶々グループに同行している医師の荻野先生、看護師をされておられる娘さんにお話をし、今日の予定はこのまま様子を見るためにも出かけることにした。少しずつ痛みは解放に向かっていた。

 ところが、午前の観光を終えてホテルに戻り3時間ほどベッドで休憩を取り夕食のためベッドから立ち上がろうとしたところ、今朝と同じ現象にすんなり起き上がれず身体が痛むばかりである。時間をかけて少しは痛みが引いたのを見計らって夕食に出かけた。

 ところが突然降り出した雨のため、今夜の屋外ショーは中止となった。別のオプショナル・ツアーを企画してくれたが、真夜中の12時に開演ということだったので、身体のことも考えて諦めて不参加にした。年齢を重ねて来ると自分が意識しなくとも、不意に想定外のことが起きる。こういうアクシデントにどう対応するか少し考えた方が良いと思っている。

 さて、今日の観光でキューバ人が何かにつけお祈りに出かける丘の上の‘Santuario Yaturived de la Virgen del Cobre’という教会を最初に訪れた。カトリック系の教会で日曜日午前中というせいもあり、ミサを行っていた。その後革命の発端となった「モンカド兵営」を訪れた。そこでは兵営のガイドさんの説明で1953年7月26日にフィデル・カストロらが兵営を襲撃し、政権側に捕えられ失敗に終わった革命の聖地を見学することができた。何と言っても生々しい現実を写真や関係資料によって説明を受けた。キューバや革命について思うところはいっぱいある。少々現実離れしているようだが、これこそキューバ革命が起きた現場なのだ。その後世界文化遺産にも登録されている「モロ要塞」を訪れた。写真が貴重なフランス語と英語の革命に関する書物を2冊買いこんだ。

 革命に関する聖地を訪れ、これまで読み込んだ書籍と合せてカストロ、ゲバラ革命の形が少しずつイメージできるようになった。明日はまたアメリカ空軍の基地のあるグアンタナモ基地を訪れる予定だったが、どうなるのか。池上さんのお話しでは、アメリカとの話し合いの中で外国人観光客に見せる、見せないのトラブルが持ち上がっているという。折角見学に来たのだから、何とか見せて欲しいと願っている。

2016年8月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3393.2016年8月27日(土) 改めてチェ・ゲバラに尊敬の念を深める。

 昨晩ホテルにチェックインしたのが遅かった。遅れた最大の理由は外貨の両替だった。キューバが通常の国と異なるのはUS$を簡単に両替できないことと、一級のホテルでさえUS$の両替を扱ってくれないことである。空港の両替所事務員がひとりでてんやわんやの末に、やっと補助員がアシストに駆けつける有様である。憧れのキューバだったが、最初に降りたハバナ国際空港のイメージは良くない。

 宿泊のアルマドレス・デ・サンタンデルへチェックインしたのが今日の1時過ぎだった。取り急ぎ床に入ったのが2時だった。空港からホテルへの真っ暗になった道すがら感じたのは、革命は成功したが、社会資本の遅れが目につく。通りや首都の公園でありながら街灯は数少なく、薄暗くなっており、ガイドのエライネ・パラシオスさんが暗い路地を一人歩きは慎むよう注意があったが、とてもひとりで夜間外出はできそうもない。

 ちょっと気になったのは、空港を出て暗い中で道路が濡れているような気がしたので、エライネさんに尋ねてみると雨が降ったといい、この時期のキューバは気象が変わりやすいとあまり旅行には有難くない話だった。それが今日の午後現実となった。

 ところで、このホテルは1875年に開業したという。ハバナ市内に大小取り交ぜて似たようなビルがたくさんあるが、このホテルも昔風のロココ建築風で天井が高く内部は重々しい。帰国前日の宿泊を別にすると昨晩1日だけの宿泊だったが、単刀直入に言って使い勝手が必ずしも良いとは言えない。だが、ダイニングルームを含めて館内に高級感がたっぷりと漂っており、昨今の東京や世界の大都市の近代的ホテル・ラッシュの中では貴重な滞在経験とも言える。

 さて、キューバ滞在第1日目は、ハバナ市内の観光とサンチャゴ・デ・クーバへの移動で終わった。ハバナと言えば話題になる半世紀以上も昔のアメ車を5台チャーターし、市内を巡った。現在工事中の国会議事堂前を通り過ぎ、名高い革命広場へ向かった。キューバの英雄であるホセ・マルティ像、郵政省ビル、壁にチェ・ゲバラの肖像がある内務省ビル、劇場、防衛省ビルに囲まれた広場には多くの観光客が訪れていた。この後モロ要塞、カバーニャ要塞を訪れてチェ・ゲバラ第1邸宅を外観だけ見て、ゲバラ第2邸宅を見学した。ここはいまではチェ・ゲバラ研究所と名付けられチェ・ゲバラについて多くの展示物が飾ってあった。

 旅行前に書物やDVDでチェ・ゲバラについて知った彼の人間性とひたむきな革命への強い意思を、展示された私物や写真を通して改めて知ることができた。広島を訪問した時の写真を見て、改めてチェ・ゲバラに対する尊敬の念を深めることになった。

 ハバナからサンチャゴ・デ・クーバへのキューバ航空国内線のチェックイン・カウンターの対応の悪さを実感した。予告もなく搭乗機は2時間近く遅れ、加えて出発直前に雷雲が発生し、ロシア製アントノフ158機は揺れっ放しのまま雨のサンチャゴデ・クーバ空港へ到着し、ホテルで手早くチェックインを済ませて夕食のためレストランへ徒歩で向かった。ここで食べた伊勢海老が量も豊富で味もよく、今日1日の印象が一転して良くなった。

 明日以降が楽しみになった。

2016年8月27日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com