充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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3452.2016年10月25日(火) 安倍首相の私利私欲と名誉欲
自民党総裁任期が「連続2期6年」から「連続3期9年」に延長されることが来年3月の自民党大会でほぼ決まりそうである。これにより自民党総裁の安倍晋三首相は、2021年まで総理大臣の座に留まることが可能となる。1強多弱状態のまま今や安定政権となった安倍政権をこのまま続けさせたいという自民党の考えである。思惑通りなら、安倍政権は近年異例の長期政権となる。自民党内に大きな失点がない現状であまり波風を立てず、現体制でことを進めようとの消極的な姿勢がミエミエである。その他にも安倍首相自身も安定政権にどっぷり浸かって、権力志向が強くなり、自身の意思が反映されるよう努めているように見える。このまま安倍首相の総裁任期が延期されて期限いっぱい総理大臣を務めることになれば、2020年東京オリンピック・パラリンピックの主催国首相として世界へアピールすることもできる。
他にも安倍首相には、もっと大きな夢があるようで、明治150年の節目を迎える来年2017年には、明治維新のために活躍した長州藩士を輩出した長州出身の首相はその主役として、またご当地総理として一際脚光を浴びる心づもりのようである。それには仕掛けがある。明治維新が成りわが国最初の宰相に就いたのが長州藩士の伊藤博文だった。明治50年(1917年)には同じ長州出身だった寺内正毅が総理大臣を務めた。そして明治100年(1967年)には安倍首相の大叔父・佐藤栄作が首相だった。日本の歴史上長州藩、山口県出身の人材が国を背負い、わが国家国民を引っ張って来たことをアピールする絶好の機会と捉えているようだ。そこに安倍首相の最大の出番があるわけである。それ故安倍首相は節目の明治150年(2017年)には総理大臣の座に留まって、大袈裟なパフォーマンスを演じたいのだ。売名行為と名誉欲も好い加減にしてもらいたいものだ。
更に「日本の歴史=山口県人」をアピールするために、安倍首相はこんな身勝手な舞台演出まで考え、実行しようとしている。それは今年12月に予定されているプーチン・ロシア大統領との会談の場を、首都・東京や迎賓館のある古都・京都ではなく、幕末の政変の舞台である自らの故郷・長州山口で行おうとしているというから、私を公に利用しようとする安倍首相の名誉欲には呆れるばかりである。それにしてもかつては健康上の理由として泣きべそをかきながら総理大臣の職を退いた安倍首相も太々しくなったものである。そして、この目に余るプライベートなパフォーマンスを止められない自民党も末期症状と言える。こんな身勝手なことをやっておきながら、どうして1強多弱の安定政権を維持できるのか理解に苦しむ。これが魑魅魍魎の政界の現実であり、世にも不思議な物語である。
3451.2016年10月24日(月) 国政選挙に恣意と無駄はないか。
昨日東京10区と福岡6区で衆議院議員補欠選挙が行われた。いずれも自民党候補者と自民党支援候補者が当選した。国政選挙とは言え全国的な統一選挙とは異なり、世間の関心がやや薄い印象は否めない。東京6区の投票率は34.85%で、2年前の統一選挙に比べて18.71%も下がった。福岡6区の場合は45.46%で前回を1.47%下がった程度で終わった。
だが、この2つの選挙を見てこれほど有権者の関心が低く、選挙にかかる公的費用と無駄を考えると今後2年内に行われる衆議院選挙まで2名空席のままでも良いのではないかと考えてしまう。特に福岡6区で当選した鳩山二郎氏の場合は、福岡県大川市長現職だったため、市長を辞めて立候補した。そのため空席となった大川市長選も同時に行われることになった。
更に昨日の選挙で別の意味で理解し難かったのは、投票が締め切られた午後8時に2つの選挙区で直ちに「当選確実」のテロップが出たことである。投票を終えた有権者に投票所の外で取材した結果から、マスコミ各社が勝手に予想した当選確実者であろうが、東京10区有効投票者数12万余票を投票箱閉鎖後瞬時に当選確実と打ち出すには、あまりにも不確定要素が多い。どうも不明朗なカラクリがあるように思えて仕方がない。
現在475人もいる衆議院議員を2人欠員のまま、2年後の衆院選まで待っても現在の在り方から考えればそれほど大きな問題が生じるとも思えない。むしろ、税金の無駄遣いをなくす意味では、反ってプラス面もあるのではないかと考えているが、どうだろうか。
さて、今日は母校湘南高校同期生会が藤沢市内の藤沢商工会館ミナ・パークで開かれた。早いもので来年3月には卒業して60年になる。今日は75名が出席した。同期生は401名だったが、悲しいことだが昨年までにすでに87名が他界した。会の冒頭この1年間に亡くなった5名の同級生に黙とうを捧げた。
幹事から最初に話をするようマイクを向けられたので、最近のキューバ旅行の印象、60年安保闘争、ベトナム戦争終結TVインタビュー、イエメン共和国独立後最初の日本人入国者であること、等について気軽に話をした。周囲の友人と話しているとやはり病気、健康、趣味、余生の楽しみ、等どうしても後ろ向きの話題が多くなる。それでも5年後には母校創立100年を迎えるので、何とかそれまで頑張って元気に一緒に創立100周年記念式典に出席しようということになった。いつも通り元ブラバン名井さんの指揮で北原白秋作詞、山田耕筰作曲の校歌を唄ってお開きとなった。
帰りに藤沢駅前のカフェでしばらくぶりに大塚武夫さんと1時間ばかり、アメリカ大統領選、朝日などメディアの無責任と傲慢ぶり、SNSの使い方などについて話し込んだ。やはり古い友だちというのは肩が凝らなくて好い。
3450.2016年10月23日(日) 姪のデザイン商品が三越本店に
鵠沼に住む妹から彼女の娘がデザインした商品展示の案内メールが妻に送られて来た。日本橋の三越本店新館入口を入った正面に、姪がデザインしたシューズが何点か展示、販売されているので一緒に見に行きませんかとお誘いを受けたのだった。幸い私もフリーだったので、気晴らしに妻と何年ぶりかで三越へ出かけた。約束時間より少々早く着いてしまったので、しばらく外で待とうとした。するとちょうど入口の前が「お江戸日本橋」の日本橋だった。大勢の人々が群がっていて警察官が交通整理をし、全国各地の祭りの仮装が練り歩いていた。「郡上踊り」「女城主井伊直虎浜松踊り」「長崎蛇踊り」等が次から次と踊りながら目の前を通り過ぎて行った。それほど大きな規模ではなかったが、通行人、特に外国人旅行者にとっては珍しいハップニングに興味をそそられたのではないだろうか。
待ち合わせ時間になったので、約束の場へ戻った。身贔屓だと思われるかも知れないが、改めて姪っ子の芸術的センスに感心した。元々美術関係が好きで中々センスがあるとは思っていたが、今日の展示は女性用シューズのデザインを姪が考え出し、それを企業「JAPAN SENCES」が商品化したもので、何となく洒落ているのはこの種のセンスに欠ける私でも分かる。そんなシューズが何種類も三越新館入口近くの一番目立つ場所に展示されて、「ETUDE BY E」との商標がスタンドに掲げられていた。この「E」というのが、姪のイニシアルだという。姪がデザインした展示商品のシューズをあれこれ品定めした後に、妻はやや高価ではあったが、気に入った一品を買い求めた。
姪は高校の後輩でもあるが、高校生当時から全てに積極的で、こうして自分のタレントを活かして独り立ちしている様子を見ることは伯父として頼もしく嬉しい限りだ。まだ当分結婚する気はないようで現在はシューズのデザインの制作だけに執心しているが、いずれ他の商品も研究して自分なりの個性的なデザインを考え出せれば良いと言っていた。
それにしても天下の三越本店で入店したお客様が最も目に留まる場所に、自らデザインしたシューズが堂々展示販売されるとは見上げたものだと感心した。今日の感想は少々身贔屓過ぎたかな?
さて、3日前にミスター・ラグビー平尾誠二氏が53歳の若さで他界して関係者やファンを落胆させたが、今日は女子登山界のリーダーだった田部井淳子さんが癌で亡くなられたとの報道があった。女性として世界で初めて最高峰エベレストへ登頂した。その後も次々と世界各地の高山を征服し、女性初の7大陸最高峰制覇の記録を持っている。テレビでもしばしばその姿を観たが、いつもニコニコして優しい笑顔を見せていた。享年77歳で、私より1歳若かった。心よりご冥福をお祈りしたい。
3449.2016年10月22日(土) 印象深い山一証券倒産劇と「山びこ学校」
昨深夜NHKプレミアム「アナザーストーリーズ 運命の分岐点・・・山一破たん たった一つの記事から始まった」を観た。バブル崩壊時の1997年11月、山一証券自主廃業に至るまでの経緯をリポートしたドキュメントである。山一にとって創立100年目の悪夢だった。山一は一時証券業界でもトップを走っていた時期もあったが、最終的には損失隠しによって経営が破たんした。これにより大手証券会社4社のうち、山一だけが悲惨な経緯を辿り証券業界から姿を消した。自ら撒いた種というべきか、それとも身から出た錆というべきだろうか。
私にはそれより30年以上も前に山一証券が受けた日銀特融に忘れられない思い出がある。山一破たん前の前哨戦ともいうべきもので、再建のために日銀から3兆円に上がる特別融資を受けたころである。1964年東京オリンピックの年だった。現場から上がって経理部財務課資金係に配属され投融資業務に関わっていた当時のことである。まだ新米経理マン時代に、上司から言われるままに証券や株券を取り管理していた。会社が社債を発行していたために、各証券会社のセールスマンが入れ代わり立ち代わり毎日のように経理部にやって来ては近くの椅子に座り、上司との面会時間までのつなぎに新米だった私によく話かけてくれた。山一証券のあるセールスマンの如きは、大学相撲部の出身という大きな体に背広を着こんで証券1枚が入った角封筒だけを持って来られた。ある日突然山一証券が倒産したという話が耳に入り、社名も山一証券㈱から㈱山一に変わり、資産を山一証券㈱から㈱山一に移し、その後㈱山一が新しい山一証券㈱に商号変更して以後は冒頭の山一証券㈱となり、それが最終的に自主廃業したわけである。私は言われるまま、㈱山一が取り扱った証券証書の名義を移し替えていた。はっきりは覚えていないが、株券をあっちへ移したり、名義の書き換えをやったり、慌ただしかった。番組を観ていると東洋経済新報社記者に内部のタレこみがあったことから取材していく中で山一社内に不正があると確信して追い詰めたというストーリーになっている。
私自身はあくまで外部者であり、証券会社の何たるかも分からない新米社員時代にわが国の経済、証券業界を揺るがせた事件の近くにいたことを今更ながら不思議な感じで受け止めている。
それにしても中々興味深い番組だった。
さて、今夕の日経紙に懐かしい人へのインタビュー記事が載っていた。誰あろう、一世を風靡したあの無着成恭先生である。生徒の綴り方を「山びこ学校」に編集して、出版した山形県山元中学校の国語教師だった人である。中学1年時に夢中で読んだ。木村功が無着を演じた映画「山びこ学校」も観た。「~外では雪がコンコン降っている~」というような文節があったような覚えがする。「山びこ学校」は、素朴な山奥の雰囲気と貧しい生徒たちの生活ぶりをよく焙りだしていたと思う。その山元中学校も2009年に閉校になったという。無著先生は現在別府市内に居住しておられるようだ。
無着先生は、いつも「なぜ?」と疑問を持ち考え、質問しないようでは国が亡びるとまで言っている。僧侶としても綴り方教室を指導した。こういう先生に習った生徒は、きっといつまでも先生のことを忘れないだろう。幸せなことだ。先日出席したクラス会の幕張小学校の恩師・湯浅和先生をつい想い出した。
3448.2016年10月21日(金) 鳥取地方で震度6弱の地震
JAPAN NOW観光情報協会主催による毎月定例の観光立国セミナーで外務大臣政務官・山田美樹衆議院議員の講演を伺った。「海外で学ぶ 海外で働く 海外と交渉する」とのテーマで話されたが、斬新なテーマと内容で中々面白いと感じた。東大法学部卒業後旧通産省に勤めて、コロンビア大学へ留学され、その後役所を辞め複数の外資系企業で働いた後に、4年前自民党議員立候補者公募に応募して東京第1区から立候補し、見事当選して代議士になった経歴の持ち主である。この華やかな経歴から察すると上から目線で見下すような女性議員ではないかとの先入観があったが、そのような嫌味な態度はまったく見られなかった。ひとつひとつパワー・ポイントを使いながら丁寧に説明された、その謙虚な話しぶりは好感が持てるものだった。「海外と交渉する」という点では、日本を代表して外国の高官と交渉することは、隣席に専門家がいようとも自分以外の他人は交渉に関与することはなく、1対1で交渉するので孤独感があると仰っていたが、案外そういうものではないかと思った。
高校時代の友人の元通産事務次官・牧野力くんについても当然よくご存じだった。
かつて旅行業者として感じた印象と考えを話し、質問してみた。今でこそ外国人のインバウンド観光客が増加して国の財政を潤しているが、政府、国交省役人はインバウンドについてはこれまで公的に何もやらず、反ってそれまでアウトバウンド旅行を扱う旅行業者を外貨の無駄遣いとけなしては、旅行業者を見下したような態度ばかり取っていた。今日のインバウンド観光客の増加は彼らの功績ではなく、観光業者が地道に努力して今日花開いた成果であり、現実にインバウンド実務を行うことができない彼らは、旅行業者では中々できない、もっと日本の正しい文化の啓蒙と普及に取り組み、その正しい紹介に資金を投資し、活動して欲しいと要望した。山田議員には好意的に受け取っていただいたように思う。
さて、帰宅したところ鳥取地方で大きな地震があったとのニュースに接して、4月の熊本地震に続き、またかと驚いた。震度6弱とのことだが、不幸中の幸いだったのは雨が降らず、そのためがけ崩れ、洪水、津波などが派生的に起きなかったことだろう。余震も続いているようだ。これからいつ東京にも地震が起きるか分からない。地震列島に住んでいる宿命と言ってばかりもいられない。
ついては、16日付ブログでノーベル文学賞受賞者ボブ・ディランの♪風に吹かれて♪の訳詞者中川五郎氏について私の知るペンクラブの中川五郎氏ではないかと触れたが、この訳詞者中川氏とはフォークソング・シンガーであるらしいことが分かった。10月23日付「しんぶん赤旗」(日曜版)に載った中川氏のギター演奏の写真で分かった。あのお堅い「赤旗」も漫画や映画の記事も掲載するようになって、ひと昔前を知る我々60年安保世代にとっては随分変わったなぁという印象だ。