充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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3482.2016年11月24日(木) 11月の初雪は54年ぶり、積雪は観測史上初めて
昨日の天気予報で今日は関東一円に降雪予報が出ていたが、予報通り朝から雪が降っていて都内でも山岳地方ではかなり積雪があった。11月の初雪は1962年以来54年ぶりで、都心での積雪は1875年の統計開始以来初めてだそうである。寒いわけだ。加えて一昨日早朝と同様に今朝も地震がありぐらぐらと揺れていた。最近地震が度々やって来るので、こちらも不安である。
朝食後しばらくして大分白いものが降って来て、わが家の庭も中々風流な趣を見せていた。実は先日慶応病院から夏の人間ドック検査の結果についてメッセージをもらった。こんなことは初めてなので、森内科に相談しようと出かけるつもりだったが、足元不安定なので明日に延期することにした。外は午後まで雪が降り続けて気分的にも寒い。書斎に籠ってレポート書きに専念する。
今取り掛かっているレポートは、先日のキューバ旅行記である。40年以上も会員のNPO「知的生産の技術研究会」の定期機関紙「知研フォーラム」12月号用に書いていたが、そのまま製本できるようにA4版用に割り付けして原稿16枚に、写真を入れて20枚に漸くまとめたところである。まあ普通の旅行感想記であるが、学生時代の60年安保闘争、その時代に起きたキューバ革命とキューバ危機も取り混ぜて東西対立時代の米ソ、ソ連社会主義連邦の崩壊などについても触れて書いてみた。特にキューバ革命については学生時代から関心を抱いていたので、ある程度書くことができたが、キューバについては資料を探して研究すれば、かなり面白いものが書けそうな気がする。特に革命を主導したフィデル・カストロとチェ・ゲバラのリーダーシップ、行動力、そして人間性については、この度初めて知って改めて2人には尊敬の念を持った。レポートで強調したのは、カストロとゲバラには私利私欲がないことだ。そして国民との約束をしっかり果たしていることだ。彼らは今やほとんど姿を消した社会主義国の模範となる国を造り上げたことがすごい。この点をしつこいくらいに書いた。一般的に権力を握ったら離さないで、むしろ一度得た権力を守るために周囲を身内で固めて強力に権力を行使する人物が多い。来年2月には吉祥寺で同じようなテーマで講演することに決まっているが、ここでも自分の考えを強く打ち出したいと思っている。NPO誌が出版されたら何人かの友人に送ることになっている。
3481.2016年11月23日(水) 安倍政権は行き詰まっていないか。
昨日トランプ次期米大統領が出したTPP離脱声明は、アジア太平洋経済協力会議(APEC)出席のためペルー滞在中の安倍首相にとって、やっとTPP案を国会で通したばかりなので、恐らくショックを受けているのではないか。トランプ氏の保護主義一辺倒には、出席者のニュージーランド首相もTPPのTはトランプのTではないかと皮肉を言っていたくらいである。
また、3日前に安全との政府認識で陸上自衛隊員350名が、南スーダンへ出かけた。駆けつけ警護という意味不明瞭な任務で若い自衛官が戦闘状態の土地へ行ったが、現地では安心どころか、大分危険な空気が流れているようだ。現在国連平和維持活動(PKO)には、文民保護のため南スーダンに約1万2千人の駐留部隊員がいる。この数も徐々に増えているところから考えれば、危険度が増していると言える。7月の激しい戦闘以降国連は更に4千人程度の増員を考えているようだ。とにかく稲田防衛大臣が「安全」と判断したような状況ではないようだ。日本もこの様子だといずれ戦闘に巻き込まれ、犠牲者が出ることが心配される。安倍政権にとっても鼎の軽重を問われる事態になりつつある。
加えて12月にプーチン・ロシア大統領訪日に合わせて、日ロ間でシベリア、北方領土で経済開発問題が調整されていたようだが、ここにも問題が発生した。昨日のインタファクス通信によれば、ロシアが実効支配する国後島と択捉島に、ロシア軍の地対艦ミサイルの配備が完了したというのだ。これら地域の開発にロシアは日本の経済協力を期待して、その方向で話は進んでいたようである。だが、日本を射程攻撃範囲内に収めるミサイルを配備するようでは、とても話には乗れないのではないか。ロシアの腹を知り合い。領土交渉を進めるためにペルーの日ロ首脳会談で、プーチン大統領は日本の支援を引き出すべく北方領土の共同経済活動を持ち出して来た。安倍首相は、ウィンウィンの関係で話を進めたいと主張したようだが、したたかなプーチンはどう仕掛けようとしているのか。はっきり言って日本にはロシアを説得する技量はない。だからと言って、ロシアの言いなりになっていては拙いのではないか。安倍首相の故郷で会談をするようだが、不本意だが現状維持で収めるより仕方がないのではないだろうか。
ここでも安倍首相の割りが悪くなってきた。
この上もうひとつ安倍政権に悩ましい事案が発生した。ベトナム国会は日本がロシアとともに受注した原子力発電所計画を撤回することを可決した。東日本大震災の前年に締結した建設契約であるが、その後建設費が倍増したことと、東日本大震災の原発事故が原因と見られている。長期政権となった安倍首相は、全般的に自信満々のようだが、このようにこのところあまり思うように行っていない。国民が反対することを強引にやり過ぎている。ここは一歩退いてよく考えたらどうだろうか。
3480.2016年11月22日(火) 東北地方沿岸に地震勃発、5年前の余震か?
今朝6時ごろ突然ぐらぐらっと揺れた。地震である。あまり大きいとは感じなかったが、結構長い間揺れていた。このところ割合頻繁に地震があるが、今日の震源地は福島沖で5年前の東日本大震災と同じエリアでもあったし、震度は5弱でマグニチュード7.4といい、津波警報も出された。大震災の再来かと各テレビ局は挙って特別番組を組んでいた。大震災後最大級のもので大震災の余震と見られている。すかさず福島第二原発3号機の使用済み燃料プールの冷却装置は一時停止した。
大震災で逃げ遅れた人が多かった事例を参考にしたせいか、テレビでは避難の誘導をしきりに言い続けていた。死者が出なかったのが幸いである。住民の声は、やはり不安だらけである。特に原発地区に住む人たちは、一瞬大震災を思い出したそうだ。最近各地でいくつか原発が再稼働されている。原子力規制員会の厳重な審査に合格したということだが、こういう予想を超えるような大震災が起きた場合、絶対大丈夫だと言えるのだろうか。できるだけ、少しでも原発を減らすようなことが考えられないだろうか。
今日の津波警報を知って思いがけないことを考えさせられた。夕刊で各地の最大津波高(30㎝以上)を見ると、外房の勝浦、東京湾入口の館山、八丈島が揃って30㎝だった。東京湾内は0㎝だった。考えてみると、もし房総半島がなかったら東京はまともに津波を受けることになる。東京は、こと津波に関しては房総半島が盾になって津波から救われているのではないかと思い知った。
さて、今日は外電でも衝撃的な事実が伝えられた。他でもない。ドナルド・トランプ次期米大統領が来年1月の大統領就任式当日に、環太平洋経済連携協定(TPP)からの脱退を通告すると明言したのだ。選挙中から公言はしていたが、やはり本心だったのだ。安倍首相もTPPはアメリカ抜きでは意味がないと言っていた。トランプ氏はシンプルにアメリカ第一主義だと声高に叫んでいたが、これは保護主義とも合致する。世界一の大国が、経済的に他国に追われてなりふり構わず世界のリーダー役から降りようというのだ。こんな人物を大統領に選んだアメリカ国民にもがっかりである。これではTPPが宙に舞ってしまう。これまでも日米間で長い時間をかけ話し合い、わが国では漸く国会の承認を得られたばかりだ。これでは日本は売り上げた拳をどうするのか。トランプイズムが世界中の人々を悩ませようというのだ。これからどんどん爆弾を放とうというのだから、困ったものである。
3479.2016年11月21日(月) 戦争報道はもっと掘り下げて伝えよ。
すったもんだで中々決まらなかった陸上自衛隊の南スーダン駆けつけ警護だったが、予定通り昨日陸上自衛隊先発隊130人が青森空港から現地へ向かった。本事案について気になるのが、安全対策は果たして大丈夫かということだ。以前にも書いたように、稲田朋美・防衛大臣が先日ほんの7時間ばかり現地ジュバを視察しただけで安全・大丈夫と太鼓判?を押して、部隊を派遣することを決定した。危険な現地が怖くてとんぼ返りした女性大臣が、7月に撃ち合いで約300名が命を落としたばかりの土地を、どうして大臣は安全だと言えるのか。先に派遣ありきではなかったのか。派遣隊員の家族も不安を感じ切ない思いをしていることだろう。
そもそも国連平和維持活動(PKO)の一環として今回自衛隊員が派遣されることになったが、どう考えてもこの結論に至る前に国民に納得できる説明がなされているとは思えない。
間もなく75回目の太平洋戦争開戦日がやってくる。この点でもメディアはかなり取り上げているが、記事の内容は間違いもあり、勘違いも多い。遺骨収集についてもあまり知らない。だから、昨年10月にテレビ東京がガダルカナル島遺骨収集番組で無責任でデタラメな編集をやって視聴者を欺いたのだ。これについては再三テレビ局とBPOに何度か連絡したが、ウヤムヤにされたままだ。挙句の果てに個人情報を理由に回答をしようとしない。
太平洋戦争戦没者遺骨収集については、昨日の朝日朝刊にほぼ2面を費やして大きく報道されていた。だが、海外で戦没された兵士240万人のうち、112万人の遺骨が未だにそのまま放置されていると日本人の心情に訴えたり、特に「餓島」と言われるガダルカナル島では戦没者2万2千人のうち、7千人の遺骨がジャングル内に残されたままになっているとか、その心情は理解できるが現象面だけを誇大に伝えている。確かに早く日本に帰還させてあげなければならないとは思う。だが、この悲惨な一面ばかり強調して、すべての責任を国のせいだと国にその責任をおっ被せるのはどうだろうか。日本が敗戦後海外へ出かけて相手国と交渉できるようになったのは、昭和27年サンフランシスコ講和条約発効後のことであり、しかもその当時は、国民はまだ食べていくのに苦しんでいて目先のことしか頭になかったころだった。そしてもっと難しかったのは、相手国の国内事情があり、戦争で迷惑をかけた発展途上国に出かけて遺骨を探す作業は、そう簡単には許されなかった。資金さえ出せば交渉成立というほど簡単なものではない。漸く相手国が日本の事情を理解して遺骨収集団を受け入れてくれたのは、それからかなり時間が経っていた。遺体は風雨に晒され、原形を留めてはいなかった。遺骨を探すこと自体大変な仕事だった。それから山中を歩いてこつこつ探し、収骨して日本へ持ち帰った遺骨が128万体である。遺骨収集作業を国がやって来なかったというのは、私自身厚生省事業に長年関わっていた立場から言えば、メディアには遺骨収集事業についてもう少し深く掘り下げて、誰もが納得できる記事を書いてもらいたいものである。
戦争に関わる事案については、当事者もメディアも真実にアプローチしていない。
3478.2016年11月20日(日) 朴槿恵・韓国大統領は弾劾訴追されるか。
15日の本ブログに取り上げた、お隣・韓国の朴槿恵大統領に対する辞任要求デモの勢いが衰える気配がない。4週連続で大規模集会が開かれ、全国的に抗議の声が上がっている。改めて韓国のデモに対する高い関心に驚かされた。朴大統領の支持率が史上最低の5%台に落ちてから上がる様子がなくこのまま推移するのだろうか。
昨日も全国90カ所で集会が開かれ18万人が参加した。現状では大統領に辞任する意向はなく、懸命に体制を引き締めようとしている。そして焦点の民間人・崔順実氏、前大統領補佐官ら3人が今日起訴された。これにより事情聴取で疑惑から逃れるのが難しいと判断したのか、先週まで検察聴取を受けると表明していた朴大統領が検察の聴取には応じないと言い出した。この対応の変化に硬化した野党は、ついに議会で大統領を弾劾すると反論した。ただ、弾劾するなら大統領の法律違反を証拠に示して、国会議員の2/3以上の賛成を得て初めて弾劾訴追を決議できる。現状では与党票数を1/3以下に落とすのは難しいのではないだろうか。朴大統領としては、何としても地位に留まろうと考えるだろうが、こんな低次元のスキャンダルで時間を浪費し、政治が空白になることが心配である。差し当って来月東京で開催される日中韓首脳会談には出席すると韓国側から通告があったようだが、本当に羽田空港へやって来ることができるだろうか。
今後も今までと同じように職務をこなすのは、これだけ国民の反対がある環境では中々難しい舵取りを求められると思う。
それにしても朴大統領にとっては、自分の周囲に信頼できる身内がいなくて寂しかろうとも、民間人を大統領府に自由に出入りさせ、重要書類らしき機密文書まで手渡していたとはあまりにも無防備で軽率だ。いつになったらこの問題にケリがつき、政治は元通り機能するようになるのだろうか。
さて、小学校5年生だった1949年の今日、プロ野球東急フライヤーズの大下弘選手が1試合に7打席7安打の日本記録を作り、それは今もプロ野球記録として残っている。幸いこの日同級生と後楽園の巨人戦を観戦に来ていたが、大下選手は他球場でこの記録を残した。その速報が後楽園でも場内アナウンスを通じて伝えられ知った。その大下選手らの後輩たち「北海道日本ハム・ファイターズ」の選手たちが、今日今年のプロ野球日本チャンピオンになった凱旋パレードを札幌市内で行った。画期的な記念日に大好きだった巨人軍の試合を観ていたことに縁を感じる。2学期に入ってまだ転入したばかりだったが、その前日には鎌倉へ遠足にも出かけた。10月には湯川秀樹博士が日本人として初めてノーベル賞を受賞した嬉しいニュースも伝えられた。いずれも懐かしい昔日の思い出である。