充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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3522.2017年1月3日(火) 正月をテレビ佳作品鑑賞で得した気分
お正月も三が日を終えると里帰りしていた人たちもまた都会へ帰って来る。今日はUターン現象が始まり高速道路はどこも渋滞している。これから明日にかけて更に大変なようだ。サラリーマンは明日から職場復帰で大変なことだと、現役時代を思ってつい同情の気持ちが湧いて来る。
我が家でも横浜に住む二男が正月に花園ラグビー場から嫁の実家新潟市へ行っていたが、今朝自宅へ戻った後、夕方になって揃って車でやって来た。今年小学校へ入学する男児は、元気が好い。4歳の女児も元気でおしゃまなところが可愛い。このまま素直に育って欲しいと願っている。二男も明日から会社人間になる。
さて、昨日テレビ番組「江戸城無血開城」について感銘を受けたことを書いたところ、今日も別の意味で中々教育的な番組を観ることが出来た。これもNHK番組であるが、ルーブル美術館を効率的、かつ教養溢れるガイドで、約2時間の間飽きさせずに見せてくれた。「極上ルーブル美術館を完全2時間で堪能ツアー」と称するものだ。これまでルーブルへは何度も足を運んだので、展示物を観て回るコースはある程度分かっているが、実に効率良く歩くルートを図解と矢印で説明してくれた。今では、館内でカメラを自由に使えるとは知らなかった。中でもメソポタミヤ文明期の石造りのハンムラビ法典について、これまでガイドさんからあまり説明を受けたことがなく、素通りに近かったが、「目には目を」の一章がアラビア語で彫り込まれているのを見たり、考えたりしていると当時の時代考証的な場面が想像出来て、何とも実態感が身に染みてくるような気がするから不思議である。出来れば、このコースでもう一度ルーブルを訪れてみたいものである。
2日続けて興味深いテレビ作品を観ることが出来て、2017年早々何だか得をしたような気分である。
3521.2017年1月2日(月) イギリス人外交官による幕末外交史
暮れの30日から新聞夕刊の配達がない。今日は朝刊も年賀状も来ない。テレビでは暮れからタレントによるエンタメ番組や、歌謡ショーが幅を利かせてあまり真剣味の溢れたニュースがない。スポーツでは、今日と明日関東大学対抗箱根駅伝と今日ラグビー大学選手権準決勝、暮れから高校ラグビー大会、高校サッカー大会が取り上げられているが、政治、経済、外交などはいまひとつ迫力が伝わって来ない。トルコで大きなテロ事件があっても1回限りの放送では忘れられてしまう。
そんな中で元旦にひとつ興味深い番組があった。知り合いの‘The Japan Times’の川畑泰・元論説委員長から番組に出演するかも知れないと連絡をいただいた、NHK・BSの2時間番組「江戸城無血開城」である。幕末に英国公使館の日本語通訳として19歳で赴任したアーネスト・サトウが、幕府と薩摩藩の仲介役として江戸城を無血開城に導き、江戸を焼失から救ったことを史実に基づいたストーリーとしてドラマされたものである。日本史上サトウは日本語通訳として知られているが、実はそれ以上に外交官として実績を上げ、ある面で日本を救い日本の歴史を変えた人物であることを描写していた。川畑氏は番組の中でも登場してコメントされていたが、これまで寡聞にして知らなかったサトウの通訳としてだけでなく、本当の姿を知らされた。
驚いたのは、通訳としても並外れた人物であったということである。「青い眼の志士」と自称していたサトウが編纂した三省堂の英和口語辞典には、日本人でもうっかりしがちな表現が満載されている。例えばfool=たわけ、ぬけさく、トンチキメとか、emergency=いざ鎌倉、cheap=安かろう悪かろう、のようにくだけた表現まである。こんな表現は、日本人社会に相当入り込んでないとマスターできないと思う。サトウは幕末に当時の‘The Japan Times’に度々投稿していた。彼は日本の真実の姿を海外へ紹介し、それは日本語で書かれた「策論」として今日に伝えられている。
一例を挙げれば、「将軍を唯一の支配者とする陳腐な虚偽を捨て、日本は本当の支配者のもと、ひとつにならねばならない。日本は古より天皇の権威が強かった。その後源平によって天下は長く武家の時代となり徳川になる。つまり将軍は権限を天皇から委任されているにすぎない。真の日本のトップは天皇である」とはっきり述べている。
江戸時代にひとりの外国人が日本に愛情を抱き、これだけ深く日本を知っていたのは驚愕すべきことである。観賞して中々味わいのあるドラマ仕立てのドキュメントだった。
今年私は個人的にやってみたいと思っていることがある。いずれここに書き込みたいと考えている。昨年のキューバ旅行のように刺激的、かつ新鮮で心を洗われるような目的地はまだはっきり見当がついていないが、来年傘寿を迎えるので、それなりの国を訪れ、自らの過去の海外武者修行を併せ振り返って50年以上に亘る海外旅行体験をドキュメントとして整理してみたいと考えている。
3520.2017年1月1日(日) 新年は母校のグランドで
澄み切った快晴の青空に祝福されるように新年を母校のグランドで迎えた。例年通り湘南ラグビー祭に参加するため、お屠蘇を飲まず車で母校湘南高校へ出かけた。自宅から40㎞、50分である。グランドでOBチームと現役チームの練習試合をしばらく観戦した。昨年県大会でベスト8に残り神奈川新聞にも称賛された現役チームの活躍ではあったが、やはり大学でプレイしているOB混成チームの方に一日の長がある。だが、新年度のチームも部員が揃い身体もしっかりしているようなので、新チームには昨年以上の活躍を期待したい。
試合後OB会総会を終えて懇親会でお母さん方の手によるカレーライスをいただき、現役メンバーを紹介の後、前OB会長である私が、後輩たちに話をした。スピーチのポイントは2つあり、1つは若いうちに極力ひとりで海外へ出かけて世界各地でその場の出来事を臨場感で感得することを求め、そのことは人生を生き抜くうえで大切なことであるということである。もうひとつは、読書はもちろんであるが、できるだけ文章を書くことを習慣づけるように、特に日記とか、手紙を書く習慣を身に付けるようにとアドバイスをした。手紙については、仮に手紙をもらったら必ず返事を書くことと、物をいただいたらお礼状を差し上げることも当然の行為だと付け加えた。
最年長の武智さんがお茶で乾杯の音頭をとったが、右手で高く杯を上げることを強く言っておられた。武智さんは私より1年年長であるが、やはり近頃の若者に対して日頃思うところがあるようで、彼らは握手を左手で行うことがしばしばあると言って嘆いておられた。時移り時代が変わっても、変わってはならないことがある。日本の文化などは、テレビCMの影響もあり、左手で箸を持ったり、扉が右手前である筈なのに左手前だったり、そういう文化を壊すようなことは注意しなければいけないとお互いに意気投合したところである。
今年のラグビー祭には、これまで毎年来られていた4年先輩の時山さんが姿をお見せになられなかった。きっと体調があまりよくないのではないだろうか。近年OBの間でも亡くなる人が増えたので、ちょっと寂しく感じている。
高校を卒業して今年60年になるが、いつまでも同じ部活をともにした仲間たちが、このような楽しく懐かしい場に参加できるのは、素晴らしいことであり嬉しいことである。3年間の高校時代に勉強ばかりでなく、部活に精一杯没入したことはその後の人生にとって大きなプラスになっていることは間違いない。
同期生の大島くんとも来られるうちは、これからも出来るだけ来るようにしようと約束して別れた。
3519.2016年12月31日(土) 1年の終わりに当たって
いよいよ大つごもりとなった。風もなく、空は晴れているが、やはり外は寒い。今日で2016年も終わりである。年々歳々国内外の政治は大きな問題を抱えるようになっている。シリア内戦による難民問題、その影響で頻発するテロ、中国の海洋進出問題、キューバ革命の指導者フィデル・カストロの死、そして今年最大の話題は何と言ってもアメリカの次期大統領にトランプ氏が選ばれたことと、イギリスのEUからの離脱である。
一方国内的には、天皇退位問題、沖縄と政府との対立に発展したオスプレイ飛行や基地移転問題、中韓のみならずアメリカからも非難されている稲田防衛相の靖国神社参拝、2020年オリンピック開催費用負担問題、豊洲市場移転など問題が山積している。
来年果たしてこれらの問題をどれほど解決させることができるだろうか。海外では、トランプ氏のアメリカ大統領就任後の言動が気になるし、国内では天皇の退位について、天皇のお気持ちに沿った明確な答えが出されていないことが気がかりである。そして、日本政府と沖縄県の対立がどうなるのかが気がかりである。少しでも対立の棘が取れれば良いのだが・・・・。
さて、久しぶりに半世紀前を振り返ってみた。このころから私の武者修行人生が始まった。1966年の今日、バンコックからジャカルタへ飛んだ。夜遅くジャカルタ空港からタクシーで市内のホテルへ向かう途中、暗闇の一角に車を停めたドライバーから、半ば強制的に外貨交換をさせられたことが思い出される。私にとっては初めての海外旅行だった。ジャカルタは荒れていた。3か月前に軍事クーデターによりスカルノ大統領がスハルト中佐に実権を奪われ、翌年3月にはスカルノ大統領がその座を追われスハルト中佐が大統領に就任した。昼日中現地の強盗に襲われたり、他にも怖い経験をした。その後シンガポールへ立ち寄ってから、戦時下のサイゴンへ飛び、戦争の臨場感を知ったことが、そもそも海外武者修行にのめり込むきっかけとなった。
爾来第3次中東戦争の戦場を歩いて戦争の臨場感を身体に感じながらスエズ運河で警察に、アンマンで軍隊に身柄を拘束されるなどやや無鉄砲と思われるような行動をやってしまった。しかし、そのお陰で内戦中のアデン(現イェメン共和国)独立後入国した最初の日本人となった。シベリア大陸を横断したり、旧樺太のサハリンを旅したり、ケニアを列車とバスで横断したり、ガダルカナルやラバウルの海底に潜ったり、度々ビルマ(現ミャンマー)を訪れたり、最近では社会主義国キューバを歩いて本物の社会主義国家というものも知った。幸い身に付けた臨場感覚を活かしてアフガンとパキスタンの国境カイバル峠で、N.Y.同時多発テロを予感したり、身体感覚、臨場感で世界的な大きな動きを予知する能力を些かなりとも身に付けたように思っている。
あの50年前には海外をぶらぶら旅している日本人にはほとんどお目にかからず、どこでも珍しがられたものだ。それが、今では特に年末年始になると多くの日本人が海外旅行を楽しむようになった。時代は大きく変わったのだが、政治の後進性だけは相変わらずである。
近年まったく面白みのなくなったNHK紅白歌合戦はほどほどにして、他の番組を観た。
私自身まだまだ健康で、チャレンジャー・スピリットが衰えないうちは、前向きに進みたい気持ちを披歴して、除夜の鐘が鳴る2016年にさよならと言いたい。
来年2017年も健康で楽しい思い出が持てるような1年でありたい。
3518.2016年12月30日(金) なぜかつまらない朝日の連載小説
いよいよ今年も押し詰まってきた。今日朝日朝刊の連載小説が117回で最終回となった。芥川賞作家・金原ひとみの「クラウドガール」という現代若者風俗を描いた今風の作品である。一言で表現するなら、どうして取り立てて喜怒哀楽もなく、内容的に歴史も文化も感じられず、得るもののないストーリーを朝日が掲載する気になったのか皆目見当がつかない。元々金原は学者の家に生まれながら不登校児だったり、リストカットのせいか、学校も中途退学したように模範生徒ではなかった。彼女はその当時の屈折した実体験を思い起こしながらペンを執ったようだ。
この「クラウドガール」という小説も、母親に自殺された、仲が良いのか悪いのか分からない姉妹のどちらかが、第一人称形式で喋っていたかと思うと、いつの間にか姉妹が入れ替わっていてストーリーを追うのに苦戦する有様である。その挙句に姉妹の内どちらが主人公か分からないままストーリーは進められていく。結末もストーリーの結論が出ぬまま何となく終わりとなるのが納得いかない。妹は高校生ながら奔放な性経験を持ち、浮気性の彼氏の他に、既婚者ともベッドを共にするような場面が度々描写され、一体全体この小説は何を表現しようとしているのか、その意図がまったく読めない。
朝日の連載と言えば、漱石のような名だたる作品の他に、歴代「路傍の石」「痴人の愛」「土」「女の一生」「氷壁」「花押」等々数々の傑作を掲載してきた。それがどうしてこんな誰にとっても訴求力のない作品が、朝日の連載小説に採用されたのか。朝日は過去にも似たように期待外れの駄作を掲載したことがある。その時あまりの低俗な内容にとても読んでいられなくなり、途中で読むのを止めた。
今回はこの芥川賞作家の作品をひとつぐらい読んでおこうと我慢して読み続けた。通読してみて、前向きに読むほど価値のある作品ではないように感じた。
元旦から金原作品に続いて吉田修一による「国宝」が連載されるようだが、10年前に吉田の前作「悪人」が朝日夕刊に連載されたが、やはりあまり面白くなく途中で匙を投げた。ところが、「悪人」は単行本としても、また映画にもなり意外にもそこそこの評価を受けた。どうもこの辺りがよく分からない。従って「国宝」も折角だから読んでみようとは思っているが、あまり期待はしていない。
新聞連載小説というのは、難しいものである。
さて、昨日奈良に住んでいる中2生の孫娘と電話で話した。ハンドボールで奈良ジュニア選抜チームの一員に選ばれ、沖縄遠征に出かけていたが、残念ながら千葉県チームと三重県チームに負けてしまったと言っていた。まだ来年最上級生になれば、もう少し飛躍できるかも知れないと激励したところである。
今日は、二男が明大中野高在学中に花園ラグビー場の全国高校ラグビーにリザーブながら出場したが、その後輩たちが今年はその時以来実に27年ぶりに花園に出場し、27日に1回戦で和歌山工高に勝った。今日息子は会社も休みに入ったので、孫を連れて花園へ応援に出かけたようだが、2回戦の新潟工高戦は20-14で敗れてしまった。
まあ勝負だから仕方がない。でも若い時分に精一杯ひとつの明確な目的に立ち向かい心身を鍛えて、掛け替えのない思い出を作ることができたことは、息子の人生において大きな財産になったのではないかと思っている。