ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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3750.2017年8月19日(土) 本土無差別爆撃の無慈悲なビデオ

 録画したビデオの内、今日も戦争・終戦関連番組50分物をじっくり観た。去る12日にNHKが放映した「本土空襲全記録~無差別爆撃へ~」という終戦間近い時期の日本本土への米軍機空襲の画像である。日本人にとっては心が痛む画面ばかりである。アメリカの公文書館秘蔵の画像を初めて外部に公開したものだそうだが、爆撃機にセットされたガン・カメラというもので本土を攻撃する際に無慈悲にも空からカメラで日本の地上を徹底して撮りまくった動画である。米空軍は当初拠点爆撃を目標にしていたが、次第に日本のすべてを破壊するべく出撃した攻撃的な姿勢が表れている。工場、駅、街、飛行場、街の風景など日本の空中写真がすべてカメラに収まっている。日本の手の内を読まれているとも言えよう。とても当時の日本が太刀打ち出来るものではなかった。

 取材班はこの貴重な資料を基に米軍の「本土空襲マップ」を再生してみた。結局1944年7月のサイパン陥落後、米空軍がサイパンをB29爆撃機の基地に使用してから日本本土への空襲が激しくなった。同年11月東京郊外の中島飛行機製作所に対して爆撃が開始され、以降全国各地へ空襲が行われた。本土で空襲を実体験した人たちが体験談を話されていたが、私自身にも似たような実体験がある。この番組でも列車や駅は次第に攻撃の大きなターゲットになっていったと説明されたが、戦時中房総に住んでいた頃度々裏山の防空壕へ避難した。忘れられない強烈な印象は、自宅2階から目の前で見たアメリカ空軍機による房総西線(現内房線)列車銃撃シーンである。実際走行中の列車が低空飛行した戦闘機に射撃されたシーンは衝撃的だった。しかもこの銃撃シーンを同じ房州の勝山小学校に通学し、今なお親しくしているたった1人の同級生、笹生嵩夫くん(安房高~一橋大~住友商事)も見ていたと聞いてびっくりした。

 日本軍はサイパン陥落後制空権を失い、敗戦へ向けて一直線で突き進んだ。1945年3月10日の東京空襲を含めて全国で46万人もの方々が落命された。全国に落とされた焼夷弾の数は、実に2040万発で、銃弾は850万発だったそうである。

 冷静に分析すると竹槍作戦の日本にはとても勝ち目はなく、アメリカ軍は‘There are no civilians in Japan’との考えの下に軍人だけでなく、非情にも女性、年寄り、子どもを含めた全日本人を攻撃ターゲットにしていた資料まであった。

 終戦記念日だけではなく、日本人としては戦争の歴史と勃発の原因、原発投下と被災者、侵略し戦禍を与えた国々の国民、戦没者などにもっと関心を抱かなければならない。それこそが、今後平和の誓いとなって戦争をなくすための運動に繋がって行くと思う。

2017年8月19日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3749.2017年8月18日(金) ポーランドで揺れる英雄ワレサ氏の評価

 今日スペイン・バルセロナ市内の繁華街ランブラス通りを1台の車が人込みの中へ突っ込み13人が亡くなった。ランブラス通りは中々洒落た通りで市内でも多くの観光客が立ち寄る場所でもある。その人の中へ車が飛び込むとは、嫌でも数日前の白人至上主義のデモ騒ぎがあったアメリカのシャーロッツビルや、ロンドン橋事件、ニースなどを想い出す。意外にもこれまでスペインではこの種のテロ騒ぎはなかった。これからヨーロッパではもっと広域的にテロを警戒しなければならなくなるのだろうか。このバルセロナ事件とイスラム国(IS)との関係はまだはっきりしないようだが、ISが力を失ったと言われていただけに、彼らが再び勢力を盛り返したとしたらまた厄介なことになる。テレビで映し出されるバルセロナ市内の街頭風景を観ていると大分前のこととは言え、そこここに馴染みのある風情を漂わせていて懐かしい。いつになったらこういう狂信的なテロがなくなるのだろうか。

 さて、来月ポーランドを旅行するので、同国の最新情報があれば出来る限り目を通すようにしている。その中で少々気になったニュースがある。去る7日付朝日朝刊に同社ウィーン支局長のワルシャワ通信「東欧民主化 根拠なき陰謀論」という気になる記事を読んだからである。

 同記事によれば、7月にアメリカのトランプ大統領がヨーロッパ初訪問の際、ノーベル平和賞受賞者でもあるポーランドのレフ・ワレサ元大統領がゲストとしてアメリカ側から紹介された時、テレビ放映でその様子を知ったワルシャワ市内には大ブーイングが起きたそうである。なぜだろうかというのが、率直な疑問である。ワレサ元議長と言えば、自主労組「連帯」のリーダーであり、東欧社会主義世界に風穴を開け、世界を震撼させた革命を指揮したポーランドの現代の英雄である。そのワレサ元議長の行動によってポーランド民主化の扉は開いた。そのワレサ元議長が、今では現政権から敵視されているというのだから、俄かには信じがたい。

 1980年代社会主義政権と民主派の対話により体制転換を実現した。だが、ワレサ氏主導のリベラルな政権は、対立した民族主義的な勢力から「過去が清算されず、旧体制のエリートが生き残った」と疑われた。そこにはどうも陰謀論が見え隠れするようで、ポーランド国内にはワレサ氏は秘密警察の協力者だったとのスパイ説まで囁かれているというから恨みは根深い。真実はどこにあるのか、世界平和に貢献したと見做されたからこそノーベル平和賞を授与されたのではないか。ワレサ元議長の行動と実績はそんなに薄っぺらなものだったのだろうか。私情としてはあくまで噂であって欲しい。ポーランドへ行ったらガイドさんにその辺りの噂の真偽について尋ねてみたいと思っている。

2017年8月18日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3748.2017年8月17日(木) チェ・ゲバラ50回忌記念写真展を鑑賞

 キューバの英雄チェ・ゲバラ没後50年を記念して「写真家チェ・ゲバラが見た世界」という写真展が、9日から恵比寿ガーデンプレイスで開かれている。開催前夜の8日にプレ・ビューがあり、キューバ観光情報局の池上和徳氏よりお招きいただいていたが、急用で出られなくなってしまった。後で聞くとその場にはゲバラの子息でチェ・ゲバラ研究センター所長のカミーロ・ゲバラ氏も出席されたという。惜しいことに氏とお話する千載一遇のチャンスを逸してしまった。

 写真展にはゲバラが撮影した写真が約240点展示されると聞いていたので、何とか見てみたいと思い、今日会場へ出かけた。確かにたくさんの写真が展示されていたが、あまりサイズが拡大された写真がないので、少々見にくかったというのが実感である。ゲバラは写真撮影に興味があり、趣味として撮影していたので、彼らしい興味に基づいて撮られた工場や遺跡、建設現場の写真などが随分多かった。革命後広島を訪れた時の写真もあるが、革命前に訪れたメキシコで撮った写真の中に、世界遺産チェチェン・イッツァや旧文部省教員海外視察団で近くを訪れたメキシコ市郊外のポポカペトロ山の風景が懐かしく感じられた。

 今なおキューバ人の心に敬愛の念を呼び起こし、逝ってなお彼らから慕われるゲバラの存在感の強さに改めて敬服した次第である。

 さて、このところアメリカと北朝鮮のお互いに相手国を罵る舌戦がヒートアップしていたが、金正恩委員長がしばらく愚かなアメリカの出方を見ると一歩退いた発言をしたことを受けて衝突のリスクはやや遠のいた。

 ところが、アメリカ国内では別の問題が火花を散らしている。最近バージニア州シャーロッツビルで起きた衝突事件を巡って、人種差別を容認するかのようなトランプ大統領の発言が再び行われ、それをアメリカ軍幹部までが非難する異例の事態になっている。オバマ前大統領が非難し、同じ共和党のブッシュ親子元大統領も厳しい見方を示している。

 このトランプ大統領の白人優位説的考え方では、どこまで行っても結局原点、つまり異民族排斥主義に立ち戻るように思う。他民族国家アメリカの矛盾が表面化し、白人至上主義に突き進むのか、或いは良識的に人種差別を容認しない平等の道を辿るのか、アメリカ国民の良識と将来像が見えて来る。ここはアメリカ国民の良識を期待したい。

2017年8月17日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3747.2017年8月16日(水) インパール作戦司令官・牟田口中将が戦犯ではない?

 昨日の終戦記念日の前後にテレビで中々秀逸な戦争関連番組が放送された。そのひとつに昨夕NHKからスペシャル番組「戦慄のインパール」が放映された。副題として「最も無謀な作戦はなぜ」として3万人もの戦死者を出した作戦が、第15軍方面軍内に反対意見もあった中で、なぜ計画、実行されたのかという点に焦点を当てていた。インパール作戦については、不十分な兵站の作戦自体の失敗、退却計画の失敗など数多くのミスが指摘されている。ビルマ慰霊団でビルマへ戦友会の方々と訪れていた頃、しばしば牟田口廉也第15軍司令官の悪口を耳にしていた。彼が総指揮を取っていた中部高原の避暑地メイミョーも度々訪れた。新聞の番組紹介文に牟田口中将に仕えた少尉の回想メモについて、証言は深く重いものだと書かれていた。

 昔を知るビルマの人々の様子も良く描かれて、中々味のある深刻なドキュメンタリーになっていたと思う。

 ただ、どうしても日本人にとって理解し難いのは、3万人もの兵士を死に至らしめ、白骨街道と呼ばれたようにその内の6割が退却時に亡くなった。にも拘わらず、責任を負うべき作戦の総大将・牟田口廉也中将が戦後戦犯に問われることもなく、戦後も自己弁護に終始してのうのうと生き、1966年77歳で亡くなったことである。今日でも責任者の地位にありながら、言い訳三昧で他に責任を被せる不誠実な人物を見るが、牟田口の戦中、戦後の所業は、インパール作戦で亡くなった兵士にとってあまりにも極悪な裏切り行為ではないだろうか。

 さて、去る12日アメリカ東部バージニア州シャーロッツビルで、南北戦争時に奴隷制存続を主張して敗れた南部のロバート・リー将軍像撤去に反対する白人至上主義者らが、黒人の権利擁護や差別撤廃を訴えるグループと衝突したところへ白人主義者が車で突っ込み死傷者を出す騒ぎとなった。これを巡りトランプ大統領が非難したが、当初人種差別を容認するかのような発言をしたことに非難が高まっていた。

 そして事件から2日後の一昨日14日になって、余りにも批判が集中したこともあって、KKK(クー・クラックス・クラン)やネオナチズムら白人至上主義者の団体に対して、暴力を引き起こした団体は犯罪者で残忍な悪漢だと名指しで非難した。ところが、この発言が遅すぎるとメディアから指摘され、これに対して産業界にも抗議の声が広がり、トランプ政権と良好な関係を保っていた経済人らからもトランプ大統領を非難する声が上がっている。

 トランプ大統領は大統領選中から異民族や移民に対して排外主義的な発言を繰り返し、意図的に露骨な差別を口外していた。今度の発言は思わず本音を口に出したということだろう。

 14日の取り繕い発言で事態が収束したわけではない。今後も同じような発言が繰り返されることを憂慮している。

2017年8月16日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3746.2017年8月15日(火) 72年目の終戦記念日

 今日は72年目の終戦記念日である。韓国では「光復節(独立記念日)」、北朝鮮では「祖国解放記念日」と呼ばれ、国の祝日とされているが、日本ではどういうわけだか、今以ってこの日は祝日に制定されていない。敗戦は祝うべきではないとでも考えているのだろうか。

 戦争が終結したのは、疎開先・房州の国民学校初等科1年生の時だった。戦争の記憶ははっきり残っているが、72年前の今日の玉音放送についてその当時は記憶になく、幼かったせいもあり戦前と戦後の境目がどうもはっきりしない。

 今日天皇・皇后両陛下ご臨席の下に日本武道館で行われた全国戦没者追悼式をテレビで観ていた。厳かに式典は執り行われ天皇も、安倍首相も平和への誓いをされたが、天皇の願いと首相の願いはやや方向が異なるのではないかと気になっている。天皇は「反省」という言葉を今年も述べておられた。一方、首相はアジアへの侵略、加害という言葉を今年も加えることはなかった。

 折も折元共同通信社の知り合いから昨晩メールで、天皇陛下のご学友とされる橋本明氏が一昨日亡くなられたと知らせてもらった。天皇に関する著書もあり、専らそのことでいろいろ話題になられる方である。2度ほどお会いしてお話したことがあるが、印象としては、ご自分の経歴をひけらかすような方ではなかったが、従弟の橋本龍太郎元首相については饒舌だった。昨年8月天皇はご自分の年齢を考えて肉体的に負担の重い天皇職を譲りたいとのお気持ちを表明されたが、同年齢の橋本氏のご逝去を知り、さぞ落胆されるのではないかと思う。

 終戦記念日に当たり今年も保守政治家らの靖国神社参拝の流れは衰えることはなかった。日報紛失問題で物議を醸しながら閉会中審査にも出なかった極右の稲田朋美・元防衛相も今日ばかりは意気揚々と参拝していた。

 一方で、アメリカと北朝鮮のグアム島射程云々のミサイル発射に関する舌戦が相変わらず激しい。グアム島ではそれなりの備えは怠りないようだが、観光にも影響しかねない。この行方は、一体どうなるのだろうか。

 さて、わが家の庭にも朝から蝉の鳴き声が聞かれるようになった。しばらく聞いていると何となく情緒が感じられ、ひたすら懐かしく、子どものころ随分蝉を捕まえた記憶が蘇ってくる。1週間の儚い命だが、夏の風物詩として蝉は格好の話題を提供してくれる。

 偶々昨日の朝日朝刊「天声人語」に、芭蕉の名句「閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声」が採り上げられている。この蝉はどういう種類の蝉だろうかとの疑問を抱いて斎藤茂吉や小宮豊隆らもこの時期に現地を訪ねて推察している。結局素人には分からず、昆虫学者が時期や標高からするとアブラゼミ説よりニイニイゼミ説に理があるという話に落ち着いている。蝉がこれから減る兆しがあるのは、成長に欠かせない軟らかくて湿った土壌が細った場合のようだ。今後蝉が生き残れる自然環境が残されるだろうか少々気になる。その点で蝉が鳴く環境にあるという点では、有難いことにわが家の周囲にもまだ自然が残されているということでもある。

2017年8月15日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com