充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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3790.2017年9月28日(木) 最後の晩餐とピアノ・コンサート
いよいよツアーも最後の1日となった。大きな見学個所はもう済ませたので、ワルシャワへ向かう途中のチェンストホヴァでヤスナ・グラ修道院を見学した。ここには「黒いマドンナ」と言われるヤスナ・グラの聖母聖画が知られ多くの信者が崇めに訪れる。
中でもポーランド出身の教皇ヨハネ・パウロⅡ世が司牧師的使命を務めていた。パウロⅡ世が在職中ここを訪れた時には、数万の信者が修道院を取り巻いたといい、実際その写真も数多く飾られていた。ちょうどミサを行っている教会内部の見学者コースを歩き、今更ながらポーランド人の信心深い気持ちに感銘を受けた。
この近くで昼食を取り、一路ワルシャワへ向かったが、相変わらず沿線の牧歌的風景は心を和ませてくれる。ただ、どうしてかはっきりしないが、大小の道路工事があっちでもこっちでも行われていて、それが交通渋滞を引き起こしている。表面上貧しい印象は受けないが、失業率がほぼ10%という状態は、決して経済成長を期待できるものではなく、経済発展を生まない。目に見えないところで、国民は生活に苦しんでいるのかも知れない。
最後の晩餐を済ませて慌ただしくショパン・ピアノ・コンサートを鑑賞するために市内の音楽図書館を訪れた。こじんまりとロココ調に装飾された会場で、ショパンの名曲をうっとり聴き惚れた。アン・キュービックさんという女性ピアニストによる演奏で、♪ノクターン♪に始まり、ワルツ3曲他を聴いた。やはりライブで聴くのは良い。序に、キュービックさんのCDを買い、サインをしてもらい、一緒に写真を撮ってもらい、やることが80歳近くになってもまるでミーハーと変わらない。まぁ偶にはこの少女趣味をご勘弁願おう。
9時近くなってホテルへチェックインしたが、3日前に同じくワルシャワで泊まった空港前の‘MARRIOTT’や、今日の‘RADISSON’は一流ホテルであるが、どうもサービス面が気になる。最後の夜でもあるので、今夜はゆっくり眠りたい。
3789.2017年9月27日(水) 念願だったアウシュビッツ収容所見学
今日は今旅行中で最も楽しみでもあり、期待もしていたアウシュビッツ収容所の見学である。その前にいつもよりやや早めにホテルを出て世界遺産・ヴィエリチカ岩塩坑を訪れた。エレベーターと階段を利用して地下135mまで下った。かつてこれより規模こそ小さいがザルツブルグの岩塩坑、ドイツの世界遺産鉱山を訪れたことがある。それに引き換え、このヴィエリチカは桁外れにスケールの大きい岩塩遺産である。中には塩で固められた立派な教会、地底湖、コペルニクスとゲーテ像などもあり、歴史的な事実を丁寧に伝えている。地震のない土地柄だろうが、よくぞ長年に亘って維持管理されてきたものだと思う。
その後1時間半ほどかけてアウシュビッツ収容所跡を訪れた。ここは珍しく負の世界遺産として登録されている。残念ながら案内は日本人ただ1人の公認ガイド中谷剛氏ではなかったが、とても感じの良い日本語が達者な女性ガイド・マグダさんが案内してくれた。気障な言い方をすれば、夢にまで見ていたアウシュビッツは世界中から多くの観光客が訪れ、今日も駐車場には観光バスが溢れ、入場するにも大分待たされた。
しかし、多数のユダヤ人をガス室で虐殺した暗いイメージが強く、どうしてもその存在を肯定的に捉えられない。一般にアウシュビッツ収容所と呼ばれる施設は、第1収容所と呼ばれている。そして、近くのビルケナウ収容所を第2収容所と呼んでいる。前者には、ユダヤ人収容者が最大で16,000人、後者には最大90,000人が収容されていたという。身に詰まらされるような話を伺った。前者には、主に宿泊、拷問、処刑、死体焼却などの施設があり、後者では馬小屋、集合トイレなどを見せてもらった。
出発前からここへの訪問を勇んで見学に来たわけだが、入場を待っている間に何か肩身の狭い思いを感じたのも事実である。日独防共協定のせいで、ドイツが犯した犯罪まで日本人としてその罪を背負わされているような気に一瞬なったからである。もちろんこれはナチ・ドイツが犯した犯罪であり、ヒトラーを主とするドイツ軍人が強く非難されるべきである。実際この収容所の所長はアドルフ・ヘスだった。だが、その点でユダヤ人はドイツ人に対して相当罪悪感と謝罪の気持ちを抱いているのではないかと同情の気持ちも湧いてきた。
同時にガイドの説明を聞いていても、ポーランドがいかに周辺諸国からの干渉や蹂躙、侵略に苦しみ、一時は国が歴史上抹殺され、復活した国家も国土を外国の都合で翻弄され、独立国としての体裁は中々思うようにならなかった。中でもロシア、ドイツ、オーストリアの侵略には手を焼かされてきた。ポーランド人のドイツに対する隠れた憎しみは、消えることがないのではないだろうか。
今日の2つの収容所を訪れてみて感じたことがある。自分にとってこれまでシベリア、サハリン、旧満州、フィリピン・ビルマ・ボルネオなどの東南アジア、ミクロネシア・パラオなどの中部太平洋、南太平洋、オーストラリア、ブーゲンビル・ガダルカナル・ラバウルなどのニューギニア海域、パレスチナ、ノルマンジーなど第2次世界大戦やベトナム戦争、中東戦争に関係する数多くの戦跡地などを訪れて来たが、戦跡訪問はこのアウシュビッツ収容所を以って気持ちのうえで一応の区切りにしたいと考えている。決して満足感があるわけではないが、これ以上は訪れる戦跡はそうあるわけではないし、年齢的にも難しいと思っている。思い返せば、1972年に意識して戦跡を訪れてから半世紀近くが経過した。ふっと心の中に想い出すことはあるだろうが、一応これで実際に戦跡を訪れることは止めようと思っている。その意味でも今日快晴の下にアウシュビッツを訪れることが出来たことは、幸運だったと思っている。
NPO知的生産の技術研究会・八木哲郎会長からも依頼されているので、帰国次第早速アウシュビッツ訪問記を「知研フォーラム」に寄稿しようと考えている。
3788.2017年9月26日(火) 世界遺産都市クラクフの観光
ワルシャワからクラクフへの移動はバスではなく鉄道である。市内中心部の近代的なワルシャワ中央駅から座席指定の特急列車により2時間半ほどかけてこれも明るい斬新なビル、クラクフ駅に到着した。鉄道から見る景色も道路沿線と同じような並木が整った風景の連続である。ヨーロッパらしい絶景である。列車の走行に連れポーランドの農村地帯を飽かずに窓の外をぼんやり眺めていた。世界遺産都市・クラクフは幸いにも第2次世界大戦で、歴史的な遺跡が数多くあるとの理由で連合軍の攻撃対象から外された。中央市場広場周辺の狭い路地には、どことなく情緒が感じられる。
今日は市内観光では時間的な制約もあり、まず現在国立博物館で公開されているレオナルド・ダ・ヴィンチの「白テンを抱く貴婦人」一点だけを鑑賞した。これが果たしてダ・ヴィンチ作品であるかとの真偽論が飛び交った中で、最終的にはキャンバス上に彼の指紋が検出されたことが決定的になったという。ダ・ヴィンチには、他にも真偽が取り沙汰された作品がいくつかある。私自身これまで鑑賞したダ・ヴィンチ作品の中でもパリ・ルーヴル美術館の「モナリザ」、ミラノのサンタマリア・デッレ・グラツィエ教会の「最後の晩餐」がとりわけ印象に残っている。その後中央市場広場、聖マリア教会を見て、少し歩いてヴァヴェル城を見学した。
確かに古都らしい雰囲気の漂う市街である。だが、表面上それほど感じられないが、ポーランドは今政治的に大きな問題に直面している。かつてグダンスクで自主管理労組を結成して国内をまとめ、ノーベル平和賞まで受賞して、今は引退したワレサ元大統領への反感が浮上しているようだ。一方で、政界の最高実力者とされるカチンスキ「法と正義」党首が最高裁人事に介入しようとして、EUから制裁を課されようとしている。そのEU制裁を実行しようとしているのが、ポーランド元首相のトウスクEU大統領というのだから、何をか言わんやである。
ポーランド人ガイドにこの問題について聞いてみても、渋面で首を傾げるばかりだった。市街からはそんなきな臭い空気は感じられない。でもそこに住む人々にとっては、避けられない難しい問題なのだろう。
今回の旅行で最大の目的であるアウシュビッツ強制収容所、並びにビルケナウ収容所は明日見学する予定で、楽しみにしている。
3787.2017年9月25日(月) ショパンの心臓が埋められた聖十字架教会
2日間宿泊したのは、あまり気が利かないホテルだった。他にも不満を述べていた同行者がいた。いつもより早く8時にそのカウナスのホテルを出発した。今日は首都ワルシャワまで長丁場だった。ひたすらポーランドへ向けてバスを走らせたが、どういうわけだが随分あちこちで道路工事をしていたので、度々渋滞に遭遇した。リトアニアとポーランドの国境は意識していたが、まったくそれらしさはなく、過去の遺物である検問所が空き家になっている傍を通過しただけである。その点では、ヨーロッパはひとつという、欧州連合(EU)の精神が良い意味で表れている。残念なのは、ポーランドでは未だにユーロが通貨とはなっておらず、従来のズウオッチのままであることだ。時計は1時間遅らせたが、それでも1時近くなって漸く予定のレストランに着いた。その後ワルシャワへ向かい、旧市内を歩いて観光したが、今回ワルシャワで最も期待していたのは、聖十字架教会だった。ここには教会内部の柱の下に音楽家フレデリック・ショパンの心臓が収められているからだ。ショパンは30歳の時パリへ行って、以降母国へ帰っていない。親しかった友人が帝政ロシアに身柄検束され、ショパンは捕まることを警戒して終生母国へ帰ることはなかった。そのショパンの郷愁の心情を察した姉が、遺体はパリに埋葬されたが、一部の心臓をこの教会に埋葬するよう差配したものだった。
かつてスペインのマジョルカ島で♪雨だれ♪作曲のため使用した教会のピアノの鍵盤をこっそり叩いたことを想い出した。
ショパンと言えば思い出すことがある。今から30年も昔のことだが、売れっ子だった作曲家の高木東六氏を車でご自宅へ迎えに行き、藤沢市内のコンサート会場へお送りし、その後江の島の料亭からご自宅へ再びお送りしたことがあった。その道中で高木先生からショパンの所縁の地を何とか一度訪れてみたいので、その節はよろしく案内をと頼まれた。その当時私自身生憎業務が多忙で、失礼ながら即答出来ず、いずれぜひともご案内したいと大先生に対して空手形を発行してしまった。それから数年後に高木先生は亡くなられた。その思い出が蘇り、高木先生に対して約束を果たせなかったことを申し訳なく思う、と同時に心が悔やまれる。高木先生には、妹の結婚式で♪水色のワルツ♪を弾いていただき、出席者に喜んでいただいたことを想い出す。今日遅きに失したが、先生の身代わりとして、確かにショパンの心臓に近づくことが出来た。
昨日気になっていた大相撲秋場所の結果は、同行者の間で2番目に若いと推察される母子連れの娘さんに調べてもらったところ、何とトップを走っていた大関豪栄道を破った横綱日馬富士が11勝4敗の成績で逆転優勝を飾ったという。辛うじて横綱の面目を保ったとは言え、11勝で優勝なぞ私の知る限り空前絶後である。全般的に随分低レベルの場所だったのではないだろうか。帰ってからじっくり総評を見てみたい。
3786.2017年9月24日(日) 念願の杉原千畝記念館を見学
昨晩から今晩まで宿泊している‘BEST WESTERN’のファシリティにどうも問題があり、私のみならず、同行者からも不満が出ている。部屋にかなり格差があり、それがサービス面に表れている。例えば、部屋に依ってはモーニング・コールが作用しなかったり、ドアが開かなかったり、その都度気配りの効く添乗員が走り回っているが、気の毒なように思っている。今回の旅では利用ホテルに問題があるようだ。
今朝一番に訪れたのは、杉原千畝氏が第2次大戦中に主にオランダ在住のユダヤ人が迫害から逃れるために、日本経由で目的地へ行くための日本通過ビザを外務省の方針に逆らって自らの決断で発行した当時の領事館、現在の杉原記念館である。杉原さんのご長男弘樹氏は湘南高校で兄と同級生で私にとって1年先輩に当たる。また重枝豊英・特命全権大使も、ラトヴィアの藤井真理子大使も偶然にも同じ高校の後輩である。
今月9日付朝日新聞には、建物が老朽化してペンキが剥げ放置されかねないことを見かねて熱心な塗装工仲間がボランティアで修理をしたと美談記事が報道された。だが、まだ足場が組まれて完全に外装工事が終わったわけではない。
カウナスはかつてリトアニアの首都であったが、記念館の周辺は住宅地内にあり、住環境は申し分ない。記念館内で冒頭30分ばかりビデオを観ることになった。そして、杉原さんのそれほど広くない執務室で杉原さんが70年以上も昔に執務した席に座って記念写真を撮った。今旅行の目的のひとつでもあった場所だったので、感慨深く思ったところである。引き続き杉原さんが、カウナスからベルリンへ転勤を命ぜられ、カウナス駅を去るまでビザを発行し続けたドキュメント通り、その事実を刻した記念のプレートが飾られているカウナス駅を訪れた。更に首都ヴィリニュスの河畔に幸子夫人が植樹した桜の木々脇にも、所縁の記念碑があり、ここも訪れた。ビリニュスには、かつて天皇、皇后両陛下が訪れており、そのせいで国民の天皇に対する親愛の情が強いものがあるそうで、天皇誕生日には何らかの行事を行うらしい。
ヴィリニュスには、歴史的観光箇所が数多くあるが、市内のストリートに軒を並べたカフェや土産物店などをぶらぶら歩きながら見てみるのも楽しいものだ。
今日はヴィリニュスから再びカウナスへ戻って同じホテルへ連泊することになったが、いよいよ明日はポーランドへ入国する。最大の目的であるアウシュビッツを訪れることが楽しみである。
さてホテルのテレビでイギリスBBCのWORLD NEWSを観ていたら、今日行われたドイツの総選挙で、メルケル首相が党首のキリスト教民主同盟(CDU)が32%、党員217名を獲得し、シュルツ氏が党首のSPDを20%、134名を破り、4期連続で政権を担うことになったことを華々しく伝えていた。詳しくは帰国後新聞で情報収集に努めたい。
日本では大相撲秋場所千秋楽が行わている最中であるが、優勝が誰に決まったのかちょっと興味がある。優勝力士が誰なのか、残念ながらこちらのテレビでは結果が分からない。一昨日ラトヴィアのテレビでは、NHK・World Newsを観られたので、10勝3敗の大関豪栄道を9勝4敗の横綱白馬富士と平幕朝の山が追っているところまで分かっていたが、強豪力士が軒並み休場し、星取表も13日目にしてトップが3敗もするという、ややレベルダウンした秋場所は果たして誰が優勝しただろうか。