ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

ブログ一覧

3860.2017年12月7日(木) 気骨あるジャーナリスト原寿雄氏他界

 元共同通信社副社長で編集主幹の原寿雄氏が先月30日に亡くなられたと今朝の朝日新聞で知った。2段抜きでかなり大きく取り扱っていた。ジャーナリストの間でもよく知られた方で、2008年12月岩波文化セミナーが開催された際、駒澤大学講師を務めておられた同じ共同通信出身の片山正彦氏から紹介されて全4回講座に出席し、いろいろ示唆を与えてもらった。

 原氏は冴えた目で現実を直視し、信念の固いジャーナリストで、ジャーナリストとしては理想的な新聞記者だったと思う。行動派で菅生事件の際現場に張り込んで、犯人は共産党員であるとの警察のでっち上げを暴いた本物の記者だった。

 セミナーの受講者はほとんどが新聞記者だった。そのセミナーで原氏へ質問したのは、その年の1月韓国のソウル郊外の利川市で倉庫が大爆発を起こし、40数名が亡くなった惨事についてだった。事故の晩遅くTVニュースで現場のすさまじい様子を知り、翌日の朝刊にどのように書かれるか待っていたところ、それっきりテレビでも新聞でもまったく事故について報道されなくなったのだ。因みに地元の朝鮮日報には記事が掲載されていた。私は2つのテレビでそのニュースを観た。それにも拘わらずその日以降国内では隣国の大火災はまったく報道されることがなかった。

 偶々セミナー前月の同年11月に韓国で開かれた「国際老人福利交流文化祭」で高齢者の福祉に関するシンポジウムにパネリストとして日本からただひとり招かれ、ソウルから通訳の桂さんとともにバスで会場の東海岸・束草市へ向かった。その途中利川市近くを通った時、桂さんに事件について尋ねたところ韓国では大騒ぎだったと話していた。これほどの事件が瞬間的に報道された後、日本では報道管制が敷かれたかの如く頬被りされてしまったのである。

 この不可思議な経緯については、NPO誌「知研フォーラム」(2009年11月1日号)に「なぜマス・メディアは真実を伝えようとしないのか?」と題して寄稿した。これについてセミナーで原氏にジャーナリストとしてどう思うかと質問した。ところが、生憎原氏はこの事件をご存じなかったし、他の受講者も誰ひとりとして知らないようだった。この事故は日本では密かに隠蔽され、メディアはもちろん、一般にも事件に蓋を被せてニュースを伝えなかった。完全に報道抑圧、メディアによる隠ぺい工作である。そこには、政治的な思惑が見え隠れしていた。犠牲者の中に中国人労働者が含まれていたことから、事件直後から当時の胡錦濤主席や温家宝首相の名前が再三登場していた。日本政府にも何らかのプレッシャーがあったのではないだろうか。

 原氏がこの大惨事をご存じなかったことから、私が期待するような回答をいただけなかったことは残念だったと思っている。

 しかし、原氏が講義で話されたことの中で2点、今も印象に残っていることがある。それは日本は戦争責任をきちんとつけていないということと、ジャーナリズムは戦争を抑えることが出来るかということだった。

 その後翌年4月に六本木の国際文化会館で開かれた、原氏の岩波新書「ジャーナリズムの可能性」出版記念会に出席した時、原氏にご挨拶した。その後原氏にお会いすることはなかった。享年92歳だった。骨のあるジャーナリストである原氏の死によって、その生きざまと哲学は果たして後輩たちにそのまま引き継がれるだろうか。

2017年12月7日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3859.2017年12月6日(水) ロシア、平昌冬季五輪へ参加出来ず。

 昨日からスイスのローザンヌで開かれていた国際オリンピック委員会(IOC)理事会でロシア・オリンピック委員会を資格停止処分として、2018年2月開催の平昌冬季五輪へロシア選手団の参加禁止処分とすることを決定した。冬季大会と言えば、旧ソ連時代からロシア選手の存在と活躍が光り、ロシアの参加は全体のレベルを引き下げることにもなる。それでもなお、IOCとしてはロシアを閉め出さざるを得なかった。前回ソチ大会では、ロシア・チームは地元というせいもあり、金メダル獲得数はトップだった。だが、その当時から資格停止の原因となったロシア・チームのドーピングに対する噂は、絶えることはなかった。昨年のリオ・オリンピックでもドーピング疑惑のため大会に参加出来なかった。個人的な行動というより、国がらみでドーピングに関わっている悪質なものと見做されていた。

 これに対してロシアはIOCの処分を受け入れる気持ちはなく、逆にロシアなしでは五輪ではなく、侮辱を我慢せず、オリンピックをボイコットすると息巻いてIOCの処分に対する逆恨みを述べた。これでは、解決される見通しも立たない。

 さて、悪い予感が当たってしまった。やはりあの目立ちたがり屋のアメリカのトランプ大統領が、昨年の大統領選におけるユダヤ人からの献金へのお返しとして、ユダヤ人の念願である「イスラエルの首都エルサレム」を認め、大使館を現在の首都テルアビブからエルサレムへの移転を準備するよう指示したと明らかにした。これにより今後パレスチナ問題は益々混迷を深めていくものと懸念される。

 元来エルサレムの地位は、イスラエルとパレスチナの和平交渉の過程で決定するとの歴代アメリカ政権の立場から転換し、一歩踏み込んだことになる。これによりパレスチナ自治国を始め、周辺アラブ諸国からの反発は免れない。

 アメリカ歴代大統領の中で最低とされるトランプ大統領は、「アメリカ・ファースト」のアメリカ至上主義を世界中にアピールし、気に入らない外部の意見には一切耳を傾けようとせず、世界中から顰蹙を買っている有様である。これまで関係国が積み上げて来た環太平洋経済連携協定(TPP)から離脱し、地球温暖化防止のためのパリ協定からも脱退し、世界中から総スカンを食らっている。世界の空気が読めず、自分たちさえ良ければ良しとして、事の善悪が分からず、利己心のみで行動する典型的オポチュニストでもある。

 このニュースを受けて東京証券市場では、株価が一時500円以上の値下がりで、終値は445円も下がった。政治的な影響ばかりでなく、世界の経済界にも大きな影響を与える大事件である。アメリカ社会はこの傍若無人のいかれ大統領の手綱を締めることが出来ないのだろうか。

 おめでたいニュースは、同じ深沢1丁目の住人、将棋の羽生善治さんが竜王のタイトルを奪取して史上初の「永世7冠」となったことである。詳しくは分からないが、いろいろ話を聞いていると大仕事を成し遂げたようだ。益々の精進と活躍を期待したい。

2017年12月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3858.2017年12月5日(火) トランプ大統領の身勝手な首都エルサレム構想

 お騒がせ人物のトランプ大統領がまたまた不穏な発言をするのではないかと見られている。イスラエルの首都を現在のテルアビブからエルサレムへの移転を考えているとアメリカのメディアが予想している。近々発表すると見られているが、これに対してフランスのマクロン大統領が電話でトランプ大統領に警告した。

 そもそもトランプ大統領がイスラエル寄りの立場を突出させるようになったのは、昨年の大統領選でユダヤ人団体から献金を期待してからである。加えて最も信頼する補佐官、娘婿のクシュナー氏がユダヤ教徒であるせいもある。戦前ヨーロッパ社会で徹底的な反ユダヤの粛清を受けたユダヤ人には、ほとんど支持者、共鳴者がいなかった。それが第2次世界大戦後反ユダヤの空気は消えた。むしろユダヤ人の経済力を当てにする人々が増えた。トランプ大統領には経済力は備わっていたが、さらにアメリカ実業界で活躍する財界人の半数以上がユダヤ人と言われている中で、彼らの力に頼る一面もあった。ユダヤ人社会から精神的、物質的支援を得るためにも彼らの母国イスラエルへの肩入れの姿勢を示す必要があったのではないだろうか。

 ただ、現実問題としてエルサレムが首都だと国際社会から承認を得るのは中々容易ではない。パレスチナ自治国が他のアラブ系民族とともに、エルサレムは自分たちの首都であると譲らないからである。1967年第3次中東戦争によりそれまでヨルダンが抑えていた東エルサレムがイスラエルに占領された。その時私はヨルダンの首都アンマンからイスラエルには行けなかった。実際にエルサレムに入ることが出来たのは、あれから45年後の2012年になってからだった。

 トランプ大統領は、大統領就任後イスラエルを訪れ、「嘆きの壁」の前で大統領独特のパフォーマンスを行った。自らの利己的行動に過ぎない。身勝手な考えで長年に亘る世界的政治対立点の変更を考えることは止めるべきであろう。少しは良識があるトランプ大統領以外のアメリカ人も、他の国の人々も、自分のためだけに行動する恥知らずのトランプ大統領の浅はかな行動にブレーキをかけるべきである。

2017年12月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3857.2017年12月4日(月) 米朝戦争の可能性は?

 北朝鮮が核実験やミサイル発射を続けて国際社会へ向け挑発行為を行っているが、これに対して国連安保理が再三経済制裁を課している。しかしながら、その効果は北朝鮮にとってそれほど致命的なものとはなっていないようだ。今日から韓国各地でこれまでで最大規模の米韓合同軍事演習が始まり、再び北朝鮮に軍事的圧力を加えている。これに対して北朝鮮は意固地になって対米非難を繰り返している。「朝鮮半島情勢を一触即発の核戦争の局面へと追い込む重大な軍事的挑発だ」と自分たちの核実験やミサイル発射の暴挙を棚に挙げ喚き散らしている。

 何となく嫌な戦争の足音がひたひたと近寄ってくるような気がする。そんな折も折アメリカでは、メディアの間でティラーソン国務長官更迭の動きが姦しく伝えられている。国務長官は、北朝鮮に対して対話を主張している唯一と言っても好い民間出身の閣僚である。だが、このニュースは寂しいことだが、国務長官は現在のトランプ政権が身の回りの閣僚をほとんど軍出身者で固めている中で孤立しているような印象を与える。

 もしこのまま好戦的な軍人強硬派が政権内でイニシアチブを握れば、米朝戦争に発展する可能性が十分考えられる。そうなれば、わが国に甚大な影響と被害が及ぶことは明らかである。現在安倍首相は、北朝鮮への圧力重視を唱えて、アメリカがその言動をすれば、直ぐトランプ大統領に口裏を合わせるように激しい口調で北朝鮮を非難している。しかし、トランプ大統領の口車に乗らずそろそろ次の手、手段を考え直してみては如何であろうか。

 北朝鮮の核開発技術は、直近の弾道ミサイル「火星15」発射でかなり高い水準まで到達したことが証明された。これを北朝鮮は核兵力が完成したと自信たっぷりに主張している。一旦戦争の火ぶたが切られれば、今では北半球の国々はほとんど北朝鮮の射程圏内に入り、核戦争の戦禍を被る恐れがある。

 圧力一辺倒でダメなら北朝鮮の恫喝に屈するようだが、背に腹は変えられない。そろそろ「押してもダメなら引いてみな」と考え直すことも検討してみてはどうだろうか。尤も安倍首相の頭の中は、基本的に右翼思考で固まっているうえに、柔軟な頭脳を持っているようには見えないところが悩ましいところだ。

2017年12月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3856.2017年12月3日(日) 恒例のクラシック定期演奏会を楽しむ。

 毎年2度に亘って恒例となった上野浅草フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会がいつも通り浅草公会堂で行われた。毎年夏冬に開かれる度に学生時代のゼミ仲間が、ゼミ出身のチェリスト赤松晋さんを応援がてら鑑賞に出かける。今日も妻と連れだって出かけた。仲間たちと奥さんらを含め20名ほどのメンバーが、クラシックの名曲、シューベルトの「ロザムンデ序曲」、「交響曲第7番未完成」、メンデルスゾーンの「交響曲第3番スコットランド」の演奏を楽しく鑑賞した。

 このオーケストラはプロではないが、メンバーであるセミプロの人たちが日頃から練習に努めて年に2度その成果を発表される。1988年には台東区と姉妹都市である音楽の都ウィーンで演奏したというから見上げたものである。これまでの努力は大変なものだったと思う。赤松さんも最年長になって若者と同じような肉体的負担を背負いながら、チェロにメロメロの気持ちを込めて我々の期待にも応えてくれる。いつまでこの素晴らしいオーケストラ活動を続けられるか何とも言えないが、無責任なゼミ仲間は未来永劫に続けてもらいたいと願っている。次回は7月1日に決まったようだ。まだ楽しみは続くことになる。

 演奏会が終わってから浅草で会食会に参加した。気の置けない仲間と酒を飲み交わしながら弾む会話は何物にも代えがたい喜びである。この席で私も気まぐれに9月に訪れたアウシュヴィッツ収容所や「命のビザ」の杉原千畝レガシーについて話をした。気張らずに自由に話せることが何といっても素晴らしい。これもこのようなアトホームなゼミの雰囲気を残していただいた恩師飯田鼎先生のお人柄によるものだと思っている。良き恩師と良き仲間に恵まれて幸せな学生時代と社会人人生を送れることは、実に幸せなことだとひとしきりその想いを噛みしめている。

 来年の赤松オーケストラは、果たしてどんな名曲を演奏してくれるだろうか。今から楽しみに待ちたいと思う。

 今日は会場へ行く前に洒落たうどん店で腹ごしらえした後、雷門周辺を暫しぶらついた。これまであまり気にも留めなかったが、やはりここはかつて東京、江戸の商業の中心だったところだけに老舗のお店がたくさんある。食べ物店にしても蕎麦屋、うどん屋、とんかつ屋、寿司屋、蒲鉾店、海苔店など、狭い路地裏にまでしぶとく生き残って、それなりの存在感があることに感心した。アーケード街では、古い日本の玩具屋で、紙細工や竹細工商品などを売っていて、つい孫用にいくつか買い求めてしまった。改めて浅草の魅力を再認識した次第である。

2017年12月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com