充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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3880.2107年12月27日(水) 常識から外れた韓国の外交
日韓関係がこのところ順調に行っていない。言うまでもなく従軍慰安婦問題の影響が大きい。韓国国内に慰安婦像が建立されて、その数は年々増え続けている。今では韓国以外でも像の設置を許している都市が増えて来た。最近ではサンフランシスコ市内とマニラ市内の慰安婦像設置が問題を提起している。前者は土地の寄贈者が像を付与した形になっていたが、最終的に市長の判断に委ねることに決まった。その結果SF市長は設置を認めたが、姉妹都市の大阪市長はこれに不満を述べて姉妹都市提携を解約すると公表した。ところが、つい最近SF市長が心臓発作で急死して姉妹都市提携解除はしばらく延期されることになった。一方後者のマニラ市内に設置したのは、中韓系の市民が市の許可を得なかったことから近日撤去されるという。
いずれにせよこの慰安婦像は各地で物議を醸している。韓国政府は反日運動の一環となる慰安婦像を認めている。国際法は外国大公使館敷地前に相手国を誹謗する行為を禁止している。しかし、韓国はソウル市内の日本大使館前と釜山総領事館前に設置された慰安婦像を排除するどころか国民の気持ちの表れとして黙認する有様である。
日本政府がかねてより一昨年の今日日韓両政府が合意した約束を実行するよう要求しているにも拘わらず、韓国政府は朴槿恵前大統領時代に、国民が納得しないにも拘わらず日本政府の言い分通り結んだ協約であると身勝手な理屈を言い張り、日韓合意は実行されていない。それどころか日韓合意破棄を要求している。
今日韓国政府は日韓合意の検証結果を発表した。その結果合意は間違いで、被害者である慰安婦の声を聞き届けていないということだった。両政府間に裏の合意があったとか、外交より人権の方が優先されるべきだと、合意に至った経緯や精神はまったく考慮されていない。これでは、検証結果も意味がない。このまま推移するなら、当面日韓関係の改善は難しい。
それにしても国家同士が同じ土俵に上がって交渉の末、不可逆的な協定締結をしながら、国のトップが交代するや自分たちの希望が採り入れられていないから無効であるというのでは、子どもの理屈であり民主主義国家としてはとても考えられない。
北朝鮮が日本人を拉致して返さず、一方的にことはすべて終わったとか、交渉を再開するといいながら無断で取り止めたり、一般社会では当然の約束が守られない。約束を反故にするこの理不尽さは、北も南も朝鮮民族に共通なのではないか。北朝鮮と韓国との外交交渉が難儀なわけである。
隣国との外交に絶望的な気持ちになる。
3879.2017年12月26日(火) 藤山一郎さんについて話を伺う。
今日は楽しみにしていた歌手藤山一郎さんの甥御さんにお会いすることが出来た。大学ゼミの後輩佐藤博信さんから紹介されて藤山一郎(本名増永丈夫)さんのプライバシーやら慶應幼稚舎時代について甥御の増永基文さんにお話を伺うことになった。増永さんも後輩に当たる。
2007年に書いたエッセイ「岡本太郎さん、藤山一郎さん、野口富士男さん、そして岳父」をNPO誌に寄稿したところ、その後何人かの方からこのような著名人同士の子どもの頃の親しい友人関係の話はあまり知られておらず、プライバシーは興味深いし、このまま4人の友人関係が忘れ去られていくのは惜しいので、その友人関係を知り得る立場にいる私に対して、ノン・フィクションとしてまとめてみてはどうかとアドバイスをいただいた。確かに画家岡本太郎、歌手藤山一郎、作家野口富士男、経済人川手一郎(元日本軽金属会長)は、それぞれの分野でそれなりの成功を収めたと言えると思う。そこで責任のある難しいトライアルであるが、一念発起してそんな企画にトライしてみようかという気持ちになりかかったところである。その手始めに今日藤山さんのお話を伺うことになった。
幸い義兄(川手の長男)が大正13年3月卒の慶応幼稚舎卒業アルバムを保管していたので、先日借りてそのうちの何枚かをコピーし、増永さんに差し上げた。このアルバムにしても一私立校が関東大震災の翌年によくぞこれほど立派なアルバムを作成したものだと感心しきりである。この年の卒業生は103名でK、E、I、O組の4クラスだった。卒業式には慶應義塾塾長の告辞もあったというから大学並みである。比較的恵まれた家庭の子どもが多かったせいだろうか、修学旅行として5年生の夏に日光へ10日間の林間学校、6年生の夏に松島、青森、函館、小樽、札幌を巡る海上旅行を、そして卒業直前の3月に卒業記念旅行と称して銚子犬吠埼へ団体旅行をしている。羨ましい限りである。授業風景の写真も何枚かあるが、その一枚は英語の授業光景である。黒板に‘Mother says I am her good little boy.’とか、‘Now Santa Claus, please give me a racket.’と板書されている。大正期に小学6年生ですでに英語を学んでいたことも衝撃だったが、そのレベルの高さもかなりのものだ。ちょっと普通の小学校とはどこか違うというのが、ざっくばらんな印象だ。だが、こういう環境の中で多くの生徒たちが社会へ出てから持てる才能と個性を伸ばして行ったのだ。
今考えているノンフィクションは、幼稚舎6年間と普通部5年間をともに「竹馬の友」として付き合い、その後も親友として交流を深め、生涯の友として固い絆を結び人生を有意義に過ごしたことから、世に知られた仕事面だけでなくプライバシーを取り入れた、あまり世間には見られない4人の交友関係を紹介したいと思っている。
今日初めて増永さんにお会いして率直に話し合うことが出来、これからもお付き合いを続けていくことが出来ると確信したので、大変有難く思っている。
ただ、来年上梓しようと取り掛かっている書があるので、これを仕上げてから、或いは並行的に書こうとも考えている。しかし、いずれにせよ上梓は再来年以降になると考えている。その点は増永さんや佐藤さんにも申し訳ないと思いつつ、深刻にならず予定通り作業は進めて行きたい。
作品については、読者に意外なストーリーだと面白く思ってもらい、興味を抱いてもらえるようじっくり構想を練りたい。まだまだ痴呆症なんかに関わっている時間はない。
3878.2017年12月25日(月) イスラエルのクリスマス
トランプ大統領の馬鹿げた発言以来注目を集めているイスラエルのエルサレムでは、聖カテリナ教会でクリスマス・イヴ恒例のクリスマスミサが行われた。隣のパレスチナ自治区ベツレヘムの聖誕教会前にはクリスマスツリーが設置されたが、例年に比べて訪問者の数は極端に少ないという。5年前の夏にこの聖誕教会の内部へ入り、キリストが誕生された場所というものをじっくり見させてもらったが、まったく神々しいとか、畏れ多いというようなイメージはなかった。2000年前には馬小屋だったそのスポットは今では聖地となっている。今やそこに馬小屋の雰囲気はまったく感じられず、キリスト教徒にとってはキリストを崇める聖地となり多くの信徒がお参りするのを黙って並んでいたことを想い出す。
今年のクリスマス・イヴは、トランプ発言のせいでデモが予想され訪問者が少ないという。トランプ旋風に荒らされたエルサレム周辺ではまたひとつの騒ぎとなっている。トランプ発言に触発されたグアテマラのモラレス大統領が大使館をエルサレムに移すと言い、アメリカに追随することを表明した。これ以上付和雷同組が表れないよう望むばかりである。
さて、今日唐突に禁固25年の判決により収監されていたペルーのフジモリ元大統領が健康面から人道的な取り扱いで恩赦を与えられるとの報道があった。フジモリ氏は私と同じ1938年生まれである。派手で華やかだった大統領時代に比べていかにも寂寥感が漂っている。1990年日系二世のフジモリ氏が大統領の座に就くや、ペルーはおろか日本でも出身地熊本県を中心にフジモリ人気が高まった。1996年首都リマの日本大使館を突然テロリストが襲撃し、大使館は占拠され大使館員らは拉致され、長い間膠着状態が続いた。事件から4カ月後政府軍治安部隊が強行突入し人質は解放された。テロリストはすべて殺害され、政府軍にも2名の犠牲者を出したが、思い切った作戦は一部に批判もあったが、その勇気ある行動を国内外から広く賞賛された。フジモリ大統領株は上がったが、その後汚職疑惑や、治安部隊を使って市民を殺害したとしてその独裁的手法を批判され失脚し、昔日の栄光は失われた。20年ほど前にメキシコで出会ったペルーからの観光客はフジモリ氏をべた褒めだった。何が故に急転直下で天国から地獄へ落ちたのか正確なことは分からないが、支配者たる者いつまでもその地位に留まっているわけにはいくまい。しかし、日系人であるが故になぜか同情心が湧いてくるのは止めようがない。
金正恩も、習近平もいつ独裁者の椅子から引き摺り降ろされるかは誰しも分からない。
3877.2017年12月24日(日) 連日大忙しの国連、北朝鮮益々窮地へ
このところ国連も忙しい。一昨日トランプ大統領のイスラエルの首都移転に関する発言撤回を求める決議案が採決されたばかりだが、昨日は安全保障理事会で北朝鮮に対する新たな制裁決議を全会一致で採択した。この北朝鮮の制裁については、これまで度々制裁を課しているが、どの程度効果があるのか不透明なところがある。北朝鮮が制裁を逃れる逃げ道として中国チャンネルが懸念されていたが、今度は中国が積極的に制裁に参加したので、効果は以前より高まるだろう。主たる制裁は、石油の供給制限を考えてガソリン、石油などの石油精製品の輸出の9割削減を実行する。表面的には、これまでの経済制裁があまり効果的ではないのではないかとの疑念も持たれていたが、同時に海外でこつこつと外貨を稼いていた北朝鮮労働者を閉め出すことも検討されている。中ロで働く労働者が実に10万人もいて、彼らから北朝鮮政府が召し上げている税金が年5億㌦というから馬鹿にならない。更にごく最近再び北朝鮮兵士が韓国へ亡命して来た背景を専門家が分析していたが、兵士の賃金が安く生活苦と栄養失調で将来に絶望した兵士たちの間では脱走、亡命を考えている兵士が相当いると考えられているようだ。
即効性は少ないかも知れないが、今度こそ北朝鮮社会にじわじわと効いてくることを期待したい。
さて、年の瀬も迫った今日日曜日に日本一を決める各種のスポーツが花盛りである。ハンドボール、バレーボール、バスケットボールの全日本決勝戦に加えて、皇后杯女子サッカー決勝戦、男女高校駅伝、平昌五輪出場選手を決める全日本フィギュアスケート選手権、競馬の有馬記念レースなどが華やかに行われた。偶々大学サッカー選手権決勝戦を観た。これまでサッカー強豪としてあまり話題に上がらなかった法政大と流通経済大が争ったが、新興勢力の流経大のユニフォームを見て度肝を抜かれた。胸には「ANA」、背には「キリンビバレッジ」のロゴがあり、大学名は、左胸に小さくローマ字でイニシアルだけ書かれてあった。これでは誰も流経大とは分からないと思う。むしろプロか、セミプロのチームに見える。スポンサーから資金をもらっているので、大学も承知したうえでのユニフォーム着用だと思う。大学のクラブ活動で企業のPRを行うとは驚き以外の何物でもない。これでは在学生はもとより、OBも自分の大学を応援する気にもならないのではないだろうか。仮に早慶戦で慶應と早稲田がそれぞれトヨタと日産のユニフォームを着たら内外にどんな影響を与えるだろうか。こんなことまでして部活の費用をかき集めようとしてするのは、明らかに行き過ぎであり違和感を憶える。もう少し大学スポーツの部活らしいことをやってはどうか。
3876.2017年12月23日(土) 天皇陛下、84歳の誕生日
天皇陛下は今日84歳の誕生日を迎えられた。すでに2019年4月末日の退位が決まっているので、今日23日の天皇誕生日という祝日は来年あと1回だけとなった。そういうせいか、今日皇居の一般参賀に訪れた参拝者の数は過去最高で、5万8千人と伝えられた。これから2019年5月1日の新天皇即位までの期間の皇室行事は、多くの国民の耳目を引くことだろう。
さて、日本時間の昨日国連の緊急特別総会で、アメリカのトランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認めた発言の撤回を求める決議案が賛成多数で採択された。主要国を中心にほとんどの国が賛成する中で、前日トランプ大統領が賛成国には援助を打ち切ると恐喝的に発言したことにより、アメリカの支援を必要としている発展途上国などは不本意にも反対、棄権、そして欠席の手段により本音とは離れてアメリカへの「忖度」を態度で示さざるを得なかった。それらの諸国は、193カ国中65カ国を数えた。相も変わらずアメリカの影響力がいかに大きいかを如実に示している。明らかに援助停止の警告が効いているのだ。日本政府はアメリカの挑発には乗らず、良識的に英仏ロ中らとともに賛成票を投じた。
存在感の薄い小国にとって現在アメリカから得ている経済援助をカットされることは息の根を止められる中で、中東諸国は厳として軒並み賛成に回り、反イスラエル、反米気分をはっきり表した。その一方で中部太平洋のパラオ、ミクロネシア、マーシャル諸島が反対に回ったのは、これまでの独立の経緯を振り返ればある面で止むを得ないことも分からないわけではない。アメリカにこそその非はあると言いたい。それにしてもアメリカのやり方は悪辣である。とても世界のリーダー国の取るべき態度ではない。これからアメリカは世界の中で孤立化の道を辿ることになろう。今後どうやって失った信頼を取返し、存在感を示していけるだろうか。
昨日政府は来年度の当初予算案を閣議決定した。その金額は、97兆7128億円である。安倍政権誕生以来上がり続けている。2012年度当初予算は、忘れもしない私の携帯電話番号(090-3339-xxxx)と同じ90兆3339億円だった。大学生となった1959年度は1兆4192億円だった。近年高齢化により社会保障費が膨らんでいるのは理解出来るが、またまた新規国債発行で増える支出を賄おうとの状態は相変わらずである。口では財政再建を言いながら、一向に財政再建への道は遠い。現実的には防衛費などはハードルなきに等しい。防衛費にはアメリカの要求で交わされる「イージス・アショア」などを含めて5兆2千億円が予定されているが、防衛費予算は全予算の5.3%にも当る。過去において長い間防衛費総額はGNPの1%、最大1兆円という壁があったが、今ではもろくも崩れてしまった。今や安倍首相の代弁者となった防衛省の言いなりの様相を示してきた。これではいくらお金があっても足りる筈がない。