充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
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3900.2018年1月16日(火) イスラム国で女性の車運転とスポーツ観戦は?
イスラム国の間ではスンニー派とシーア派の確執は古来つとに知られている。イスラム教の中でスンニー派が全体の約3/4を占め、シーア派を圧倒している。教義はほぼ同じようだが、スンニー派が血統による世襲にこだわらない一方で、シーア派は預言者ムハンムドの血を引く子孫に特別の資格があると考えているようだ。
近年保守的なイスラム教も少しずつ現代社会のルールに歩み寄りつつある。依然として頑なに伝統を守っているイメージがあるが、最近スンニー派のサウジアラビアとシーア派のイランに社会的に小さな動きがあった。
つい先日サウジアラビアでは女性のスポーツ観戦が許されるようになったことである。男女の座席は別々で、家族席なら男女同席は可能だが、ペアで観戦というわけには行かないようだ。それでも今年6月からは女性が車を運転することが許可されるということは大きなニュースになった。一方で、イランでは女性が車を運転することは割合早くから認められている。今から20年ほど前にテヘラン市内でチャドルを身に付けた女性のタクシー・ドライバーを何人も見た。ところが、イランでは依然女性がスポーツを戸外で観戦することは認められておらず、ごく最近付け髭で男性に変装した女性がスタジアムに現れ、そのヒゲ面の女性が今イランで話題になっている。
同じイスラム国でも女性の解放について、これほど異なった対応をしているのが現実である。対イスラエルとか、反イスラム的行動に対しては、一致するスンニー派とシーア派も普段は小さな伝統行事や、風習の違いにしばしばトラブルが起きている。これからは少しずつ欧米化していくであろうから風習も変わりつつあるだろうが、まだ女性の権利が完全に行使されるというところまでは行かないようだ。
さて、毎年この時期になると取り組まなければならない個人的な年中行事がある。税の確定申告である。来月16日から税務署で申告出来るが、その準備が大変だ。今年もパソコンで書類を仕上げるのではなく、すべて帳簿につけて手書きで申告用紙を作成する。前以て日頃の入出金はチェックして領収書も揃えてあるので、1年分の金銭元帳に仕分けしながら記帳して完全なものにすることが時間的に大変である。それでも年々慣れてきているので、3週間程度をメドに完成し、玉川青色申告会で書類をチェックしてもらい、玉川税務署に届け出ないといけない。今年の確定申告は、家屋の耐震工事に大分投資したので、昨年よりは多めの返済金があるのではないかと期待している。来月16日までに何とか申告書類を作成したいと考えている。
さぁ、今日はこのブログを書いてから3900日目を迎えた。あと3カ月余りで4000日というひとつの区切りとなる。1日も欠かさず書き続けられたのは自らを省みて「よくやった!」と褒めてやりたい。今年5月に12年目に入る。いつまで続けられるか分からないが、習慣づけて書き続けることは自分自身の力を向上させることに繋がるものと信じている。
3899.2018年1月15日(月) 安倍首相はなぜアウシュヴィッツを訪れないのか。
ひと昔前なら今日は「成人の日」である。華やかな晴れ着を着た若者が集う姿も昔とは大分変っている。1月の第2月曜日が成人の日に変わり、今年は先週の月曜日が祝日となった。一部に「晴れの日」の晴れ着や関連付属品を扱う業者‘Hare no hi’が、成人式当日になって突然営業を止め、経営者が雲隠れしてしまった不祥事が多くの新成人にショックを与え、それが今も影を落としている。
私自身20歳時は、祝うどころでなく2年も浪人していた時期で受験もラストチャンスとばかり血眼になって最後の追い込みをかけ、成人の祝いどころではない時期だった。あれから60年も経過した。受験生にとって第1関門のセンター試験も昨日終わって幾分ホッとはしているだろうが、本番はまだ先である。悔いのないよう全力を発揮されることを祈るばかりである。
さて、安倍首相が昨日バルト3国訪問の最後の地、リトアニアを訪れ、カウナスの杉原千畝記念館や首都ヴィリニュスのさくら公園内の杉原顕彰碑を訪問したことをテレビで伝えていた。私より4カ月遅い。一昨年も私が訪問した1カ月後にキューバを訪れている。今回は折角近くまで来たのだから、戦争体験のない首相にはちょっと足を伸ばして「ホロコースト」の陰惨な現場である「アウシュヴィッツ収容所」も見学して欲しかった。拙稿「アウシュヴィッツを考える」についてほとんどの知人は好意的な感想を述べてくれる。その中には、元日本テレビ政治部長・菱山郁朗氏のように、拙稿を読んで感動し俳句を詠み、同社OB社員会作品展に応募して秀作と評価された人もおられる。
因みに菱山氏は「収容所記 読みて粛なる 初湯かな」という名句を詠まれたそうである。
その反面文中で差別を糾弾する意味で使用したユダヤ人の「成金」とか、「アイヌ」「在日朝鮮人」「穢多」などの表現をあげつらい、これらの言葉は危険だから使用しないよう妙な気の遣い方で「表現の自由」「言論の自由」にブレーキをかける理不尽な動きがあるとも聞いている。恐らく安倍首相のアウシュヴィッツ見学忌避には、今徐々に強まりつつある保守政権内の極右的な背景があるのではないかと気になっている。昨年核廃絶運動でノーベル平和賞を受賞した「核兵器廃絶国際キャンペーン」‘ICAN’フィン事務局長が今日広島を訪れ、事前に安倍首相との面会を望んだが、日程の都合がつかないと外務省からの回答で会うことは出来ないと言われたようだ。反核、反戦から益々遠ざかろうとする安倍政権の姿勢がここにも見えてきたようだ。
残念ながらわが国も目に見えないところで、徐々に右傾化の環境が醸成されているようで心配でならない。
3898.2018年1月14日(日) 親しい人が去り、段々寂しくなる。
受け取った年賀状を見ていて、訃報を知ることが結構ある。年末に亡くなられたために年末が迫っていたため、ご遺族が送る喪中の挨拶状が年内に間に合わず寒中見舞いをいただくことが多い。今年もそんな挨拶状を何通か受け取った。その中に従兄の他界を知らせる奥様からのハガキがあった。亡くなったことを知らなかったので、私が送った年賀状に対するご返事である。従兄は確か86歳で亡くなられた。71歳から80歳になる我々5人の兄妹もよく知っていた従兄だったので、妹に依頼して兄妹5人の名で今日お花を送ったところである。
年々周囲の親戚や友人が旅立って逝かれるのは実に寂しいものだ。これも運命と思えば受け入れなくてはならないが、実に切ない。若い頃には深刻に考えもしなかった憂鬱であり悲哀である。
それでも生きている間は前向きに少しでも前進しなければ生きている意味がないと考え直すことにしている。せめてあと5年はこの世に生息して、最低2冊の書を上梓し、毎日このブログを書き続けていきたい。
さて、今日から大相撲初場所が始まった。昨年来世間に醜態を曝け出していた。昨日セクハラ問題を起こした立行司式守伊之助に対する処分が発表された。初場所以降3場所の謹慎とその間の無給であるが、伊之助の辞職願を受け入れ夏場所後に協会を去るようだ。初日恒例の日本相撲協会挨拶では、八角理事長は最近の不祥事については一切触れず、それが反って深刻さを象徴していたようだ。館内からもその点を批判するヤジが飛んでいたようだ。2人の立行司が不在となり、結びの取り組みを三役格の式守勘太夫が、結び前の横綱稀勢の里と話題の貴乃花部屋の小結貴景勝戦を同じ三役格の木村玉治郎が裁いたが、緊張していたせいか玉治郎は早くも差し違いをして、敗れた横綱に軍配を上げてしまった。前途は厳しそうだ。
ところで、世界中から相変わらず人種差別がなくならないが、衣料品の扱いでは世界的に知られているH & M社の南アフリカの店舗が、販売広告が人種差別的だとして差別反対の暴徒に襲われた。原因はその広告に「ジャングルで一番カッコいい猿」と表示され、同社製の衣服を着たモデルに黒人少年を使ったのだ。つまり黒人は「猿」だというわけだ。何が面白いのか、無分別に過ぎる。こんな発想を安易にするから、差別主義者が益々増長し、差別は一向になくならないのだ。
3897.2018年1月13日(土) ラグビー日本選手権に思う。
今日も昨日同様相変わらず厳しい寒さである。
快晴だが、その寒い中を秩父宮ラグビー場でラグビー日本選手権決勝戦が行われた。スタンドはラグビーファンで溢れんばかりだった。終始スタンドを沸かせるようなプレイが繰り返され、昨年に続いてサントリーがパナソニックを破り2年連続で日本一のタイトルを獲得した。テレビで終始目を凝らして観戦していたが、ノーサイド直前には一進一退の展開が手に汗を握る熱戦となり、久しぶりにラグビーの醍醐味を堪能した試合だった。スコアは12-8でサントリーが勝ったが、あと1トライを取ればパナソニックの勝利となったほどの接戦だった。最近実戦観戦から足が遠のき、テレビ中継でも最後まで観続けることが少なくなったが、今日ばかりは日本一決定戦に相応しい試合でノーサイドまでテレビにくぎ付けだった。
実は最近のラグビーについて少々気になることがある。近年は大学チームにも外国人選手が増えたが、社会人チームとなると主力にラグビー強豪国の代表選手をメンバーに加えているチームが多いことである。今日も両チームともに有名無実化した外国人選手制限枠があるのかないのか分からないほど外国人選手が中心となって活躍していた。ワールドカップを睨んで実力向上を目指すなら、輸入選手が増えるのはある程度当然かも知れないとは思っている。しかし、あるべき姿としては日本選手権に外国人選手ばかりが活躍するのでは、ちょっと寂しい気がしている。
外国人選手が増えて、実力向上に資するならそれはそれで佳しとして、些か気になるのは外国人選手にはジャージーの袖や首回りから見える腕、首に入れ墨(タトゥ)が目立つ選手が多いことである。特に島国のフィジー、サモアや、トンガ辺りから来ている選手の中に入れ墨選手が目立つ。何年か前に日本ラグビー・フットボール協会長の森喜朗元首相に直接お尋ねしたことがある。せめて入れ墨選手は、入れ墨を人目に付かないよう隠す配慮をしてもらえないだろうか。その選手だけは長袖のアンダーシャツで入れ墨個所を覆うことは出来ないだろうかと。森会長は、彼らの国にはそういう入れ墨の習慣・風習があるのでそれを隠すのは難しいとのご返事だった。それならかつてのジャージーが長袖だったように、入れ墨選手のいるチームは全員が長袖ジャージーを身に付けてプレイしたらどうかと思っている。ラグビーは割合インテリ層に好まれるスポーツだけに、私同様入れ墨を見えないようにすることを期待しているファンが多いと思う。ちょっと見苦しい入れ墨姿を隠す手段はないものだろうか。
さて、問題児のトランプ・アメリカ大統領がまたもや下品な行動で物議を醸している。今度問題を起こしたのは、国内及び国際的な問題である。国内的な問題とは、大統領選前に大統領と元人気ポルノ女優が性的な関係を持ち、口外しない約束で大統領が口止め料を支払っていたことがウォールストリート・ジャーナル紙で報じられたスキャンダルである。もうひとつの国際的な問題となったのは、ホワイトハウスの会議でハイチやアフリカ諸国を「屋外便所のような国々」と呼んだと伝えられたことから大統領は人種差別主義との批判が広がったことである。いずれも大統領は若干ニュアンスが異なるなどとして否定しているようだが、それにしてもよくもこれほど非常識な言動をしてくれるものである。流石にアメリカ国内でも呆れて大統領としての資質を問題にする動きも出ているようだ。トランプ大統領の非常識に比べれば、わが安倍首相の方がまだましだと慰めるよりないか。
3896.2018年1月12日(金) 今年の運勢は「辰巳天中殺」
昨日から日本全国を寒波が襲い、就中日本海側では九州まで豪雪にやられている。新潟県では信越線列車が途中で動けなくなり、停車したまま夜を明かした。車内にはかなりの乗客がいたが、お互いに座席を譲り合っていたという。こういうおもいやりは麗しいものである。北陸道では一部車両通行止めとなり最大で410台もの車が立ち往生した。北海道・幌加内町では今日最低気温零下25.4℃を記録し、沖縄にも霙が降った。明日は大学入試センター試験が全国で行われるが、受験生も明日の天候を心配している。奈良にいる孫も明日受験するが、無事受験出来ることを祈るばかりである。
風こそないので助かるが、寒波は今日も激しく外出するのも二の足を踏むところであるが、高校の友人、大塚武夫氏に相談ごとがあったので、呼び出して自由が丘駅まで来てもらった。昨年10月末の高校同期生会以来の再会である。駅前の天麩羅店「天一」で昼食を取ったり、カフェでコーヒーを飲みながら、ペンクラブの会計面で仮払金の処理方について意見を聞く。15日にペンクラブ財務委員会が開かれるので、その際建設的な意見を具申したいと考えている。大塚氏は一橋大学の同級生が集まる会合で度々持論を開陳していると聞いている。今日彼から珍しい占いのお説を承った。
我々2人はお互いに今年傘寿を迎えるが、誕生日は僅か2日違いである。中々理解するのが難しいが、彼の説明によれば、今年はお互いに「辰巳天中殺」ということになり、運命のリズムとしては狂いがあるかも知れないので用心が必要ということらしい。特に、今年と来年は「価値あるものの獲得、或いは時間をかけて学ぶべきものを発見」することが出来るということで、好調期にいながら運命の大揺れが起こり、運勢の上下、浮き沈みが非常に粗いということでもある。気をつけなければいけないということのようだ。謙虚に受け止めたいと思っている。
今年は大きな目標としては、これまで半世紀以上に亘って出かけた海外武者修行体験とメディア報道に対する所感をまとめた作品を上梓したいと考えている。更に来年上梓を予定している岡本太郎、藤山一郎ら100年前の慶應幼稚舎仲良し4人組のノンフィクションにもボチボチ手をつけようと考えている。
油断さえしなければ、幸運も捕まえられる可能性もあるようなので、チャンスは逃さないようにしたい。
それにしても運勢などにはほとんど無関心の私に反して、大塚氏はよくもこれだけ入れ込んで広く研究するものだと感心するばかりである。