充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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3975.2018年4月1日(日) エイプリル・フールにして新年度入り
今日はエイプリル・フールにして新しい年度に入る。社会的な話題で興味を惹きそうなことがある。中でも大阪市営の地下鉄が民営化されるというのも珍しい。いずれ都営地下鉄もそうなるかも知れない。広島市では今日から原爆記念公園内では全面的に禁煙となる。今も喫煙について国や地方でのルールが決定されない中で一足先に全面禁煙に踏み切った。喫煙者には辛い決定だろうが、世の中が禁煙の方向に向かっていることや、戸外とは言え子どもが多い場所であることを考慮すれば、これも受け入れざるを得ないルールではないかと思う。
今年度はいろいろ社会的、或いは反社会的なルールがいくつか決定されるようだ。反社会的のものでギャンブル法案という馬鹿げた法案が成立しそうだ。特区構想とか言い逃れをしながら、非倫理的な賭博を認めて金を稼ごうというのだ。しかし、現在与党内でも自民党と公明党との間で対立しているのが、いわゆる賭博場への入場料である。自民党は収益を上げるためには、入場料を安くして大勢の入場者を賭博場に呼び込みたいと言い、他方公明党はモラル上あまり積極的に賛成ではなく、極力入場料を高めにしてゲートを潜り難くする高額入場料設定を主張しているようだ。所詮どちらせよアイデイア自体次元が低い。公明党案の方が悪をまき散らす恐れが少ないだけに、まだましだろうか。いっそのことうんと高額にして大金持ちの賭博師しか手が出せないようにしてはどうだろうか。
さて、古代インドでは、生涯を4つの時期、「学生期」「家住期」「林住期」、そして「遊行期」に分けて考えたという。先の3つの時期は大体25年間をメドにし、最後の「遊行期」は10年ぐらいを考えている。その中で50年の人生を生き抜いて来た後の25年、つまり51歳から75歳までの「林住期」が、人生のクライマックスと考えられている。
実は会社同期入社の仲間に、昨年に続き同期生会の案内を出す時期である。そこでハタとこの言葉を思い出した。我々同期生は皆すでに「林住期」を過ぎている。実は、この言葉は五木寛之氏著「林住期」から拾ったものだが、これを読んだのが今から10年前だった。「林住期」の絶頂期にいたころである。だが、今では古代インドなら「遊行期」にいる。
五木氏の主張は、要は仕事を止めてから「毎日が日曜日」ではなく、これから残りの人生を仕上げる気持ちが必要だとのご託宣である。我々は人生を仕上げる気持ちが必要だということになる。考え方としてはまったく同感である。面倒さから手を引こうというのか、自分の身の回りから連絡網をどんどん絶っていく人が意外に多い。また、恒例だった集まりからも身を引く人が目につく。こうして身の回りから知人をどんどん避けることになる。そうなれば、当然付き合いの度合いは狭くなり、世の中から遠ざかる一方になる。だが、生きて行く以上唯我独尊というわけには行くまい。その点がどうしても気にかかる。それでも年賀状は送る枚数より、受け取る枚数の方が少なくなっている。面倒で連絡もしないまま、自分から繋がりを絶ってしまう人が多い。人生の仕上げが出来ないと思うのだが・・・。
3974.2018年3月31日(土) 天皇即位の公式スケジュール
来年4月30日に今上天皇が退位され、翌5月1日に皇太子が新天皇として即位されることはすでに決定しているが、これらの儀式と相前後していくつか重要な儀式が行われる予定である。その最大級の行事「即位礼正殿の儀」が10月22日に行われることが決まった。それは国内外に天皇の即位を正式に宣言するのが目的である。その後11月14~15日に大嘗祭(だいじょうさい)が行われる。これは新穀を神様に備えて祈ることを意味している。ところが慣例としてそのための祭場「大嘗宮」を皇居内に建設しなければならない。今上天皇即位に際して建てられた大嘗宮は、約14億円かかったという。今ではそれを遥かに上回る公費が必要とされる。
概ね今上天皇即位の折の例を一応参考にするようだが、皇室行事は、一般人のそれとはかけ離れてひとつの祭事に時間と費用がかかる。また、憲法が定める国民主権や政教分離の原則との整合性が問題になる。原則的に宗教儀式に公金を使ったり、国家公務員が挙行に携わったりすることなどは憲法上疑義があるとされている。加えて「即位礼正殿の儀」では、天皇が国民の代表である首相より高い位置からお言葉を述べることも懸念されている。微妙な問題だが、このように憲法上問題にされそうな点がいくつかあるようだ。天皇、皇后の精神的な負担もかなり重い。また雅子皇太子妃が健康上勝れないことにも配慮して精神的、肉体的に新天皇、新皇后にあまりストレスを与えるようなことは避けなければならない。
今心配されているのは、「即位礼正殿の儀」の後に予定されている「饗宴の儀」の扱いである。今上天皇即位の折は、国内外から何と約3千人のゲストを招き、4日間で昼夜7回も開催したことがあり、これが天皇・皇后に相当な負担となったようだ。この規模を縮小することを検討しているようだが、海外の賓客を減らすのはかなり難しいらしい。
時代の流れも考えてもっと簡素化することは出来ないものだろうか。まだまだ時間はある。
さて、今日は春休みということで、奈良に住む長男の2人の娘が新幹線でやってきた。新横浜駅で横浜に住む二男家族4人と待ち合わせ昼食を楽しんだ。その後2人の娘たちが原宿の竹下通りへ行きたいということで妻が連れて行った。4月から高校生になるハンドボール選手の長女と中2生の二女は、やはり関心は世の現代娘と同じである。明日はディズニーシーへ連れて行くことになっているが、とても付き合い切れないので、これも妻が付き添うことになる。孫のお守りも中々大変であるが、2人とも素直で元気なのが好い。
3973.2018年3月30日(金) アナウンサーが間違える言葉の使い方
年度末を迎えて、新年度にはステージを去るテレビ番組のキャスターやレギュラースタッフがお別れの挨拶をしていた。NHK朝のニュースでもお別れの挨拶をしていた。「ありがとうございました」と口裏を合わせるように感謝の言葉を述べていたが、この「ありがとうございました」という表現は間違いで、「ありがとうございます」が正しい日本語である。
今から14年前の2004年アテネ・オリンピックの折、メダリストに対してNHKアナが「おめでとうございました」「ありがとうございました」と度々言っていた。NHKは「ございます」と「ございました」を動詞の現在形と過去形だと思い違いしているようだが、これは「ありがとう」と「おめでとう」にそれぞれ「ございます」という丁寧語を付けただけだ。従って動詞ではないので、勝手に時制の変化をさせてはいけないとお節介だったが、NHKに対して「ございました」は間違いだと指摘、注意し拙稿掲載誌を送った。当時の放送文化研究所用語研究班S氏とアナウンス室担当部長T氏からは、以降アナウンサーには「~ございました」ではなく「~ございます」と話すよう指導すると回答をもらった。実際その後しばらくはNHKアナから「~ございました」は聞かれなくなってすっきりしたと思っていた。
ところが、いつの間にかそれが元の木阿弥となり、今では間違った言い方「ありがとうございました」「おめでとうございました」が通り相場になっている。普段そのように話しているせいであろうが、誰もそのことに気を遣わないとは少々情けない。それにしてもNHKでは指導者が注意しても時が経てば忘れ、それが正しいことであっても正そうとはしない空気があるのだろうか。これを民放が真似するわけだ。
因みに今朝話していたキャスターと出演者も、一人ひとり「ありがとうございました」と言っていた。気持ちが伝われば良いと考えているのかも知れないが、あまりにも軽いという印象は否めない。それに話すこと、伝えることが職務とも思えるNHK内部に言葉を大切に扱うという気持ちが見られないのが、何とも寂しい。
今ではNHKに在職しているのか分からないS氏とT氏が、これを観ていたら何と思うだろうか。結局のところ偉そうなことを口にしても、話し手のプロが基本である言葉の使い方を知らないということなのである。加えて外部からの正しいアドバイスも無視される。これでは良かれと思いアドバイスしても張り合いがないということにもなる。
こうして日本語はメディアから壊れていくのだろう。桜が散り始めた時節に合わせて寂しいことである。
3972.2018年3月29日(木) ロヒンギャ難民問題を直視せよ。
今朝の朝日新聞「論壇時評」で担当記者が選ぶ「注目の論点」に取り上げられているのが、菱田雄介氏の「ロヒンギャ 忘れられた難民たち」である。早速掲載誌「中央公論」4月号を近くの書店で購入し目を通してみた。筆者の読売テレビ・ディレクター菱田氏はバングラディッシュ側から難民キャンプに入り、ロヒンギャ難民やミャンマー人に直接取材した。菱田氏は論稿の中で問題発生の原因は、19世紀前半第1次英緬戦争でビルマ(現ミャンマー)がイギリスに敗れ、すでにインドを支配していたイギリスがミャンマー・ラカイン州に住んでいた仏教徒を追い出し、ベンガル地方のイスラム教徒を強制居住させたことにあると指摘している。
ロヒンギャ事件が明るみに出た昨年8月以来、残念ながら真っ当にイギリスのこのような悪行を指摘したのは知る限り菱田氏が初めてである。知っていても書かないのか、或いは知ろうともしないのか、国際的にも日本のジャーナリストの間にもこの問題の真実を究明しようとの姿勢は見られない。ジャーナリズムの劣化と呼べば好いのだろうか。
筆禍事件を恐れる日本のジャーナリストは、これまでこの点にまったく触れて来なかった。また罪悪感があるのだろうか、イギリス政府もこの件についてはノーコメントを通して、国連が各国はミャンマーに対して経済制裁を課すよう促している有様である。国連もレベルダウンしたものである。アウンサンスーチー国家顧問も辛い立場にあるが、反英行動には出られない。自身亡夫と子どもが英国籍だからだ。菱田氏はミャンマー人から彼らがロヒンギャを許せない事情を聴き出す。
これらにつき、これまで日本のジャーナリストは関心を示さなかった。しかし、これだけ国際社会の注目を集め、ミャンマー、バングラディッシュ両政府間で事態解決のための協定は結ばれたが、それも実行されることなく今日に至っている。菱田氏のように現地へ入り真実を突き止め、それを基本に本当の解決策を見出さずにミャンマー政府だけを一方的に非難しても事態は解決しない。
このロヒンギャ難民問題については、私自身これまでイギリスが反省し倫理的にも道義的にも罪の重さを感じて積極的に解決のために乗り出すことを期待しているが、イスラエル建国問題で二枚舌外交の前科があるイギリスは知らぬ存ぜぬである。今月1日のブログでも取り上げたが、今取り掛かっているメディア批判の拙著の中で、この問題に対する日本のジャーナリストの無責任ぶりについても更に追及して行きたいと考えている。
いずれにせよ悪の根源はイギリスにある。イギリスの悪行を放置してはならない。
折も折健康不良で辞任したティンチョー大統領の後任に、昨日スーチー国家顧問の側近、ウィンミン前下院議長が就任した。新大統領には、何とか事態を打開してほしいものである。
3971.2018年3月28日(水) 金正恩・北朝鮮労働党委員長、訪中の目的
25日北朝鮮から要人専用特別列車が北京へ到着し、要人はゲストハウスの釣魚台賓館へ入った。北京駅から厳重な警戒の下に宿舎まで車列が動いた。厳しい交通規制も敷かれて通行路は一種異様な風景だった。そのまま北京市内に3泊して習近平国家主席ら中国首脳らとも会見した要人は、今朝北朝鮮へ戻った。誰がいつ、何の目的でこのような異様な形で北京を訪れたのか想像するしかなかったが、今朝漸く中国テレビが公表した。想像されたように、要人とは金正恩・北朝鮮労働党委員長であることが正式に発表された。
中国と北朝鮮の間は一時の蜜月を終えて、最近ではあまり密接な間柄ではない。中国も知らされない間に5月末に米朝首脳会談がセットされたことが、北朝鮮の影武者を自認していた中国を焦らせ、中国としては北朝鮮に影響を与える国としての存在感を発揮すべく積極的に出たのではないだろうか。特にアメリカに対して優位に立ちたいとの思惑がある。一方で北朝鮮は現在中国からも経済制裁を受けて何とか中国と縒りを戻したいとの願いがあり、可及的速やかに中朝首脳会談を持ったというのが、当たらずとも遠からずだろう。
それにしても要人の名前なぞ事前に発表しても問題はないだろうに、なぜこうまでして金正恩という名を隠さなければならないのだろうかちょっと訝しい気がする。これだから中朝両国は、機密とか、隠密面でどうも闇の中にいるような陰湿なイメージを想像させるのだ。
株式市場では中朝再接近がどう受け取られたのか、よく分からないが、今日の日経平均株価は対前日286円も下がった。