充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
ブログ一覧
4219.2018年12月1日(土) 半世紀前を想い出させるマレーシアの人種差別的動き
少々異色だが、興味を惹く記事が朝刊に載っていた。それはマレーシアでまたもや民族問題に火が点きそうな政治的な動きがあることである。半世紀近くに亘ってこれまで国内でマレー系国民を優遇する法律(ブミプトラ政策)が幅を利かせていたが、過日マハティール氏が首相に復帰してから新たな問題が浮上してきた。1969年マレー系と裕福な中華系の間で民族間対立による衝突が起き、多数の死者を生んだ。その結果それまでの中華系優遇を改めてマレー系の優遇を定めたブミプトラ政策が施行されるようになった。それが、再びマハティール政権になって一部マレー系以外の大臣を起用したことが人口の70%を占めるマレー系住民の不安を煽っているようだ。
実は、1969年の民族衝突による暴動が起きた時、選りに選ってちょうど新婚旅行中でそのとばっちりを受けてしまった。バンコックからマレーシアのペナン島へ飛ぶ予定でバンコック空港へ着いたら、航空会社のスタッフからマレーシアで暴動が勃発したため、戒厳令が敷かれペナン空港は閉鎖されたので、搭乗予定機はキャンセルされたと言われ、私たち新婚夫婦はペナン、クアラルンプール、及びシンガポール行きを諦めざるを得なくなった。翌日特に目的があったわけではなかったが、バンコックから北部のチェンマイへ飛んだ。それはそれで良かったが、えらい事件に巻き込まれたというのがその時の気持ちだった。ほぼ半世紀前、実に49年前のことである。旅行先から妻の実家へ連絡しなかったので、両親はかなり心配していたようだった。
同じ国内に異民族が居住するとどうしてもトラブルを避けられないことがあるものだ。最近国際的に注目を集めている仏教国ミヤンマー国内へ、戦前当時の宗主国イギリスによって強制移住させられてきたイスラム系ロヒンギャ族が今日大きな国際問題となっているのが典型的な例である。ヤマト民族単一の日本では幸い民族問題は、戦前の朝鮮人、アイヌ民族、一部のエタ問題を除けばほとんどなかったに等しい。それがいま日本でも大きな問題となりつつある。外国人の労働者の受け入れ拡大を目指して出入国管理法改正案が国会で議論されている。すでに法案は衆議院を通過しているが、野党は余りにも拙速であるとして反対している。少子高齢化の影響もあり、労働者が不足していることは間違いないが、細部にもよほど注意を向けないととんでもない「人買い」に成り兼ねない。国会内の動きは拙速のそしりを免れない。どういうことになるのか。
4218.2018年11月30日(金) 北原白秋の甥、邦雄氏の卒寿祝い
今日は吉祥寺の銀座アスターで北原邦雄さんの卒寿のお祝い会が開かれた。これまで北原さんは詩人・北原白秋の甥だと聞いていた。今日北原さんから頂いた家系図コピーを見たうえでご自身のお話を聞いて、北原さんの父上と白秋が従弟同士で、北原さんは白秋の実弟の養子になったことから伯父と甥の関係になったと知った。邦雄という名は白秋が名付け親だったそうである。大学の先輩でもある。
30人近い出席者がひとり2分でショート・スピーチを行うことになった。私は北原白秋作詞、山田耕筰作曲による母校・湘南高校校歌にまつわるエピソードを披露した。歌詞は♪秀麗の富士を高く~♪で始まるが、白秋が作詞したのは「高く」ではなく「白く」だったそうである。それを作曲した山田耕筰が白秋に無断で変えてしまったのだ。山田耕筰は「白く」にすると夏は歌えないし、校歌は1年を通して歌われるので、「白く」を「高く」にした方がベターということらしい。先日母校同窓会会長だった天野武和さんから伺った話である。皆さん頷きながら聞いてくれた。
2時半に会場を後にして藤山一郎さんの甥の増永基文さんと藤井悦子さんとカフェで話し込んだが、お互いに話が合ったのか、気が合ったのか、気が付いたら6時半を過ぎていた。こんなにカフェで時間を費やしたのは初めてである。初めてお会いした藤井さんの娘さんの夫君は現警視総監だというから圧倒される。それにしても今日のお祝い会は、北原さんご自身も大分乗り気のようにお見掛けした。実際いただいた資料がものすごい。出席者の姓の謂われを一人ひとり書いてくれたり、ご自身の誕生以来の流行り言葉の列記、ご自身が誕生された日の読売新聞のコピー、など熱の籠ったものばかりだった。おまけに貴重なクラシック曲集の書籍までいただいた。北原さんは、傘寿の私より10歳年長で、来年結婚60周年だそうだから来年金婚式を迎える私にとってはこれもまた10年先輩になる。帰りがけに元気で、また会いましょうと言いながら別れた。皆さん北原さんを敬愛している人たちばかりで、気持ちの好いお祝い会だった。
4217.2018年11月29日(木) 「NATIONAL GEOGRAPHIC」誌12月号に拙稿掲載
今日配送されてきた「NATIONAL GEOGRAPHIC」(日本語版)12月号の「読者の声」欄に投稿した拙稿が掲載されている。9月号の特集でアフガニスタン、パキスタン、ヒンドゥークシ山脈、カラコルム山脈周辺を旅したフォトグラファーのサロペック氏の山岳紀行記「山を越え、時を超える」に触れて、自分自身がカイバル峠を訪れた時の印象をイメージして書いたものである。内容が一般的ではなく珍しいから採用された一面があるが、それでも同誌に掲載されたのは、これで6度目である。
さて、またもや日韓両国の間に難しい問題が持ち上がった。今年従軍慰安婦問題につき、韓国最高裁が彼女らの訴えに対して日本政府が謝罪と賠償を行うべきだとの判決を下した。更に先月新日鉄で働いていた徴用工についても新日鉄に対して賠償するよう命じた。すでにいずれも1965年日韓請求権協定で解決されたことである。それらを再び蒸し返そうというのである。
そこへ今日戦時中広島と名古屋の三菱重工で働かせられていた韓国人の元徴用工と元女子挺身隊員が、同社に損害賠償を求めた最高裁上告審で彼らの主張を認め、同社に原告への賠償金を支払うよう命じた。
日韓両国の間には、竹島問題も横たわっている。今の様子では、両国間でこじれた問題はそう簡単には片付きそうもない。韓国外交省は「政府は司法判断を尊重し、被害者の苦痛と傷を癒すため努力する。これと別に韓日関係の未来志向的な発展のためにも続けて努力する」との立場を発表した。かつての日韓国交回復に関する協定内容には一切触れていない。自分たちの都合の好いように解釈している。心の底から和平を感じられるようになるのは、一体いつのことだろうか。
日本政府としては到底納得出来ない上告審判決であり、早速河野外相が極めて遺憾であるとの声明を発表した。ことの解決には相当時間がかかりそうであるし、その間日韓両国間にはギクシャクした空気が漂うだろう。
4216.2018年11月28日(水) びっくりした! 特賞当たる!!
日本旅行作家協会の忘年例会と称する懇親会が飯田橋のホテル・メトロポリタンで開かれた。ほぼ3年半ぶりに出席した。監事の近藤聰氏を日本ンペンクラブ会員に推薦し、26日の理事会で承認されたことを近藤氏に直接伝えたいという気持ちと同じく推薦者になっていただいた栗山定幸氏とも話をしたいと思ったからである。日本旅行作家協会会員の中には、日本ペンクラブ会員も何人かいる。当協会会長の下重暁子さんも日本ペンの副会長である。
今日びっくりしたのはお開き前の最後の抽選会で何と特賞「にっぽん丸クルージング」が当たったことである。クジ運は決して悪いわけではないが、これまで上位当選なんてことはなかった。それが今夜は最後の出し物で特賞を得たのだから本人が一番びっくりした。壇上で商船三井客船㈱嶋田和芳常務から目録をいただき、挨拶する羽目になった。目録には「にっぽん丸 神戸/横浜C to Seaクルーズ、2018年12月25日(火)~12月26日(水)2日間1室2名様(客室タイプ:コンフォートステート)」と書かれている。嶋田常務には、乗船体験記を書きましょうと約束した。
帰宅して妻にこのハプニングを話したら、流石に驚いていた。乗船日は2人とも予定がないので、揃って参加することに決めた。妻とはエーゲ海クルーズ以来の船旅である。今年傘寿を迎え、来年は我々夫婦にとって金婚式を迎えることになる。今年も残り1ヶ月と押し詰まり、終わりよければすべて佳しとの言葉通り、来年もきっと幸多い1年になることを信じている。
さて、今月初めから中南米の移民キャラバンが大群となって北上し、メキシコ領内を通過して目的地アメリカとの国境にたどり着いた。キャラバンの中の数人は国境線上の高い壁を上ってメディアにアピールしているが、アメリカ領内壁の下では米陸軍兵士が銃を構えて見張っているためそれ以上の行動には出られない。これからどうなるかと気になっていたところ数人が米兵士に捕らえられたようだ。
一方今月8日以来アメリカ・カリフォルニア州内の山火事が燎原の火の如く拡大して、大勢の住民とともに多くの家屋が炎に包まれ、いつ消火されるとも分からなかったが、25日に漸く東京23区と同じ面積を焼き尽くして鎮火した。過去にないほどの大きな災害となり、90人以上の人が亡くなった。行方不明者の数も200名を超えると見られている。毎年のように大きな被害を出していながら、毎年同じような山火事を起こしている。どうして防止出来ないのだろうか。アメリカのような世界第1の大国にとっても解決不可能なことなのだろうか。これはアメリカ人の思い上がりと自意識過剰によるものだと思う。
もうひとつアメリカ人が今以て解決出来ないのは、銃乱射事件防止である。これは原因がはっきりしていながら、全米ライフル協会が政界に多額の寄付をして、法律で銃の所有を禁止する制度を遮二無二抑えようとしているからである。悪いことだと分かっていても自分の身は自分で守るという前近代的な思想に凝り固まっているのだ。自らの行き方が最善だと思い込んでいる狭量さから脱皮出来ないうちは、アメリカは世界から尊敬される存在にはならないだろう。
4215.2018年11月27日(火) 箱根ロータリークラブで卓話を行う。
先日元小田急不動産の野頼清氏から箱根ロータリークラブ会合で「卓話」講演を依頼され、今日箱根湯本の湯本富士屋ホテルでお話した。最近難聴の傾向が表れていたので、このところ講演は極力控えてきた。今日の卓話も昨年4月所属するNPO「知的生産の技術研究会」でキューバについて講演して以来1年半ぶりである。 ロータリークラブの卓話は、以前吉祥寺と品川で行ったことがある。ロータリークラブならではのコースの食事をいただいた後で限られた時間内にスピーチを行う特異な方法である。時間が30分と制約されているので、短い時間内にうまく起承転結をまとめ、内容的にも面白く充実したものにしなければならない。
会場へ行くに先立ち当初野頼氏が車で小田原駅まで出迎えてくれるという約束だったが、最近駅施設が改装された小田原、箱根湯本両駅を訪れていないので、個人的にそれらの周辺地域を見学したい気持ちもあるうえに、予定より時間的に早く小田原駅へ着けそうだったことから新幹線乗車前にお断わりして、小田原地下街や箱根湯本駅周辺を歩いてみた。湯本駅前には街路のように空中歩道が張り巡らされているのには昔日の感に捉われた。更に最近の観光ブームで承知はしていたが、この箱根辺りも代表的な日本の観光地であるだけに、やはりかなり多くの外国人観光客の姿が見られた。
今日のテーマはパワーポイントを使いながら「実体験から『海外危険地域の旅』の安全を考える」と題して、副題として「フリー・ジャーナリスト安田純平氏の身柄拘束は事故責任か?」と問うものだった。自分の初期の海外武者修行に出遭ったリスキーだった事件をいくつか採り上げて説明した。懸念していた通りやや時間が足りなくなり後半は駆け足になり、話の終わりの部分で安田氏の行動に関して説明する時間が十分でなく、若干踏み込みが足りなかったのではなかったかと反省している。基本的に安田氏の行動を支援する立場から持論を語ったが、聴講されたロータリークラブ会員の方々にどれほどアピール出来ただろうか。それでも皆さん熱心に目と耳を傾けてくれていたようだったので、最低限の責務は果たすことが出来たのではないかと思っている。