充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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4264.2019年1月15日(火) 稀勢の里3連敗、横綱の座風前の灯
旧臘乗船したクルーズ船「にっぽん丸」がグアムから昨日横浜港へ帰港した。グアムで桟橋にぶつけて右舷後方部を損傷したので、外航は大丈夫かと心配したが、新聞写真で見るとぼろ隠しのように接ぎが当てられていた。あれでは波浪が高かったら浸水するのではないかと気になる。航空会社や鉄道会社のように予備がないので、あの破損事故により「にっぽん丸」には予備がないため、代替船がないと会社の営業成績にも大きな影響が出るのではないかと懸念される。われわれは神戸から横浜までのショート・クルーズだったが、幸い素晴らしいクルージングを体験させてもらった。一日も早く船を修理して再びあの夢見心地にさせてくれるクルージングを復活させて欲しいものである。
さて、大相撲は1年6場所のうち、一番盛り上がる初場所が今行われているが、今場所で最も注目されている話題は横綱稀勢の里の復活と進退である。一昨年大阪の春場所でケガを負いながらも優勝して以来、そのケガのため休場、途中休場が続き、流石に相撲協会も今場所に進退をかける「激励」を示して横綱を激励しつつ背水の陣に追い込んでいる。そして、今日は3日目だったが、その横綱稀勢の里は、立ち上がりから組手が悪く今日も敢えなく敗れ、初日から3連敗でいよいよ追い詰められてしまった。1場所15日制が定着した1949年夏場所以来、不戦敗を除く7連敗を記録した貴之花を越える横綱ワースト8連敗という屈辱的結果を残してしまった。
かなり同情の声も聞かれるが、それでも勝負の世界ゆえこう負け続けると潔く土俵を去るべきだとの声も囁かれている。それにしても稀勢の里の話題ばかりが注目されているが、他の上位陣も情けない成績だ。今場所は今日3日目で3人の横綱が合わせて4勝5敗、大関3人が1勝8敗の無様な成績ではあまりにも不甲斐ない。ひょっとすると明日にでも稀勢の里引退発表会見が行われる可能性もある。
優勝争いは混沌として別の意味で騒がれているが、3勝の横綱白鵬を除いて横綱、大関陣の中に優勝争いに絡んでくる関取がいないことは少々寂しい。このままの状態で、千秋楽には果たして誰が賜杯を手にすることになるだろうか。
4263.2019年1月14日(月) 梅原猛・元日本ペンクラブ会長逝く。
哲学者で文化勲章受章者でもある梅原猛氏が、一昨日肺炎のため93歳で亡くなられた。梅原氏は日本ペンクラブ会長を6年間務められた。今から30年以上も昔「知的生産の技術研究会」で講演されたことがあり、その時若い男性が反対の強い意志を訴えるためには電車へ飛び込み自殺も厭わないと言って梅原氏を苦笑いさせていたことを想い出す。桑原氏は日本古代史の研究家でもあり、その分野で奇想天外と言えば語弊があるが、度々異色の梅原説を発表して世間をあっと言わせたし、反論もかなりあった。
寡聞にして知らなかったが、新聞に依るとその有名な説のひとつは、法隆寺は聖徳太子の怨霊を鎮めるために建てられたとする学説「隠された十字架―法隆寺論」であり、もうひとつは、柿本人麻呂は流刑死したとする「水底の歌―柿本人麻呂論」だそうである。通説を覆す独創的な説は梅原古代学とも呼ばれて一部では高く評価されているようだ。ただ、それに対してはかなり反論もあったようだ。リベラルな考え方は終始一貫して、イラク戦争や自衛隊の海外派遣には反対し、平和憲法擁護を訴えておられた。よく存じ上げている小中陽太郎氏の奥様のご親戚だったように思う。
さて、昨夕テレビ東京で放映された「池上彰の世界を歩く」で、現代史を歩くとのサブタイトルで「日本中が胸を熱くした美貌の金メダリスト」を観た。東京とメキシコ・オリンピック体操競技で2大会連続金メダリストだったチェコのベラ・チャスラフスカさんを主人公にオリンピックの裏話と、彼女が関わった「プラハの春」とその当時のチェコの時代性に焦点を当てて興味深かった。
「プラハの春」については、個人的に1968年「プラハの春」によるソ連軍及びワルシャワ機構軍のプラハ侵入により、プラハ留学の希望を諦めなければならなくなった個人的な事情から強い思い込みもあり、昨年「知研フォーラム」10月号に経緯を書いた小論文を寄稿したほどである。これまでにチェコへ4回訪れているが、チェコ国内のどこかで彼女についてしばしば話を聞くことがあった。それほど名の知られた人物ではあったが、「プラハの春」当時、ヘルシンキ・オリンピック長距離走で3つの金メダルを獲得して人間機関車と呼ばれたエミール・ザドペックとともに「2千語宣言」に署名して、これほど強くソ連に抵抗していたとは当時は思ってもみなかった。
これとは別に、いつか訪日された時のインタビューで、近年の女子体操界が曲芸のような演技に傾きがちで、本来必要な「美しさ」や「優美さ」のようなものが失われつつあると寂しそうに語っておられたのが印象に残っている。2016年にすい臓がんで亡くなられたが、家庭的にはあまり恵まれず、東京五輪でチェコスロバキアの400mランナーだったオドンネル氏と結婚したが、その後離婚され、2人の間の息子によって元夫が殺害されるという辛く悲しい事件に襲われた。
「プラハの春」だけに焦点を絞るのならこれでも好いが、チャフラフスカさんを主人公にするならプライバシーも取り上げないと本来の意味で彼女を描いたことにならないと思う。
このドキュメントでは、「プラハの春」当時の映像を交え、どうして「顔のある社会主義国」、つまり「言論と表現の自由」を認めるチェコ式社会主義国家が破綻したのか、またソ連による厳しい秘密監視社会などについて分かり易く解説してくれた。1989年「ベルリンの壁」崩壊後に、新たにビロード革命を成し遂げて大統領に就いたヴァーツラフ・ハヴェル氏がチャフラフスカさんを大統領顧問に迎えたが、ハヴェル氏に日本人として早々にお会いしたのも小中氏だったと思う。
それにしても池上氏はしきりにプラハを世界で一番美しい街と持ち上げていたが、確かに世界の古い都市の中で「百塔の街」と呼ばれるプラハは美しい。街の様子を観ているともう一度訪れてみたいと思う。
4262.2019年1月13日(日) 政府はなぜ日米地位協定を改定しないのか。
以前から日米安保条約で承認しているとは言え、日米地位協定に拘束されて在日米軍が日本国内で犯した罪を、日本が警察権も、裁判権も行使出来ないまま半世紀以上に亘ってそのままにしているのはおかしいと思っていた。それはごく普通の日本人なら誰でも疑問に思うところだと思う。60年安保闘争で、我々学生は安保改定に強く反対したが、自民党の強行採決により法案は通り、その理不尽な日米地位協定というものが容認された。
この当時は、まだ日本政府にはアメリカに遠慮し、おもねるところがあってアメリカ政府の言いなりだった。だが、同じ敗戦国でもドイツ、イタリアに駐留していた米軍は、国際法通り裁判の主権は米軍に明け渡していない。日本政府はこれまで日本の法律を米軍に原則適用しないと説明していた。その理由について昨今政府は腰砕けのように、敢えて国際法に触れることをやめると述べた。これがよく分からない。どうも基地問題が騒がしくなり、その点への批判の高まりをかわすためにそういう屈辱的なことを言い出したようだ。
日米地位協定については、本音は別にしてアメリカ政府は国際法上受け入れ国の法律に従うのがルールとの見解を了解している。それなら日本政府がアメリカ政府内に一部反対があろうとも、日米が対等な立場に立つという観点から真剣に交渉して不利な日米地位協定を変更させることは可能である。日弁連も領域主権から考えて米軍に対しても日本の法令の適用が原則であると述べている。日本政府だけが腰が引けているのである。政府は正面から答えることをせず、重箱の隅をほじくる言い訳のような主張を繰り返しているばかりである。しかし、これでは沖縄問題を始め国内で噴火口となっている米軍駐留問題を益々難しくするばかりか、アメリカへの忖度のあまりアメリカの属国と変わらない状態を放置するだけである。
国会議員に過剰な忖度をしている外務省は、説明から国際法を削除したことについて、「原則不適用」の根拠となる国際法があるという見解は変えていないなどと支離滅裂なことを言っている。これでは、当分日本はアメリカに対して独立国どころか、植民地的対応をされることになる。歴史の逆行である。これで日本は世界に向かって経済大国と言えるだろうか。
明日成人の日であるが、1日繰り上げて今日成人式を行った自治体がかなりある。60年前に成人の日を迎えたが、当時は何らの催しも行事もなかった。仮に今日のように賑やかな成人式に招かれたとしても、当時浪人生活2年目で大学入試を目前にしては出席など出来なかっただろう。近い将来成人年齢が現在の20歳から18歳に変わる。騒がしく誘惑の多い現代社会で18歳になったばかりの若者に多くを期待することは難しいが、せめて沖縄県民の生活環境を厳しくしている日米安保条約についてもう少し関心を持って欲しいと願っている。
4261.2019年1月12日(土) 竹田JOC会長贈賄疑惑は意趣返しか。
ゴーン日産前会長が昨年11月に逮捕されてから保釈される様子がなく勾留されたままである。日本と外国では司法手続きが異なり、ゴーン前会長に対する勾留も外国から見ると疑問視されているところもある。ゴーン氏が君臨しているルノーでは、日産がゴーン氏を解職したのに対して依然として最高位の会長職に留まっている。フランスのメディアも日本の司法に対して疑問を投げかけている。
そんな折も折竹田恒和・日本オリンピック委員会(JOC)会長が、フランス司法当局から2020年東京オリンピックの招致を巡ってコンサルタントに支払ったコンサル料が、汚職に関わった疑いがあるとして竹田会長訴追に向けた手続きに入った。竹田会長はもちろん否定しているが、ゴーン前会長の特別背任罪と同じ次元で捉えられているようだ。
これについて、今朝の「天声人語」にも「~ルノー会長として、かの国で尊敬を集めてきたカルロス・ゴーン容疑者に対する意趣返しか~」と書かれている。贔屓目に見て、竹田会長にはゴーン氏のような私利私欲はなかったと思うが、悪いように受け取られなければ好いがと思う。嫌なことになった。
さて、今日は今年度の全国大学ラグビー決勝戦が、明治大と天理大との間で行われ、22 対17で明治が勝ち22年ぶりに大学日本一になった。母校慶応は関東大学対抗戦で明治に勝っていながら、全国大会では準々決勝で早稲田に敗れて今年もダメだった。
ついては、今夜NHK・BSで戦時中に行われたラグビー非公式試合・東大対京大戦に関するドラマ「キミに最後の別れを~東大ラグビー部秘話」が放映された。元旦のラグビー祭で東大ラグビー部スタンドオフだった後輩のOB会長から紹介され、ぜひ見て欲しいとメールも送ってきたので楽しみにしていた。ドラマの出来は何とも言えないが、部員全員が戦時下ではあり得ない長髪だったり、ポジションがナンバーエイト№8と言ったり、あの時代は№8なんてポジションはなかった。少々臨場感に乏しかったように思う。
今日初雪が降った。ほんの霰程度だったが、やはり寒い。例年より7日、昨年より12日遅いそうである。
4260.2019年1月11日(金) 事実認識の感度が鈍い文在寅・韓国大統領
今お隣の韓国との関係が思わしくない。韓国には難しい対日問題が山積している。現時点で3つの大きなトラブルの火種を抱えている。1つは、従軍慰安婦の補償であり、2つ目は昨年韓国最高裁が判断を下した戦時中の韓国人徴用工への賠償であり、3つ目は日本の排他的経済水域内における海上自衛隊機哨戒機に対する韓国艦艇からの火器管制レーダーの照射である。いずれも韓国政府は日本に責任があり、それなりの対応措置を講ずることを求めている。
そんな両国の間に緊張状態が続いている中で、昨日文在寅・韓国大統領が年頭記者会見を行った。大統領は悪化する日韓関係について主に日本の対応に問題があるとの認識を示したが、具体的な解決策には触れなかった。
文氏は日本の政治家が政治争点化していることは賢明な態度ではなく、もっと謙虚な態度を示すべきだと語り、徴用工への賠償を命じた韓国最高裁判決は、三権分立で政府は介入出来ない。日本は仕方がないとの認識を持つべきであると一方的に日本を非難した。それでいながら日韓慰安婦合意に基づいて設立された財団を解散するとした問題や、海上自衛隊の哨戒機が韓国海軍艦艇にレーダーを照射された問題には言及しなかった。しかも日本人記者の質問を避けようとしたやり取りがはしなくも明らかになり、いかに日本人から追及されるのをさけようとしていたかが露呈された。
今日のテレビのエンタメ番組を観る限りでは、元駐韓大使、大学教授、メディア、ジャーナリストらはすべて韓国が権利は主張するが、義務を果たさずに自らの都合だけを強調する対応を一斉に非難していた。特に、徴用工への賠償については、かつて外相として協定締結に関わった岸田文雄自民党政調会長が、韓国政府も日韓請求権協定の対象と認めていたにも拘らず、ここへ来て対象外だと発言するのは議論の一貫性を欠くと厳しい見方をしている。また、文氏は司法の独立の観点から最高裁の司法判断には口をはさめないので、日本政府は認めるようにと発言されたが、国内における司法の独立より国際法が優先することはウィーン条約でも決められている。当然韓国は自国内ですでに決められた協定の下に、ごく当たり前の常識的対応をすべきである。
ただ、この日韓関係はどうもめようとも両国の政治家が論理的にしっかりと話し合って解決すべき問題である。その辺りは日本でも頼りにならない国会議員が多くあまり信頼出来ないが、それこそが彼らの責務であることを国会議員はこの際再認識すべきである。