充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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4319.2019年3月11日(月) 中学校の同窓会に出席
京都市立上桂中学校卒業65周年記念同窓会が京都市内のホテルで開かれたので、慌ただしく日帰りで参加した。5年ぶりなので、大分前から楽しみにしていた。5年前には29名の同期生の他に2人の恩師が参加したが、今日は同期生が22名、そして先生はどなたも参加されなかった。5年前参加されたお2人の恩師のうち、岩崎先生はご存命なら98歳になられるが、4年前に他界された。もうひとりの清水先生は今年90歳でやはり年齢のせいか残念ながら欠席だった。
今年傘寿の同期生にとって一番の気がかりは健康問題である。欠席された人の返信用ハガキは健康上の理由で欠席という回答が多かった。親しい友人のひとり、岡本勲くんが3年前に奥さんを亡くされたとは知らなかった。知らせた筈だと言っていたが、いずれにせよ男やもめはつまらないし、大変だと言っていた。同じテーブルを囲んだ7人のうち、4人が連れ合いを亡くしたということで、我々もそういう年代に入ったことを自分自身に言い聞かせる必要がある。
散会してから親しかった岡本くんと定年まで教職を務めた河内一くんに京都駅前のホテルでコーヒーをご馳走になった。河内くんはご家族を知っていたので、特に親しかった。同じ数学部に所属しながらともにそこそこの勉強をしたことが懐かしい。彼はずっと現場で子どもたちを教えていたので、教育問題についてアメリカの学校の例を挙げながら話し合った。私が彼ともうひとりの同期生に熱っぽく話したことは、子どもたちの国語力と作文力の低下についてである。日頃から感じていることだが、我々が小学生時は国語の授業の他に「綴り方」という授業があった。それが、多少なりとも国語力を培い、そのレベルを保つことが出来たと思っている。残念ながら現在文科省は、「綴り方」を国語教育の中に一つの科目として認知していない。
読書量も落ちたと言われる若者には、スマホの普及とかそれ以前の綴り方の訓練が欠けているように感じているが、その点で元教師の河内くんから同意を得た。
さて、これから「綴り方」復活のためには現実的にどうすべきだろうか。すぐには良いアイディアが浮かんで来ない。とにかく何とかしないと日本人の国語力は間違いなく劣化するだろう。
京都駅へ向かう途中でタクシー・ドライバーに龍谷大平安高正門前を通過してくれるよう頼んで、校門前をゆっくり走行してもらった。僅か半年だったが、一時は付属中に在籍したことがあるので、懐かしい気分になった。正門前にはセンバツ高校野球出場の大きな大段幕が掲げてあった。相変わらず野球部は強いようだ。
さて、今日は、東日本大震災発生から8年になる。メディアでもしきりに震災関連情報を発信しているが、まだ復興の道遠しというのが現状だと思う。いつになったら「復興成った」と言えるようになるだろうか。
4318.2019年3月10日(日) 74年前の今日東京は大空襲に襲われた。
明日の東日本大震災発生8年目を控えて、東北地方を中心にドキュメンタリー風にテレビや新聞で復興への道のりを伝えている。犠牲者は死者、行方不明者を合わせて2万人を超えるというから、昭和以降では最大の犠牲者を生んだ大災害である。昨日安倍首相が被災地を訪れ、犠牲者を慰霊した。震災本番の明日は東北地方全域に亘って犠牲者への追悼式が行われると思うが、復興はまだ途上にあり、5萬人以上の人たちがまだ仮設住宅に住んでおられる。特に気がかりなのは、津波による被害もさることながら、東電福島原発の事故収束までまだかなりの時間がかかることである。
一方で74年前の今日は東京大空襲があった日で、10万人の東京都民が一瞬にして命を失った。ところが、この東京大空襲については、今日の新聞には一行の記事も見られず、またテレビでも一切触れられなかった。この現状から考えると子どもたちは多分学校でも習うことはなさそうだ。彼らは今日の呪いの日を覚える機会を失っているのだ。東京大空襲は東日本大震災を遥かに上回る犠牲者を生んだ。その東京大空襲を知らずして良いのだろうか。数年前まではメディアもしきりに取り上げていた。それが近年取り上げられることが少なくなった。これは、2・26事件も同様である。日本の歴史を左右した史上に残る大きなトピックスが年々風化して記憶から忘れられていくという単純なことではないと思う。これはメディアが厳しく忘れてはならない過去の記録を、恣意的に記憶から遠ざけようとしているように思えてならない。近ごろの若者の中には、太平洋戦争開戦記念日と終戦記念日を知らない若者がいるというウソのような話を聞く。しかし、現在のようにこんな日本にとって大事な記念すべき日をメディアが伝えないようでは、いずれ日本人は開戦日も終戦日も、下手をすると太平洋戦争を戦ったことも忘れてしまうのではないだろうか。
奇しくも今日はチベット動乱が発生してからちょうど60年になる。それ以前に中国は軍隊を使ってチベット民族に弾圧を強めていたが、この日ダライ・ラマ14世を観劇招待と称して拘束しようとした中国軍隊をチベット民衆が取り囲んで不可能にしたことから暴動となり、その後ダライ・ラマはインドへ逃れ、約8万人のチベット人が彼に従ったと言われている。インドへの避難チベット人たちは、今日中国政府に対して人権弾圧に対する反対声明を発表したが、これに似た記念的なことは日本でも在日チベット人によって実施された。それに引き換え、日本では歴史的なエポック・メーキングな事象をいとも簡単に捨て去る現状は、実に嘆かわしく感覚が鈍くなっているのではないだろうか。
恐るべきことである。
4317.2019年3月9日(土) 国の男女間差別は経済力とは無関係か?
日本には男女間にいろいろな分野で差別があるとは昔から言われて、今もって思うように男女差はなくならないようだ。その国際比較上の例として、国会議員の男女比率がよく引き合いに出される。昨年の統計によると男女差が少ないのは、欧米諸国を尻目にアフリカや中南米諸国が進んでいることに意外な感を抱いた。
男子議員より女子議員の数が多いのは、1位ルワンダ、2位ボリビアで、3位は若干男子が上回ってキューバである。キューバが女子の割合が高いのは、すべての面で差別が少ない点から理解できるが、ルワンダとボリビアはとても原因が分からない。他にもアフリカ、中南米の多くの国々が上位にランクされている。あれほど人権にうるさいアメリカが、女性の割合が世界で101位で29.7%であるのにも驚かされる。
日本は情けないことに僅か13.7%で、何と世界で140位というから日本の女子は救われない。アジアは世界的にはやや他の地域の後塵を拝して、トップが46位フィリピンの29.1%で、以下52位ラオス27.5%、56位ベトナム26.7%、70位中国24.2%、75位シンガポール23.0%となっている。日本は残念ながら121位の韓国、126位の北朝鮮にも及ばない。
そんな時に珍しくアメリカで男性の好待遇に比べて女性のそれが低すぎるとして、サッカーの女子代表チームが是正を求めてカリフォルニア州裁判所に訴えを起こした。女子代表はワールドカップで3度優勝し、現在世界ランク1位であるのに対して、男子チームは世界25位である。それにも拘わらず、男子選手に比べて女子選手の収入はかなり低いというのが、女子の言い分のようだ。
一般的にスポーツ選手の収入は、試合で得た賞金や、観客数にスライドする。その点で現状は男子チームの方が多くの試合数と有名人気チームとの試合が多いので、収入の分け前から言って女子の主張に若干無理があると思っているが、こういう場合の裁判所の判断はどう下されるのだろうか。これも男女の平等感が強まり、女子の力がかつてに比べて進歩を遂げているからだが、常に公平に物事を見る習慣が育ちつつあるからだとも言えよう。
さて、昨日の寒さから一転して今日はポカポカ陽気になった。ただ、風が強いと思っていたところ、「春一番」が吹いたとテレビで言っていた。生憎なのは、京都へ行く明後日が京都地方に雨が予想されていることである。
4316.2019年3月8日(金) 地方選を前に「都構想」に拘る大阪の迷走
来月全国で統一地方選が行われる。その中で、大阪の知事選と市長選におかしな動きが出てきた。今年に入ってからそれとなく流れてきた噂に過ぎなかったが、実際に4月7日の統一地方選に合わせて知事選、市長選を実施すべく松井一郎現知事と吉村洋文大阪市長が今日辞表を提出した。そのうえで知事と市長が入れ替わって松井一郎現知事が大阪市長選に、吉村洋文大阪市長が府知事選に立候補して統一地方選挙に臨む。なぜこのような訳の分からない選挙戦術を取るのだろうか。
そもそもこの問題が浮上したのは、現在の大阪行政を東京都と同じように大阪市を大阪府の特別区に編成し直して広域行政を府として一本化しようとの目論見があったからである。このための住民投票実施のために松井知事が代表を務める「日本維新の会」と公明党が意見調整したが、不調に終わったことによる。実は、4年前に同じ都構想について住民投票を実施したことがあるが、僅差で反対票が上回った。松井知事らにとってはリベンジであるが、ダブル選挙と都構想のいずれもがいまひとつ盛り上がらない。
大体今年中に任期が終わるとは言え、事前にともに辞職して府と市のトップが入れ替わって統一地方選に再出馬する意味があまりよく分からない。無駄な費用もかかるだろうし、知事と市長が入れ替わる本当の目的と意味がよく分からない。例え僅差であったにしても僅か4年前に「都構想反対」の府民の断が下された結果に対して、異を唱えるかの如く税金を使って再び住民投票を行う必要があるだろうか。
心ある大阪府民や大阪市民の気持ちを配慮しない、あまりにも我儘な手法だと思う。2025年には大阪で万博が開催される。こういう大事な時に、足並みの揃わない低レベルのモメゴトは極力排除するようにすべきである。そうでなくても大阪はカジノ誘致など賭け事のようなあまり評判の良くない施策に熱中し過ぎる悪い癖がある。
さて、昨日、今日とかつて世間を賑わせた人物が相次いで世を去った。昨日歌手の森山加代子さんが癌で亡くなった。2歳ばかり私より若いが、同じ世代として♪チンタレラディルーナ~♪の唄い出しで「月影のナポリ」を唄って彼女がデビューした時の印象は強烈だった。そして今日プロレスラーのザ・デストロイヤーがアメリカで亡くなった。88歳だった。往年の力道山、ジャイアント馬場らとのバトルが熱狂的な人気を呼び、プロレスのテレビ視聴率が一時60%を超えたくらい持てはやされた。寂しいことであるが、これも時の流れというべきだろうか。
4315.2019年3月7日(木) 厳しくなった銀行経営
近年銀行経営がかつてほどの甘味がなくなったと言われている。以前は、他人のふんどしで相撲を取る商売と言われていたが、経済構造が細分化され、高度化されるに従って銀行経営にもより強い経営手腕が求められる時代になったということだろう。
最近の銀行は、証券会社の美味しいところを奪い取ろうとしていると証券会社からも警戒されている。日銀の金融緩和策によって一層経営が厳しくなったのは事実のようである。
そこへ今日の朝日紙上に、3大メガバンクのみずほフィナンシャル・グループが今年度3月期決算見通しを大幅に下方修正するとの記事が掲載されていた。みずほと言えば、かつての第一勧銀、富士銀行、興銀が合体してひとつになった銀行で、3行のいずれを取っても日本金融界に君臨した大手銀行だった。そのみずほが、三菱、三井住友の2つのメガバンクの後塵を拝して、巨額の損失を計上すると発表したから意外な感がした。そう言えば、このところみずほ銀行内の自動預金引出機がしばしば一時停止すると公告がテレビで流され、何か不祥事か、深刻な問題が機器にまで及んでいるのかと考えたくらいである。
とにかく約6,800億円の損失を計上し、純利益は800億円だそうであるが、当初は5,700億円の純利益を見込んでいたというから、単純に純利益は9割の減少ということになる。
かつては、固い生業の最たるものと言われた銀行が、この時代の流れの中で日銀の金融緩和に付いていけなくなったということだと言われている。一方で、これに対して日銀の原田泰審議委員は、「大胆な金融緩和によって日本経済全体によいことが起きているのだから、それが金融機関にやってこないというのは妙だ」として、金融緩和による超低金利で経営が悪化しているという金融界の批判に反論した。そして、金融緩和がなければ、金融機関経営はもっと悪化していたと主張したそうだ。
原田日銀委員の反論はともかく、確かに銀行が経営的に苦しくなったのは事実のようで、実際銀行支店におけるサービスは明らかに低下した。昨年4月ごろから一定数以上の新札を求めると手数料を要求され、現金引き下ろしの際にも金種の枚数に制限を課せられ、とにかく銀行窓口が使いにくくなったことは事実である。自分たちの厳しい経営責任を顧客へのサービス低下につなげないようにしてもらいたいものである。