充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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4459.2019年7月29日(月) 安田純平氏の身柄拘束と開放
今日関東地方でも漸く梅雨が明けたと気象庁が発表した。昨年より30日遅いという。都内の気温は今年最高の33.7℃だったが、北関東方面では激しい雷雨もあったようだ。どうも今年の天候はひねくれている。
さて、先月30日にフジ・テレビで放映の興味深そうなドキュメント番組が放映されたので録画しておいた。そのドキュメントとは、フリー・ジャーナリスト安田純平氏の身柄拘束と開放を扱った「デマと身代金」だった。安田氏は昨年10月シリアで身柄拘束後3年4か月ぶりに開放されたが、その折日本政府が身代金を支払ったのではないかとの風評やデマが飛んで、ネット上には安田氏への誹謗中傷が数多く寄せられた。これに対して安田氏もかなり悩んで、この2時間近い番組でも気持ちを打ち明けて、何とか誤解を払拭したいとの心意気が表れていた。
安田氏開放に即して昨年11月、私自身のヨルダンでの身柄拘束を絡めて、安田氏の身柄拘束と開放について箱根ロータリークラブの卓話でスピーチの機会をいただき話したことがある。世間では「自己責任」という名の下に、個人で行動して不運にも身柄を拘束されると鬼の首でも取ったように身勝手な行動だとして当該者を厳しく非難する傾向がある。真実や、得難い情報を得ようとして大手メディアが記者を派遣しようとしないところへ積極的なフリーランサーが飛び込もうとする行動についても、やれ「無責任」とか、「身勝手」「自己責任」などと冷淡な言い方をされることが多い。拘束中は安田夫人にもいろいろプレッシャーがあって、国内外から解放の仲立ちをしたいとの売り込みや申し出が度々あったそうである。結局安田氏が日ごろから解放の仲介は絶対断るとの意志が固かったので、その誘いに乗ることはなかったが、冷やかしや、悪意のある情報が多かったという。
それにしても人の苦しみにつけ込むネット上の身勝手な言い分には心が痛む。録画像では安田氏が幽閉された作画を見せていたが、心身ともに追い詰められた場面を見せられる都度苦しかったであろう心境に同情したくなる。それでも芯からジャーナリストである安田氏は、この苦境を乗り終えて再び真実の取材のために海外へ出ようとする。
先日安田氏は新たに旅券を申請しようとしたところ、外務省はそれを拒絶したという。安田氏が海外で再び身柄を拘束されることを恐れたのだろうか。安田氏は個人の海外渡航の権利を妨害されたとして訴えると述べていたが、いつもながらケツの穴の小さい政府の対応である。これでは、現場で臨場感のある情報が益入手出来なくなるのではないか心配になる。
4458.2019年7月28日(日) 小学校のクラス会に出席
再来年開校150周年を迎える母校・千葉市立幕張小学校のクラス会「和会」に出席のためクラスメート10人が午後6時JR柏駅に集まった。今年1月以来だから半年ぶりの再会である。会場は駅近くのホテル内の中華料理店である。昨日と今日柏市内はお祭りで、駅前は人が溢れ人だかりを掻き分けながら前進する始末である。青森のねぶた祭の出し物まで登場していた。小学校が千葉市内にあるのに、遠く離れた柏市内に集まったり。近年同年齢の集まりは夜間を避けて昼間に集まるケースが多いが、この「和会」はこのところ毎度夜集合である。それはずっと幹事役を務めてくれている高橋繁くんが、柏市内に住んでいることと、最近彼が脊髄狭窄症であまり遠出が出来なくなったからでもある。
ともかく卒業したのが、68年前だから今や80歳と81歳の好いジジ・ババの集まりとなってしまった。皆昔の性格や個性は変わらないような気がする。昨年も常連の女性がひとり他界した。元気印の女性だっただけに、殊更寂しく感じる。恩師・湯浅和先生去って早や35年である。いつまでこの「和会」が続けられるだろうか。続けられるうちは何としても参加し続けるつもりである。
さて、今朝の朝日新聞フロント・ページに「2人のヨシコ 運命分けた紙1枚」と興味深い記事が掲載され、別ページの全面に事細かに2人の経歴や実績が紹介されていた。2人の女性とは、女優・歌手で参議院議員を3期務めた李香蘭こと山口淑子と戦前「東洋のマタハリ」と言われた女スパイの川島芳子だった。1枚の紙とは川島芳子が戦後日本人養女として育ったが、それを証明する公的書類がなかったために、中國人でありながら日本の侵略行為に協力した売国奴として処刑された理由となった証明書のことである。
ふたりとも戦前派の人たちにはよく知られ懐かしさを以て想い出されているのではないかと思う。私にとっても何となくノスタルジックに想わせてくれるふたりである。山口淑子が李香蘭の芸名で主演して映画「支那の夜」をヒットさせ、歌謡曲では♪夜来香♪などを歌いヒット曲となった。戦後彫刻家のイサム・ノグチと結婚して話題を提供したが、その後別れて外交官大鷹弘氏と再婚された。政治家への転身も大鷹氏の影響があったのではないだろうか。
川島芳子については、ビルマ慰霊団に付いていく度に団員の方々から話を聞かされ、幻想の人のように思っていた。2人ともに家庭的には恵まれなかったようだが、戦時中には頼もしく憧れの女性と羨望の眼で見られていた。
ふたりは、戦時中の厳しい中を反日感情の高かった中国で活躍したのには、それなりの人知れぬ苦労があったことと察せられる。
現代のようにすべての面で恵まれるようになるとこういう人たちのことは忘れられがちであるが、時にはこのような企画を紹介して厳しかった時代を振り返ってもらいたいものである。
4457.2019年7月27日(土) 小田実さんについて想う。
24日付朝日新聞「時代の栞」に「何でも見てやろう」の著者小田実について同書、及び小田の行動について紹介している。私自身同書ばかりでなく、小田の思想・哲学・行動に強く惹かれ影響を受けた。それだけに留まらず、私自身の海外武者修行は小田に大きく影響された。2004年にギリシャ政府観光局長賞に拙いエッセイを入賞させてもらったのも、投稿の動機が小田のアクロポリス観に感化されたからである。2007年に小田は75歳で亡くなられた。青山葬儀場で行われた葬儀に私も参列し、その後小田を追悼するパレードに参列したが、それが翌日の朝日朝刊に写真付きで取り上げられてしまった。いろいろな意味でいつまでも忘れられない人である。
この「時代の栞」記事に小田と親しかった同じべ平連仲間の小中陽太郎さんがコメントしている。その感想を小中さんにメールで送ったところ、小中さんを取材した大内悟史記者から昨日私宛にお礼を兼ねて記事のオリジナルを送って来られて驚いたところである。小中さんが大内記者に連絡したらしい。
昨今のドキュメンタリーには、小田作品のように読み始めた時に感じるわくわく感があまり感じられない。その点で小田の臨場感あふれる著書や、信念の篭った行動にはなにがしかのエネルギーと圧倒されるような迫力を感じたものである。
現在80歳代の高齢者冒険家のドキュメントをメディアへの批判を込めて書いているところだが、そこでも少し小田について触れている。小田のような論理的にも納得出来て、行動力も評価できる人はそうめったにいるものではない。実に惜しい人を失ったものである。生存されておられたらトランプ大統領観を小田さんに伺いたいところである。
さて、昨日から奈良にいる長男が出張の序に我が家に滞在し明日帰るが、今年は我々夫婦にとって金婚式に当たるので、夕食をごちそうしたいという有難い申し出があったので、今夕深沢不動尊近くの和食料理店「田」で美味しい和食をご馳走になった。お店から金婚式祝いまでいただいてしまった。息子も家族そろって健康でいてくれることが嬉しい。奈良に自宅を構えて京都市内へ通勤しているが、いつまでも元気に活動して欲しいと思っている。
4456.2019年7月26日(金) 韓国、WTOへ日本提訴も空振り
とにかく今年の夏は雨続きで今週に入ってから漸く夏らしく蒸し暑くなってきた。九州、西日本地区では漸く梅雨明け宣言がなされた。そして、都内ではこの数日夏日となったと思いきや、小笠原諸島近海に発生した熱帯性低気圧が台風6号となって、明日から明後日にかけて関東地方を襲うという予報である。明後日は柏市内で小学校時代のクラス会が催されるが、悪天候がやって来ないことを祈るばかりである。
さて、現在日韓関係に亀裂が生じて過去最悪の状態に陥っている中で、現時点における最大の懸案事項は、韓国が主張する日本政府による韓国への半導体輸出管理強化が、経済面で世界的影響を与えるとして「日本はWTOルール違反を犯した」と世界貿易機関(WTO)へ提訴したことである。
一昨日閉会した世界貿易機関(WTO)理事会へ日本が韓国に対して半導体などの製造に使う材料の輸出規制を厳しくしたことを元徴用工訴訟判決への報復だと反発して韓国から提訴された問題について、日韓両国が主張した他にはいずれの国からも発言はなく、当事国である日韓両国で協議することになった。結局韓国の空振りのような結果となった。
しかしながら、問題はそのまま先送りされただけで、根本的な解決には至っていない。
そもそも戦前の植民地政策に基づく歴史問題が両国間には長く引きずられてきた。1965年の日韓請求権協定でそれらはすべて解決済みと両国が了解した。その後旧従軍慰安婦問題が持ち上がって来た。しかし、これも2015年12月日韓合意の締結により日本の寄金による旧従軍慰安婦助成のための財団を設立することによって、旧従軍慰安婦問題を解決すると最終的な解決を約束した。
しかし、現在の文在寅政権になって、韓国はこの国家間の約束を無視して旧従軍慰安婦問題を蒸し返している。これではいくら国家同士が話し合いをして解決策を見出しても、一方的にそれを反故にしているようでは、永久にこの問題は解決しないだろう。
韓国にはかつて「韓国は法治国家か」と疑問を呈した梁承泰・前最高裁長官のような気骨のある人物もいた。彼は「人を罰する材料を探し出すための捜査は法治国家を破壊し、憲法に反する。それこそ権力の乱用だ」と国家の在り方を厳しく批判した。今の文大統領は、このような理念を持ち合わせていないのだろうか。
この問題で日韓両国には、日本商品不買運動や、交流の中止など思いがけないマイナス要因が発生している。特に両国間のチャーター便飛行が中止されたり、新潟県や、神奈川県大和市の中学生派遣による文化交流が直前にキャンセルされて折角事前準備に当たって来た関係者を失望させている。国家レベルの対立が、一般国民の文化交流まで妨げるようなことは断固あってはならない。政治家はよくよくこの点を心しなければならないと思う。
4455.2019年7月25日(木) 参議院比例区の「特定枠」って何だ?
参議院選挙が終わったが、恥ずかしながら未だに細かい点で理解出来ないことがある。その最も理解しがたいのは、比例区の「特定枠」立候補者に関する取り決めである。得票順に当選が決まる非拘束名簿式の別枠として、候補者の得票数にはかかわらず上位に扱われて推薦党への得票が割り当てられるようだ。
今回初めて導入された特定枠とは、合区で選挙区から立候補できなかった候補を救済する目的で自民党が主導したものであり、優先的に当選させたい人を政党が事前に決めるシステムだという。特定枠で出馬した候補者は、個人としての選挙活動を制限されポスターの掲示も禁止されている。自民党は「鳥取・島根」「徳島・高知」の合区が対象となり、選挙区に候補を出せなかった島根と徳島両県を地盤とする新人と現職がこの恩恵を受けて当選した。
一方今回話題になった「れいわ新選組」からも障碍者2人がこの制度に乗り議員に選ばれた。ALS患者の舩後靖彦氏と脳性マヒの木村英子氏の2人である。ともに大きな車いすを使用する。この2人を議員として送り出すことになった「れいわ新選組」代表の山本太郎氏は、個人的に飛びぬけて大量の100万票近い得票があったにも拘わらず、落選ということになった。この辺りの説明がなされていない。特定枠で当選した自民党議員も、「れいわ新選組」の2人の得票も公表されていない。100万票を獲得した代表の山本太郎氏が落選となった経緯と結果については、どこのメディアでも報道していない。事情が複雑な選挙だったことは分かるが、今回の選挙は国政でもあり誰もが分かるようにもっと丁寧に説明すべきではないだろうか。こういう不親切が若者の不投票にしてしまうのではないだろうか。
ところで参議院選挙で自民党は、勝つには勝ったが、理想の予定数には達しなかったようで、過半数は抑えたが、改憲発議に必要な2/3(164名)には届かなかった。参議院の自民党現有勢力113名に公明28名、維新16名、保守無所属3名を加えてもまだ届かない。
そこで安倍首相は、「日本維新の会と国民民主党が統一会派を結成して欲しい」などとふざけたことを言いだした。公明党には、憲法改正反対論者が多い。そこで21名を有する国民民主党を取り込もうとしたのだろうか。撚りによって急速に話題の核になった「れいわ新選組」に国民民主党が秋波を送っている最中にである。
政治と政治家というのは、普通の常識では考えられないようなことをやるものだ。よく分からない人種である。