充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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4748.2020年5月13日(水) 秀吉最後の「新城」遺構見つかる。
昨日ニュースでちょっと触れていたが、今日の朝刊社会面にかなりのスペースを割いて豊臣秀吉にとって最後の城と言われる「京都新城」の遺構が京都御苑で見つかったことを報じている。秀吉が死去した前年慶長2(1597)年に築かれたものである。実際に見つかったのは新城の石垣と堀で、退位した天皇の御所「仙洞御所」の下から見つかったという。敷地面積は約32㌶というからかなりの広さである。こんな城が御所に隣接して建てられたということが信じられない。秀吉が最後に作ったとされている新城は「洛中洛外図屏風」に描かれている以外、これまで資料として伝えられていなかった。息子の秀頼が官位を授けられる際に滞在したと言われ、また秀吉が亡くなった後は、正室の北政所が利用したとも言われている。
京都新城を御所近くに建造したのは、絶頂期に造った聚楽第と違って死が目前に迫った中での築城であり、自分の死後に徳川家康に権力の座を奪われたにしても、公家として豊臣家を存続させ、摂政・関白職を独占した五摂家と並ぶ武家貴族になったという権威を残したかったのではないかと考えられている。天下を取ると誰しも自らの存在感を示してその痕跡を残したくなるものらしい。成り上がった秀吉が権力欲に取りつかれたのもよく分かる。
しかし、これまでまったくそれらしい話がなく、日本史でも習ったことがない史跡のようなものがよくも発見されたものである。
さて、一方でこれはキナ臭い政治的な話題であるが、当初は今日国会で検察庁法改正案が通過成立するかと思われていたが、今日は衆議院内閣委員会を開き、与党は今週内に衆議院を通過させる腹のようだ。折角内閣委員会を開催しながら、担当である森雅子法相は欠席し、武田良太・国家公務員制度担当相が答弁に立った。今コロナウィルスに次いで注視されている法改正案審議に主管である法相が欠席するとは、法相は一体何を考えているのだろうか。
森法相は、これまで終始定年延長改正案を頑なに主張していた。何ゆえそれほど検事長の定年延長に拘る理由があるのか不審感が拭えない。これまでも森友学園をめぐる公文書改ざん問題で財務省幹部が不起訴になった。小渕優子・元経産相や、甘利明・元経済再生相らが政治とカネに関わる事件で疑惑が発覚したが、いずれも不起訴になった。これらの実績?を政府首脳が黒川検事長の功績だと見做したのではないかと臆測されている。
それなら安倍政権は、ドサクサに紛れて法案を審議が充分尽くされない間に通すなんて狡いやり方を止めて、説明責任を果たしてじっくり審議をしてはどうか。
4747.2020年5月12日(火) 畏友逝く。
朝刊を見てびっくりした。松田利之さんが今月6日に虚血性心不全のため亡くなられたとの訃報である。ショックである。在任期間は短かったが、小田急電鉄㈱代表取締役社長を務めた。若いころに同じ経理部の職場でともに働いた。まだ機械化される前の決算期はソロバンによる手作業の業務で仕事の分量が多かった。毎日残業を重ねて、何度も泊まり込みまでやった。決算が終われば気休めに同年齢の同僚たちとよく旅行をしたものだ。彼は2年後輩だったが、大学は違うが同じように2年浪人したので年齢は私より2歳年下になる。気が合って今年の年賀状交換まで60年近くに亘る長い付き合いだった。一番印象に残っているのは、彼の結婚式で司会役を頼まれ拙いながらも多少なりともお役に立てたことである。几帳面な性格で、拙著や拙稿の寄稿誌などを送ると必ずきれいな字で丁重なお礼状をいただいたことである。昨年9月にも共著「新世代の観光立国」をお送りしたところ、すぐお礼の手紙をいただいた。
気持ちの通い合う仲で、個人的にも温かい交流を続けていたが、私が旅行部門へ異動した時、彼はそのまま経理部に残って新事業である旅行業の発展を応援し続けてくれた。同じ釜の飯を食った、気の合う仲間がまたひとり冥界へ旅立ってしまった。寂しい限りである。心からご冥福をお祈り致したい。
さて、今日も昨日に続いて暖かかったが、昨日ほどのことはなかった。昨日は今年初めての夏日となり、関東でも桐生、甲府、勝沼では33.4℃を記録した。それに比べて今日はやや生暖かったが、駒澤公園の人出は今日の方が大分少なく、相当外出自粛が効いているようだ。
新型コロナウィルスは一向に収まる気配がない。一時的に収束傾向が見られた韓国では非常事態を解除した途端、ソウル市内のナイトクラブで86人もの感染者が出る騒ぎで、いつどういう状態で緩和したらよいのか、専門家筋の間でも分かり難いようだ。日本でも緊急事態宣言が延長された7日から1週間後の来る14日がひとつの決断の節目になる。下手をすると取り返しのつかない2次感染に取りつかれることになる。飲食業界などではいつまでも営業自粛を続けることは出来ないが、緊急事態宣言を緩和するのは、よほど慎重にやってもらわないと第2次、第3次感染の恐れがある。
4746.2020年5月11日(月) 明後日民主主義の根幹、三権分立が崩壊?
明後日国会でとんでもない法案が通るかも知れない。国民にとってはものすごくマイナスの一方で、安倍首相周辺にとっては私的にえらい余得をかすめ取れる法案である。それは検察庁法改正案で、検察官の定年を65歳に引き上げ、政権が認めれば更に定年を超えても勤務できるようにする。この法改正案に対して昨今国民の間で猛烈な反対が持ち上がっている。昨日には、著名人を主にネットで反対意見を寄せたツィートは470万人にもなった。
そもそも新型コロナウィルスで日本中が浮足立っている時期にこっそり法改正をやろうという魂胆が汚い。8日には与党側が強引にも衆議院内閣委員会で実質審議に入った。すでに今年定年を迎える黒川弘務・東京高検検事長の定年延長を閣議決定した。弁護士出身の森雅子法務大臣は、三権分立を冒す越権を屁とも思わない。近々稲田伸夫・検事総長が定年を迎える後釜に政権は法改正までしても定年を延長し、政権の言うことをよく聞き入れてくれる黒川氏を検事総長に昇格させたいのだ。安倍政権の腹の内はとうに見透かされている。
ネットに挙げられたイラストによると、自民党安倍内閣に対して公明党と維新の会が賛成し野党は反対している。モリカケ問題や、桜を見る会に国の金を無駄遣いしていたとして逮捕されるべき首相が逮捕されないのは、黒川検事長に身を守られていたからだとイラストは説明している。それには、首相が黒川検事長に定年制度を変えて特別に検事総長にしてあげ、その代償として検事長が首相を逮捕されないよう守ってあげるという皮肉っぽいものである。ここまでしてもらっても首相には罪悪感も反省もないのだろうか。その一方で黒川検事長もこれだけ世間から非難されても検事総長になりたいのだろうか。一片の良心もないのだろうか。とても普通の神経ではない。日本弁護士連合会に所属する1,600名以上の弁護士も、検察官の政治的中立性や独立性が脅かされる危険があまりにも大きいとして猛反対である。黒川氏は検事総長を終えたら弁護士を開業する気持ちがあると思う。そうだとしたらこれほど未来の仲間たちから反対されている定年延長による検事総長就任にこれほど拘る必要があるのだろうか。
それと同時になぜ自民党代議士たちは、三権分立を脅かし国民から反対の強い法改正に対して良識的な反対の声を誰ひとりとして挙げようとしないのだろうか、不思議でならない。
著名な芸能人からもこの改悪案については厳しい非難の声が挙がっているが、意外だったのは元プロレスラー高田延彦氏のツイッターで、これほど強く法改正に反対だったとは失礼ながら思いもしなかった。それほど政治を国民のものだと考えている市民にとっては黙ってやり過ごすわけにはいかないのだ。高田さんは「検察庁法改正案に抗議します。絶対にあってはならない暴挙。摩訶不思議で理解不能。なんのために?誰のために?この大変な時期に姑息な事をやってんだい?何故に本人は辞退しないの?教えてよ!?」と厳しい。更にその後のツィッターで「権力の濫用を防止するための三権分立はどこへ行っちゃうんだい、先人が作り上げて守ってきた聖域を時の政権がご都合主義でいとも簡単に壊せるのかい?主権者は国民だぜ!選挙の時だけヘラヘラへーコラと国民を舐めちゃいけませんよ!絶対に三権分立を壊しちゃいかんぜ!」と訴えている。普通の国民の気持ちは同じだと思う。
さあ、これほど国民の強い反対を押し切ってでも、安倍首相は自らの利のために、明後日本気で改悪法案を通過させようというのだろうか。率先して民主主義を壊そうというような人物は、もう総理大臣の資格はない。さっさと職を辞すべきである。
4745.2020年5月10日(日) 「母の日」は、51回目の結婚記念日
今日は「母の日」であり、我々夫婦にとっては51回目の結婚記念日に当たる。いつもならディナーにでも出かけるところだが、外出自粛の折でもあり、別の機会に改めて予定を立てるつもりだ。
思い返すと51年前の今日「ホテルニューオータニ」で挙式して翌朝早々に東南アジアへハネムーンに飛び立った。バンコックではその2年前に泊まった「バンコック・タワーホテル」を起点にアユタヤのスナイ家をアポイントなしで訪れ、かつてお世話になった御礼を兼ねて妻を紹介しスナイ家の家族を驚かせた。生憎スナイさんは軍務で不在だったが、家族から歓迎されたことが懐かしい。バンコックのホテルのレストランでは、その年流行した由紀さおりの♪夜明けのスキャット♪がBGMでずっと流れていたことが思い出される。時の流れは早い。あの時結婚式に出席していただいた媒酌人ご夫妻、会社の上司、両家の両親と親族らもほとんどいなくなってしまった。
偶々今秋上梓する予定のドキュメント作品「八十冒険爺の言いたい放題」の1項目にこのアユタヤの軍人スナイ大尉について、海外武者修行中出会った異国の人びとの中で特に印象に残っている人のひとりとして1項目割いている。その拙著の出版契約書案を鎌倉の出版社「はるかぜ書房」社長から今日送って来た。これまでの出版社とはやや異なり、そこにはかなり具体的な条件が書かれている。初版は千部ということだが、今までの出版では一番少ない。これならすぐ重版になると思う。
さて、先日セルビアの山崎洋さんから新型コロナウィルスに伴う非常事態が6日に解除されるとメールを受け取った。しかし、今日もらったメールによると早くも以前の状態に戻りつつあるという。市民がまるでコロナウィルスがなかったかのようにマスクを外して歩いているので、彼はマスクを着けて横を向いてすれ違うようにしていると、一旦解除になった時の気の緩みを気にしている。
彼がもうひとつ別に伝えてきたのは、昨年差し上げた共著「新世代の観光立国」の拙稿「観光のあゆみ」の内容について、2点疑問を伝えてきたことである。ひとつは、マルコ・ポーロがモンゴルへ出かけてフビライ・ハン帝に会ったという拙文の表現について、マルコ・ポーロは元の大都で謁見したのではないかという点と、狩猟民族と農耕民族で拙著では前者が移動する民族で、後者は同じ土地で農耕をしながらへばりついている民族と表記したが、逆ではないかとの指摘である。後の問題については高校世界史で習って以来拙論が正しいと思っている。彼には今日私なりの返事をしたが、果たしてどこまで分かって納得してくれるだろうか。
それにしても彼はよく拙著を読んでくれているなと感心する。嬉しいことである。
4744.2020年5月9日(土) 糖尿病の経過は回復途上に
1か月ぶりに糖尿病専門医院の山内クリニックへ妻同伴で出かけた。毎日食事療法として妻がカロリーに気を遣いながらメニューを作り、ボリュームにも気を付け、私は定期的なウォーキングを欠かさないので、体重も少しずつ下がり、医師からは良い言葉をもらえることを期待していた。毎日記している自作の体重トレンド表と血圧変化表を医師に示したところ、期待通りお褒めの言葉をいただき努力が実っている成果だと言っていただいた。一番気がかりだったヘモグロビンHbA1cが、2月21日に初めて診てもらった時には、11.3%という途方もない数値で血糖値も209だった。それが、その後今日まで4回測ってもらう度に数値は、10.8、9.6、8.2と下がり、そして今日は6.4、血糖値は102にまで下がった。糖尿病について調べてみるとHbA1cの正常値は5.9%以下のようで私の数値は糖尿病予備軍に入っている。でも、もう一息というところまで回復することが出来た。
もうひとつ気になっていることがある。左眼が最近特に霞んで見えるようになったことである。昨年夏ごろから気になるようになり、行きつけの眼科で診てもらっているが、医師には以前から白内障症状があると言っていただいていたが、もう少し様子を見ましょうと言うばかりで手術はまだ早いと言われていた。今日妻が眼科へ行くのを機に私の左眼が日に日に霞んで見難くなっていると医師に伝えるよう言ったところ、眼科医師は糖尿病が回復しつつあるようだからコロナウィルス終息後に手術をしましょうと言ってくれたという。
一般的に加齢とともに持病が多くなり、重症となりがちである。定期的に年に1度人間ドック検診を受診しているので、大病や重症になるのは防げているが、日ごろから健康管理には気を付けて些細な病から取り返しのつかなくなる事態だけにはならないよう心掛けたいと思っている。