充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
ブログ一覧
4957.2020年12月8日(火) Googleが知らせてくれたブログの実態
今から79年前の今日、帝国海軍がハワイ真珠湾を、陸軍がコタバルとシンゴラを電撃的に攻撃して大東亜戦争が始まった。真珠湾の現地時間では12月7日だった。新聞には、当時の様子が断片的に取り上げられている。狙う筈の米空母は見つからなかったとか、電撃作戦に参加した日本の海軍航空機350機のうち、320機は無傷だったとか、あまり表に出ないエピソードがいろいろあるようだ。あれから4年後、日本は無条件降伏する羽目になった。そして、天皇は現人神から人間天皇になり、日本は軍備を放棄することになった。だが、その後自衛隊が創設され、自衛装備を拡充し、軍隊と変わらない軍事力を具える組織となった。この新型コロナウィルス禍の中で医療崩壊の危機に自衛隊看護師を病院に派遣し、自衛隊医療体制への高まる評価から再軍備賛成の論調さえ見られる自衛隊に甘い世論になった。戦争を知らない世代が増えて、国民はすっかり敗戦の惨めさと苦しさを忘れてしまったかのような現代世相である。
さて、今日またまた貴重な資料がメールで送られてきた。11月に初めて私のHP及びブログへのアクセス数などについてGoogleが「Google Search Console」と称して資料を送ってくれたのである。それは9月15日に高校ラグビー部の先輩である革共同議長・清水丈夫さんについて取り上げて書いたブログへ唐突にアクセスが集中したことが端緒となった。その日だけで3,300件ものブログへのアクセスがあり、異常に感じたところしばらくしてGoogleから次のように知らせてくれた。Wikipediaの「清水丈夫」の項目にアクセスした人たちが、清水さんについて書いた私のブログが所載されているのに目を留めた。9月6日に清水さんが51年ぶりに地下から表舞台に姿を見せ、演説もぶったために、大手新聞が一気にこのニュースを取り上げ、清水さんにアクセスした人がそこで見つけた私のブログを見てアクセスしたようだ。そこにあった2007年10月5日「元全学連書記長・清水丈夫さんの思い出」と、2007年11月19日「『清水丈夫選集』第5巻を漸く入手」へアクセスが集中したからだとGoogleが知らせてくれたのである。
そして、今日またGoogleは、私のブログへのアクセス数の多い事象について11月と同じように知らせてくれた。
それによると、私のブログへのアクセス数1位は、2か月前と同じく9月15日の「革共同の清水丈夫さん、半世紀ぶりに出現」で、次いで2位は2009年11月22日「脱税の無脳科学者茂木健一郎」(注:無能ではない)、3位は2008年2月24日「三浦和義サイパンで逮捕」だった。茂木、三浦ともに世間を唸らせた事件である。特に、悪質だった脳科学者・茂木の脱税については、徹底的にその無神経な姿勢について糾弾した。その他に、2013年9月30日「評価の分れる盗作作家山崎豊子さん」がリストアップされている。
いずれも世間では名の知られた人たちである。真面目だった清水さんとは異なり、悪質な脱税をしながら見かけだけの反省で今もテレビに顔を出す茂木健一郎、妻を殺害していながら偽装して同情を誘っていた極悪人三浦和義と、力作を書きながら、実は盗作が多かった山崎が次々と著名人の作品を盗作していたことについて、生前松本清張から手厳しく批判されたことにつき批判的に書いた。山崎は、一旦は活動を止めたが、松本が他界するや、松本の悪口を語って文筆活動に復帰する鉄面皮ぶりだった。これらについて正直に事実を書いたことが、多くの人びとに読んでもらえたということであり、嬉しいことである。これからも期待に違わないよう、事実を事実として私なりの筆致で率直に書いて読んでいただけるなら有難いことである。
それにしてもかつてともにラグビーでスクラムを組んでいた清水さんが、偶々9月に開かれた革命的共産主義者同盟全国委員会で、51年ぶりに姿を現しスピーチを行ったことが、結果的にGoogleに私のブログを注目させるようになったことは、嬉しい限りである。
4956.2020年12月7日(月) 親しかった友がまたひとり旅立った。
今日友人の訃報をご家族から受け取った。在籍した3番目の中学、京都市立上桂中学時代の友・穴田弘くんが5月に亡くなった。彼は同じクラスの仲良しグループ5人の中のひとりだった。4人のうち、すでにひとり亡くなっているので、残った友は2人になってしまった。穴田くんとの想い出は随分ある。3年生時の1年間だけしか在学しなかった中学であるが、よく学びよく遊んだ。卒業直前に父が東京へ転勤となり湘南・鵠沼へ引っ越すことになった。卒業直後の春休みに大阪で大相撲春場所があり、彼と2度も大阪府立体育館へ相撲を観戦に行った。特に千秋楽に大関三根山が優勝を飾り、祝賀パレードに付いていき三根山と握手を交わして嬉しかったことが思い出される。
藤沢市鵠沼へ転居した高校時代には、神奈川県で国体が開催され友人は京都代表・京都府立西京高校バレー部員として藤沢へやって来た。授業の合間を縫って試合会場へ西京高の応援に出かけたことも懐かしい。
昨年中学を卒業して65周年の学年同窓会で、5年ぶりに会った時、元気がなくガンで余命は幾ばくも無いと寂しいことを言っていたが、それが正夢になってしまった。
それにしても今年は友人の永眠を知らせる訃報がちょっと多いような気がしている。先日も高校の同級生が亡くなった。10月には高校ラグビー部の1年後輩でともに試合で戦った友人が旅立った。彼は大学も同じで、会社も業種は異なるが同じグループで、普段から親しかっただけに余計寂しい気持ちである。
人の一生は、いつか終わりが来る。それは頭では分かっているが、どうしても気持ちでは割り切れない。私も今や82歳で政府から後期高齢者として医療費負担を倍増されようとしている年代である。だが、高齢者だからと言って、静かにじっとしているのは、新型コロナウィルスの影響下の現在ならやむを得ないが、そうでないなら、やはり前向きに歩きたい。幸い文章を書くことと、読書が大きな励みでもあり、その点でこれからも気を落すことなく目標を持ってやっていきたいと思っている。
さて、コロナ禍が世界中を席巻しているが、ファイザー社のワクチンがいよいよイギリスで接種されることが決まった。まだ、完全にその効果の実証が確実になされたわけではないが、それでも日本の医師は極力接種を勧めている。イギリスでは、高齢者から順次接種を行うようだが、その最初に何とエリザベス女王とフィリップ殿下が対象となっている。女王94歳、殿下99歳である。イギリス国民の3割が接種を希望しないとの世論もあり、その抵抗感を振り払いたいからだとの噂もあるが、そうだとするなら女王夫妻はまるでピエロである。ましてや相当なご高齢で今更ワクチン接種が必要なのか疑問に思うところである。
日本でもワクチンが接種可能となったら高齢者を優先的に扱うとの国の方針のようだが、私ら夫婦の場合は、やはりコロナが怖いので進んで接種を受ける心構えである。それにしてもコロナ風は益々猛威を振るい、アメリカでは最近5日間で105万人が感染し、日本でも医療崩壊が一歩手前までに迫って北海道をはじめ、各自治体が自衛隊医院に応援を要請している現状である。あ~ぁ、いつまでこんな辛気臭い空気が続くことだろうか。
4955. 2020年12月6日(日) 「いま判った!」出版の難しさ
拙著「八十冒険爺の言いたい放題」の出版が迫っているが、中々思い通りに行かないものだ。その最たるものは、新聞記事、昔の流行り歌の歌詞コピーの許諾である。これで大分時間を費やしてしまった。発行は当初10月末日を予定していたが、それが11月末日となり、今月半ばを予定している有様である。ここで今まで知らなかったことを知った。書籍の裏表紙に定価や出版社名とともに書かれている発行日が、1か月、また2か月先になるのは出版業界では当たり前なのだそうだ。地図も難しい。写真は幸い私自身が現地で撮ったものを使うのだが、スエズ運河なんかは面白い体験をしたので、ストーリーとしては興味深いのだが、生憎スエズ市が戒厳令下にあったため写真は1枚も撮れなかった。あと出版社と原稿校正、及び組版チェックのやり取りで、今の計画通り中旬には世に出したいと思っている。それにしても自著としては、5冊目だが、1冊の本を世に出すことの難しさを改めて知った。幸い拙著には、冒険作家の椎名誠氏が面白いと言って下さり、表紙帯に推薦文を書いていただいた。販促効果が上がることを期待したいと取らぬ狸の皮算用をしている。
その拙著の中でロヒンギャ民族について1項目を設けて、そもそも難民が生まれた原因と現状、そして旧インド領バングラデッシュとミヤンマーを植民地化していたイギリスの宗主国としての責任を追及した。実際イギリスの「分割統治」という不条理な植民地政策により、現在ロヒンギャが住んでいる南東部のコックスバザールから3年前にミヤンマー政府によって追放されるまで住んでいたミヤンマー・ラカイン州へ強制移住させたことが、問題の発端である。それをイギリス政府が知らぬ顔をし、国連も敢えてイギリスの責任を追及するでもなく、ミヤンマー政府の責任を追及するばかりである。そこへメディアがイギリスに同調するような立場で報道している。それらの点が気持ちとしては許しがたく私なりに厳しくイギリスの植民地政策を暴き、その罪と責任を追及したつもりである。少しでも多くの読者に実態を理解してもらえるなら嬉しいことである。
今日の朝日朝刊に依れば、バングラデッシュ政府は、コックスバザール難民キャンプにいたロヒンギャ族をバシャンジャールという小さな島へ強制移住させた。その島は過去に豪雨や高波に見舞われたこともあり、今後水没する危険性もあるようだ。バングラデッシュ政府にしてみれば、ロヒンギャ族を厄介者とみて島流しにしたと思われる可能性がある。先祖がミヤンマーへ強制移住させられ、3年前にそのミヤンマーを追われ、今また自国政府の心ない施策により無人島へ追いやられるとはロヒンギャ族はあまりにも気の毒である。派手に難民の救済などが訴えられているが、それとは異なり大勢のロヒンギャ難民が見捨てられているのだ。
4954.2020年12月5日(土) 75歳以上高齢者の医療費負担増額?
このところ医療のお世話になる機会が多いせいもあり、昨今75歳以上の医療費値上げ問題がちょっと気になっている。われわれ75歳以上の高齢者の医療費負担は現在1割だが、それを一気に2割、割合で言えば倍増である。確かに若い人が少なくなり、彼らの将来的負担を考えると、そろそろ何らかの手を打たないと健康保険制度自体が揺らぐことになる。
私自身は1割負担の恩恵を受けているので、心苦しいところであるが、ある程度負担が増えるのはやむを得ないと思っている。ただ、アメリカでは健康保険制度が充分でなく、しばしば問題になっている中で、日本の医療制度は海外でも高い評価を受け、模範的な制度でもあるので制度の根幹を壊すようなことは避けて欲しいと思う。現在は健康保険制度自体が赤字に陥っているようだが、これまで手を付けられないできた。ここへ来て新型コロナウィルス感染拡大により、医療費が相当増えることがはっきりしてこのまま見過ごすわけには行かなくなったことは理解できる。
ただ、政治家はすぐ忘れがちであるが、2年前に消費税を8%から2%値上げして、10%に決めた時の理由づけは、医療費負担を含む社会保障費が持ち堪えられないので、値上げ分は社会保障費に充当すると明確に述べていた。当然医療費の不足分は相当分消費税によって賄われるような筋書きになっていた。それが、昨年辺りから早くも高齢者医療費が話題に上がるようになった。どうして実施された消費税値上げ分が、約束通り医療費へ回されないのか。
その説明がまったくなされていない。そして有無を言わせず、1割負担では軽そうだからと強引に75歳以上の高齢者に2割負担を押し付けるのは、少々理不尽ではないだろうか。
国会議員は、この議論を尽くす前に第203回臨時国会は今日閉会となった。野党はコロナ対策もあり、会期延長を求めたが、政府にはその気はないらしい。政府・自民党は8日の閣議で高齢者医療費の負担増額を決定したい腹のようだ。ただ、与党内でも自民党と公明党との間で若干意見の食い違いがあるらしい。公明党としては出来るだけ高齢者に負担をかけないよう単身の年金収入が240万円以上としているのに対して、自民党は多くの高齢者に負担してもらいたいと単身年金収入170万円以上を譲らない。
こうして気楽な国会議員は内外ともに多事の中を、冬休みに入ることになる。日本の国会議員は世界で最も報酬の高い給与をいただいて、それほど働かなくとも所得を得ることが出来る。恵まれない人たちが多い中で、恵まれた幸せな人たちである。彼らにとっては医療費なんて普段の生活上はあまり真剣に考えたことがないのだろう。
4953.2020年12月4日(金) ふと気づいた身体の異常
この数日来右手の薬指と小指の付け根の辺りが、起床とともに小さな痛みとしびれるような感触を覚えて、今朝かかかりつけの松本整形外科医院で診てもらった。先日下肢静脈瘤手術を終えた後の健診の際、担当医に手術と関係がないかと尋ねたら、まず関連性はないとのことだった。今日の整形医も無関係だと思うが、毎日指の周辺のストレッチをやった方が良いとアドバイスをいただいた。
まったくおかしな痛みで、夕刻になるとほとんど痛みが消える。それが明け方から痛み出すので、困ったものだが、医師が言うようにこれからは毎日ストレッチとして指を揉んでみようと思っている。
それにもうひとつ不思議なことは、今朝洗顔しようと鏡を見て右胸の上に血の塊のような2㎝ほどの赤い斑点のような跡が着いている。内出血のようだが、昨日まではまったくなかった。これも整形外科医に尋ねたら、すぐ皮膚科で診てもらった方が良いとのご託宣だったので、すぐ近くの皮膚科医院へ電話して駆け付けた。結論から言えば、皮下出血ということで数週間このままにしておけば、赤色が黄色になって自然消滅するでしょうとのお話だった。もし、異常が見られるならまた来診されるようにということで、特別な処方とか、薬をいただくことはなかった。
2つとも考えてもいなかったことで、特別自分の身体に無理をしたとか、無茶をやって傷つけたということではない。これもやはり加齢のせいではないかと思う。段々自分の年齢を考える機会が増してきているとつくづく思う。
すると、午後になって選りによって生命保険会社から、万一の場合保険金の指定受取人の追加が出来るので、希望するかどうかと聞いてきた。先日郵送されてきた書類を見て長男を指定したところだが、どうもタイミングが良すぎる、パッとしない話だ。
それはともかく平素の健康管理だけは、しっかりやる必要があるとは思っている。その点では、2月に糖尿病と診断されてから食事やその他の食べ物について、随分気を遣うようになった。毎日欠かさずウォーキングを行うようになった。そのせいもあるが、糖尿病のヘモグロビン数値も安定してきたし、体重がかつてより8~9㎏も減り、変動がない。やはり自分で健康に気を付けて間食を避け、食事量、カロリーなどに注意を払わないと止めどもなく不健康体になってしまう。精々自分の身は、自分で守るくらいの気持ちがないと、身体は劣化していくことが何となく分かった。
アフガニスタンでボランティア活動を行っていた医師の中村哲さんが亡くなられて今日でちょうど1年になる。今もアフガニスタンでは多くの人びとから敬愛されている。実に惜しい方を喪ったものだ。今日はアフガニスタン政府主催の合同追悼式が行われる予定だったそうだが、テロリストによるテロが予想されるということから中止になった。アメリカ軍が撤退してから治安が不安になり、アルカイーダが暗躍しだして国内は大分危険な状態になった。中村さんが生きていたらどう思うだろうか。しかし、中村さんをよく知る人々の間では慰霊の儀式が行われたという。