充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
ブログ一覧
5071.2021年4月1日(木) 日本の男女平等は、世界で120位
今日から新年度2021年度が始まった。日常生活で変わったのは、商品の価格表示が税込み価格になったことである。年金の支給額も4年ぶりに減額されることになった。これは、我々年金族にとっては痛い。
世界経済フォーラムが、世界の国々で男女平等がどれほど実現しているかをまとめた報告書を発表した。165カ国中日本は120位という位置づけだった。昨年は121位だったから、ほとんど変わっていない。この種の数値は、いつも主に北欧諸国が上位を占めるが、今年もご多聞に漏れず1位がアイスランドで、次いでフィンランド、ノルウェー、ニュージーランド、スウェーデンが上位5位までを占めた。上位4位までは女性が首相である。この辺りが日本とは大分違う。先進国程上位にランクされると思われがちだが、6位にナミビア、7位にルワンダのアフリカ勢が食い込んだのが意外だった。日本はこれらアフリカの2カ国より男女平等の実現では、大きく後れを取っていると言える。アメリカも53位から今年は30位へ躍進した。アフガニスタンが最下位のようだが、一般的にアジア諸国はあまり高位置にはいない。
韓国は102位、中国が107位でいずれも日本とはそれほど差はないが、それでも両国の後塵を拝している。日本が主要7カ国(G7)の中で68位イタリアの下位である最下位に位置しているのも頷けないこともない。
日本で男女差の一番大きいのは、国会議員ら政治家である。女性の政界進出が少ないうえに、女性首相は今以て前例がなく参議院議長、大臣に時折女性が選任されることがある程度である。ただ、実質的な男女平等は歴史的にみて当分難しいと思われる。それは小学校へ入学してから遊戯などグループ分けをする際、最初に男の子と女の子を分けているのが今も見られる。この場合まだ男女差がない背丈の高い順序でグループ分けするようなことが出来れば、男と女を意識することがなくなると思う。こういう小さな点から、学校で気を付けながら教育していくことが将来的に男女の差別感を生ませない結果につながるのではないだろうか。
ふっと思いついたが、男女差別はもちろんあってはならないことだが、それ以上に同じ人間としてあってはならないことがある。それは人種、民族差別であり、無暗な殺人などに晒される危険、殺人発生率と言っても好い。採点が難しいとは思うが、人種差別のない国のリスト作成や、戦争とは別にした危険な国リストを作成したら、多少の物議を醸すことがあろうとも該当する国にとっては世界から反省を求められることになり、当事国にとっては汚名挽回の為にも世界的に少しは人種差別が少なくなり、無謀な殺人事件が減るのではないかと思う。現代は何でも数字化出来る時代であるので、こんなことも考えてみてはどうだろうか。
さて、今日選抜高校野球決勝戦が行われ、神奈川県の東海大相模高が大分県の明豊高に対して3X―2のサヨナラ勝を収めた。私は神奈川県立高校生だったが、当時はまだ東海大相模高は創立されていなかった。開学したのは1963年だった。それが2000年、2001年に続いて今日3度目の優勝を果たした。夏の全国大会でも4度の優勝に3度の準優勝を成し遂げた。その急成長ぶりと強豪ぶりには舌を巻く。神奈川県はラグビーでも桐蔭学園高が今年2度目の全国優勝を飾ったが、準優勝も4度ある強豪校である。これも私たちが高校でラグビーをプレイしていた当時は存在せず、1964年に開学した。短期間に全国レベルの実力を培うことが出来たのは、長い歴史と伝統というより良き指導者に恵まれたことと、学校の力の入れ具合ではないかと思う。今日の東海大相模高の選抜大会優勝によって、伝統校とは歴史を受け継ぐものではなく、新たな歴史を創る学校であると知らされた次第である。
5070.2021年3月31日(水) 他国を非難するばかりのアメリカの身勝手さ
日本では絶対的に悪と決めつけられている大麻が、世界では医療目的という名目で認めている国が意外に多いことに驚いている。アメリカでは50州の内29州と首都ワシントンD.C.で医療用大麻が合法化され、嗜好品としての大麻も首都と9州で認められている。昨年12月には医療用大麻が認められていないのは僅か3州のみで、娯楽としての大麻は15州で認められている状態である。医療用大麻はカナダ、ウルグアイ、南アフリカをはじめ、ヨーロッパ8カ国や韓国などでも容認されている。韓国を除きアジアや中東諸国では大麻は合法化されていない一方で、先進国のアメリカ、カナダや、ヨーロッパなどで「悪の道への誘惑」とされている大麻が合法化されていることが不思議でならない。
ニューヨーク州では娯楽目的の大麻使用が近く合法化される。理解出来ないのは、合法化により年間3億5千万㌦(約384億円)の税収と3~6万人の新たな雇用が見込まれると経済的プラス面ばかり楽観的に考えていることである。更に分かり難いのは、クオモ州知事が黒人やヒスパニックら人種的マイノリティーの検挙例が多いことから、大麻の合法化は長い間社会から疎外されてきたコミュニティーに正義をもたらす」と述べていることである。この論理はあまりにもナンセンスで筋が通らない。ここにも利益団体の暗躍があるのではないかと訝しく思っている。全米の大麻合法化を目指す団体「大麻政策プロジェクト」の跋扈である。アメリカで殺人武器である銃砲類の所持が禁止されないのは、全米ライフル協会が多額の政治資金を提供して政治的発言を強め、銃砲所持法の堅持を全米中に周知、普及させているのと同じ構図である。
尤もこれは大麻だけに留まらず、日常行動においてもアメリカの悪い一面が現れることでも分かる。昨日アメリカ国務省は2020年の人権報告書を公表したが、その中で中国政府が新疆ウィグル自治区でウィグル族ら少数民族に対するジェノサイドと人道に対する罪を犯していると明記した。しかし、アメリカには自国内の人種差別や、殺人を誘発する銃砲所持を許していながら他国の人権侵害を糾弾する資格があるのかと問いたい。確かに中国の昨今の思い上がった覇権主義的言動はとても容認出来るものではないが、その前にアメリカ自身も自国の非民主主義的行動を反省し、修正すべきではないだろうか。
最近アメリカ国内でアジア人に対するヘイトクライムから彼らに暴力的言動を冒すアメリカ人が増えているが、一昨日の真昼間ニューヨーク市内で65歳のアジア系女性が、前方から歩いて来た男性に突然襲われ、激しく殴打、蹴飛ばされ重傷を負った。悪質なのは、それを見ていたマンション管理会社のスタッフが、助けることもせずに扉を閉めたことである。この管理会社は、「アジア系アメリカ人コミュニティーに対するいかなる差別も非難する」と言ったそうだが、人種についてアメリカ人の差別意識は、いつまで経っても消えそうもない。世界のリーダー国として、アメリカ人は、他国、他国人に対して口幅ったいことを言う前に自らの身を糺すことは出来ないものだろうか。
5069.2021年3月30日(火) 思い出の詰まったスエズ運河再開
大型コンテナ船が座礁したまま航行不能に陥っていたスエズ運河が、昨日漸く船が離礁して運河が再開され、周辺に足止めされていた大型船422隻も動き出しているという。このところスエズ運河の画像を観る機会が増えたので、興味深く思っていた。近著「八十冒険爺の言いたい放題」にカイロからスエズへ向かった旅について1章を書いている。スエズでは警察仮留置所に閉じこめられ、部屋から脱出して徒歩でスエズ運河を訪れ、束の間とは言え世界の大運河をこの目で見たことが懐かしい。
私がスエズを訪れたのは54年前の1967年第3次中東戦争直後だったが、運河を見渡せるような場所ではなく、戦禍に遭ったスエズ市内の運河の入口だったので、今回の事故現場とは数十㎞離れている。それでも運河なんて普通では滅多に目にすることはない。当時を思い起こして感慨無量の思いがした。
これから話し合わなければならないのは、補償問題らしい。コロナ禍で観光客がめっきり減りエジプトにとり最大の収入源の観光収入と並んで、国家財政を支えていた運河通航料収入の減額は極めて大きな打撃である。1隻の通航料が船のサイズにもよるが、3~5千万円と言われており、スエズ運河庁にとっては1日平均50隻が通航を遮断されたことにより約15億円の損失であると言われている。第一義的には、船の所有者である日本の船会社が保険を使って対応する可能性が高いようだが、円満解決までにはかなり時間がかかるだろう。それでも取り敢えずスエズ運河が再開されたことは、吉報であり、素直に喜びたいと思う。こう言っては顰蹙を買いかねないが、半世紀ぶりに思い込みの強いスエズ運河のニュースに触れて懐かしく思った。
さて、昨日待望していたチャールズ・チャップリンの名画「ライムライト」をNHK・BSで録画しておいたビデオて観ることができた。1952年に製作されたチャップリン晩年の作品であるが、世界中で大ヒットして話題となった作品である。数々のチャップリン映画の中で最もその特徴を具現していると見られているこの映画には、全体に心地好いテーマソング♪テリーのテーマ♪が流れているが、同時に時代的に第1次世界大戦が勃発した1914年のロンドン市内の光景が観られて興味深かった。ストーリーとしては、道化役者チャップリンが、足を痛めて絶望的になっていたバレリーナを救い、更生させ、大劇場でプリマドンナとして復活させるまでのストーリーである。バレリーナ、テレーサが舞台で踊っている間に、彼女の恩人となった道化役者カルベロが舞台裏で亡くなって終わる愛情物語である。チャップリンの映画は、ほとんど彼自身が監督、脚本、音楽、主役を演じているが、他の「モダン・タイムス」「チャップリンの殺人狂時代」「チャップリンの独裁者」などに比べて、ハリウッドで製作した最後の作品となったこの作品こそが一番チャップリンらしい作品だと思う。
世界大戦勃発という未曽有の暗い時代に、深刻な戦争の非情さを見せずに、市民生活の一部を涙と愛情にユーモアも交えてスクリーンに表現する演出者としてのチャップリンの類稀なる才能は余人をもって代えがたいと思う。印象的な良い映画だと思う。
5068.2021年3月29日(月) 96歳高齢者の3つの「独り旅」
今朝の朝日「声」欄に紹介された神奈川県に住む96歳の男性の投書に興味を惹かれた。3つの独り旅と名付けて、高齢になってから楽しんでいる「読むこと」「書くこと」「旅すること」について書いておられる。年齢から考えてもこの読者の好奇心は素晴らしいと思う。つまり読書、作文、旅行である。旅行以外は今の若者にとっては大分欠けていることである。
ご自身大正デモクラシーの末期、普通選挙法が成立した1925年に生まれ、満州事変勃発の31年に小学校へ入学して「内に立憲主義、外に帝国主義」時代の子だったと述べておられる。その点では、私が生まれた38年は国家総動員法の交付により、戦時体制が築かれた。そして、小学校(当時国民学校)へ入学したのが、終戦の年1945年だった。その意味では、「内外ともに帝国主義から民主主義」時代の子と言えるかも知れない。加えて、旅行会社へ勤めていた当時、旧厚生省主宰の太平洋戦争戦没者遺骨収集事業や、戦友会の戦跡慰霊巡拝団業務に約20年間も関わり、今注目を浴びているミヤンマーへ30回近くも訪れたのも戦争とは切っても切れない縁ではなかったかと感慨深く思っている。
さて、このところ連日のようにミヤンマーのクーデターに反対する抗議デモのニュースが伝えられるが、一向にデモが収束しないことに苛立ったのか、国軍の鎮圧手段が大分荒っぽくなってきた。カチン族ら少数民族が住む山間部へ空爆したり、住民に無差別な銃撃を加えている残虐ぶりである。これについては、バイデン大統領も常軌を逸した行為だと国軍を厳しく非難した。
このところ急激に死者が増えたのも、国軍の手荒な行動によるせいであるが、それについてひとつ気づいたことがある。昨日テレビ画像を観ていて、軍用トラック荷台に乗っていた国軍兵士が通り過ぎるオートバイに向けて突然銃を放ち、倒れた人の他に逃げようとした男性に向けても銃砲を向けたことである。はっきり言って通りすがりの住民に対して見ず知らずの人間がいきなり発砲した構図である。普段温和なミヤンマー人が不意に無防備の通行人に向けて銃撃するなんてとても考えられない。これも戦場のような殺気だった場面で、武器を手にした兵士が良心の咎めることもなく武器を使用した場面であり、戦争になって武器を手にすればブレーキが利かなくなるということを教えてくれた。同時に深く考えさせられた。手にすれば、誰にも見境なく銃口を向けるようになる銃器は、だからこそ普段は手の届かないところに厳重に格納しておくべきで、普通の市民には難しい。それがアメリカでは銃器類所持の許可さえ得れば、自宅に銃器類を所持することが許される。それが殺人を誘発することは容易に想像できる。アメリカで殺人事件が多い理由のひとつは、一般の民間人が許可さえ得れば武器、銃器を所有できる世界でもアメリカだけの特別法、殺人容認法があるからである。
一般にアメリカは民主主義の母国であると考えている人が多いが、とんでもない誤解だと思う。アメリカ国民は他国にはない唯我独尊的な銃砲所持を容認する法律を破棄し、世界からこの市民が容易に殺人に手を染め得る恐れのある法律を放逐して欲しいと思っている。それは、アメリカ人の世界中の人びとに対する義務と責任であると思う。
今日は近くの呑川緑道の見事な桜を見ながらウォーキングを楽しんだ。下手な一句が浮かんだ。
桜咲く 隣の梅も 競い合い
まだ、2,3日は大丈夫だろう。
5067.2021年3月28日(日) ミヤンマー軍、国軍記念日に更なる弾圧
桜の花も今が満開の花見頃を迎えて、自宅近くの呑川(のみかわ)緑道に沿った長い桜並木が見事に花を咲かせている。生憎今朝は一時的に雨交じりの強い風が吹いていたので、散ってしまうのではないかと気になったが、昼過ぎには風雨ともに止んだ。もうしばらくの間桜を楽しませてもらえそうだ。
さて、昨日ミヤンマー国軍記念日に首都ネピドーでは、ミヤンマー国軍が軍事パレードを行ったが。その後の式典でミンアウンフライン国軍司令官は、昨年の総選挙で不正があったにも拘らず、国民民主連盟(NLD)が放置したので、止むを得ずこのような行動を起こしたと自らを正当化し、あまつさえ「安定と安全に影響する暴力は不適切だ」と抗議のデモを見当はずれの言い方で非難する有様だった。その国軍は、普段は大人しいミヤンマー国民の間で抗議デモが収まらない腹いせだろうか、国軍は益々乱暴な手段に出てきている。軍の過激な行動に対して世界各国からも非難が浴びせられている。国軍記念日の式典にも、例年は30カ国以上の国家の代表者が出席していたが、今年は、中国とロシアを含む僅か8カ国しか出席しなかった。もちろん普段は良好な外交関係にあった日本も、駐在全権大使は出席しなかった。
昨日は治安部隊が抗議のデモ隊に対して発砲し、クーデター勃発後1日にして最多の114人が殺害された。民家に押し入り無抵抗な住民に対して銃弾を放つなど、武器を持った兵士は正にキチガイに刃物で、普段温和なミヤンマー人らしからぬ手荒い行動に出ている。国連のグテーレス事務総長は無抵抗の子どもが虐殺されたことを強く非難し、「国際社会が結束して断固たる措置をとるよう要求する。この危機に対して緊急の解決策を見出すことが重要だ」として、国際社会が結束してミヤンマー国軍による市民への弾圧を止めさせるよう求めた。日本は茂木外相が、「ミヤンマー国軍・警察による市民に対する実力行使により27日に、これまでで最多の死者を数えるなど、ミヤンマーで多数の死傷者が発生し続けている状況を強く非難する」との談話を発表した。
昨日が国軍記念日とされた経緯は、太平洋戦争が終結した1945年の昨日、それまで日本軍とともにイギリスから植民地解放のため戦っていた、南機関を主とする日本陸軍にビルマ軍が突然反抗し、日本軍との戦いに立ち上がった日である。その中心にいたのが、スーチー氏の父・アウンサン将軍だった。ヤンゴン市内の中心にボジョー・マーケットという買い物客で始終賑わっている市場があるが、ボジョーという名は「将軍」を表す言葉でアウンサン将軍を指している。ミヤンマーのすべての紙幣にもアウンサン将軍の肖像が描かれている。アウンサン将軍は独立の日を迎えることなくその前年に暗殺されたが、それほど父アウンサン将軍は、ビルマ独立の父としてミヤンマー国民から今も深く敬愛されている。スーチー氏への信頼と人気も父親に負うところが大きい。国軍としては、このままではアウンサン親娘の人気にはとても太刀打ちできないと覚悟のうえで、クーデターという強硬手段に出たのではないかと思える。
四面楚歌に陥った国軍が頼ったのが、予想通り社会主義国とはとても言えない中国とロシアである。国連をはじめとして多くの国々から非難されているミヤンマー国軍にとっては、今や中国は覇権国家と化したが、ミヤンマーにテコ入れしたい社会主義国家を自称する中国が頼りだった。そして同じ脱社会主義国家で覇権国家のロシアもこれに同調した。人権や貿易問題で欧米など資本主義国家と対立している、覇権国家、帝国主義国家の中国とロシアが、ミヤンマーを足場にしてまた国際社会へ新たな難問を仕掛けて来るような気がして憂鬱な気分になる。
今日は両横綱休場の中で行われた大相撲春場所が千秋楽を迎え、一時序二段まで陥落した関脇照ノ富士が3度目の優勝を果たした。これで来場所は大関への復帰が濃厚となった。メデタシ! メデタシ!