充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
ブログ一覧
5324.2021年12月10日(金) 母校高校ラグビー部TVで紹介?
先日母校ラグビー部OB会会長から、来る13日(月)22:00にBSテレビ東京で「THE名門校 日本全国すごい学校名鑑」と題するシリーズ番組に母校が紹介され、その中で文武両道の模範としてラグビー部の活動が取り上げられると聞いた。僭越にも知人、友人にも観てもらいたいとメールで連絡を取ったところである。
母校ラグビー部は私が3年生になって主将を務めていた当時は、負け試合が多かったが、近年は大分実力をつけて来た。ところが、神奈川県は強豪校がひしめいており、過去にも全国大会で優勝した慶應、相模台工業、桐蔭学園など実力校が多く、桐蔭学園なぞは、昨年と今年の2年連続で全国制覇を成し遂げているほどである。母校は公立校の中ではかなりレベルは高いが、私立の強豪校の壁を突き破るのは中々厳しく、トーナメントではいつもベストエイト入りを賭けた試合で跳ね返されている。今秋もインターハイ県予選のベスト16入りを賭けた3回線で、選りによって全国大会3連覇を目指す桐蔭学園高を相手に戦うことになり、善戦はしたが60-0で敗れた。しかし、桐蔭学園は全国でも屈指の強豪校だけに、次の準々決勝戦では、127-0、準決勝では105―7の結果で、対母校戦を遥かに上回る大差をつけ圧勝しているくらいである。母校もくじ運にさえ恵まれれば、ベスト4ぐらいまで行けたかもしれない。いずれにせよ、13日の放映を楽しみにしている。
今日は久しぶりに電車に乗って代々木まで出掛けた。いつも通り歯の定期健診である。歯科医からは、よく歯を磨いているようで現状では問題はないとのことだった。以前に抜歯してから初めてその重要性に気が付き、1日3回の歯磨きを欠かさなくなったが、まさに「遅かりし!由良助!」である。
帰路は代々木駅からJR渋谷駅で通常通り東急東横線ではなく、寄り道してJRから東急田園都市線に乗り換えたのだが、工事中の渋谷駅構内の複雑な構造のため、分かっている筈なのに乗車すべき田園都市線の渋谷駅構内へ中々辿り着けない。表示の仕方もおかしい。元来た道を戻っているような感じにもなり、ついに東急の駅員に尋ねる無様ぶりだった。元鉄道員がこんなに迷うようでは、認知症ではないかと勘違いされかねないが、JR、東急ともに駅構内の標識が分かり難いことは事実である。久しぶりの渋谷だったが、田舎っぺ丸出しだった。
さて、困ったことになった。パソコンとともにいつも愛用しているプリンターが故障して、機能不全に陥ってしまった。最近やや具合が悪くなっていたのを承知のうえで、アブノーマルなまま騙しだまし使用していたのだが、ついにプリンター自体が動かなくなってしまった。いつも相談しているITコンサルタントの小糸さんに連絡を取り、新しいプリンターに買い替えることに決めた。これから年賀状を印刷しなければならない時期でもあり、時間がないので、出費もやむを得まい。
5323.2021年12月9日(木) 同じような行動を行う独裁者国家
暫くミヤンマーの動きが報道されないと思っていたところ、旧ラングーンのヤンゴン市内でスーチー国家顧問の肖像画を掲げたデモ隊に国軍の車両が意図的に突っ込み、死傷者を出したとのニュースが伝えられた。その翌日ミヤンマーの裁判所がアウンサンスーチー氏に禁固4年の判決を下した。この裁判自体が、法廷の場所も分からず、秘密裏に開かれ弁護士にもかん口令が敷かれている有様である。国軍は恩赦を与えて刑を2年にしたが、そんな姑息なことをやっても意味がない。スーチー氏への量刑は現時点で合わせて100年というから、茶番も好いところだ。民主的に選ばれたスーチー氏が率いる国民民主連盟による政権を暴力によって倒し、政権幹部をひっ捕え彼らを押さえつけておきながら、2023年8月までに総選挙を行うなどと言っても誰も信用しやしない。欧米各国は国軍によるクーデターを強く非難したが、今またこの判決を民主主義への侮辱と批判し、国連人権高等弁務官が恥ずべき裁判と厳しく非難している。初めて当時ビルマと呼ばれていたミヤンマーを訪れたのは1971年だったが、当時は軍人上がりのネ・ウイン大統領が支配していた。だが、ネ・ウィン大統領は、クーデターで権力者になったわけではなく、時とともに引退された。インヤ・レーク湖畔で休憩中に大統領の車列が通ったが、元日本人兵士に対して窓を開けて手を振ってくれた。それほど親しみを感じさせる人物だった。現在のミンアウンフライン国軍司令官とは、人間的に別格のようだ。
こういう時にミヤンマーのミンアウンフライン国軍最高司令官と同じように独裁的権力を行使してきたカンボジアのフン・セン首相が、自らの権力行使をアピールするかの如く、来年1月ミヤンマー訪問を両国間で合意した。
今来年2月開催予定の北京冬季オリンピックに、新たな問題が生じている。昨日アメリカが外交団を派遣しないと公表したのに続いて、オーストラリア、イギリス、カナダなどもアメリカに同調して外交団は派遣しないと述べた。その最大の原因は、中国が新疆ウイグル自治区で冒している人権蹂躙につき欧米は証拠を呈示して激しく抗議しているが、中国は事実ではないと突っぱねた挙句に、それは中国国内の内政問題であり、他からとやかく言われる筋合いではないと取り合おうとしない。中国政府の対応は、指摘された問題点に誠実に応えるということではなく、問題の入口で示された懸念に対して筋違いの回答を行うことである。どうやら独裁国家というのは、ミヤンマーにしろ、カンボジアにしろ、同じような行動を取るものだ。
国連安保理事会でミヤンマーに対する制裁決議が行われようとしたが、中国とロシアが反対した。似た者同士と言ったら良いのか、どうも習近平、プーチン、フン・セン、ミンアウンフラインら国家を独裁的に支配する権力を奪った者は、行動規範においてどうやら同じ穴のムジナのようだ。
5322.2021年12月8日(水) 戦争は忘れられたのでは? 開戦記念日に想う。
80年前の今日太平洋戦争が海軍によるハワイの真珠湾攻撃、及び陸軍によるタイのシンゴラ、マレーのコタバルへの上陸作戦によって開戦の火ぶたが切られた。私はまだ3歳だったので、記憶にはないが、翌年家族が兵庫県芦屋市へ転居した後のことはかなり覚えている。よく近くの学校(現芦屋高校)の空襲を知らせる警戒警報の半鐘が鳴り響いていた。その後房州勝山町(現鋸南町)で終戦を迎えたが、ここでは度々米軍機の襲来で防空壕に避難したことが強烈な印象として残っている。その後30年ばかり経過して、戦友会の戦跡慰霊団や、厚生省主宰の戦没者遺骨収集事業に携わるようになり、戦争とは切っても切れない関係になった。
戦争を回顧するテレビ番組などを観ていると、絶対2度と戦争はやってはならないという反省の声が繰り返される。だが、今の安穏とした時代になってかつての悲惨な戦争は忘れられたのではないかと思うことがよくある。一般の人びとの感覚はもとより、実際の政治の世界では、自衛力を増強し、戦争放棄を謳った現行憲法を蔑ろにしたような言動が高まりつつある。実に怖く悲しいことである。
最近政治の世界で防衛費の増額とか、アメリカへの配慮でアメリカから軍事物資の購入を主張する政治家が多くなった。とりわけ高市早苗・自民党政調会長は、先の総選挙前に計上予算の内国防費の増額を求め、それは2兆円規模に上るものだった。彼女はいずれ総理大臣を目指すと語っているが、こういう超保守的政治家に一国はとても任せられない。
いつも靖国神社に参拝しているようだが、遺族会や、戦友会が行う慰霊祭で戦没者のご遺族の近くで身近に立ち会ったら、いかに戦争で身内を失うことが悲しいかが分ると思う。仮に戦争になっても自らは戦地に行く可能性がない人には、臨場感が分からないのだ。そういう人物が好戦的な言動を行うことは、戦没者に対しても失礼極まりないと思う。
さて、昨日‘Google Search Console Team’からいつも通り11月の本ブログ・アクセス数の結果をメールで教えてくれた。アクセス数1位は、2013年9月12日の「川勝平太・静岡県知事のやりたい放題」だった。その年の6月に知事に再選され自信過剰で思い上がっていたのか、全国学力調査で静岡県の小学6年生の国語の成績が全国で最下位だったことに憤慨し、成績の下位100校の校長名を公表すると公言して顰蹙を買ったことについて書いた。早大教授時代には、事務局の女性にセクハラを犯したり、最近も総選挙で浜松市の候補者を応援するために、ライバル候補者の出身地である御殿場市を愚弄するような表現をして不評を買った。そしてその直後に美人は仕事が出来ない方が良いような比喩を述べて非難されたばかりである。どうもこの御仁は失言、放言が抑えきれないようだ。こういう非常識で、教育者とも思えない人物が県立大学学長を務めていたナンセンスにも呆れるばかりである。
なお、アクセス数2位は、19年4月4日の「日本ペンクラブの不条理な言論抑圧」であり、第3位は07年10月5日の「元全学連書記長・清水丈夫さんの思い出」だった。これは、一昨年高校ラグビー部の先輩・清水さんが半世紀ぶりに世間へ姿を見せた時、メディアが大騒ぎで報道し、そのことを書いた。それ以来毎月この項目がトップだったが、漸く3位に下がったほどである。ある面で、いかに清水さんが非凡であるかを物語っていると思う。
このように拙稿に多くの方が目を通していただいたことに感謝の気持ちである。世間をしっかり見て、真実を見極め、本音をきちんと書きなさいと激励されていると考えている。
5321.2021年12月7日(火) アメリカ、北京五輪に外交団を派遣せず
1日に妻が東京医療センターで受けた大腸の内視鏡検査の結果を心配していた。まだポリープをすべて除去していない。ひょっとするとがん細胞があるのではと気になっていた。幸いそれは杞憂に終わったが、心臓を見ると血の流れがスムーズでない心筋シンチという薬剤負荷があり、放っておくと心筋梗塞になる恐れもあるとのことで今月中に心臓の検査を受けることになった。かねがね気になっていた虫垂炎の手術は、来年1月に受けることも決まった。どうもぱっとしない健康状態になってしまったが、ぼやいていても始まらない。取り敢えず、目先の検査と手術を無事クリアすることが先決だ。
私は3か月ぶりに眼科で診てもらったが、案じていた通り右眼の白内障がやや進んでいるので、3か月後にもう一度診て更に進んでいるようなら手術という予定で行きましょうということになった。
夫婦揃って昨年来健康面に少々支障を来すようになった。これは加齢ということも考えられるが、それだけに日頃の健康管理と予防医療ということが大切でると改めて思う。
さて、昨日本項で米中対立について懸念していることを取り上げたばかりだが、今朝早々に具体的な一手がアメリカによって発表された。2か月後に迫った北京冬季オリンピック・パラリンピックにアメリカ政府は外交団を派遣しない「外交ボイコット」を行うと発表した。最近になってアメリカはそれらしいことを仄めかしていたが、その空気を感じ取っていた中国としては、招待する予定がないので影響がないような発言をして、事前に影響を和らげるべく努めていたようだ。
選手団は当然参加するが、外交団を派遣しないと公表したことは、中国の本音としてはショックである。同時に、アメリカが独断専行するなら、断固対抗措置を取ると反発している。駐米中国大使館は、「アメリカのいかなる政治家にも招待状は出されておらず、『外交的ボイコット』は降って湧いたものだ。このうぬぼれた行動は政治的なごまかしでしかなく、オリンピック憲章のひどい歪曲だ」と強く非難した。
アメリカが今この強硬策を取ったのは、今までの中国政府の新疆ウィグル族に対するジェノサイドの人権抑圧など数々の非民主的行動に対する非難であるが、最近の女子テニス選手が前副首相によってセクハラを受けたことを当該選手が公表してから、彼女の所在が明らかではなくなったことに対して、アメリカが中国政府の対応を人権弾圧として抗議したものである。
本件について、アメリカではごく普通に受け取られているが、中国国民はアメリカが仮想敵を抑圧しようとしているとか、アメリカが来なければ開催しないのか?そうではないだろうとか、中国国民には中国政府がこれまで行ってきた非民主的政策が充分分っておらず、ただ中国がアメリカに批判的な行動を取られたと憤慨しているのが、気がかりである。
岸田首相は、日本の立場について国益を考え総合的に判断するとして決断を先延ばしにしているが、自民党内にはアメリカに同調して出席すべきではないとの意見があるようだ。中国側に配慮することは人権抑圧問題を厳しく非難しないということになりがちであるが、アメリカに同調すれば日中関係がよりこじれる可能性がある。従って、中立的に考えれば、現時点では外交団不参加を決めても、むしろ失うものが多いように思う。日本はアメリカに忖度することなく外交団を送った方が良いと思う。
5320.2021年12月6日(月) 昭和天皇の戦争観と中国式「民主主義」
太平洋戦争開戦日を目前に控えているせいか、このところメディアで太平洋戦争関連のニュースや、ドキュメンタリー番組が目立って放映されるようになった。それらの中で意外だったのは、昭和天皇の戦争へ前のめりのスタンスだった。それは、昨日付朝日朝刊に掲載された「昭和天皇 開戦『覚悟』の秋」と題された百武三郎侍従長の日記から伺い知ることが出来る。
これまでは、天皇は軍部の開戦論に対して反対されていたと一般に伝えられていたと思う。だが、今年になって侍従長の遺族から東大に寄託された百武日記によると、開戦直前に開戦を前提に戦争終結策を思案したり、開戦後は戦果に満足し積極的な作戦を求めたり、戦争に前向きな姿勢を示した時期もあったようだ。時には、天皇の気持ちが先行する様子を懸念した木戸幸一内務大臣が、ときどき先行するのをお引止めしていたとの表現が見られる。昭和16年9月ごろまでは、開戦に慎重だったと受け取られている。しかし、徐々に開戦消極から容認へ気持ちが傾いていったのには、「早期開戦論を抑え、外交を尽くすべきだ」と説く有力な後ろ盾を欠いていたからでもあった。スタンスが変わりつつあったのは、海軍の作戦・指揮のトップだった海軍軍令部総長を長年務めた伏見宮博恭元帥の存在が大きかったようだ。伏見宮は昭和天皇より年長で、日ロ戦争で実戦経験を有し、天皇と直接面談した際「開戦しないと陸軍に反乱がおきる」とまで述べて天皇に開戦を迫ったことが、天皇が開戦を決断する大きな原因になったと、日本近現代史の権威・加藤陽子東大教授は推察している。一度にテレビ・ドキュメンタリーを観られないので、いくつか録画しているが、改めてじっくり観てみたいと考えている。
さて、このところ米中対立がエスカレートしている。中国が行った人権抑圧と覇権国家的行動が、それまでの経済的対立は別にして、政治的な対立を一層激化させることになった。アメリカのバイデン大統領は、中国を「専制主義国家」と決めつけ、中国政府を非難したことが火に油を注いだ。これに対して一昨日中国政府は、自国を「質の高い民主主義を実践」してきたと主張する新たな白書を公表した。この中で、中国は中国式民主主義を創造したとか、民主主義は多様なものであり国によって形態が異なり、国が民主的かどうかは、その国の国民が判断することであり、外が口を挟むことではないと反論している。この反論は、中国の後ろめたさの裏返しだと思う。中国は自国民に判断させるような包容力がなく、強圧的に自国民の自由を抑圧する一方だからである。その最たる証しが、国民の意見を汲み取る気がなく、自由選挙を認めず、すべて共産党の思い通りに上位下達の政治を行っていることでも明らかである。
この辺りに中国政府の狭量な視点があり、真実を捉えていないひとりよがりな考えが読み取れる。中国政府には誤解と物事の読み違いが多過ぎ、それを他に押し付けるきらいがある。
新疆ウィグル族への人権抑圧、香港1国2制度の破壊、南シナ海侵略と人工島建設、自由投票制度の不履行、報道の不自由、義務教育での中国語以外の禁止、など、挙げたらキリがないほど中国が非民主主義国家でないことは歴然としている。そもそも中国が「民主主義国家」とか、「社会主義国家」と唱えること自体ナンセンスである。まったくそのいずれとも対極にあるからである。
思い上がっている中国は、自国の行動を反省することなく、恐らくこのまま突き進むだろう。当分の間米中の対立が融解しそうもないことは、何ともしようがないが、実に残念である。