充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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5344.2021年12月30日(木) コロナ禍で消えたインバウンド業の夢
もう10年も前の資料であるが、手元に2011年1月4日付日本経済新聞特集版がある。タイトルは「ようこそ 外国人客」と題してこれから成長を期待されるインバウンド業の現状と見通しについて書かれたものである。東日本大震災の2か月前で、海外旅行、とりわけインバウンド業の発展は著しく成長路線を歩み始めたころのわくわく感を盛った記事である。今となっては徒花となってしまったが、当時の頼もしいインバウンド成長戦略が紹介されている。特に近隣国の中国と韓国からの観光客誘致のためのあの手この手で企画されたツアーが中々興味深い。
「成長へ奥の手」と称して、富裕層に狙いを定めた医療ツアーとして観光と人間ドック受診をセットにした医療ツーリズムとか、韓国ドラマでロケ地となった鳥取県を韓国人にアピールするツアー、中国人オリンピック選手を招き野沢温泉スキー場で中国人にスキーを教えるツアー、大型クルーズ船で博多港に来日して長崎市内やハウステンボスなど九州内を新幹線で巡って観光を楽しむツアーなど、多彩な催しと企画が紹介されている。しかし、観光業の実情はご案内の通りコロナ禍の影響を真面に受け、今では外国人は水際対策のため入国すら出来ない有様である。
観光庁としては、今年の外国人来日観光客を2千5百万人と見込んでいた。それが完全に思惑外れとなり、取らぬ狸の皮算用となってしまった。今年はあと2日と残り少なくなってしまったが、現在のコロナ感染拡大の状況を考えると、しばらくの間コロナが終息する期待は持てない。これは各国共通の悩みであろうが、日本では漸くインバウンドの有難みが分り、基盤も固まり、その発展の期待があり、その成長の可能性が見えていただけに本当に残念で腹立たしいことでもある。
ついては、このコロナのせいもあり、明後日元旦に母校湘南高校グランドで行われる湘南ラグビー祭に参加しないことに決めた。OBと現役が一体となって楽しむ恒例のお祭りであり、今まで毎年のように参加していた。それが今年は、コロナの急速な感染拡大、及び車を処分して電車になってコロナ市中感染の恐れと、妻の体調と5日の妻の手術などを考慮して残念ではあるが、今回は不参加と決めた。今年正月はコロナ禍のため中止だったが、2年ぶりのラグビー祭が盛り上がることを期待したい。
ところで、今年も年賀状を書いて24日に近くの郵便局へ届けた。年々歳々送る数が少なくなっている。今年はじり貧で4百数十枚だったが、最近いただく訃報を考えると恐らくその数は来年以降も減少していくことだろう。今日送った年賀状の内1通が「あて所に尋ねあたりません」として返送されてきた。早速宛先の知人にメールで住所を確認すると正しいことが分った。正月明けに郵便局に再配達するよう言わなければならない。それにしても最近の日本郵政は簡保保険や局長の言動、土曜日の配達中止など顧客サービスの低下が著しい。困ったものだ。
年賀状に関しては、書くに当たって住所、氏名の確認をし、送る相手の顔を思い浮かべながら万年筆で書く習慣は昔から変わってはいない。小学生から大学生まで5人の孫たちにも、1枚ずつ書いた。彼らにもいつまでも年賀状を書く習慣をつけてもらいたいと思っている。
私が年賀状に殊更拘るようになったのは、今年創立150周年を迎えた幕張小学校の恩師、湯浅和先生の影響が大きい。今でこそパソコンでイラストを描くようになったが、小学校卒業時から若きサラリーマンだったころまでは、湯浅先生の教え通り、毎年彫刻刀を使って版画の年賀状を仕上げて送っていたものである。明後日には知人から届く年賀状を心待ちにしている。
5343.2021年12月29日(水) 「GO TO トラベル」で旅行会社が不正受給
昨日斎藤鉄夫・国土交通大臣が、政府の新型コロナウィルスで打撃を受けた観光業者への支援策「GO TO トラベル」事業の不正受給は断固許されないと述べ、観光庁はこれを悪用し給付金の不正受給問題を起こした、HISの子会社などを来年再開する「GO TO トラベル」事業への参加資格を停止すると発表した。
今月初めには、菊間潤吾・日本旅行業協会会長が会長として務めるワールド航空サービス㈱が、同じく観光庁がコロナ支援策として実施していた雇用調整助成金を不正に受給した疑いで、協会会長職を辞任したばかりである。観光庁によると「GO TO トラベル」事業の不正受給で刑事事件になったのはすでに8件もある。いかに経営が苦しいからとて政府の支援策である助成金を騙し取るとは悪辣で言語道断である。
実は、HISの子会社2社の内、ミキツーリストがこれに加担していたことに驚いた。ミキがHISの傘下にあることも全く知らなかった。私が旅行会社を退職する17年前までは、同社は国内のどの旅行業者の色も付かない完全独立のヨーロッパにおける宿泊、観光の1.2を争う手配業者だった。在職中に随分お世話になった。実は個人的に親しかった20名前後の顧客でグループを作っては退職直前まで毎夏ヨーロッパか、北米を旅行していたが、その際ヨーロッパの観光手配はすべてミキにお願いしていた。そのミキがいつの間にかHISの軍門に降り子会社化され、ここに至って観光庁による刑事告訴も免れない存亡の事態に追い込まれていたとは余りにも惨めである。新聞紙上に全面広告を打ち、ヨーロッパ方面に多くのツアーを募集し、販売していたHISの子会社になれば、営業活動をせずとも楽に仕事を得ることが出来て、経営的にも楽だと考えたのだろう。今海外観光は暗闇の中にあり、いつまでこの不景気な状態が続くのかは、コロナの終息次第であるが、例え解決しても一度失った信用を取り戻すのは容易なことではないと思う。
今回の事件でHISの子会社2社と客室提供の契約を結んでいたホテル運営会社JHATも刑事告訴の対象になる模様だ。
昨日発表されたHISの今年度10月期決算によると純損益が過去最悪の赤字500億円で、売上高は前年期比▲72.4%だという。子会社の不正で受け取った給付金や、不正に関連した取引などの売上高は20億円、純損益が3億95百万円の赤字だったというからいかに全社を挙げて大掛かりにやっていたかということが想像出来る。HISの沢田秀雄・会長兼社長は、自らを含む役員の処分を行うようだが、こういう悪質な経営者は旅行業界全体の秩序を乱す点からも、前記菊間会長ともども業界から永久追放してもおかしくないと思う。
HIS及び子会社は、地道にこつこつと一から出直すことしか、顧客の信頼を勝ち取る方法はないと思う。
ミキツーリストの手配でイタリア、スイスの山岳地帯を案内した2003年の最後のツアーの、手元にある手製のガイドブックに目を通しているとそぞろ懐かしさが蘇ってくる。実に惜しいことである。
5342.2021年12月28日(火) 世界遺産都市イスファハンの旱魃
今朝の朝日1面を見てびっくりした。「イラン干上がる古都」の書き出しである。古都とは、イラン中部の世界遺産都市・イスファハンである。そのイスファハンの世界遺産の象徴は、スィ・オ・セ橋、イマーム広場、そして広場に面して建つジャーメ・モスクである。1999年にこの地を訪れたことがある。干上がったとされたのは、ザーヤンデ川に架かる建物のようなスィ・オ・セ橋で、私もここを渡った。水量が豊富とは言えないが、純然たる河川だった。このザーヤンデ川が干上がって川底がむき出しになり、乾燥してひび割れてしまった。川岸にはもう使用出来なくなった足漕ぎボートがいくつも並んでいるのが哀れみを誘う。ザーヤンデ川がこのような乾燥状態になったのは、2000年代の初めころからだということだから、私が訪れたころからぼつぼつ川の水が減り始めていたのだ。当時は水が少ないなんて考えもしなかったが、今写真でその様子を見るとかつてそこに川があったとは信じられず、寂しい気持ちになる。
元々イランは降雨量が少なく樹木が市街や郊外にもあまり見られず、砂漠地帯が多くて水不足は深刻な国家的問題だった。代替え策として利用された地下水の汲み上げが進み過ぎたことが水不足の最大の原因らしい。このため地盤沈下も大きな問題となっている。イスファハンの年間降雨量は、僅か150㎜程度でとても当てに出来ず、ザーヤンデ川上流のダムもその貯水率は11%程度というから頼りにならない。最近の気候変動による水不足で、国民が違法な井戸をたくさん掘り、それが地盤沈下にもつながっているともいう。
イラン政府も水不足に対する対応を求める農民の声に充分応えられず、その解消のため人口降雨を研究したが、効果を表さなかった。今漸く取り組み始めたのは、南部のペルシャ湾の海水を淡水化する計画でこれが実現出来ないとイラン国民にとっては死活問題となる。
1967年に初めてイランを訪れた時に、首都テヘランからカスピ海沿岸都市・チャールースへ長距離バスで向かったが、その途中で西アジア最高峰・ダマヴァンド(標高5610m)の麓であるアモル道路上で暴風雪に出会った。その数日後雪崩が発生したほどの豪雪地帯である。見上げるダマヴァンドも雪にすっぽり覆われていた。天の恵みであるこの積雪を何とかしてイランの水不足に利用出来ないものだろうか。
いずれにせよイランの水不足はイスファハンの素晴らしい世界遺産の存在にも影響を与えかねない。
国内だけの問題の内はまだしも、水管理は今や国際問題化しつつある。ひとつの川がいくつもの国々を通過する間に、国同士で利水問題が発生する。イランでは他に近隣国との間で水源を共存する河川が多く流れ、利水やダム建設をめぐってトルコ、イラク、アフガニスタンとの間で緊張関係が続いている。
世界的な水不足の傾向を解決する方法は、やはり今世界的な課題となった地球温暖化を防止する対策を、確実に、かつ迅速に行うことだろう。
5341.2021年12月27日(月) 冬季スポーツとNHK紅白歌合戦
この数日寒い日が続いている。全国的な寒波襲来で、各地で豪雪により交通障害が起きている。東海道新幹線も徐行により、大分遅れているようだ。高速道路では交通停止めになったところがあちこちにある。近畿、北陸地方は特に大量の降雪があり、滋賀県彦根市で68㎝の積雪で、京都府舞鶴市でも12月としては過去最大の降雪があったが、南国四国の宇和島市でも積雪があったくらいである。東京都内でも練馬区では最低気温が▲3.4℃となり、12月の観測史上最も寒くなった。
そんな極寒の中で、昨日は多くのスポーツで日本一が決まった。最も目立って報道されたのは、フィギュア・スケートの全日本選手権だった。優勝者以下上位3名は、そのまま来年2月に開催される北京オリンピックの日本代表に内定した。男子はオリンピック3連覇を目指す羽生弓弦が、女子は坂本花織が優勝した。
また、コロナ禍のため大きく日程が変更された全日本柔道選手権では、柔道日本一を決める男子無差別級で同じ会社・旭化成に勤める同僚同士が決勝戦で戦い、昨年準優勝の太田彪雅が、昨年優勝の羽賀龍之介を破って初優勝を飾った。京都で行われた全国高校駅伝男女大会では、男子が広島県世羅高校、女子は仙台育英高校が優勝した。この他にも興味はないが、競馬の有馬記念G1レースが行われて1番人気のエフフォーリアが優勝した。
これから北京オリンピックへ向けて冬のスポーツが注目されることだろう。花園名物の全国高校ラグビー大会も今日から始まった。全国大学ラグビー選手権も佳境に入り昨日準々決勝が行われ、正月に日本一が決まる。
そして、クリスマスが去り、年末へ向けて多くの歌謡曲ファンが注目している「NHK紅白対抗歌合戦」にも、いつもと変わった動きがあるようだ。近年社会的に男女の差別化に対する反対や疑問が強まっている。ジェンダー(gender)という言葉をよく耳にするが、これは生物学的な性別(sex)に対して、社会的・文化的につくられる性別のことを指している。その平等なジェンダー時代に紅白歌合戦のように男女を競わせて勝敗を決めるのは如何なものか、との意見があるようである。今年の「紅白」では司会者は紅組(女性)と白組(男性)という区別をなくして、NHKアナを加えた3人が番組進行をするというジェンダーレスになるようだ。一般の視聴者からも「男女が競い合う設定に疑問」とか、「男女対抗は止めるべき」との声が多いようで、出演歌手の間でも男女を分ける必要はないのではないかとの声があるという。
NHKとしては戦後間もなくラジオ時代に始まり、長年続いてきた年末恒例の人気番組である「紅白」だけに、今年から中止と軽々に言うわけには行かないようだ。だが、かつては放送開始前からテレビの前に家族が集まって開始を楽しみに待っていたころとは空気や期待感が大分違うようだ。実際、近年は高齢者が知らない歌を唄い、知らない歌手の登場は、高齢者のナツメロ族にとってはあまり興味が湧かなくなったし、歌詞も抒情的ではなく意味不明で、ダンス・踊りを見せるショー的要素が加わってステージも随分若者向けに変わった。これまで「NHK紅白対抗歌合戦」出場回数は、歌手としての実力を証明する履歴書とも言えたが、そういうナツメロはもう時代遅れということだろう。いずれ近い将来には見納めになる可能性があるので、大晦日は最後まで観てみようと思う。
一世を風靡した歌手東海林太郎、岡晴夫、藤山一郎、村田英雄、三波春夫や、名物アナ宮田輝、鈴木健二の時代は、遥か遠くへ行ってしまったのだ。
5340.2021年12月26日(日) ロシア人の旧ソ連へのノスタルジア
「光陰流水の如し」と言われるように、あっという間に時は流れていく。私自身戦前の生まれではあるが、まだまだ壮年期と思っている間に来年は早くも7度目の年男となる。父の没年を考えると余命はあと10年しかないということになる。
こんなことを想うのは、1991年の昨25日旧ソビエト社会主義共和国連邦のゴルバチョフ大統領が辞意を表明し、今日26日にソ連は消滅した。15の連邦はそれぞれ独立国となった。それから早や30年が経過したからである。当時ソ連の崩壊は衝撃的だった。ロシア革命により地上に初めて生まれた社会主義国家であり、万民平等と福祉社会を目指した新しい国家の出現で時の労働者に光明を与えたからである。ロシア革命を主導し、成功させたウラジーミル・レーニンの願いは理想的なものだった筈であったが、革命7年後に53歳でこの世を去った。マルクス・レーニン主義を継承したと思われたスターリンは、その後社会主義者ならぬ独裁者として権力を一手に収め、2500万人もの市民を殺害したとされる恐怖政治を行ったのである。社会主義はこの時点で雲散霧消してしまった。見かけだけを社会主義国家のように装ったところで実態は、むしろ社会主義の対極にある覇権主義、帝国主義に他ならなかった。
その後マルクスが提唱する社会主義とはかけ離れた旧ソ連流「疑似社会主義」と、西欧の資本主義国家による東西の対立が激化し、国際的な緊張は膨らみ続けて東西対立を煽り一時、それは朝鮮戦争、ベトナム戦争、キューバ危機などに引火して第3次世界大戦の勃発も懸念されるような事態になった。ところが、社会主義経済の発展がままならず、国民誰ひとり失業者はいないことを目指していたのに、街に失業者は溢れ国家と国民は疲弊していった。とても対外戦争を行える力もなくゴルバチョフ大統領は、ついに資本主義との折り合いをつける決断をした。
実際東西対立時代にソ連の傘下にあった東ヨーロッパ諸国に何度か訪れる機会があった。全般的に市街に明かりがなく薄暗く、街から元気な声も聞こえず、音楽が流れて来るような空気はなかった。ブルガリアでは、デパートの買い物でも品物をその場で買えず、決められた場所でしか品物を受け取れない不自由さや、東ドイツでは行くところ寄るところで、常に秘密警察に付きまとわれ行動を監視されているようで気持ちは落ち着かなかった。今顧みると少々懐かしい気もするが、人々は夢も希望もなく自らの未来に明かりが見えなかったのではないかと、それらの国を出国する時に彼らの夢は何だろうと同情したものである。
しかし、ソ連から衣を変えた現在のロシアにも、国民は夢を抱いているのか。20年ばかり前にシベリア鉄道でシベリアを横断した時の途中駅でデッキに群がる物売りのおばさんたちの様子や、モスクワ市内の寒い野外で野宿をしている不良者の姿を思い出すと、プーチン大統領こそ権力を握って国民を叱咤しているが、権力欲と私利私欲で国民の気持ちを蔑ろにして、新生ロシアも旧ソ連から一歩も進歩していないように見える。
つい最近ロシアの調査機関「世論基金」が公表した世論調査によると、国民の62%が「ソ連崩壊を残念に思う」と旧ソ連への郷愁を感じていると発表した。しかも10年前に比べて11%も増えている。あの自由も思想もがんじがらめだった旧ソ連時代がどうして懐かしいのだろう。多分当時の実情を知らないからだろう。懲りないロシア人である。ここにプーチンが独裁者になる下地が窺える。お~怖い!怖い!