充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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5418.2022年3月14日(月) 戦力に勢いが衰えた?ロシア軍
昨夜雨が降るとは思っていなかった。今朝起きて外を見ると満開だった白梅の花が大分散っていた。1羽だけ鶯が飛んできたが、鳴かずに飛び去ってしまった。今年も「ホーホケキョ」の声を存分に耳にすることもなく、弥生の季節は去ってしまうのだろうか。今日都内の気温は何と24.1℃だった。5月中旬の陽気である。外出するのにジャンパーは身に着けなかった。これから日一日と暖かくなるのだろう。
陽気に誘われ、久しぶりに通いつけの森内科へ診察に訪れ、森医師に東京医療センターで診断された、回復見込みはないと言われた変形性関節症についてお話ししたところ、確かに高齢者に特有の症状ではあるが、このまま陽気が良くなれば、少しは回復するのではないかと言われて、幾分気持ちが救われたところである。
さて、このところロシア軍のウクライナ攻撃が脚光を浴びているが、どうやらロシアの戦略も壁に突き当たっているようだ。プーチン大統領も思惑取りの戦いとはならず、少々イラついているようだ。そこにはロシアの「ウソ」が広言され、それが片端から暴かれていることがある。特に、ロシアがアメリカはウクライナ国内で生物兵器の研究をしていると主張したが、アメリカがウクライナ国内に支援する研究施設があることは確かだが、研究目的が違うと反論した。また、戦火の下で救助された妊婦をモデルの演技と身勝手に主張していたが、その数日後に妊婦は出産した。世界中にそのニュースが配信され、ロシアのフェイクニュースであることが裏付けられ、ロシアの報道の信憑性が疑われ出した。このところやや鳴りを潜めているが、かのハッカーとして知られる得体の知れないアノニマスが、ロシアの前途に不穏な兆候を感じると言い出した。
実際ロシアの作戦は中々思うように行かなくなってきた。首都キエフを電撃的に制圧することを目指したロシア軍だが、苦戦している。ロシア軍が苦戦する理由として、アメリカ国防総省の高官は、①ウクライナ軍の戦略的な抵抗、②ロシア軍の経験不足で、兵站面で顕著に表れ、補給に手が回らず、燃料や食料不足に陥ったこと、③軍内部の連携不足、の3点を挙げている。そこへロシア国内から不安な材料が表出しつつある。まだ、各国による経済制裁の効果は充分とは言えないまでも、ルーブルの価値は大きく下落し、世界的なクレジット・カードが使用出来なくなったことによる支払い上の不便さで市民生活が大分影響を受けているようだ。
今後ロシア軍が制空権を完全に掌握できるかということと、ウクライナへの欧米からの支援ルートをロシアが抑えられるかが、ロシア軍が優位に戦える要因になるであろう。ただ、日に日にウクライナへの国際的な物心両面での支援が今後も継続されるかということと、ロシア国内のロシア人が真の戦争実態を知り、彼らがプーチン政権に反する行動を取ることが出来るかどうかが、事態が変わる材料ともなるだろう。
5417.2022年3月13日(日) ウクライナ戦争に複数の見方
ウクライナ情勢は緊迫も頂点に達しようとしている。首都キエフを三方から攻めるロシア軍は、間もなくキエフに総攻撃を仕掛けて首都を陥落させて、ゼレンスキー大統領以下政府要人の身柄を拘束するのではないかと思う。プーチン大統領のロシアは、首都攻略によってウクライナに傀儡政権を樹立して背後で支配する考えである。例え、終戦となっても世界中から国際法違反として、またプーチン大統領は普通の市民を殺戮した不条理な戦争犯罪人として、いつまでもロシア並びにロシア国民は非難を浴びることだろう。
旅行好きなロシア人にとってこんな笑えないドラマもある。タイのリゾート地・プーケットでロシア人観光客が立ち往生しているのだ。タイでは外国人観光客の中でもロシア人が最も多く、生憎ウクライナ侵攻に対する制裁でロシアの航空各社がタイ便を欠航し、加えて支払うべき滞在費用が、アメリカのクレジット各社が支払いを停止したため滞在費を支払うことも出来ない苦境に追い込まれている。タイの観光局が仲介をして国家同士の支払いを話し合うようだ。それにしてもウクライナ国民はすでに250万人も国外へ避難したというのに、ロシア人は気楽に海外旅行を楽しんだ結果が、母国に帰れない有様である。
昨日セルビアに居住している友人、山崎洋さんからメールが送られてきた。半世紀以上も前に大学を卒業してすぐに父親(ゾルゲ事件ゾルゲの仲間、故ブランコ・ド・ブケリッチ)の母国旧ユーゴスラビアに渡り、爾来同地で逞しく生活している。厳しかったコソボ紛争などを身近に体験しただけに、東ヨーロッパの政治情勢については、西側サイドではなく中立的な立場からしばしば貴重な意見を伝えてくれる。今回のメールによると、ウクライナ戦争はセルビア人にとってはNATO空爆の悲劇を想起させ、西側のロシア非難はまったく偽善に映るという。20世紀末に勃発したコソボ戦争でNATOが、セルビア領内のコソボ地区に対して激しい空爆を行い多くの犠牲者を生じたことから、セルビア人はNATOに対して今以て好印象は持っていない。横浜市内に住み、すでに亡くなられた山崎さんの母上と生前電話でお話しした時、母上も激しい口調でNATOを非難しておられていた。
彼のメールにひとつ祝福すべきことが記されていた。最近セルビア国から「功労金賞」という叙勲に与ったという。日本で言えば「紫綬褒章」のようなものだと言い、写真も添えてあった。ひとりでセルビアへ乗り込んで独自に活動し、国から業績を認められるようになったとは、素晴らしいことである。本人には、心よりおめでとうと伝えた。
それにしてもうっかりしたことは言えない。我々の少ない情報や日本人目線ではどう考えてもロシアは国際法無視の極悪非道国家、況してやロシアを長らく支配している独裁者プーチン大統領は気が狂ったのではないかと思える言動がこびりついているが、少し視点をずらすことも必要なのかも知れない。
さて、先月4日以来開かれていた北京パラリンピックが今日最終日となり、閉会式を迎えた。開会式に出席したプーチン大統領がウクライナ侵攻でそれどころではなく閉会式には出席しなかった。大会中にウクライナへ侵攻するなんてことは想像もしていなかった。そのせいで、折角競技会場まで来ていながら、ロシアとベラルーシの選手たちは、大会に参加出来なかった。ロシアにとっては首脳たちが取った行動により、撒いたゴミを拾わなければならなくなった。大会関係者にとっては、無事成功をと願っていただろうに、トップ政治家の腹積もりによって思いがけない不運を負わされることになってしまった。閉会式のプログラムはすべての点で開会式同様に見事なものだったが、どうも後味の悪いパラリンピックになってしまった。
5416.2022年3月12日(土) 48年前小野田寛郎さん戦地より帰国
このところ史上エポックメーキングな日々が続くが、1974年の今日戦後フィリピン・ルバング島の山中に身を潜め、ただひとり生き抜いた「最後の日本兵」小野田寛郎・元陸軍予備少尉が29年ぶりに帰国した。その小野田氏は8年前に亡くなられたが、旧帝国軍人魂のようなものを心の中に秘めていた。偶々帰国された1974年の今日、私は「飛行第64戦隊」、通称加藤隼戦闘隊と同じく、隼戦闘隊の「飛行第50戦隊ビルマ戦跡慰霊団」に付き添い、ビルマへ出発した。小野田さんがマニラから帰国した日航機と我々がバンコックへ向かうキャセイ・パシフィック航空機がほぼ同じ時間帯だったために、羽田空港には多くのマスコミが取材に訪れ、あるスポーツ紙には「戦地へ行く人、帰る人」という見出しで、戦地へ出かける旧軍人を記事として取り上げてくれた。その後グアムから横井庄一さんが帰国され、ひと時陸軍帰還兵の話題がメディアを賑わせたものである。
私はこの当時旧厚生省援護局が主宰する、太平洋戦争戦没者遺骨収集事業に携わり、毎年のようにサイパン島を主に中部太平洋諸島を訪れていた関係で、担当課に足繫く通い、遺骨収集団が派遣される際には、収集団団長である厚生省課長と行動を共にしていた。そんなご縁で、団長から小野田さんや横田さんのリアルな話もよく伺い、2人の正反対な性格をよく伺ったものだ。2人については興味深い対照的なエピソードも多かったので、前著「南太平洋の剛腕投手」を上梓の際、小野田さんと横井さんについて丸ごと1章の原稿にまとめて、世に開示する予定でいた。ところが、出版社から全体的に文章が長すぎるので、部分的にカッとして全般的に短縮するようにとの要望があり、あれこれやってみたが、うまく削除出来ずに、この章を思い切って全てカッとしてしまった。結果的に小野田さんと横井さんの話を拙著の中で紹介することは出来なくなってしまった。
そんな経緯もあり、何かとお2人には気持ちが入り込んでしまう。今以て小野田さんについて強く印象に残っている話は、小野田さんには私利私欲がまったくなく、性格的にもクリーンな方だったということである。それは、多くの日本人から戦地でのご苦労に対して多くの寄付金が寄せられたことに対して、自分はいただくわけにはいかないし、いただく筋合いでもないと強く拒まれ、いただいたお金をすべて寄付してしまった。このことで周囲が今後の生活を考えて少しは寄進者の気持ちを受け入れて貯金してはどうかとアドバイスしたが、一切取り合おうとしなかった潔癖さである。日本を去りブラジルで、子どもたちに自然と親しむことを教える自然塾を主宰するような純粋で高邁な考え方の人だった。数は少ないだろうが、こういう崇高な軍人さんも旧日本軍の中にはおられたのだと感心したものである。
さて、ガラケイの携帯電話が使用出来なくなって、今後どうすべきがを考えていたが、PCを使用すれば、敢えて携帯を所持する必要性を感じなかったので、止めるつもりでいた。ところが、妻や息子たちが連絡用に携帯用電話機として所有して欲しいと言うので、今日妻と次男と一緒にヤマダデンキへ行き「らくらくスマホ」と言う初歩のスマホを購入した。これから80の手習いでスマホ初級を使用するが、いつマスターすることが出来るだろうか、あまり自信はない。
5415.2022年3月11日(金) 東日本大震災から11年が経った。
今日はあの忌まわしい東日本大震災から11年目になる。東日本沿岸の被災地や関係の場所では、地震の起きた午后2時46分に犠牲者への黙祷を捧げていた。あの時書斎でPCを叩いていて突然大きな揺れに驚き外を見ると電線が上下に大きく揺れていたのが見えた。じっとそのまま居座っていたが、揺れが収まってから直ぐテレビを観て地震とともに大きな津波が沿岸に押し寄せて来たことを知った。犠牲者は、行方不明を合わせて2万人を超える。この震災の特徴は、福島原発をも直撃して放射能が漏れ、住民が立ち退きを強いられたことである。今まで住んでいた自宅から避難を余儀なくされ、自宅に戻れず、今以て避難住宅で生活している人々がまだ大勢いることである。
この時多くの日本人は、改めて原発の恐ろしさ、放射能の怖さを嫌というほど知らされた筈である。その恐ろしい原発を今脅しの道具に使って世界中に睨みを効かせているのが、ロシアのプーチン大統領である。多くの専門家が語っているが、プーチンの真の狙いは国際社会でアメリカに大きく差をつけられているロシアを、もう一度東西対立時代のソ連に戻そうとの夢のような願いと、個人的に独裁権力を一層固めようとの欲があると見られている。
世界は現時点では剛腕プーチンの言動を恐る恐る監視しているしか打つ手がない。彼はいざとなれば「核」を使用すると言わんばかりに睨みを利かせている。これにアメリカやヨーロッパ諸国も手を出せなくなり、プーチンはその虚につけ込んでロシア軍をウクライナで奔放に荒らしまわらせている始末である。アメリカの上院議員が、ロシアにはブルータスがいないのかと発言して、ロシアの駐米大使が抗議をしていたが、それはともかくこれではプーチンに例えられた泉下のカエザルが気の毒である。
最近2人の知人から、プーチンの暗殺を期待するメールをもらったが、これほどこの世から消えることを望まれている証しである。これでは、例え平和的に事態が解決してもロシアのトップに君臨するプーチンの居心地は、最悪であろう。そこで、思い出すのは、1953年3月スターリンが亡くなった報を聞いて父親が、スターリンが死んだと嬉しそうにつぶやいたことである。
さて、今日は春の陽気で東京都内の気温は、18.7℃だった。いつも駒澤公園にウォーキングに出かけているが、今日は妻が一緒に行きたいというので、揃って出かけた。先日来満開だった河津桜は今日も見事な開花ぶりだった。いつもこの傍でラジオ体操をやるが、河津桜の写真を撮りに来る人が絶えない。都内の桜の開花は、来る23日とのことであるが、そうなると一角だけではなく、駒澤公園内の広い地域に桜を眺めることが出来るし、自宅近くの呑川に沿った遊歩道の桜並木が毎年見事な開花ショーを展開してくれるので、それも大きな楽しみである。
5414.2022年3月10日(木) 忘れてはいけない77年前の東京大空襲
昨日行われた韓国大統領選で、野党「国民の力」の尹錫悦・前検事総長が与党「共に民主党」の李在明・弁護士を僅差で破り、今後5年間韓国大統領として国を主導することになった。選挙前から予想されていたように際どい接戦になり、結果は最後まで分からなかった。尹氏の獲得した割合は48.56%、敗れた李氏が得たのは47.83%だった。これでは、李氏の胸中は複雑でとても諦めきれないものがあるだろう。いつもながら韓国国民の高い投票率には感心している。今回のそれは77.1%であり前回は77.2%だった。日本の国政選挙では近年投票率が漸減傾向に陥り、ほとんど50%台となって、3年前の参議院選では、50%を割って僅か48.8%の低投票率だった。有権者の内2人に1人は、確実に投票所へ向かわないことになる。その背景には、韓国では若者が政治に高い関心を抱いていることもあるが、その点日本の若者には政治離れが現れている。今夏の参議院選では選挙権が18歳に引き下げられるが、日本の若者たちは、せめて同じ世代の韓国人のレベルに近づくことが出来るだろうか。
日本にとっては、過去最悪と言われる日韓関係を新大統領は、少しでも友好的な道へ伴ってくれるだろうか、些か気になるところである。その点では李氏に比べて尹氏の方が、日韓関係の改善に前向きだと思えるので、少しでも両国の関係が良好になるよう期待したい。
さて、明日は東日本大震災11周年の日である。被災地の復興の様子など新聞、テレビ等でいろいろ伝えられるが、今日も一大被災を被った1日である。昭和20年、終戦の年の東京大空襲から77年が経つ。一説によると行方不明者も含めて約10万人の都民が犠牲になったと言われている。その中には朝鮮人も含まれている。原爆被災者は広島で32万人、長崎では18万人で、東京大空襲はそれに次ぐ大量戦争被災者の数である。それがメディアでは今日あまり大きく伝えられない。僅かに午后8:45のNHK「首都圏ニュース」が言問橋傍で行われた慰霊祭を伝えていた程度だった。これこそ戦争が伝承されず、戦争を知らない若者が増えて、若者たちから戦争への関心が薄れていくひとつの原因になってはいないだろうか。
今激しい戦争状態に入ったウクライナへのロシア軍の侵攻の画面を観て、若者たちはどのように感じているだろうか。私自身太平洋戦争中に、空襲警報で急ぎ防空壕に逃げ込んだり、米軍機の飛来に地上へ伏せたこともあった。また、我が家の2階の部屋から米軍機が列車を機銃掃射するシーンを間近に見た。ベトナム戦争や、第3次中東戦争の現場でもつくづく戦争の恐ろしさも実感した。戦争の怖さを身体で感じる臨場感こそが大事であるが、例えその場にいなくとも臨場感を知ろうとする気持ちが大切である。如何なる戦争も罪悪である。戦争はこの世にあってはならないものと思い、他人事と感じないで欲しい。現代の若者たちには、心から戦争は止めなければいけないと思ってくれることを強く願っている。